掌から零れていく。









何よりも大事な、掛け替えのない存在。









絶対に取り戻す。









心に固く誓いを立てる。









必要なのは己の意思を突き通す強固な意志のみ――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜漆〜















「昌浩の星が、薄弱になった・・・・・・・・・」


晴明はやや疲れを滲ませたような声音で、溜息を零すかのように呟いた。
そんな晴明の言葉に、闘将三人は訝しげに顔を顰めた。


「・・・・・薄弱?翳るではなくてか??」


三人の疑問を、勾陳が代弁する。
晴明は勾陳の問いに、ただ無言で頷いて返した。


「そうじゃ。何かしらの影響によって星の輝きが遮られているというよりは、その輝き自体が弱くなったと見ていいじゃろうとわしは判断した」


そう、晴明が夜空を見上げて驚いていたのはこの事であった。

ふと何気なく仰ぎ見た夜天。
そこにあるはずの星の輝きを見出せないことに、晴明は深く重い衝撃を抱いた。
慌てて注意深く眼を凝らしてみると、普段とは比べるまでも無く薄い輝きを放つ星を見つけることができた。
微かな安堵を覚えたのは一瞬。次の瞬間には焼け付くような焦燥感が止め処なく湧き上がってくる。
普段、探すまでもなく力強く光を放っていた末孫の星。
その星が一瞬見落とす位に弱々しい輝きに転じていたのだ、これで驚くなと言われても無理な話だろう。
荒れ狂う胸中を宥めつつ、晴明は再び占いを行ったが思うような結果は何も出てこない。というよりは、何も掴めなさ過ぎるのだ。

(もしかしたら、何者かが占いを妨害しているやもしれんな・・・・・・・・)

沈む思考を何とか引き戻しつつ、晴明は目の前に鎮座する闘将三人に視線を向けた。
それぞれ晴明の言葉の意味を思案しているようだが、あまりにも漠然とした言葉のためにその意味合いを掴むことができないようだ。
もう少し砕いて話せと、三対の瞳が晴明へと向けられる。


「そうさのぅ・・・・・星が翳るということは、その星が示す人物の命が脅かされる危険があることを指す。じゃが、星が薄弱になるというのは・・・・・・・・」


晴明はそこまで話すとふいに口篭った。
苦りきったその表情を見るからに、いいことではないというのは有々とわかる。


「焦らすな。さっさと話せ、晴明」

「といっても、ここまで言われると何となくだが言いたい意味は察せられるな・・・・・・・・・」

「とにかく、明確に教えて欲しい。星が薄弱するとは一体どういう意味だ?」


肝心なところで言葉を切る晴明に、闘将三人は目元を厳しくする。
そんな三人の様子に、晴明は渋い表情のまま続きの言葉を告げた。


「・・・・・・・・星が薄弱になるということは、その存在自体が危険に脅かされることを指す・・・・・・・」

「―――存在自体?それは命の危険とどう意味が違うんだ?」

「そのままの意味じゃよ。”昌浩”という”存在”が脅かされるということ・・・・・・」

「・・・・・・つまりは命に危険が差し迫っている、いないという次元の話ではなくて、その存在の有無自体が危険な状況になっていると・・・・・・そういうことか?晴明」

「そうさな、勾陳の言ったことで大体あっているじゃろ・・・・・・・っ!」


勾陳の言葉に頷きつつ話していた晴明は、何かに反応したように唐突に視線をあらぬ方向へと動かした。
そんな晴明の様子に、闘将三人は訝しげに眉を寄せた。


「何があった、晴明・・・・・・?」


六合が言葉少なに晴明に問い掛ける。
問い掛けを受けた晴明はそれには答えず、何かを探るように眼を眇めた。
数瞬の間そうしていた晴明は、緩く息を吐くと視線を闘将達に戻した。


「・・・・・たった今、都を覆う結界が微かに揺らいだ」

「!ということは・・・・・・・」

「あぁ・・・・きっと宮毘羅がどこかの宝珠を破壊したに違いない」

「晴明、揺らぎの方角はどちらかわかるか?」

「午の方角じゃ。・・・・待て、今からそこへ行ったとて既にもぬけの殻じゃろうて、無駄足を踏むだけじゃ」


晴明から方角を聞き出した物の怪が腰を浮かせかけたが、晴明はそれをすかさず止める。


「しかしっ!」

「ちとは落ち着かんか、紅蓮。次に奴らが向かうであろう場所を占ずるから、闇雲に動くなとわしは言っておるのだ。お前ばかりが焦っていると思うてくれるな」


晴明の言葉にはっと我に返った物の怪は、ぱっと顔を上げて晴明へと視線を向ける。

目の前につき合わせた晴明の表情をはっきりと見て取ることができた。
顔の筋肉は強張っており、真っ直ぐ見つめてくる瞳は心内を隠そうとしても隠し切れずに揺らめいていた。
誰よりも末孫を可愛がっていたのは他ならぬ晴明である。不安を感じずにはいられないのだろう。
晴明とていち早く現場に駆けつけたい衝動に駆られているのだ、それを必死に自制しているのだ。

