睡みの中、いつも探し求めている紫紺の影。









己が足で彼の方を探したい。









思いとは裏腹に自分は自由が全くきかない。









忌々しい、自分を縛り閉じ込める小さな空間。









必ずやこの世界から抜け出してやる――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜壱〜



















じっとりと湿った空気が肌に纏わりつく。

きっと明日は雨になるだろう。


湿った空気とは別に、滲む汗で張り付いた髪の毛を昌浩は鬱陶しげに払い除ける。


「・・・・・はぁ。なんでこんな夜中に山の中を全力疾走しないといけないんだろ・・・・・・・」


はぁ・・・はぁ・・・と軽く乱れた息を整えつつ、昌浩は溜息交じりに呟いた。


「そんな文句を言っている暇があったら、ちゃっちゃか奴の気配を探れ昌浩」

「う゛〜。少しは人を労わることとか考えない?」

「そんな暇があればな。今は奴を調伏することの方が先決だろ?」

「そうだけどぉ・・・・・・・」


昌浩の愚痴を聞きつけた物の怪が、白い尾をぴしりと揺らしつつそう言う。
昌浩はそんな物の怪に抗議をするものも、物の怪が言うことは尤もなので唸り声を上げることを止める。


「そう急かすな、騰蛇。あまりカリカリすると禿げるぞ?」

「Σはげっ?!誰が禿げるかっ!!!」

「う゛っ。禿げの紅蓮・・・・・・・・;;」

「想像するな!そこっ!!!」


勾陳の言葉を聞いて、禿げになった紅蓮を想像する昌浩。
物の怪はそんな二人に食って掛かる。


「・・・・・・・・・・・・」


毎度の光景ながら、今の状況をわかっているのだろうか?

軽口を叩き合う三人から少し離れたところでその様子を見ていた六合は、胸中でこっそり呟く。
彼が今この場で一番冷静なのだろう。
やたらテンションの高い騰蛇。そしてそれをからかう勾陳。その会話に参加する昌浩。
もう慣れである。


「だがな、騰蛇。平坦な道ならともかく、ここは山の中だぞ?上り下りの多いこの道をいつも通りに駆けろというのは少し無理があると私は思うのだが」

「・・・・・・わかってる」


物の怪もそこのところはちゃんと理解しているのだろう。
勾陳の言葉に低く返事を返した。

どうして彼らがこんな山中で走り回る羽目になったのかというと、例の如く昌浩が晴明に妖を調伏してこいと言われたからである。
当初では昌浩、物の怪、六合の三人で調伏に赴く予定であったが、勾陳が面白半分として同行することになった。

調伏を頼まれた妖は、都から少し外れたところにある山の中にいるらしい。
別に都の中で暴れなければ放置しておいてもいいんじゃないか?とも思わなくもない。
が、この辺り近辺は山菜取りの人達がよく訪れるらしく、被害を受けているのも彼ららしい。
これでは仕事にならないと陰陽寮に願い出たところ、その調伏の依頼が晴明に回ってきたのだった。

そんなこんなで妖調伏にこの山を訪れた昌浩達。
山に入って間もなくその妖を見つけ出すことができたのだが、予想もしなかった展開に陥る羽目になった。

攻撃が相手へと届かない。
厳密に言うと届く前に消え去ってしまうのだ。

妖を見つけた昌浩達は、もちろん攻撃をしかけた。
だが、妖が持っていた掌に収まるくらいの大きさの玉が、あらゆる攻撃を吸い取ってしまったのである。
物理的な攻撃はさすがに無理のようであるが、昌浩の術や紅蓮の炎蛇などは全てその玉へと吸い込まれてしまう。
仕方ないので勾陳や六合に攻撃してもらうように頼み、せめて術を吸い込む玉がなくなればとも思ったのだが、相手の妖は逃げ足がとてつもなく速かった。
なんせ勾陳達の攻撃を易々と避けるのだ。その速さは推して測られるだろう。

その場から逃げ出した妖を追うため、昌浩達は山の中を走った。

そして現状に至る。


「すばしっこい上に術が効かないなんて反則だよ・・・・・・・」

「そうだな・・・・・せめてあの変な玉さえなければいいんだけどな・・・・・・・」

「だよね。足止めの術まで吸い込んじゃうなんて、一体どんな造りしてるんだろ?あの玉」

「わからんな・・・・・・・」


はぁ〜。とその場に四人分の溜息が零れる。


「まぁいいさ。私と六合でなんとかしてあの玉を破壊しよう。そうすれば後はどうとでもできるのだろう?」

「うん。術さえ使えるようになれば足止めさせることもできるし、調伏することもできるだろうから・・・・・・」

「ならそれで決まりだ。私達は玉の破壊に全力を注ごう」

「あぁ。昌浩は調伏に集中すればいい」

「うん。お願い、勾陳、六合」


勾陳の言葉に六合も賛同し、昌浩も彼らに頼ることにした。
本当は彼らに頼ることはあまりしたくないのだが、術が効かないとなればそうも言っていられない。
今はとにかく妖の調伏に全力で当たるだけだ。


「それじゃあ、早く妖に追いつかなきゃね」

「あぁ、追うぞ。もう少しだけ堪えろよ?昌浩」

「まぁ、奴の縄張りにいる限り奴が完全に逃げるということはないだろうがな」

「早々に終わらせよう」


四人とも互いに頷き合い、妖の気配のする方へと走り出す。




これが波乱の幕開けだとも知らずに―――――――――。















揺れる世界に睡みから覚める。





外界から流れ込んでくる気に気づき、その口元に笑みを浮かべる。





時が来た。





確かな理由もなくそう思った。





一体この世界に閉じ込められてからどの位の時がたったのだろうか?





時間の感覚が麻痺したこの世界は、憎しみを増長させるには充分だったようだ。





胸中をどす黒い感情が渦巻く。





憎い。





一度ならず二度までも自分から光を奪い取った人間ども。





憎い。





どこまでも非力な自分が。





砕けよ。





我が身を縛り上げる鎖。





砕けよ。





慈しみと優しさを持っていた心。





私は今をもって修羅となろう。





掛け替えのない貴女に逢うまで、この心、凍てつかせよう。





「待っていてください、瑠璃様――――――」













世界がひび割れる。
















                         

※言い訳
はい!なんだかんだと言いながら早速続きをUPいたしましたぁ!!
前半、少しギャグ調で、後半はシリアスに書いてみました。
あ゛〜。昌浩、拉致られた後どうしよか?一応、拉致られるところまでは話の流れが固まったけど・・・・・。
悩みどころだ・・・・・・;;

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2006/6/18