あの方の気配が感じる。









自分を閉じ込めていた世界から無理矢理抜け出る。









目の前にいるのはあの方だと思ったのに









いたのは見知らぬ子供であった。









何故?疑問の言葉が口を吐いて出た――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐〜














「ちっ!本当に逃げ足だけは速いな・・・・・・」


目の前を疾駆する妖の背を見つつ、物の怪は舌打ちする。


「・・・・・上手く、勾陳達の所に誘導できてる・・・みたいだね」

「じゃなきゃ困るだろう?まっ!頑張って誘導すれば、後は勾達があの変な玉を何とかしてくれる・・・・・・もう少しの辛抱だからな」

「うん!それまで、頑張らなきゃね」


昌浩と物の怪はずっと妖を追い回していた。
山中の起伏の激しい道をずっと走り続けているので、昌浩の呼吸はいつになく忙しない。

方向進路が変わりそうになると、術を放って軌道修正。

この道の先に六合と勾陳が待ち伏せをしているのだ。
とにかく、なんとかして妖の手からあの変な玉を奪い取らないことには、調伏は難しいのである。


「――っ、よし!見えたっ!!!」

「勾っ!六合!!」


物の怪が待ち構えている二人の名を呼ぶ。
それを合図に、勾陳と六合が木の陰から姿を現す。

そのことに気がついた妖が別の方向に逃げようとするが、背後から迫ってきた物の怪が間髪入れずに目の前を立ち塞ぐ。


「へっ!もう逃がさねーよ」


物の怪は妖を見て、にやりと意地悪な笑みを浮かべた。


「行くぞ、六合」

「あぁ・・・・」


勾陳と六合が妖にと斬りかかる。

まず、六合が銀槍で妖を薙ぎ払って体勢を崩させる。よろめいた妖の懐に勾陳は踏み込み、玉を持っている腕に向けて筆架叉を振るった。
それに気づいた妖が慌てて後ろに飛び退こうとしたが、背後には六合が詰めていたので動くことは叶わなかった。

キイィン!

