大切な人。









心配でずっと傍で見守っていた。









ずっと傍にいるのに気づいてくれない。









自分はここにいるのに・・・・・・・。









どうかこの声に気づいて―――――――――?














水鏡に響く鎮魂歌―弐拾玖―
















立ち上る霊力。



それは翳りを帯びていて、寧ろ妖気と言った方がいいのかもしれない。

神将達は主を守るために前へ出て、次々に放たれる凶刃を打ち落としていく。
いくら妖気じみた霊力を纏っていようと、相手は人間に相違ないので傷つけるわけにはいかない。
故に防戦一方になるのは致し方ないといえよう。
いざという時に限って何もすることができないことに、内心では歯がゆさを感じている。

爛覇はそんな神将達の意向など一切取り合わずに、ただ目の前の仇と信じている老人に向かって術を繰り出していく。

怒り狂ったかのように我武者羅にただ力のみ振るう爛覇を、晴明はただ静かな目で見ていた。


「ったく!どこからそんな力を引き出してるんだよ!!」

「引き出すというよりは還元しているというのか?これは奴自身の霊力というより、先ほどの黒い靄みたいなのが力を貸しているという感じをうけるのだが・・・・・・・」

「ふん!所詮は小物だ。己の力以外を頼っている時点で終わっている」

「あんなに無理に力を引き出して大丈夫なのでしょうか?霊力が枯渇してしまったら・・・・・・・・・」

「天貴!敵の心配なんどしなくていい!!あれは自業自得だ」

「朱雀・・・・・・」


朱雀の愚痴るように吐き出された言葉に、白虎は冷静な言葉を返す。
青龍は爛覇を睥睨しつつ、嘲笑を浮かべる。
そんな中、天一だけが敵である爛覇のことを心配する。


「死ねぇっ!安倍晴明!!!!」

「爛覇よ・・・・・・闇に呑まれるな」

「うるさいっ!!!」


ありったけの憎悪を籠めて攻撃をしかけてくる爛覇。
そんな爛覇に、晴明は根気よく語りかける。が、返ってくるのは罵倒のみ。

さて、どうやって助け出そうかと思案する晴明。

このまま打ち捨てておき見捨てることも可能だが、なんとなく(というか心情的に)見捨てることはできないと思った。というよりも後味が悪くなる。
それに爛覇という男もそれほど嫌いにはなれないことが最大の理由だろう。

己の行っていることの理不尽さを理解しつつも、尚復讐にはしった。
口で復讐と言いつつ、その行動は存外甘い。
憎悪の視線を寄越すことこそすれど、その眼には殺気など宿ってなどいなかった。
自分のみに留まらず、周りの者達までに手を出したことはいただけない。
しかし過去に囚われ、苦しんでいる者に手を差し伸べないほど自分は冷酷ではない。

よって、現在安倍晴明は行動を起こさず、手段を考え込んでいるのだ。


―――とその時、ざわりと風が動いた。

次いで激しい風が巻き起こる。


「――――じい様」


収まった風の中から姿を現したのは末孫とその護衛に当たっていた神将達。


「昌浩・・・・・・・・」


無事な様子の昌浩を見て、晴明は内心で微かな安堵の息を吐いた。
爛覇には昌浩は無事だと言い切ったが、やはりこの眼で確かめないと安心できなかったようである。


「爛覇は・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・・」


戦況はどうなっていると聞いてきた昌浩に、晴明は視線のみで爛覇を示した。
晴明の視線を辿って爛覇を眼にした昌浩は、予想だにしなかった状況を見て瞠目した。

辺り一帯を妖気が色濃く取り巻いていたことには気づいていたが、その発生源が爛覇自体だということに驚きを隠せない。

一体何があったというのか―――――。

様子のおかしい爛覇に、昌浩は祖父に問いかけるような視線を向けた。


「・・・・・・闇に、喰われた」

「何故・・・・・」

「爛覇の弟に呪詛をかけたのはわしではない。確かにそういう依頼があったが、断ったのじゃよ・・・・・・その旨を伝えたのだが、どうやら心を閉じてしまったようじゃ・・・・・・・・」

