恋焦がれる存在。 今は目に捉えることができない。 貴方は今、独りで何を思っているのでしょうか? 貴方が独りで辛い思いをしているのは嫌なのです。 どうか、今一度貴方の笑顔を見せてください――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜肆〜 |
「十二・・・・夜叉大将だと?」 「そうじゃ。それは間違いないと断言してよいじゃろう」 無意識の内に呟かれた言葉に、晴明は首肯する。 「それと、一つ気になったことがある。先刻、都に張られた結界の内の一つが揺らいだ」 「・・・・・・結界の内の”一つ”?」 晴明の言葉に、その場にいた者全員は引っかかりを覚えて怪訝そうな顔をする。 曰く、都全体を覆うように張られた結界は一つではなく複数あるのだそうだ。 その複数ある内の一つの結界に揺らぎを感じたと晴明は言う。 「晴明、それはこの度の件に関わりがあるのか?」 「ある、と思う。都の護りの結界の内の一つは、十二の方位にそれぞれ力を宿した十二の宝珠を供えて結界を織り成していると聞く。これがもし、十二夜叉大将と関係があるのだとすれば関係はあるじゃろうな・・・・・」 「宝珠・・・・・・あの変な玉がそうだったのか?」 「おそらくな。あれを砕いたら奴が出てきたのだから・・・・・」 「その可能性は十分にあるだろう」 晴明の言葉を聞いて、物の怪、勾陳、六合の三人はつい先ほどにあった出来事を思い出す。 紫紺色の玉。 何故妖が彼の玉を手にしていたのかはわからないが、きっとあの玉はどこかに納められていたのだろう。 「まぁ、取り敢えず昌浩を攫った奴の正体は大体わかった。後は居場所だな・・・・・・・」 「居場所がわからなければ、取り返しようがないからな」 「くそっ!なんで昌浩を攫う?理由がわからん・・・・・・」 相手の正体はわかったが、肝心な昌浩の居場所がわからない。 三人はそれぞれ思考を巡らせる。 が、相手の行き先などわかるはずもなく、そのことに気づき深い溜息を吐く。 「理由か・・・・・・・もしかしたら、奴を外に出したのが昌浩だったから。なのかもしれんの・・・・・・・・」 「は?昌浩があいつを出したから??意味がわからんぞ、晴明」 不意に晴明から零された呟きに、物の怪は訝しげに問いかける。 「封じの玉を壊したのは昌浩じゃ。あの類のものというのは、そう易々と破壊できるものではない。ならば、それを壊すことができた昌浩なら、他の宝珠も壊すことができるのは難しくないと考えたのやもしれん」 「昌浩に残りの玉を壊させようってのか?!ばかな!なんでそんなことをする?態々都の結界を弱めようなどと・・・・・・・・・」 「『 あの方を取り戻すためにその子供の必要性がある』といったのじゃろう?あの方―――薬師瑠璃光如来の行方はわからんが、宮毘羅大将が同胞を集めて薬師瑠璃光如来を探そうと考えてもおかしくないじゃろうて。ならばどうやって同胞を集めるのか。それじゃったら玉の破壊は必須の項目になるじゃろうな」 宝珠に封じられた、残りの大将を集めるにはその方法しかないと晴明は溜息混じりに話す。 そして玉の破壊は昌浩に任せ、自分は力を温存する。 実に実益的な考えだろう。 まぁ、昌浩が相手の良いように扱われるなんてことは、そうないと思うが・・・・・・・・・。 「は?奴はんな小賢しい理由で昌浩を連れ去ったって言うのか?!」 「紅蓮や。これはあくまでも推論であって、真実ではない。そこのところをきちんと判別するのじゃ。先走った思考は視野を狭くするのみ」 「――っ!・・・・・・あぁ、そうだな・・・・・・・・」 「まぁ、そう気を落とすでない。何かわかることがないか、今から占じてみようと思う。何かわかれば報せよう・・・・・・・今は休め。勾陳、六合もじゃぞ?」 気色ばむ物の怪を、晴明は静かな声で諭す。 晴明の言うことは至極尤もだったので、物の怪も次第に落ち着きを取り戻した。 