守ると決めた。









あの子と出会ったあの瞬間に。









漆黒の闇に射した一条の光。









失いたくはないと叫んだ心。









手を伸ばさなければ守ることはできないのだ―――――――――。















水鏡に響く鎮魂歌―弐拾碌―

















ぽた・・・・・・・。





ぽた・・・・・・・。






熱を孕んだ紅い雫が地面へと吸い込まれる。
雫が落ちた場所には黒い染みができた。






「なっ・・・・・・・・」





「・・・・・・っ!そんなまね、させるかよ・・・・・・」






少し乱れた呼吸の下言われた言葉。
寛匡はその声の主を驚いたように見つめる。
呆然と見開かれた眼が微かに揺れた。


瞳に移りこんだ彩は、鮮麗な紅と金。


その彩の持ち主は剣呑に眼を眇めた後、口の端を持ち上げて凄惨に笑った。
その笑みから視線を外し、ゆるゆると自分の手元に視線を向ける。

鋭利に尖った爪をそなえた手が、懐剣を握り締めているのが見えた。

その手からは血が流れ出し、握り締めた拳の先から滴り落ちている。
それはそうだ。抜き身の刃をかなり強い力で握り締めているのだから・・・・・・・・。

落ちゆく雫を見た時、心の奥底で何かが震えた。


「紅蓮っ!」


昌浩の悲鳴じみた叫び声が、紅蓮の耳朶を叩く。
そちらへと視線を向ければ、案の定酷く心配げな・・・・それでいてどこか怒ったような昌浩の顔が見えた。


「・・・・・大丈夫だ」

「っ、そういう問題じゃない!」

「仕方ないだろう?こうでもしないと間に合わなかったんだから」

「それでも、剣を素手で掴むなんてっ・・・・・!」


しれっと返事をしてくる紅蓮に、昌浩は怒鳴りつける。

いくら神様で、傷が治るのも早いからといっても痛いものは痛いのだ。
自分のために無茶をして、それで傷つかれるのが昌浩はとても嫌だった。
だから自分を庇って怪我をしてしまう紅蓮をはじめ、神将達には悲しさと共に己の不甲斐なさを感じてしまう。
自分が弱いために神将達が怪我を負う。
それがとても悔しくて仕方がないのだ。


「っ!いくら止めるためとはいえ、剣を素手で掴むなんて馬鹿かっ!?」

「はっ!それがどうした?お前に死なれるとこっちが困るから防いだだけ。お前に罵倒される謂れはない」

「!そうだった・・・・・・そういうやつだったよな」


開き直ったかのように態度を改めない紅蓮に、寛匡は疲れたような声音でそう言葉を漏らした。
その口調はさながら旧知の仲の様。


「・・・・・とにかくその手を放せ。傷が深くなるぞ」

「断る。ならばお前がその手を放すんだな。そうすれば俺がこれを握っていなくてすむ」


両者、睨み合ったまましばらくの間うごきが止まる。


「―――――・・・・・・・・はぁ」


しばらくの間を置いて、寛匡が降参といわんばかりに肩の力を抜いた。
頑として譲ろうとしない紅蓮に、寛匡は呆れたように溜息をしつつ剣の柄から手を放す。

寛匡はそれと同時に後方へ飛び退こうとしたが、紅蓮の剣を掴んではいない反対の手が腕を捕らえたことによって阻止される。
腕を捕らえた紅蓮は掴んだ腕を引き寄せ、寛匡を羽交い絞めにする。