「信じたくなかった・・・・・ってこと?」

「そうじゃろうな。故に闇の甘言に堕ちた」


昌浩の言葉に、晴明は眼を伏せつつため息を漏らすかのように重く答えた。

昌浩はそんな晴明を仰ぎ見、次いで神将達と対峙している爛覇へと視線を移した。

空気を震わす怒号。
それは本心からの叫びでもあり、我を見失った者がただ指し示されるままに吐き出している咆哮。
狂ったように”安倍晴明”と”殺す”という言葉を放ち続ける。いや、最早狂っているのかもしれない。
実のない、空虚な叫びのみが周囲に響く。

そんな爛覇を見ていた昌浩は、あることに思い当たり再び晴明に顔を向けた。


「じい様、あのまま霊力を放出し続けたら、爛覇の霊力が枯渇してしまうんじゃ・・・・・・・・」

「間違いなくそうなるじゃろうな。今現在でさえ無理矢理搾り出しているようなもんじゃし、許容範囲以上の力を使えばそのしっぺ返しも強大になる。下手をすれば命を落とすやもしれぬ」

「そんな!じゃあ早く止めないとっ!!」


現在の状況が続けば命にも関わると聞いた昌浩は、焦ったように晴明に言い募る。
焦りの表情を浮かべる昌浩に、晴明はわかっていると頷いて返す。

晴明も先ほどからその方法を考えているのだが、良案が浮かんでこない。


「動きならばいくらでも封じようがあるが、闇に呑まれた心までというとなかなか難しいのぅ・・・・・・・・わし等の声が届かない以上、心の呼び戻しようがない」

「そんな!!」


微かに眉を寄せて苦々しく言う晴明。
昌浩はどうにかできないかと思考を巡らせる。

その時、昌浩の耳朶に微かな声が掠めた。


《―――なら、届く声があるのなら止めることはできますか?》

「―――え?」


唐突に話しかけられた声に、昌浩は疑問の声を漏らす。
と、同時に意識が遠のいた。












意識が遠のいた次の瞬間には、昌浩は白の世界に来ていた。



「ここは・・・・・・・」


見覚えのある世界に、昌浩はゆっくりと瞬きをした。


「急にこんなことをしてしまって・・・・・申し訳ありません」


半放心状態だった昌浩の背に、穏やかな声が掛かる。
声のした背後を振り返ると、そこにはいつか見た優しい風貌の青年が立っていた。


「どうして・・・・・・・」

「実は君の傍にずっといさせて貰っていたんだ・・・・・・・兄の傍にはあの黒い奴が邪魔して、いることができなかったから・・・・・・・・・・」

「そう、だったんだ・・・・・気づかなかった」


穏やかな笑みを浮かべつつそう話す青年を、昌浩は呆然と見詰める。
言い訳をするわけではないが、寛匡のことなどで頭の中が一杯々だったので周囲にまで気が回らなかったようだ。

不注意だったなぁと内心苦笑をもらしつつ、気を取り直して青年と向かい合う。


「あー・・・・・で、どうして俺をここに呼んだの?」

「声が届かないと言っていただろう?もしかしたら私の声なら届くんじゃないかと思ってね・・・・・・・」

「あっ、そうか。確かにあなたの声なら耳を傾けてくれるかも」

「だが、兄は私が傍にいることに気づいてないから、君がそのことを兄に教えてくれたならと思ったんだよ。なんせ十二年間ずっと傍にいたのに気づいてくれない」


全く鈍いんだから・・・・・・。

青年は呆れたように軽くため息を吐いた。
昌浩は彼の苦労を慮って笑うことだけは止めた。
少々口の端が引き攣っているのは致し方ない。

青年はそんな昌浩に気づかず、改めて姿勢を正す。


「・・・・・そういうわけで、何とかして私の存在を兄に知らせて欲しい。これ以上無意味な復讐劇はしないで欲しいから・・・・・・・・」


真摯な視線と、静かな声で青年は昌浩に語りかける。
兄の暴挙を何としてでも止めたいのだと、痛切に願っていることが肌で感じられた。

昌浩はそんな彼の言葉に同意を示す。


「うん・・・・俺もこれ以上苦しんで欲しくなんかない。できることなら助けてあげたいって思ってる」


脳裏に、自分の代わりに彼を助けてくれと言った寛匡の顔が浮かぶ。

寛匡であった魂が己の中に戻ってきたからか、寛匡の記憶も今自分の中にある。
寛匡の記憶の中には昌浩が知らない爛覇がいた。
今、それを知ることができてとても感謝している。