晴明は物の怪に休むよう言い渡し、同様に勾陳、六合にも休むよう告げる。 三人はその言葉に、大人しく首を縦に振った。 「あぁ、わかった。何かわかり次第報せてくれ」 「では、私は異界に戻るとしよう」 「俺も異界で控えていよう・・・・・・」 「では、一旦話し合いはここで打ち切ろう。後のことは占いの結果を見て話す」 「「「わかった」」」 勾陳、六合は返事を返すと共に異界へと立ち返り、物の怪は晴明の部屋を後にした。 「ふぅ・・・・・・大事にならなければよいが・・・・・・・」 末孫が攫われた時点で既に大事であるという突っ込み染みた考えは敢えて避け、晴明は重い溜息を一つ吐いた。 晴明のそんな願いも、すぐ後に虚しく打ち砕かれるということはまだ誰も知らない――――。 * * * 人肌には少し冷たい風が通り過ぎる中、昌浩はゆっくりと意識を覚醒させた。 「・・・・・・・ここ、は・・・・・・・・・・?」 目を覚ました昌浩は、目に映る景色が見知った所ではなかったので思わず呟いた。 「目を覚ましたか・・・・・・・」 「!お前は・・・・確か、宮毘羅。俺は一体・・・・・ここはどこなんだ?」 「ここがどこであるかは答えかねるが、私がここまでお前を連れて来たのだと答えておこう」 宮毘羅は、そっけなく冷めた声音で昌浩の疑問に答えた。 昌浩はそこで漸く意識を失う直前の記憶を思い出した。 「俺を・・・・攫ってきたのか?」 「そうだ。お前に用があったからな・・・・・・・」 「俺に用?一体何なんだ??」 自分に用事があると言われ、昌浩は怪訝そうに首を傾げる。 なんせこの人物とはつい先ほど初めて会ったのだ、用事も何もあったもんではないと思うのだが・・・・・・・・・。 「その前に一つ、お前に聞きたいことがある」 「・・・・・・・何?」 「何故お前があの方の・・・・・瑠璃様の力をその身に宿している?」 「瑠璃様?・・・・・わからない。何のことだ??」 身に覚えの全くないことを聞かれ、昌浩は困惑した表情で宮毘羅を見遣る。 宮毘羅はそんな昌浩を見つめ、微かに目を細めた。 『お前の欲する者を取り戻すには、ある子供が必要だろう』 姿無き影は言った。 『その子供は薬師瑠璃光如来の加護をとても篤く受けている』 宮毘羅はその名を聞いた時、この影は自分のことも、彼の人のこともすべてを知っていると悟った。 『お前の求め人の力は、その子供の加護に大層なほど使っているようだな。ただでさえ人柱としてその身に宿る力を消耗しているというのに、更には子供の加護まで・・・・・・・もう薬師如来に残された力などほとんどないのではないかな?』 それほどまでに彼の方は疲弊なされているのか?! 宮毘羅は影の言ったことに驚き、問うた。 『お前は知らないのだろう?お前ら十二夜叉大将が・・・・・薬師如来がこの地に縛られて、もう二百幾許(いくばく)の時が経っていることを。その間、薬師如来はずっとこの地を護り続けてきた。疲弊しないほうがおかしいだろう?』 姿無きそれは、さも当然のように答えた。そして更に続けて言う。 『仕える者として、主をそのような状態で放っておくことなど到底できないであろう?いや、その身が縛られていなければ放っておくことなど絶対しないか・・・・・・』 そうだ。この身に自由さえあれば、何としてでも御方を救い出そうとすることができるのに・・・・・。 宮毘羅は姿無きそれの言葉を聞いて、酷く悔しげに奥歯を噛んだ。 姿無きそれはそんな宮毘羅を気にもせず、軽い調子で話を続ける。 『ふん!貴様の身を自由にしてやることくらい、こっちは造作も無くできるわ。貴様は自由となった身で、その子供から薬師如来の力を奪えばいい。その力を薬師如来に返還すれば、日々落ちゆくその力も輝きを取り戻すだろう』 ならっ!この身を自由にしてくれ!!私は彼の方の苦痛を一刻でも早く、取り除いて差し上げたい!!! 『じゃから貴様に言うたであろう?我が出す「望み」を聞き届けてくれるなら、力になろうと・・・・・・。