沈滞の消光を呼び覚ませ〜序章其の弐〜














涼やかに流れてゆく風。





切り立つ山々。





それに纏わりつく霧。





”それ”は見晴らしのいい崖の上に佇んでいた。





”それ”が見つめる先は東。





悠久の大地を越え、壮大な海の果てにある小さな島国のある方角を。





目には見えぬ地を見つめていた”それ”は、こちらへと近づいてくる気配に僅かながらに目を細める。





「ご苦労であったな、        」





”それ”が声を発すると共に、バサリと羽ばたきの音が”それ”背後に響き渡った。





「勿体なきお言葉。我、主の為ならこの命いくらでも捧げられる所存です」





”それ”の背後に舞い降りた影は、主と呼ぶそのものに傅(かしず)いた。





”それ”はそんなことは言わずともわかっていると、尊大に頷いて返す。





影も、「それは承知しています」と丁寧に返事を返す。





”それ”はそんな影に対して喉の奥でクツリと笑うと、鋭く煌く双眸を影へと向けた。





「・・・・・・して、あちらの様子はどうであった?」


「はっ。主が仰っていた通り、彼の国で窮奇は滅んだようです。また、天狐の天珠を奪い取ってくるように命じた凌壽も、同様に打たれたもようです・・・・・・・」


「はっ!窮奇、哀れよの・・・・・旧事より大妖として恐れられていたものの末路が、方士如きに倒されるなど。いっそ慈悲を持ってあの時一思いに殺しておくべきだったか・・・・・・・」


「所詮は主を恐れてこの地より逃げ出したもの。惨めな最期がお似合いでしょう」





互いに領地を奪い合った仇敵の凄惨な最期に、”それ”は鼻先で一笑に付した。





背後に控える影は、そんな大妖の最期を哀れだとは言わずに似合いだと嘲笑う。





「クックックッ!お前も口がよう回る。まぁ、避難先として彼の国のあの都を選んだのがそもそもの間違いだろうて。あそこに逃げ込んだ時点で、奴の悲惨な末路は決まっていたことだ」


「?何故そのようにお分かりになるのですか??」


「ふっ、簡単なこと。あの地には”あれ”が居る。お前とて会っているであろう?あの凶つ星に―――――」


「・・・・・・・?」


「まぁ、覚えていないのは無理ないか。”あれ”と遭ったのはたった一度、もう十の巡りより前のことであったしな」


「十年前・・・・・・!まさか、”あれ”のことですか?」


「ほぅ、思い出したか。如何にも、我が目を付けておいた稀有な存在よ。なかなかに面白く育っているようだ」





”それ”はひどく愉快そうに口の端を吊り上げた。





そんな愉しげな表情をする主に、影は不思議そうに問いかけた。





「・・・・・・如何されたのか主?今日は一段と機嫌が良いようですが・・・・・・・?」


「―――なぁ、”あれ”は十分に育ったかと思うか?」





”それ”は影の疑問には答えず、逆に問いかける。





影は数度、目を瞬かせたが、すぐに主の問いに答えた。





「”あれ”はまだ成長の途中でしょう。十分、とは言い難いのではないでしょうか?」


「そんなことなど、言われずとも分かっておるわ。私が聞いたのは、”あれ”を手元に引き寄せるには十分月日が経ったのかと聞いておるのだ」


「それは何とも・・・・・・・まぁ、この度の様子を見たところでは判断は付けかねます。それを目的として見て来たのではないので・・・・・・・・」


「ふむ。それもそうか・・・・・・・ならば、ちと遊んでみるか・・・・・・・・・・・」





影の返答を聞いた”それ”は、少しの間だけ思案した後にポツリと呟く。





「は?如何なされるおつもりで?」


「なに、”あれ”の成長した姿でも眺めてみようかと思っての・・・・・・・不十分でも構わないさ。それはそれで育て甲斐があるというもの」


「なっ!まさか主自らご指導なさるおつもりで?!」





主自らが育てると聞いた影は、驚きのあまりに声を上げる。





”それ”は鋭い一瞥を影に投げることで制する。





愉快そうに笑みつつも。





「それもまた一興。”あれ”を見つけたのは私だ。なれば育つのを面倒見るのも責任というもの」


「・・・・・・”あれ”にそれまでの価値がおありで?」


「ふん!あまりにも情けなければ我が糧にするまで。何ら問題なかろうに」





影の投げかけた疑問に、”それ”はひどくあっさりと答えた。





役に立たないのなら、自分の血肉にするまでだ、と――――――。





「・・・・・・・御意のままに・・・・・・・」





主の答えに満足したのか、影は主へと深く頭を垂れた。















さて、暇潰しの遊戯を始めようじゃないか。














狂った歯車が廻り出す―――――――――。
















                         

※言い訳
序章その二です。
もしかしたら今回会話していたのが誰なのか、お気づきの方もいるかもしれませんねぇ・・・・。
めっちゃネタバレ?いやいや、この話を入れないと後で話しがややこしくなると思うので書いたんですが;;
もしかして余計に混乱させてしまうかも・・・・・・・。
まぁ、昌浩拉致より少し前の出来事だということでお読みください。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/6/26