「っ!放せ」

「放したらお前、逃げるだろう?俺達が晴明から受けた命は”怪我を負わせずに寛匡を捕らえること”だ。意味はわかるな?」

「・・・・・・・・・・・・」


紅蓮の真剣な眼が寛匡の眼を射抜く。
寛匡はその眼光に耐え切れず、あらぬ方向に眼を逸らす。

昌浩はそんな二人のやり取りを見て、疑問を抱く。


「一体、何の話をしてるんだ紅蓮?」


昌浩の問い掛けに、紅蓮は背後にいる昌浩を振り返る。
昌浩の怪訝そうな瞳とかち合う。


「それは・・・・・・」

「昌浩の欠けた魂。それが俺だからだよ」

「・・・・・・・え?」


紅蓮の言葉を遮って、寛匡がその疑問に答えた。
昌浩は言われた言葉に数回瞬きをする。


「だーかーらー。以前言ったでしょ?魂は本物だけど、器<身体>が紛い物って。魂、昌浩から奪い取ったやつなの!わかった?」

「あ・・・うん。わかった」


物事を噛み砕いて教えるように、寛匡は昌浩に懇切丁寧に説明した。
昌浩はそんな寛匡に気圧されつつも何とか頷く。

それを見ていた神将達はというと、 神気を強めて霊たちを牽制しつつ、勾陳達は会話をしていた。



「晴明の推測どおりか・・・・・・・」

「あぁ・・・・だが、そうすると厄介だな」

「なになに?そんな話、晴明から聞いてないわよ??」

「我もだ」


六合がぽつりと呟いた言葉に、勾陳は相槌をうちつつも思慮深げに考え込む。
そんな二人に、幼い風体をした神将二人は疑問を投げかける。
勾陳はその問い掛けに頷いて答えた。


「私達は晴明に昌浩の護衛を頼まれた時聞いたからな。お前達は知らなくて当然だ」

「そうなの?」

「あぁ・・・・・・・っと!」


勾陳は襲い掛かってきた霊を筆架叉で叩き切る。


「おい。あの霊共を何とかしろ」

「さっきから言ってるでしょ?俺の役目は足止め。こいつら引き上げさせたらそれができないじゃんか」

「はぁ・・・・・そうは言ったところでお前は逃げられないぞ?」

「だろうね」


紅蓮は眼で宙を飛び交う霊たちを示しながら、この騒ぎを収めるよう促す。
寛匡はそれには応じず、拒絶の態度を崩さない。
どうしてくれようかと思案し出した紅蓮をよそに、勾陳がある提案を寛匡に持ちかける。


「ならば我らを足止めできれば何でもいいのだな?」

「勾陳?」


昌浩は不思議そうに勾陳を見上げる。
一体何を言い出すのか。


「そうだね。俺は”足止め”することが目的であって”攻撃”することじゃない」

「では、我らはこの場から離れないことを約束しよう。それならばこの有象無象どもを襲い掛からせる必要もなくなる」

「勾っ!」


勾陳の提案に難色を示した紅蓮は、鋭く批難の声を上げる。
しかし勾陳はそれを聞き流し、飄々とした体で答えた。


「あちらには青龍も天后も朱雀達もいる。心配ないだろう?」

「しかし、何かあった場合はどうする?」

「お前は同胞を信じられないか?」

「いや・・・・そういうわけではないが・・・・・・・・・・」

「ならばいいだろう?六合、異存はないな?」

「・・・・・・・・・・あぁ」


紅蓮ほどあからさまではないが、六合もあまりいい顔はしていなかったので念押しで問い掛ける。
六合も間を空けてだが了承した。


「寛匡・・・・・・」

「ああっ!もう!わかったよ!!!」


これでどうだと言ってくる勾陳に、寛匡は自棄気味に怒鳴りつつも紅蓮から羽交い絞めを解いてもらい、懐から拳大の大きさの水晶玉を取り出した。


「封っ!!」


寛匡が鋭く叫ぶと、取り出した水晶玉に霊たちが吸い込まれていく。
すべて吸い込み終えた水晶玉を見遣り、視線を上へ向けた寛匡は昌浩達に向かって言葉をかける。


「今飛んでるのは勝手に寄ってきたやつだから、それは調伏しないと駄目だよ」

「わかった」


寛匡の言葉に、昌浩達は各々霊たちを払っていく。

全ての霊を払い終えた昌浩達は、改めて寛匡に向き直った。
寛匡は昌浩に向かって手招きをし、自分のもとへ呼び寄せる。


「何?」

「はい。これあげる!」


寛匡はそう言うと、昌浩に霊たちを封じ込めた水晶玉を手渡す。
その際勾陳に、「約束だからねっ!」と念押しするのを忘れない。
勾陳はそれに苦笑しつつ頷き、昌浩から水晶玉を取り上げる。