寛匡の最初の記憶。

それは表情を動かさず、だが苦しげにすまないと言葉を漏らした爛覇であった―――――。






「・・・・・・よし、決めた!俺の体貸してあげる!!!」

「―――え?」


何やら考え込んでいた昌浩は、一人納得したように頷いた後、青年に向かってそう言った。

青年は一瞬何を言われたのかわからない顔をした。
昌浩はそんな青年の様子などお構いなしに元気よく言葉を続ける。


「だって十二年も傍にいて気づかなかったんでしょ?実はずっと傍にいましたって言っても信じて貰えないかもしれないじゃない?もし否定されたりしたら殴り倒してやることも可能だし、どう?」

「えっ、あの・・・・・・」


どう?と言われても・・・・・・・。

昌浩の言葉に、青年は困惑の表情を浮かべる。


「遠慮しなくていいよ。俺だって助けたいと思ってるんだし・・・・・願うことは一緒でしょ?」

「!・・・・そうだね。では、少しの間だけ君の体を借りさせて貰おうかな?」

「喜んで」


白い世界の中、少年と青年は同じ叶えたい願いのために手を取った。











「―――ろっ!昌浩!!」

「・・・・・・紅蓮?」


肩を揺すられる感覚で現実へと意識を戻した昌浩は、心配そうに顔を覗きこんでいる紅蓮に気がついた。

漸く反応を返した昌浩に、紅蓮はほっと安堵する。
突然何も反応を示さなくなった昌浩。

やはり寛匡の消滅で何かしら影響が出たのではと、紅蓮は内心で冷や汗をかいていた。


「どうした?魂が元に戻ったとはいえ、やはり何か問題でもあったか?」

「え?ううん、違うよ。俺は平気」


心配そうに聞いてくる紅蓮に、昌浩は即座に否定する。
では一体何があったのかと、紅蓮は怪訝そうに視線を昌浩に投げかける。

が、そこに晴明が近寄ってきた。


「昌浩・・・・・・」

「じい様、爛覇に声が届きそうな人が一人だけいます」

「・・・・・・まさか」


昌浩のそのたった一言で、晴明は何が言いたいのか理解した。

そんな晴明の様子に、昌浩は鮮やかに笑みを浮かべた。











「おのれぇぇ!式神共があぁぁぁっ!!!」

「ちっ!手に負えんな・・・・・・・」

「ったく、子供の癇癪かよ・・・・・・・おい!勾陳!!いや、六合でもいいけど、こっち手伝ってくれ!!!」


休む暇も無く繰り出される術に辟易していた朱雀は、離れたところで傍観している勾陳達に援護を要請する。
が、勾陳達に動く気配は無い。

朱雀に呼ばれた勾陳は、緩く横に首を振った。


「いや、その必要はない」

「は?それってどういうこと・・・・・うわっ!」


勾陳の言葉を怪訝に思った朱雀は軽く眉をしかめた。

しかし次の瞬間には一際威力の高い攻撃に、口を閉口せざるおえなかった。



辺り一帯に土煙が濛々と立ち込める。



「・・・・っ・・・やったか・・・・・」


上がった息はそのままに、爛覇は煙の向こう側を睨み付ける。

そうしていたら、ざっざっと向こう側から誰かが此方へと歩み寄って来る足音が聞こえてきた。
爛覇はいつでも攻撃をしかけられるよう、準備をする。
土煙は段々と薄くなり、ぼんやりと人影が見えてきた。




そして土煙の中から姿を現したのは・・・・・・・・






「・・・・・・・兄さん」









「なっ!?瑞・・・・・斗?」









爛覇は驚愕に眼を見開いた――――――。
















再び舞い戻った光。
















その光が闇を切り裂き、煌々と照らし出す。


















願いは今聞き届けられる―――――――。

















                        

※言い訳
はぁ、水鏡も大分終わりに近づいてきました。
書き始め当初はこんなに長く続くとは思ってもいなかったんですよね・・・・・・・・・。
もう、ここまでくればラストスパートです。きっと今月中には完結するでしょう。
本当に長かったよ(泣)
後二話ほどで完結する予定です。頑張って書きます。

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2006/4/27