仕方ないのだと己に言い聞かせる。









すべては日常を取り戻すため。









あの平穏だった時を取り戻すためなのだ。









叫ぶ心に耳を塞ぐ。









それを聞いてしまえば前には進めないのだから―――――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜玖〜

















はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・・・大粒の汗が頬を滑り落ちる。

荒い呼吸はなかなか収まりそうもない。


「宮毘羅・・・・・少し休憩を取りましょう。でないとこの子が持たないわ・・・・・・・」


肩で息をする子どもを心配げに見ていた因達羅は、宮毘羅にそう提言する。

短い日にちの間に立て続けに大量な霊力を消費すれば、命の危険も関わってくる。
いくら同朋と主を助け出すとはいえ、この幼子に力を酷使させるのは何とも心苦しいことだった。
自分達も封じの破壊を手伝うと言っているのだが、宮毘羅は頑としてそれを是とはしなかった。
結果、子どもが一人で破壊作業を行い、酷く疲労困憊している。
封じを破壊する分の霊力の回復のために休憩は取るのだが、それだけ回復させたら新たな封じの破壊に移る。
宮毘羅は子どもに必要最低限の休息しか与えなかった。
それではとてもではないが休んだことにならない。
色濃い疲労を隠すことはできず、幼子は随分と顔色がよくなかった。

このままでは不味い。

そう判断した因達羅は、何としてでも宮毘羅に休憩の了承を得ようと思った。


「それは・・・・・・・駄目だ。邪魔立てする者がいる。時間を多く掛けてはいられないのだ・・・・・・・先ほどとて鉢合わせしかけただろう?」


そう。つい先刻封じを破壊した時に、安倍晴明の式神である十二神将ともう少しで遭遇しそうになったのだ。

封じの破壊作業において阻もうとする者がいることは宮毘羅から聞いている。
それが同じ十二神将と呼ばれる者達であり、同じく神に名を連ねる者達であるということもしっかりと聞き及んでいる。
故に対峙するとなると色々と不具合が生じる。
同じ神であるということもあるが、自分達は未だ完全に力を取り戻してはいない。
二百年以上もの間削り取られてきた力は、そう易々と回復はしてはくれないようだ。
なので対峙して更なる力の消費をすることは得策ではないのである。


「わかってる・・・・・わかっているわ、そんなこと。でも、無理な強行軍をとっていたらこの子が倒れてしまうわ」

「しかしだな・・・・・・・・」

「ちょい待ち。俺も因達羅の意見に賛成や宮毘羅。その坊主の顔色、随分悪ろうなっとる。この様子だと、全ての封じを壊し終わるよりも先に倒れてしまうで?」


因達羅と宮毘羅の会話の間に、他の声が割り込む。
声のした方へ視線を向けると、そこには肩より少し下くらいの長さの黄金色の髪に、榛色の瞳をした青年が木に背を預けた格好で視線を向けてきた。見かけの歳は紅蓮達と同じくらいだろう。


「俺もそう思う。無理をさせるのはよくない・・・・・・・」


金髪の青年の横に立っていた、青灰色の瞳に、漆黒の前髪を伸ばして片目を覆った青年が同じように因達羅の意見に同意する。見た目の年の頃は金髪の青年よりやや年上位である。


「けっ!皆して因達羅派か。僕は宮毘羅の意見に賛成だよ?人の身なんて脆弱なんだ、んなことを一々気にしてたらきりがないんじゃないの?」


木の一番低い枝に登って足をぶらぶらと揺らしながら、焦げ茶色の短い髪にくすんだ金色の瞳をした少年が不貞腐れたような表情でそう言ってくる。歳は玄武と同じ位か少し上位だろう。


「我、因達羅の意見に是・・・・・」


言葉少なに話すのは薄い茶金の髪を腰あたりまで伸ばし、空色の瞳をした少女。見た目だと天一と同じ位であろう。


迷企羅《めきら》、伐折羅《ばさら》、摩虎羅《まこら》、波夷羅《はいら》・・・・・・・・」

「多数決の上では因達羅の意見が通されるが・・・・・・承服しかねる」

「宮毘羅、焦る気持ちはようわかる。しかしな、ここは少し休憩を多くとって次に向かった方が効率はええと思うで?それにな、この坊主の限界が近いのも事実や。今はあんたがこの坊主の意識を封じて操っとるから坊主は何も言わないんだろうけどな、かなり前から具合が悪そうにしてたのは確かや。宮毘羅、あんたがそれを無視してこの坊主に無理を重ねさせることはできないと、俺は思うとるんだが・・・・・違うか?」

「・・・・・・・・少し休憩を入れる。迷企羅、波夷羅は都の様子を見てきてくれ。残りの者達はその間自由にして貰って構わない」

「へいへい。全く人遣いが荒いなぁ〜、ほな行くで波夷羅」

「承知」


そうして迷企羅と波夷羅は姿を消した。
因達羅それを見送った後、木下で力なく座り込んでいる子どもに歩み寄った。


「大丈夫?今回復させるわ・・・・・・・・」


返事を返さないであろう子どもに声を掛けながら、因達羅は復調の術を掛ける。
淡い緑色の光が子どもを取り囲む。
子どもは意識を封じられているのだが、どこかその表情が和らいだように見えた。
因達羅はそんな子どもの様子を見て微かに安堵の息を吐くが、僅かに憂う双眸は現状に納得していないことを如実に表していた。


