光を失った十二年前。









あれから自分はただ直向に復讐に走った。









不可抗力とわかっていてもどうしても許せなかった。









弟の命を奪ったことを。









一体、どこからが間違っていたのだろうか――――――――?















水鏡に響く鎮魂歌―弐拾漆―














息を吐く間もなく次々と襲い掛かってくる霊たちに、段々と苛立ちを覚え始めてきた。


追い払っても、追い払っても蛆虫の如く湧いて出てくる数だけの霊。


神気を放てばあっさりと崩れ去るのに、この数は一体なんだというのか。


「ちっ!次から次へと・・・・・・・・」

「一体どれだけの数がいるんだぁ?」

「きりがありませんね・・・・・・」

「一々相手にするのも馬鹿馬鹿しく思えてならんな」

「質より量。かの・・・・・・」


上から青龍・朱雀・天一・白虎・晴明。

一様、あまりの霊の数の多さに苦笑を漏らすしかない。
笑い事ではないが、正直に言ってこの多さには内心辟易していた。
それでも、最初の頃に比べたら数は格段と減っていた。

一方、そんな晴明達を見ていた爛覇はというと―――その額に薄っすらと汗を滲ませながらも尚霊たちを呼び続けていた。


「―――爛覇といったか・・・大分余裕がなくなってきたように見えるがのぅ・・・・・・・・」

「ふっ・・・・・生憎だが貴様のように霊力が膨大にあるわけではないのでな・・・・・・・次で勝負に出させて貰おう」

「・・・・・・・よかろう」

『晴明!!』


晴明は前方で牽制を行う神将達の間をすり抜けて、一番前に立ちはだかる。
そんな晴明の行動に、神将達は非難の声を上げる。
が、晴明はそんな声には気にも留めずに、ただ目の前に立つ復讐者へと視線を向ける。

それを見た爛覇は、ありったけの霊力を込めて呪言を唱え始める。


宙を縦横無尽に飛び交っていた霊たちが一箇所に集まりだす。
それと共に今までよりも遥かに強く、濃度の増した瘴気が辺り一帯を取り巻く。

無数の霊たちが集い、一つの強力な霊が出来上がる。
しかもただ寄り集まったのではない。一つに融合し、個としてその霊は意思を持つ。


肩で息をしながらも、爛覇はその霊に鋭く命じた。


「やれっ!!」


オオオォォォォッ!!!

爛覇の号令を受け、その霊は雄叫びを上げながら真っ直ぐと晴明へ襲い掛かる。


「晴明(様)!!」


晴明の前に出てその身を守ろうとする神将達を手で制し、晴明は迎え撃つべく真言を唱えだす。


「臨める兵闘う者 皆陣列れて前に在り!  万魔拱服―――!!!」

「ガァアアァァァァァッ!!」


晴明の凄絶な霊力と怨霊の禍々しい妖気がぶつかり合う・・・・・・・いや、圧倒的な力を持って晴明の清冽な霊力が辺り一帯を覆っていた瘴気を一瞬にして打ち払う。
爛覇が作り出した霊は、その勢いに呑まれてそのまま跡形もなく消滅した。


「っ!おのれ、安倍晴明・・・・・・」


荒い息の中、爛覇は唸り声のような低い声を漏らす。
睨み付けてくる目は、射殺さんばかりに憎悪の念を宿す。

そんな爛覇の様子を見ていた晴明は、抑揚を抑えつつ静かな声で話しかけた。


「勝負はついた・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


ただ一言、それだけを―――――。

それに対して、爛覇は今まで引き結んでいた口を歪め、嗤った。


「くっくっくっ!―――いや、まだだ。・・・・・これが何かわかるか?」


くつくつと喉の奥で嗤いつつ、爛覇は懐からあるものを取り出す。
すっと目の前に翳されたのは木で作られた人形<ひとがた>。それにはびっしりと細かな字で呪文が書き付けられている。

それを見た晴明は微かに目を見開いた。


「!それは・・・・・・・」

「―――ご推察どおり。これは”寛匡”を形作っているものだ・・・・・・・これが破壊されればどうなるだろうな?」

「――まさか・・・・・」

「私は確かに復讐すると言ったが、貴様を殺すなどとは一言も言ってないぞ?」


『お前とその近しい者達に復讐することを誓った・・・・・』


「っ!白虎!!」

「遅い!!!」


爛覇の真意に気づいた晴明は、人形の破壊を阻止するよう白虎に指示を出す。

―――が、白虎が阻止するよりも爛覇がその人形を燃やし、灰に帰すことの方が早かった。
さらりと人形の残骸が崩れ去った。


「――ははははっ!これで貴様の孫もお仕舞いだな!!!」


爛覇は狂ったように哂う。

晴明はそんな爛覇を静かな眼で見ていた。
十二神将達はそんな主に心配げな視線を送る。

晴明の漣さえ起こらない静かな眼に気づいた爛覇は、ぴたりと哄笑するのを止めた。


「・・・・・・何故だ、何故そんな静かな眼をしている?」


彼は末孫を大層可愛がっていたという。
それほどに大事なものに手を出されて、何故今も尚平静でいられるのだろうか・・・・・・・・。

唐突沸き起こった不快感に眉を寄せつつ爛覇は問いかけた。


「それとも貴様は血も涙もない、そんな奴だとでも言うのか?大事な末孫が危険な状態・・・・・・」

「昌浩は無事じゃよ・・・・・」


爛覇の言葉を遮って、晴明は言葉を紡いだ。


「はっ、何を根拠に・・・・・・・」

「一つ聞きたいことがある。・・・・・・お主の姓は”賀茂”か?」

「そうだが・・・・・それがどうした?」


晴明が何を意図してそのようなことを聞いてくるのかわからなかったが、爛覇はその問いに是とだけ返した。
肯定の言葉を聞いた晴明は、静かに眼を閉じる。

そして次に晴明の口から出た言葉に、爛覇は凄まじい衝撃を受けることとなった。


「ならば、わしではない・・・・・・・・・・」

「・・・・・・なんだと?」

「呪詛を行ったのはわしではないと言ったのじゃ。わしは事情によって呪詛返しをすることはあっても、呪詛をしようとはせんよ・・・・・・今までに行ったことがないとは言わぬ。じゃが、私怨に対しての呪詛は請け負ったことはない」