筆架叉が玉に当たり、高く澄んだ音が空気を揺らす。
筆架叉に弾き飛ばされた玉は、ころころと地面に転がった。


「臨める兵闘う者、皆陣列れて前に在り!―――万魔拱服!!!」


昌浩は妖から玉が離れるのを見て、すかさず退魔の術を放つ。
妖は絶鳴を上げながら、塵となって消え去った。







                       *    *    *







閉じ込められた世界に、力が流れ込んでくるのがわかる。



純粋な霊力。



その膨大な気が外から内へと流れ込んでくる。



いいぞ、あと少し。あと少し気の量が増えれば、この空間は気で満杯になる。



内で膨大になった気は外へ出ようとする。



そうすれば後に起こることなど、想像するのは難しくない。



その後に起こることは―――――――。







                       *    *    *







「・・・・・・ふぅ。なんとか、調伏できたみたいだね」

「そのようだな・・・・・」

「ご苦労だったな、昌浩」

「これしきのことで手を拱いていは、いつになっても晴明なんか超えられないぞ〜晴明の孫や」

「うっさい!孫言うなっ!!!」


妖を調伏することができて、すっかり元の調子になる二人。
勾陳と六合はそれを呆れたように眺める。

毎度毎度、同じやり取りをしてよくも飽きないものだ・・・・・・・。

と、そこで勾陳は辺りに視線を巡らせる。
それに気づいた昌浩は、怪訝そうに勾陳に問いかけた。


「どうかしたのか?勾陳」

「いや・・・・先ほど弾き飛ばした玉はどこにいったのかと」

「あぁ、そういえば・・・・・・・・あっ!あった」


勾陳の言葉を聞いて、昌浩もきょろきょろと辺りを見回す。
そして足元に転がっていた玉を見つけると、ひょいっと拾い上げた。

昌浩は拾い上げた玉をまじまじと眺める。
玉は掌に収まるくらいの大きさで、深い蒼・・・・・いや、紫紺色をしていた。


「う〜ん。不思議な玉だよね・・・・・一体どういう造りになってるんだろ?」

「さぁな。取敢えずその玉を持ち帰るぞ。晴明に見せれば何か分かるかもしれないしな」

「うん、そうだね」


昌浩は玉を見たまま、物の怪の言葉に頷き返す。
とその時、玉が淡く輝き出した。


「え?なに・・・・・・・・っ?!」


昌浩は驚きに目を見開く。が、次の瞬間には強烈な眩暈に襲われた。

視界が歪む。

突然失った平衡感覚に堪えきれず、昌浩は思わずよろめいた。
その際に、手に持っていた紫紺色の玉を取り落とす。


「昌浩っ?!」


ふらりと倒れ掛かる昌浩に、物の怪は驚きの声を上げる。
六合が咄嗟に腕を伸ばして、倒れ掛かる昌浩を支える。


「大丈夫か?昌浩・・・・・」

「ぅ?・・・・あ、六合・・・・・・んと、ちょっと気持ち悪いかも・・・・・・」

「一体どうしたんだ昌浩?」


六合はやや心配げな視線を昌浩に落とす。
勾陳も訝しげに聞いてくる。

急な眩暈に襲われた昌浩は、眩暈が大分治まった頃に漸く口を開いた。


「・・・・・・霊力、吸い取られた」

「吸い取られたって・・・・・・この玉にか?」


昌浩が漸く紡いだ言葉に、物の怪は睨みつけるように玉を見た。
と、その時――――

ピシッ!

玉にひびが入った。


「なっ・・・・・!」


ピシッ!パキパキ・・・・・
パキィン!!!

あまりの事態に言葉を失う彼らの前で、玉はとうとう砕けた。
玉が砕けると同時に、強烈な光が辺りを包み込む。
強い光に、昌浩達は咄嗟に目を瞑る。

しばらくして漸く光の洪水が納まった頃、昌浩達は恐る恐る目を開けた。


「・・・・・・誰?」


昌浩達の目の前には、長い銀髪に蒼い瞳をした青年が立っていた。
顔の左頬に、梵字の『ウー』みたいな模様があるのが特徴的である。
服装は仏像の武神が着ているような甲冑を纏っている。

彼は(たぶん男だろう)ゆっくりと周囲を見渡した後、正面にいる昌浩達へと視線を向けた。


「・・・・・貴様らが私を外に出したのか?」


彼は表情をほとんど動かさず、ただ淡々と聞いてきた。
何も感情の篭っていない蒼の瞳が冷たく煌く。


「出したのか?と聞かれても、こちらとしてはその意図はなかったのだがな・・・・・」

「昌浩が玉を触ったらその玉が霊力を吸収したらしいから、出したというのなら昌浩が出したんだろうな・・・・」

「昌浩?」

「この子供だ」


銀髪の男の質問に、勾陳、物の怪、六合の順で応答する。

突如として現れた謎の人物に、昌浩達は戸惑いを隠せない。
玉が壊れてそれに入れ替わるようにこの男が出現したのだから、多分この男はあの玉にでも封じ込められていたのだろう。

銀髪の男は、昌浩を食い入るように見つめる。
しばらく見つめていた男は、何かに気づいたように目を見開いた。
そこで漸く男に感情らしいものが顔に浮かんだ。


「―――まさか・・・・でも、何故・・・・」

「・・・・・・?」


昌浩に視線を固定したまま、男は自問するかのようにぶつぶつと呟く。
昌浩達はそんな男を怪訝そうに見ていた。


「・・・・・おい、貴様は何者だ」


とうとう痺れを切らした物の怪が、男に向かって問いかけた。


「私は宮毘羅(くびら)。・・・・あるお方に仕える武神だ」

「武神、だと?」

「・・・・あぁ、確かに神気が感じられるな」


甲冑姿に、腰に佩いた太刀。それに勾陳が言った通り、彼から発せられる神気を見れば、確かに武神だと納得できよう。


「神気が感じられるな・・・・・貴様らも神の眷属か。何故、人間の子供と共にいる?」

「それはこっちの都合だ」

「その子供は必要か?」

「―――何?」


男―――宮毘羅から唐突に放たれた言葉に、昌浩達はそろって怪訝そうな顔をした。
必要か、とは一体どういう意味か?

昌浩達の声なき疑問に男は答えず、ただ淡々ともう一度問いかけた。


「その子供はお前達にとって、必要な存在なのかと聞いている」

「そんなのは当たり前だ!」

「そうでなければ共になどいないだろう」

「・・・・それを聞いたところでどうする?」


宮毘羅の質問に物の怪、六合は肯定の言葉を告げ、勾陳はその問いの意味するところを聞く。


「どうとでも。私はその子供に用がある。力ずくで奪わせて貰おう」


宮毘羅は一方的にそう言うと、腰から太刀をすらりと抜き放った。
太刀に冷ややかな神気が宿る。

強奪宣言を突然された昌浩達は、その困惑を一層深いものにした。
宮毘羅は徐に太刀を振りぬいた。

ゴアァァッ!!