貴様にできるのか?貴様が遵守する主の教えを背くことになるのだぞ?』 構わぬ。 『くっくっくっ!なんとも救えぬ奴じゃな。まぁ、いいだろう。約束を違えるなよ?』 念押しなど、どうでもいい。早くこの身を自由としてくれ。 『そうじゃのう・・・・・すぐにとは面白みに欠けるな。どうせならことの運びを流れやすくなるよう、下準備を整えてからでも遅くはないだろう・・・・・・・・』 何っ!話が違うぞ?! 『せっかちじゃのぅ・・・・そう時間は取らぬ。貴様をすぐにでも自由としてやろうに、大人しくその時を待っておれ』 姿無きそれは、呆れたようにそう言った。 自分はその言葉に、渋々と同意する。 微かに首を縦に振った己を見て、姿無き者は短く笑った。 『そう時間は掛からないさ。今は力を蓄えておくことだけを考えておけばいい―――』 そうして姿無き者は己の前から気配の残滓も残さずに消えた。 「お前から瑠璃様の力の気配を感じる・・・・・・あぁ、他の神からも加護を受けているようだな?瑠璃様とは別に、私やあの神将達よりもとても清冽で甚大な神気を感じる」 神将達のことではないということは、きっと高於の神のことだろう――――。 宮毘羅の言葉を聞いた昌浩は、そう心内で思う。 「・・・・・だから、さっきから『瑠璃様』って言ってるけど、それって誰のこと?思い当たりがないんだけど・・・・・・」 「瑠璃様は正式には、『薬師瑠璃光如来』という。これならわかるか?」 「やくしるりこうって・・・・・・え?薬師如来??」 「そうだ。漸く理解したか・・・・・・・・では、もう一度問う。何故貴様は瑠璃様の力を・・・・・加護を受けている?」 宮毘羅は鋭い眼光を放ちつつ、昌浩に再び問いかけた。 「・・・・・・・と言われても、俺、薬師如来様に会った記憶なんてないし・・・・・今言われるまで加護を受けてたことにも気づかなかったよ;;」 「なんだと・・・・・?」 昌浩から戸惑いがちに紡がれた言葉を聞いて、宮毘羅は更に増して剣呑そうに目を眇めた。 「そんなはずはない。お前は会っているはずだ、でなくばあの人の加護を受けることなどできるはずがない!」 「本当に会った記憶がないんだってば!神様に会うなんてそうそうにないことだし、記憶にあるなら絶対忘れるわけないよ!!」 「・・・・・・・ふん、まぁいい。どのみちお前にあの方の加護が宿っていたのは過去形だ。そこまで追求する必要はないか・・・・・・・」 「?過去形??」 宮毘羅の引っかかりのある言葉に、昌浩は微かに眉を寄せる。 宮毘羅はそんな昌浩に、薄く笑って答えた。 「お前に宿っていた瑠璃様の力は返して貰った。お前の体にはもう瑠璃様の力はないさ。だから過去形なのだ」 「返して貰ったって・・・・・・」 「この力は必要なのだよ。瑠璃様を取り戻すためにはな・・・・・・・・・・」 「取り戻すって・・・・・・・?」 話の読めない昌浩は、困惑顔で疑問を口にした。 その瞬間、宮毘羅の顔からごっそりと表情が抜け落ちた。 昌浩はそれを見てはっと息を呑む。 元々表情が乏しかった顔は、凍りづいたかのように無表情になっている。 「そう、取り戻すのだよ・・・・・・・」 「・・・・・・・」 「我ら十二夜叉大将から瑠璃様を奪い取り、縛り付けたこの都から・・・・・人間共からなっ!!!」 宮毘羅が轟と吼えた。 それは地の底からの怒りと憎しみ。 周囲を取り囲む木々の枝が大きく撓った(しなった)―――――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 思いの他に長っ!?なかなかきりの良いところまでいかなかったので、少し長くなってしまいました。 なんかもう・・・・・・時間軸とか人の視点とかコロコロ変わるので、本当に読み辛いと思います。 作者の力量不足だとご理解ください。 頑張って書き進めておりますので・・・・・・・・・;; 感想などお聞かせください→掲示板 2006/6/27 |