「で、では瑞斗を呪い殺したのは・・・・・・」

「わしではない、別の誰かじゃな・・・・・・・・・・・」


初めて知ったその驚愕の事実に、爛覇は呆然とする。

それはそうだ。今まで散々仇だと思い込んでいた相手が、実は全く関係がない相手だったのだ。
途方に暮れるどころか、その過ちの大きさに我を見失いそうになる。


「馬鹿な。瑞斗に呪詛を行ったのが別の者だと?・・・・・・そんな・・・・そんな・・・・・・・・・・・・・・・・」


ではこの十二年間、自分は一体何をやっていたのだろう?


「うそだ・・・・・・・嘘だ嘘だ嘘だっ!!!!」

「爛覇・・・・・・・・・」

「・・・・うそだ・・・・・・・」


必死に否定しようとする爛覇。
晴明はそんな爛覇を痛ましげに見つめる。

が、次の瞬間には訝しげに眼を眇めた。

爛覇の周囲を黒い靄みたいなものが纏わり始めたのだ。
その黒い靄は次第に色濃くはっきりと見えるようになっていく。


《―――何を惑う?》

「・・・・・・・・・・・・」

《奴はお前に嘘を吐いているのだぞ?》

「嘘を・・・・・・・?」

《そうだ。奴はお前の弟を殺した》

「瑞斗・・・・・・・・」

《憎くはないか?悔しくはないか?》

「・・・・・・・あぁ」

《ならば奴を殺せ。殺して、仇をとるのだ・・・・・・》

「・・・殺す・・・・・仇を、とる・・・・・・・」


黒き靄は耳元で甘い言葉を囁き、晴明を殺すように爛覇を誘導していく。
それはまるで暗示か催眠のように爛覇の心を縛り付ける。

爛覇の眼からは、次第に正気の光が失われていく。


「気をしっかり持つのじゃ、爛覇。そやつはお主を利用しようとしておる・・・・・・」

「・・・・り、よう・・・・・・・?」


闇に呑み込まれようとしている爛覇。しかし、晴明がそれを黙って見過ごすはずもなく、爛覇を正気づけようと叱咤の言葉を向ける。
爛覇の方もまだ僅かながらに正気が残っているようで、晴明の言葉に耳を傾けようとする。


《騙されるな。奴は貴様の弟の仇だぞ?そんな奴の言葉など聞く必要はない》

「仇・・・・・瑞斗の・・・・・・・・・」

《殺せ!奴を・・・・・・安倍晴明を!!!》

「瑞斗の、仇・・・・・・・・・仇は・・・・安倍晴明!!!」

《そうだ、それでいい!奴を殺せ!!!》


黒き靄が一際高くそう叫ぶと、爛覇の中へと吸い込まれて―――いや、自ら入っていく。

黒い靄が爛覇の中に収まったと同時に、今までの比にならない位禍々しい気が辺り一帯を包み込んだ。




「殺す!安倍晴明!!!」




今まで明確に籠められていなかった殺気を含んだ霊力―――いや、これは最早妖気に近い。が爆発する。


爛覇は晴明に襲い掛かっていった―――――――。

















さぁ、存分に踊れ。









自らは糸につながれた操り人形だということに気づかぬ愚かな舞手よ。









真実から眼を背け、虚構を見よ。










それが貴様にとっては都合よく、また自分にとっても都合がよいのだから。










愚かしいまでに虚像の朧を見てるがいい。












闇が嗤う―――――――――。
















                       

※言い訳
久々の水鏡更新です。
今回のお話が一番の難産ものでした。爛覇とじい様のやり取りがひっじょうに書き難い・・・・・・・故にこれほど書くのに時間が掛かってしまいました。申し訳ない;;
さて、今回のお話はやたらごちゃごちゃしているので、少し説明を入れたいと思います。
まず爛覇について。
彼がじい様にあっさりと敗れてしまったことに落胆を覚えた方・・・・本当に申し訳ありません。
賀茂の分家の中の分家という設定なので、力事態は左程なかったのです。(と言いますか、私のイメージでは安倍家の者がぶっちぎりで最強☆なので、いくら有名どころでも安倍家には敵わないという設定になってしまいます。これが妖とかならいくらでも煽りようがあるんですけどね・・・・・・)
で、ここが重要!
爛覇は黒幕(てかラスボス)ではなかった!!
まぁ、これは予めから決めていたことなんですが・・・・・おまえ誰よ?な感じですね。
だから、初っ端の悪人ぶりはどこいった?!な感じの爛覇は仕方ないと思ってください。(多分、本当は良い人なんです!的な話の流れになると思いますんで・・・・・・ネタばらししてどうする!?)
・・・・・とまぁ、話の展開がわかり難くなっていますが、もう十話もないと思うので最後までお付き合いください。

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2006/4/19