透けて見える体。









薄らぐ色彩。









目の前に確かに存在するのに









今、静かに、しかしはっきりと消えていく。









水鏡に映った自分は確かに微笑んだ――――――――。














水鏡に響く鎮魂歌―弐拾捌―














「寛匡!体が―――!!」


昌浩が悲鳴にも似た声で鋭く叫んだ。

寛匡本人を抜きにして、その場にいた全員の視線が一点に集まる。
実体みの薄くなった体をしている寛匡へと・・・・・・・。

帯びていた色彩が薄まり、透けて向こう側が見える。

渦中の当人である寛匡といえば、その顔に苦笑を浮かべていた。
己の体の状態を見て取って、残された時間はほんの僅かであることを悟る。


「おい、一体どうなっている!」

「う〜ん、爛覇の霊力切れか・・・・・・切り捨てられたか。そのどちらかだね」

「ということは・・・・・・・・」

「うん、間違いなく消滅しちゃうね・・・・・・・」


この状況を説明しろと、紅蓮が睨みつけてくる。
それに対し、寛匡は左程困った感じがしない様子であっさりと消えてしまうことを告げる。

寛匡の言葉に、神将達は一様に顔を険しくした。
それは、つまるところかなり拙い方向に向かっているということである。


「ちょ、ちょっとぉ〜。それは拙いんじゃないの?!」

「一部とはいえ、道連れに魂が消滅しては後々昌浩に影響が出てしまうのだろう?」

「しかし何故だ?今のこの状況が奴にばれたというのか?」

「いや、それは無いと思うよ。こっちのことは俺に全面的に任されてるし、覗き見関係の術は何も使われてはないはずだから・・・・・・・・」

「・・・・・・ということは、切り捨てられたと見て間違いないか?」

「十中八九、そうだろうね・・・・・・・・」


事態の急変に、太陰は危惧の言葉を漏らす。玄武もそれに同意を示す。
勾陳は訝しげにその理由を考えていたが、寛匡の返答に時間的余裕は残されていないことを悟る。

焦りを禁じえない周りの者に対して、寛匡は至って平静を保っている。


「寛匡・・・・・・」

「昌浩・・・・・・」


ふと巡らせた視線は、こちらをただじっと見つめてくる昌浩の視線とぶつかる。

互いに名前を呼び合い、それに続く言葉はなく空白の時が流れる。

目は口ほどに物を言うとは正にこのことだろう。
何も言葉で伝えなくとも、微かに揺らぐ瞳が己のことを心配していると告げてくる。

そう、昌浩は寛匡のことを心配しているのだ。
寛匡が消えてしまった後の自分のことではなく、今将に消えゆこうとしている寛匡のことを――――。

それに気づいた寛匡は嬉しげに笑った。
例え元は同じ魂であったとしても、今は別々の思考、独立した自我を持っているのだ。
昌浩は己を一個の存在として心配してくれているのだ。
それはとても嬉しいこと。喜ばしいこと。

だから寛匡は自分が消え去ってしまう前に”真実”を伝えておこうと思った。
本当は自ら真実に気づいて貰いたかった。いや、もしかしたら薄々でも気づいているのかもしれない。

寛匡は昌浩に歩み寄る。
昌浩もまた、寛匡に歩み寄った。

手と手を伸ばせば互いの顔に触れられる位の距離。
向かい合った二人は、まるで鏡に映したように対称だ。

初めの頃より大分透明度の上がった体で寛匡は口を開いた。


「初めに言っておく。さっき、逃げられないようにこの器の中に閉じ込められているって言ったけど、あれは嘘。本当は逃げ出す気があればいくらでも逃げ出せれた・・・・・・・・・・・」

