遠き過去。









全ての原因の始まり。









恨み言をぶつける相手はとうに朽ち果てていて









気持ちだけが置き去りにされる。









もう、過去には戻れない―――――――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜伍〜
















瞬発的に激しい風が吹き荒れる。

それは神気の乱れによって生じたもの。


「――――っ!」


昌浩はあまりに強く吹き荒れる風に、咄嗟に目を閉じた。

数瞬で風は収まり、木々の撓るおとも消えた。


「・・・・・・昔話をしよう。この都ができたばかりの頃の話を・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


先程の激した表情は跡形も無く霧散し、常通りの平淡な表情に戻った宮毘羅はそう言葉を紡いだ。








この都ができたばかりの頃、まだ遷都したばかりで人々は不安を抱えたまま生活を送っていた。
元々現在の京の地は、異形のものが集まりやすい地質であった。
いくら都全体に護りの結界を張ろうとも、所詮たった一つの結界ではあまりにも護りに弱い。
力ある異形のものは簡単に通り抜けられる位には・・・・・・・。
目に見えるもの、見えないもの、違いはあれどその異形のもの達の発する気に、都人は慄かずにはいられなかった。

そんな中、都全体に流行病が蔓延した。
それこそ位の高い者、低い者関係なくそれは猛威を振るった。

その現状は遷都したばかりの疲弊した人々の心を更に疲弊させた。
現から目を逸らし夢に走る者、変えられない現実に嘆く者、また仏の教えに取り縋る者、それはもう乱れた世になった。

『このままではいつまで経っても泰平の時が訪れない』

目も当てられない世情に、当時の陰陽師達は頭を抱えた。
そしてある一つの方法を考え付く。

神の力を借りよう。

そう考えた陰陽師達は神を呼び出すことにした。
神の名は『薬師瑠璃光如来』。
身体や心の病気を治して楽を与えてくれる医者の神――仏だ。
はっきり言って神を呼び出すことなど恐れ多いことである。
第一、そうそうこちらの呼び出しになど気まぐれでない限り、神は応じてなどくれない。

果たして薬師如来は呼びかけに応じた。
彼女の随身である十二神将―――十二夜叉大将を従えて、彼らの前に姿を顕現した。

薬師如来は彼らに乞われるまま、都に蔓延る(はびこる)疫病を一掃して人々を救った。
彼らは薬師如来に深く感謝した。

―――しかし、ここで問題が起こった。

薬師如来の加護をずっと継続させようと、とある陰陽師が言い出したのだ。
流石のそれには周りの者達は反対した。
加護をずっと継続させるということは、彼の仏をこの地に縛るということである。
数多の人々が必要としている仏を一所に留めさせようという考えは、どう考えてみても余りにも欲の深い物言いであった。

しかし彼は続けてこう言う。
少しの間だけでいい。今はあまりにも世が荒れすぎている。
都に住まう人々が心の余裕を取り戻すまでの間だけ、せめてもう少し彼女の庇護を乞おうと。
反対していた陰陽師達は、それを聞いて初めて迷いを生じさせた。
確かに、薬師如来のお蔭で病を退けることができた。
しかし、まだ世の中は安寧を取り戻していない。人々が心にゆとりを取り戻すまでもうしばらくは時間を要するであろう。

次第に、反対していた者達もその考えに同調するようになった。
そして彼らは再び薬師如来に乞うた。

これを聞いた薬師如来も、流石にこれには首を横に振った。
彼女を求めて止まない人々はこの現し世に溢れ返っている。
偏った恩寵は決して許されるようなことではなかった。
薬師如来も、十二夜叉大将達もこれはきっぱりと断った。

だが、断られた彼らは諦めることなく実力行使に出たのだ!

薬師如来の守護神である十二夜叉大将を珠に封じ込め、薬師如来を捕らえて都を護る結界の中核を担わせた。
護りの中核とさせられた薬師如来は眠りへとつき、また珠に封じ込められた十二夜叉大将達は十二方位にそれぞれ配され、その護りの補強をさせられた。

そして少しの間と言った彼らはその期限を忘れ、二百幾世もの長い間薬師如来達の加護を受け続けた。
そして今生に至る。








「貴様ら身勝手な人間達の所為で、我が主は長きに渡り守護という名の眠りにつく羽目になった。そして今も眠り続けている。故に取り戻す、我らが至高の存在を―――」

「そんな・・・・・そんなことがあったなんて・・・・・・・・・・」

「お前一人に当たるのは筋違いなのだとわかっている。そんな愚かな真似をしたのは昔の者達だ・・・・・だが、今も尚瑠璃様の加護の下にのうのうと生きている様を思い浮かべるだけで、腸が煮え返りそうだ」