ふいに冷静さを取り戻した物の怪はそのことに気づき、謝った。


「・・・・・すまない・・・・・・」

「なに、わかればよい」


悄然と肩を落とす物の怪に、晴明は苦笑じみた笑いを返す。
しかしそれを直ぐに引っ込めると、改めて表情を真剣なものへと変えて言葉を紡ぐ。


「どうやら予想していたよりも、宮毘羅が動きを見せるのが早かったようじゃ。早急に次の手を考慮しておかねばなるまい。いつでも動きを取れるよう、心掛けておいて欲しい」

「そんなこと、もうとっくにできている」

「別に今すぐと言われても問題はないな」

「次の場所に目途が立ち次第、直ぐに知らせてくれ」

「ふぅ・・・・・いらぬ心配だったようじゃの」


打てば響くように、間髪入れずに返ってきた返答に、晴明は淡い笑みを口元に滲ませた。


「何としてでも都の結界を守り抜き、昌浩を取り返すぞ」


その場にいた者全員が、力強く意思の固い瞳で誓い合った。





必ず、護る――――!





言葉にぜずとも想いは一つ。







                       *    *    *







「この辺りのようだな・・・・・・・・・・」


かさりと落ち葉を踏みしめ、宮毘羅は辺りの気を伺いつつぽつりと呟いた。

周囲に漂う気は洗練され、とても澄んでいる。
むしろあまりにも綺麗過ぎるそれは、ぴりぴりと肌を突き刺すようである。

宮毘羅が更に歩を進めると、一つの小さな古ぼけた祠が姿を現した。


「間違いない・・・・・・久しい気だ」


どこか追懐の情に浸るように、宮毘羅は静かに眼を伏せた。

幾分かの呼吸の後、再び瞼を上げた宮毘羅はすいっと祠へと手を伸ばす。
そっと開かれた祠の中から淡く輝きを放つ紫紺色の珠が現れる。
宮毘羅はそれを手に取ると、徐に背後を振り返った。


「さて、私と同じようにこれの封じを破って貰おうか」


宮毘羅が振り返った背後の直ぐ先には昌浩が静かに佇んでいた。
昌浩の眼には光がなく、どこか虚ろとした雰囲気を醸し出す。
きちんと焦点を結んでいるかも定かではない、精気の抜け落ちた昌浩の前に宮毘羅は珠を差し出した。


「さぁ・・・・封じから我が同胞を解放しろ」

「・・・・・・・・・」


宮毘羅の言葉に付き従うかのように、昌浩は酷く緩慢な動作で両腕を持ち上げ、その手の中に珠を包み込んだ。


「―――――っ!」


昌浩の口から詰まったような息が微かに漏れた。

昌浩が珠を持つと同時に、勢いよく珠が霊力を吸い取り始める。
まるで吸い取る霊力に呼応するかのように、珠はその輝きを徐々に増していく。
急激な霊力の減少に貧血に似た症状を起こした昌浩は、立っていることも儘ならずにふらりとよろめいた。
宮毘羅は、くずおれかける昌浩の腕を掴み上げ、地面に倒れこむのを防ぐ。

ぴしり。

ふいに小さな音が空気を震わせた。
昌浩の手の内にある紫紺色の珠にひびが入ったのだ。
最初は小さなひびであったそれは、次第に細かなひびを広げていく。

ぴしっ。ぱし。ぱきっ・・・・・・ぱりぃぃんんん!

やがて余すところなくひびが入りきった珠は、一際高い破砕音と共に砕け散った。
珠が砕け散ると共に、光の洪水が当たり一体を焼き尽くさんばかりの勢いで照らし出した。

しばらくした後、収まった光の中心には、赤茶色の髪の毛を腰の辺りくらいまで伸ばして新緑色の瞳を持ち、そのほっそりとした身体に古風な甲冑を身に纏った女性が立ち尽くしていた。


「ここは・・・・・・・・」


涼やかで高く澄んだ声が空気を震わせた。

宮毘羅はその女性に歩み寄ると、静かな声で話し掛けた。


「久しぶりだな・・・・・・因達羅(いんだら)」

「え・・・・・宮毘羅?え?あ、私は・・・・・一体どうなっているの?」

「落ち着け。順を追って説明する」

「え、えぇ・・・・・わかったわ」


状況について行くことができずに混乱ぎみだった因達羅は、宮毘羅の鎮撫の言葉を聞いて何とか冷静さを取り戻す。
因達羅が落ち着きを取り戻した頃を見計らって、宮毘羅は説明を始めた。