「うん・・・・・・・・」

「前に言ったよね?俺の願いは”真実”を見つけてもらう事だって・・・・・・・」

「うん、確かに言ってた。真実・・・・・本当は俺達に見つけ出して貰いたかったんだよね?」

「ははっ!なんだ、昌浩は気づいてたんだ?」

「あれだけ矛盾した行動をされればね・・・・・・流石に気づくよ」


何度も真実に気づいて貰いたいと、心の中で縋った。

今回のことは偶然と作意が偶々重なって起こったものだと伝えたかった。
言葉で直接伝えるわけにはいかなかったから、行動で遠まわしの言葉でそれを伝えようとした。


「でも、真実を見つけ出して貰いたいってのはわかったけど、その真実までは俺にはわからなかったよ・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「真実、教えてくれないか・・・・・・・・?」


昌浩の真摯な視線が寛匡へと注がれる。
その視線を受けた寛匡は、やはり自分の判断は間違っていなかったことを確信する。


「孤独な魂がいるんだ・・・・・・。唯一無二の光の導を失って、迷子になっている魂が・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「それだけだったらよかったんだけど、その魂を取り込もうとしてる存在に気づいたんだ・・・・・・・・。とっても狡猾な闇。自分の手を下さずに、ただ観客を決め込む不届き者・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・そいつが?」

「そう、今回のいざこざの原因。話を拗れさせた張本人」


一方的なくらいに寛匡が話、昌浩はそれを黙って聞いている。
互いに交わされる言葉は低く抑えた声で。
二人にのみ聞こえる程度の声量で会話をする。

神将達焦る心を押さえ込みつつ、二人から少し離れたところでそんな二人のやり取りを見ている。

主語の抜けた、抽象的な会話が続く。


「そんな状態だったから一人にさせるのは危険だと思ったんだ・・・・・・・だから彼の傍を離れずにいた」

「うん・・・・・・・・」

「でも、もう時間がない。彼が現実に気づくのが先か、あいつが彼を呑み込むのが先か・・・・・・・・とっても際どい状態。本当はここまでなる前に何とかしたかったけど、彼を救えるのは一人だけ」

「・・・・・・そうだね」


いつか見た夢の中の夢を思い出す。
朧で確かな記憶はないが、災が降りかかったある兄弟の物語。
この世の無常を如実に語った噺。

あれがきっと”真実”に含まれる欠片なのだろう。


「けど救済者はいない・・・・・決して相見えることができない。だから俺は彼の傍にいることしかできなかった・・・・・・漆黒に引きずられるのを少しの間だけ遅らせること位しか、できなかった」