「・・・・・・・・・・」


憎悪の光をその眼に浮かべ、とても苦しそうな表情で話す宮毘羅に昌浩は掛ける言葉が思い浮かばなかった。
今まで宮毘羅が言っていたような事実を知りも、考えもしなかったのだ。
そんな自分が一体何を言えるだろうか・・・・・・。


「・・・・・・少々お喋りが過ぎたようだな。これでこちらの事情も少しはわかってもらえただろうか?例えお前たちの平穏が崩れるのだとしても、我らを阻むことは許さん。未だ同胞達は目覚めていないが、きっと志は同じだろう」

「・・・・・・けど、こっちも都の人達の安全を護らなきゃいけない。はい、そうですかと譲ることはできないよ」

「それが我々とい存在を、永久にこの地に縛るとしてもか?」

「・・・・・・それは・・・・・・・・・」


許されることではない。

彼らとて意思を持っているのだ。いくら多くの人達を護るためだとはいえど、彼らの意思を無視して一方的に強要する権利など誰も持ち合わせていないはずだ。
それはどう見たってこちらに非がある。
けれど都の人達を危険な目に合わせる可能性を、黙って見過ごすなど出来ようはずもない。

昌浩の心中は凄まじい葛藤で荒れ狂う。

宮毘羅はそんな昌浩の葛藤を見透かすかのように、口に薄い笑みを浮かべた。


「ほぅ、お前はあ奴らよりはましな思考をしているようだな。それは幼さ故か?それとも生来持ち合わせている性情か?」

「・・・・・・・・・・・」

「ふっ、まぁいいさ。それはこちらにとっては好都合なだけだからな・・・・・・」

「好都合・・・・・だと?」


一体どういう意味だ?

昌浩は怪訝そうに相手を見返す。
訝しげな視線を向けられている相手は、意味ありげに目元を細める。


「良いことを教えてやろう。敵対する者に同調するような考えは一切持たないほうがいい。でなくば絡め取られるぞ・・・・・・・・・こんな風にな」

「え・・・・・?」


そう言うか言わないうちに、宮毘羅は昌浩の懐に一瞬で詰め寄る。
急な動きに、昌浩は咄嗟に動くことができない。

宮毘羅は昌浩の手を取り、反対の手を昌浩の目を覆い隠すかのように押し当てると、その耳元にある言葉を囁いた。
昌浩はそれにびくりと体を強張らせたかと思うと、意識を失ったのか力なく相手の腕の中へと倒れ込んだ。
力なく目を閉じ、意識をなくした昌浩を宮毘羅は黙って見下ろした。


「人のことなど気に掛けずに、自分のことだけを考えればいいものを・・・・・・・・いっそ哀れな程にお人好しだな」


誠に甘い奴よ・・・・・。

宮毘羅は疲れたような、呆れたような、何とも複雑な気持ちに瞳を揺らげた。

瑠璃様の力は返して貰った。普通ならここで用済みと開放してやれるのだが、生憎とこの子供にはまだ用事が残っているのだ。
というよりも、瑠璃様の力云々の方がついでなのだ。
この子供はあちらへと返してやれない。

宮毘羅は胸中に沸き起こった遣る瀬無さに、静かに溜息を零した。







「こんなことさえなかったのなら、私とて人を慈しんだのに・・・・・・・・・・・」







全てがもう手遅れだなと、宮毘羅は諦めにも似た笑みをその口に滲ませた。









何かを成し遂げるために、犠牲というものは必要なのだ。









いつか胸中で漏らした言葉を、再び紡いで自分に言い聞かせた。










全ては至高の存在を取り戻すために――――――――。


















                        

※言い訳
はい。沈滞の消光の続きを書きました。
最近はこのお話の更新に努めています。
構成の立たないうちに書いていってるので、段々苦しくなってきました。
昌浩、一体どうなるんだろう・・・・・?(←お前がんなことを言ってどうする?!)
取り敢えずは瑠璃様復活までは一気に書き上げていきたいですね〜。頑張ろ・・・・・・。

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2006/7/1