「まず、我らがあの珠に封じられてから二百幾許(いくばく)の時が経っている」

「っ!もうそんなに時が経ってしまっているの?!」

「あぁ・・・・・あの御方を随分と長い間一人にさせてしまった・・・・・・」

「宮毘羅・・・・・・。それで、あの方・・・・・瑠璃様は一体どこにいるの?」


沈痛な面持ちで話す宮毘羅を、因達羅は痛ましげに見つめる。
宮毘羅の気持ちはよくわかる。自分も同じだから・・・・・・・・・。


「いや・・・・・わからない。私もまだ自由の身になってから一日も経っていないからな。持っている情報はお前と大して差はないだろう」


因達羅の問い掛けに、宮毘羅は首を横に振ることで答えた。
因達羅もそれには特に何も言わず、ただ頷き返すのみに止まった。


「そう・・・・。それは仕方ないことだわ。ところで、他の皆は?」

「他の者達は皆まだ封じられたままだ。こうして自由の身なのは私達のみだ」

「宮毘羅、一つ聞いてもいいかしら?貴方、どうやって珠から出ることができたの?あれは内側からはどうしても破壊することができないはずなのに・・・・・・・・」


あの珠には自分達の力を結界の補助に回すような仕組みになっている。力を全く消費しておらず、ぎりぎりまでに力が満ちた状態なら内からの破壊も可能かもしれないが、休む間もなく持続的に力を奪われていてはいつまでも消費された力を完全に取り戻すことはできない。
それなのに目の前の人物はこうして外へと出ることができている。疑問に思わないはずがない。


「それは簡単なことだ。内で力を補充できないのなら、外から補充すればいい」

「えっ・・・・それはどうやって?」


と、そこで因達羅は漸く宮毘羅に抱えられている小柄な人影の存在に気づいた。
人間の子ども。
その子どもはぐったりとした面持ちで顔は血の気がなく青ざめており、薄く開いた瞼の下からは光のない虚ろな瞳を覗かせている。


「っ!宮毘羅、貴方まさかこの子から力を奪い取って外に出たの?!」

「その通りだ。この子どもは稀に見てとても強い力を有しているようだからな。あれほど大量に力を放出してもこうして無事でいられる」

「貴方何を言っているのかわかっているの?!こんな惨いことを・・・こんな幼い子に強いる必要がどこにあるというの?!!」

「忘れたわけではあるまい?我らから主を奪い、我ら自身でさえも結界を張るために利用した者達は誰かを・・・・・・。それは紛れもないこの都に住む人間達だ」

「それはっ!この子ではないでしょう?無関係な子を巻き込む必要なんて・・・・・・」

「無関係ではなかろう?この子どもとて我らが礎となって築いた結界の恩情を受けているのだ。関係ないなどとは言わせやしない」

「宮毘羅っ!!」


宮毘羅のあまりな物言いに、因達羅は堪らずに声を張り上げる。

自分とて身勝手な振る舞いをした人間達を許すことなどできないし、怒りや憤りを感じないわけではない。
叶うことなら結界など無視して、今すぐにでも同胞と主を救い出してこの地を立ち去りたい。
けれど、宮毘羅のこの振る舞いはあまりにも理不尽である。
ましてや宮毘羅の人なりを知っている者ならば、常の彼の言動から程遠くかけ離れた行いに違和感さえも感じるだろう。

十二夜叉大将の中でも最も人間を愛しんでいたのは、誰よりも他ならない宮毘羅その人である。
それなのに・・・・・・・。


「一体何があったの?こんなの、全然貴方らしくないわ・・・・・・・」

「それは私自身が十分に承知している。それでも私は頑なに誓ったのだよ。あの御方と同胞達を取り戻すまでは修羅になろう、と・・・・・・・・・。そのためにこの子どもの力が利用できるのならば、いくらでも利用してやる、とも私が己で決めたことだ・・・・・・・・・・・」

「宮毘羅・・・・・・そこまで固く辛い決意をしたのね。・・・・・・わかったわ。私はもうこのことについては何も言わないわ。でも、約束して。この子の命を脅かすような真似はしないと、全てが終わったらこの子を家族の下へ返すことを」

「無論。私とて何も幼い命を刈り取ろうなどとは思わない。・・・・・ふっ、やはり非情になりきれないな・・・・・」


因達羅の言葉を聞いた宮毘羅は、酷く辛そうな表情で言葉を紡ぐ。
因達羅は宮毘羅のそんな表情を見て、密かに安堵の息を吐いた。
よかった。やはり彼は変わってなどいない。彼は紛れもなく自分の知っている十二夜叉大将の統率者、宮毘羅大将だ。


「とにかく、なるべく速やかに同胞達を・・・・瑠璃様を助け出すぞ」

「えぇ・・・・わかっているわ」


宮毘羅は腕の中でぐったりとしている昌浩を抱えなおすと、身を翻した。
因達羅もその後に続く。

因達羅は宮毘羅に抱えられている子どもに視線をやると、心内で密かに謝罪した。




(ごめんなさいね。でも、それでも私達はあの方を取り戻したいの・・・・・・・)




彼女は知らない。
全てが終われば無事に・・・・・などと、そう上手くはことは運ばないということを。












この先に起こることを知っているのは、姿なき黒い影のみ―――――――。















                       

※言い訳
はい、久々の更新になります。
今月はオフ本制作に、テスト勉強などと様々な要因が重なってほとんど更新することができませんでした。これからは通常通りの更新速度に戻りたいと思います。
あ〜、でもイベントの準備の忙しさの度合いによっては、もしかしたら週一位の速度になるかも?
まぁ、予定は未定ということで。でも、八月になれば夏休みになるし、三・四日に一度位は更新できるかな???

感想などお聞かせください→掲示板

2006/7/28