「勾陳?」

「預かっておこう。後で朱雀にでも浄化してもらう」

「成る程。その方がいいかもね」


勾陳の言い分に、昌浩は納得したように頷く。


「ねぇ、本当に嘘吐かないよね?」


寛匡はいまだに疑わしそうに眼を眇めている。
勾陳はそれに呆れたように答える。


「何度言えば信じる?我ら神将がそんなことをしないとお前とてよく知っているだろう?」

「まぁね。しょうがないじゃん!手を抜いたって爛覇にばれたら俺、即消滅だし」

「おい、何でそんなことがわかる?」


勾陳と寛匡の会話を聞いていた紅蓮は、思い浮かんだ疑問を問い掛ける。


「あのねぇ・・・・・さっきも言ったけど、俺っていうのは昌浩の魂の一部なの!だから昌浩の記憶を持ってたって当たり前だろ?!そこのところちゃんと理解してよ!!」

「・・・・そこまで人格違うと、昌浩の一部って言われても信じ難いぞ?」

「そんなこと言われても・・・・・・俺は昌浩の一部であって全部じゃないし、だから人格がちょっと違ったってしょうがないんじゃないの?」

「そういうものか?」

「きっとそういうものだって」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」


普通に会話している紅蓮と寛匡を見て、周囲の者達は呆れかえったり、おもしろそうに笑いながら観察している。
昌浩はというと、何だか複雑そうに二人を見ている。
勾陳はそんな昌浩に気づき、問い掛ける。


「どうした?昌浩」

「う、ん・・・・・・何て言うか、普通だなぁ〜って」

「あぁ。お前と騰蛇もいつもはあんな風に会話をしているぞ?というか、爛覇というやつに縛られていなければすぐにでもお前のもとに魂を戻してやれるんだろうけどな。まぁ、それは我らには出来ないだろうが・・・・・・」

「・・・・・縛られてる」

「そ。実は逃げられないように、この器の中に閉じ込められているってわけ。で、協力しないと器ごと魂を消し去ってやるぞ!って脅されたんだよね〜」


あはははっ!と笑いつつ、寛匡はさらっと怖いことを言った。
それに神将達は一様に顔色を悪くした。
その中で何やら考え事をしていた昌浩は、思い至ったように手を打ち合わせる。


「あぁっ!そうか、どっちかっていうと成親兄に似てるんだ!」

『はっ?!』


いきなり大声を出してそう言った昌浩に、他のもの全員が疑問の声を上げる。


「え?いや、だから・・・・・俺っていうよりは、性格は成親兄に似てるんじゃないかな〜と思って」


そんな皆の反応は置いといて、昌浩は自分の考えを口にする。
昌浩の言葉を受けて、皆一様に考え込む。
そして納得したように頷いた。


「あ、そっか。成親兄ね・・・・・・・うん。確かにそっちの方が近いかもね」

「・・・・・・・・確かに」

「成る程。それならしっくりくるな」

「あぁ・・・・・・・・」

「あぁっ!あの食えないところとか正にそれって感じね!!」

「うむ。それならば納得がいくな・・・・・・」


上から寛匡、紅蓮、勾陳、六合、太陰、玄武の順。

そんな皆の感想を聞きつつ、言い出した昌浩本人は複雑そうにしている。


(成親兄に似てるっていっても、寛匡は俺の魂の一部から成り立ってるんだよね?ってことは、俺自身が食えない奴ってことになるよ?太陰・・・・・・・・・)


どうやら昌浩は、太陰に”食えない奴”と評されて落ち込んでいるようだ。
しかし、彼らにそんな昌浩の声は届かない。
昌浩本人を差し置いて、あれやこれやと評論会を開いている。


「―――!・・・・・どうやら爛覇、俺の方に回す霊力の余裕は無くなっちゃったみたいだね・・・・・・」

「?どういうこと――――」

「っ!寛匡?!」


疑問の声を、驚愕の声が遮る。


『!!?』


寛匡を見て、全員が驚きの顔を作る。











寛匡の体。












それが透けていた―――――――。
















                        

※言い訳
近頃短めの話ばかりだった反動なのでしょうか?いつもよりは長めの文章になりました。
なんなんだかなぁ・・・・・・何で寛匡と昌浩達がこんなに自然に会話してんだろ?
どんどん予定が狂っていく・・・・・・・・・・・。

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2006/3/28