「・・・・・・・でも、救済者はいる」

「・・・・・・え?」

「いなくても・・・・確かにいるんだ。彼の傍に・・・・・・・・・・・・・」

「昌浩・・・・・・・それは本当?」


昌浩の言葉に、寛匡は驚きを隠せず眼を瞠った。
昌浩は静かに頷く。


「うん、本当だよ・・・・・・・姿がなくても、そこに・・・・彼の傍にいる」

「そっか・・・・・・・まだ、間に合うかな?」

「間に合うよ。それに、今はじい様がいる・・・・・・・」

「!・・・・ははっ、確かに・・・・・あの人なら心強いね」

「そりゃ、なんていったってじい様だもん!(狸爺だし)当然!!」

「ふっ・・・・・そうだね、なんていったってじい様・・・・・・か」


力なく聞いてくる寛匡に、昌浩はおどけた様に軽い調子で答えた。
寛匡はそれに微かに笑い返す。

体は足の先のほうから次第に消えていく―――――。


「・・・・・・・だから、大丈夫」

「―――!」

「きっと大丈夫だから・・・・・・・・」


必死に訴えかけてくる眼。
自分が何を心配していたのか、その眼はきちんと見抜いていたようだ。

肩に入った力を抜く。
ほとんど消えかかった手を持ち上げて、昌浩の頬に手を当てた。


頬に当てられた手。
存在の消えかかった手からはぬくもりを感じることはできなかった。
風が頬を撫でるかのように、さわりとした半透明な感触だけが頬から伝わってくる。

彼がいたという確かな証拠が消えかかろうとしている・・・・・・・・。



もう、時間だ―――――。



示し合わせたかのように、二人の心の声が重なる。


「・・・・・後は、頼むね?俺の代わりに・・・ってのも変だけど、助けてあげて?―――俺は”還る”よ」

「うん・・・・・俺にどこまでやれるかはわからないけど、出来る限りのことはするよ・・・・・・・」

「・・・・・・・・ありがとう、昌浩」

「うん・・・・・・・」


体が完全に消えようかという刹那の瞬間。

寛匡はその顔に確かに笑みを浮かべた。
透明な、とても澄んだ笑みだった―――――――。







しばらくの間、寛匡の消えた空間を眺めていた昌浩はゆっくりと踵を返し、静観していた神将達のもとへ足を運ぶ。


「―――――終わったか?」

「うん・・・・・・終わったよ」


静かに問いかけてくる紅蓮に、昌浩はそう一言だけ返した。


「――って、ちょっと昌浩!体は大丈夫なわけ?!寛匡は消滅しちゃったんでしょう!!!!」

「(はぁ・・・)太陰・・・・・・・・」

「うっ・・・・・な、何よ?」


今までのしんみりとした空気をぶち壊すように、太陰の叫び声が空気を震わす。

場の空気を読まないような太陰の行動に、他の面々はため息を吐くことを禁じえなかった。
いっきに張り詰めていた空気が弛緩した。

呆れたような視線を一身に浴びて、太陰は思わず怯む。


「体のことなら大丈夫だよ・・・・・」

「?どういうことだ?」


問題無いと言い切った昌浩に、六合は怪訝そうに問いかける。
言葉にして聞いたのは六合であるが、他の神将達も同様に疑問を感じているようだ。


「えっと・・・・寛匡は器ごと魂が消滅って言ってたみたいだけど・・・・・・・魂、ちゃんと戻ってきた」

『は?!!』

「うん、だから・・・・・欠けた魂、俺のとこに戻ってきたよ」


今ならわかる。
寛匡が消えた後、己の中が満たされるような充足感。
本当に魂が欠けていたんだなぁと、しっかり認識したのはこの時だった。


「・・・・ということはつまり、これ以上心配しなくても大丈夫なんだな?」

「うん・・・・。心配かけてごめんな?紅蓮。皆も・・・・・・・・・・」

「いや、気にするな。お前が無事ならそれでいいさ」

「あぁ・・・・・・」

「もぅ!あんまり心配かけさせないでね!!」

「無事でなによりだ。心配などいくらでもできるからな・・・・・・・・・」


昌浩の無事をきちんと確認した紅蓮達は、そこで漸く完全に緊張を解いた。

全員が一息ついたところで、昌浩は太陰に話しかける。


「太陰、すぐにじい様のところに運んでくれないか?」

「え?いいわよ??」

「昌浩・・・・・・?」

「頼まれ事をされたんだ・・・・・・・・」


訝しげに名前を呼んでくる紅蓮に、昌浩はそうとだけ答える。

そう、大事な頼まれ事。
彼の人を止めて―――いや、助けてくれとそう頼まれたのだ。
相手はじい様と他の神将達がしているのだろうが、何もしないわけにはいかない。


「それじゃあ行くわよ!!」


太陰の元気のいい掛け声と共に、ごうっ!と激しい風が巻き起こる。
風が収まったころには、その場に人影は残っていなかった―――――――。












向かう先は東。









晴明と爛覇がいる場所――――――――。



















                       

※言い訳
そろそろ大詰めでしょうか?というか、寛匡が消滅してしまいました。(←ヲイ!!)
これも当初からの予定通りということで・・・・・・。
自分で消滅させておいてなんですが・・・・・寛匡には消えてほしくなかったです;;
話の流れ上、どうしてもこのお話は避けられない。でないと寛匡の消えるタイミングがなくなってしまいますので・・・・・・・(汗)
今回は寛匡が爛覇の傍にいる理由を書きました。
本当はもっと書きたい部分があれこれあったのですが、中途半端に長くなりそうなので泣く泣く省略させて頂きました。
次からまた書き難い内容になるなぁ・・・・・・頑張ります。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/4/23