神気が爆発する。


「うわっ!」

「くっ!」


突如として繰り出された攻撃は、土を巻き上げて昌浩達に襲い掛かる。
昌浩達はその場を飛び退くことで咄嗟に攻撃を避ける。


「っ、何をする!―――いない?!」


土ぼこりが納まりつつある中、物の怪は宮毘羅が立っているところを睨みつける。
が、そこにいるはずの宮毘羅がいない。


「!昌浩!後ろだっ!!」

「え?」


反射的に視線を巡らせた勾陳は、昌浩の背後に宮毘羅が立っていることに気づいて咄嗟に声を上げる。
勾陳の声に昌浩も後ろを振り返ろうとしたが、首の後ろ辺りに衝撃を感じたと思った次の瞬間には意識を手放していた。
意識をなくして地面へと倒れ掛かる昌浩を、宮毘羅は難なく抱え上げる。


「貴様っ!昌浩を放せ!!」


物の怪は高らかにそう叫ぶと、昌浩を抱える宮毘羅へと飛び掛った。
宮毘羅は飛び掛ってきた物の怪を、鞘に納まったままの太刀で払い除ける。

物の怪は飛ばされた空中で体を捻り、体勢を整えて地面へと着地する。


「昌浩に用があると言っていたが、昌浩をどうするつもりだ?」


黒曜石の瞳に厳しい光を宿し、勾陳は宮毘羅と名乗る武神に静かに問いかけた。
相手に攻撃を仕掛けたいところだが、すぐ傍に昌浩がいる。
昌浩を盾にされるのは大変困るので、迂闊に手を出せない。
勾陳も六合も物の怪も、その考えに至っているので動くに動けないでいた。


「 あの方を取り戻すためにその子供の必要性があるらしい。だから貰い受ける」

「?あの方とは誰だ?」

「貴様らが知る必要はない」


勾陳の更なる問いかけに、はにべもなく答えた。


「ふざけるなっ!!」


その時、物の怪の怒声が響き渡った。
物の怪の周囲を灼熱の神気が取り囲む。
次の瞬間には、その場に怒りに金の瞳を煌かせる紅蓮が姿を現していた。


「ほぅ?貴様も神であったか・・・・」

「如何にも。俺は十二神将が一人、火将・騰蛇」


紅蓮は炎の槍を作り出し、それを構える。


「昌浩を返して貰おうか?」

「それはできない相談だな。先ほども言ったが、この子供には大事な用がある」

「用があるにしろないにしろ、本人の同意なしに連れて行こうとするのは感心しないな」

「意思など関係ない。こちらは必要としている、ただそれだけだ」

「自分勝手にも程があるぞ!!」


あまりにも己本位なことを言う宮毘羅に、紅蓮は怒りを隠さずにぶつける。
宮毘羅は紅蓮からひしひしと伝わってくる怒りの篭った闘気など気にせず、昌浩をしっかりと抱え直してこちらを睨んでくる十二神将達(おそらく、残りの二人もそうであろう)を見遣った。


「三対一は流石にきつい。今回はこの場を退かせて貰おう」

「―――待て!昌浩を置いていけ!!」


相手が退却する意思を見せたことに気づいた紅蓮達は、何とかして相手を引き止めようと動こうとした。
が、相手が巻き起こしたであろう突風に目を開けていることができず、その場で動きを止めざるおえなかった。


「置き土産だ、いい事を教えてやろう。私も『十二神将』だ」

「なっ!それはどういうことだ?!」


聞こえてきた宮毘羅の言葉に、思わず聞き返すが返事は返ってこない。
漸く突風が納まったころには、宮毘羅と昌浩の姿は何処にもなかった。


「昌浩!くそっ!!」

「落ち着け、騰蛇。邸に帰って晴明に相談しよう」

「俺もそれがいいと思う」

「――っ!・・・・あぁ、わかった」


酷く苛立っている紅蓮を、勾陳と六合は宥める。
三人とも、それぞれ複雑な胸中で安倍邸へと急いで戻る。



昌浩を取り戻すため。

また、新たに現れた『十二神将』について相談するために。




















新たな波乱は静かに幕開けを迎えた。











一人の子供の消失と共に。













貴方を取り戻すためなら、いくらでも修羅となりましょう――――――――。
















                        

※言い訳
はいっ!ということで、昌浩が酷くあっさりと拉致られてしまいました〜。
っていうか敵との会話が成り立ってない?!なんか一方通行な会話だったような・・・・・う〜ん、今回のお話は上手くまとめる事が出来ませんでした。気に食わない・・・・・・・。
あ〜。これから彼らには、昌浩奪還を頑張ってもらう予定です。
きちんとしたお話を書けるかなぁ・・・・・・?

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2006/6/25