「宮毘羅、少しの間だけでいいからこの子の術を解いてあげて。ずっと心を縛られたままでは精神の負担が積まれるばかりだわ」

「駄目だ。そうしてやりたいのは山々だが、術を掛けては解くのを繰り返す方が心に掛かる負担が大きい。仕方ないのだ・・・・・・」

「そう・・・・なの」

「因達羅、お前が子ども好きなのは知っている。だが、堪えてくれ」

「・・・・・・・・・えぇ」

「すまない・・・・・・・」


悄然と肩を落とす因達羅に、宮毘羅はそう言うことしかできなかった。
ふと、子どもが身じろぎをした。

ぽすっ。


「あ・・・・・////」

「・・・・・・・・・」


回復の術で幾分楽になったために眠くなったのか、子どもは体勢を維持できずに隣にいた因達羅に倒れ込んできた。
その格好はいわゆる膝枕・・・・・・・・。

眼を閉じ、静かに呼吸を繰り返す子どもを見て、因達羅は思わず微笑ましげに見つめる。
そして僅かながらにも意識を浮上させた因達羅を見て、宮毘羅は安堵したように目元を和らげた。
次いで横になっている子どもに視線を落とし、先ほど見た時よりはよくなった顔色を見てほんの微かに息を吐いた。


「微笑ましい光景だな・・・・・・・・・」

「何和んじゃってるのさ、僕達の目的は同朋と瑠璃様を助け出すことであって、人間と馴れ合うわけじゃないんだよ?」


少し離れた所から二人(三人?)の様子を見ていた伐折羅と摩虎羅はそう会話をしていた。
伐折羅は言葉にした通り、彼らの遣り取りを微笑ましげに暖かな眼で眺めている。
それとは反対に、摩虎羅は不機嫌そうに眺めていた。
それを見た伐折羅は、少し苦笑気味に摩虎羅に問いかけた。


「随分、人のことを邪険に扱うようになったな・・・・・・・・嫌いではなかったのだろう?」

「あれだけのことをされたら、嫌いじゃなくったって良い感情は持たないでしょ?」

「あれが全てではない」

「でも真実だよ」

「・・・・・・・・・・」

「あぁっ!もう!!言われなくても嫌ってないよ。だからその無言で視線で訴えてくるのはやめてくんない?居心地が悪いったらないよ」


何故そんなことを・・・・・?という問い掛けをありありと含んだ視線を寄越してくる伐折羅に、摩虎羅は鬱陶しげに手をぱたぱたと仰ぐことで答える。
そんな摩虎羅の反応を見て、伐折羅は嬉しげに微かに口元を持ち上げた。


「よかった・・・・・・・・・」

「は?何が」


唐突に告げられた言葉に、摩虎羅は訝しげに眉を寄せて問いかける。


「人を嫌いにならかったこと。確かにこの度の仕打ちは許し難い。けれど、慈しむ存在であると・・・・・・・俺はそう思っていたい」

「はっ!あんたも大概人間好きだよな。僕はそこまで人のことは好きになれないよ」

「人間だけではない。生あるもの全てだ・・・・・・・・」


語弊があると伐折羅は摩虎羅のいった言葉を丁寧に訂正する。
そんな伐折羅の言葉に、摩虎羅はどうでもいいと言わんばかりに肩を竦める。


「あっそう。そんなこと、どっちでも僕には関係ないよ。僕は瑠璃様についていってるだけだからね・・・・・・他の奴なんてどうでもいいよ」

「・・・・・・・・・・」

「はぁ・・・・・わかってるって、僕が瑠璃様が悲しむようなことするわけないでしょ?鬱陶しいな」


再び視線のみで訴えかけられた摩虎羅は、観念したように息を吐いた。


「なら、いい。瑠璃様を悲しませるのが一番駄目だ・・・・・・・・・」

「言われなくてもわかってるよ」

「・・・・・・皆、無事に会えるといいな」

「会えるんじゃない、会うんだよ。他人任せなんて冗談じゃない。己の意思と行動で実現させるものさ」

「あぁ・・・・そうだな」


摩虎羅は鋭い光をその瞳に浮かべ、くっと口の端を持ち上げてそうきっぱりと言い切った。
伐折羅も頷くことで同意を示す。




望みは自分の手で掴み取るものだ―――――。











                       *    *    *







「あ〜、失敗したなぁ。まさか見つかってしまうとはな・・・・・・・・・・」

「迷企羅、間抜け・・・・・・・・」

「へっ?!俺が悪いのか?ただ都を見て回っただけやん!!?」

「気、抑えてない。垂れ流し、すぐにばれる」

「あ・・・・・・・・」


なんで俺ばっかり悪いのや?!と聞いてくる迷企羅に、波夷羅は一番の問題点を告げる。
迷企羅は波夷羅にしてきされて初めて気を抑えるのを忘れていたことに気づく。
うぁ〜!何間抜けなことしとるんや〜〜!?
己の失態に漸く気がついた迷企羅は、己に突っ込みを入れている。


「取り込み中すまないが、こちらのことを忘れてもらっては困るな」

「あ〜、ちゃうちゃう。姐さんらを忘れとったわけやないで?ちょっとこっちにも色々事情があるんでな・・・・・・・」


迷企羅は目の前に佇む三人の人影のうちの一人に、手を振って否定する。
三人の人影・・・・・その正体は昌浩を取り返すべく、都を奔走している闘将紅蓮、勾陳、六合の三人であった。


「お前達にいくつか問いたいことがある」

「なんや〜?答えられることだったら、答えてもええで?」


黒曜の双眸を煌かせて、勾陳は目の前の人物達を見据える。
研ぎ澄ませた刃のような勾陳の視線を、迷企羅はへらりと笑って受け流しつつ返答する。


「では、尋ねよう――――――」


迷企羅の返答を聞いた勾陳は、口の端を緩く持ち上げて最初の問いを口に乗せた。







さわり・・・・・・・・・・。








両者の間を涼やかな風が通り抜けていった―――――――――。













                        

※言い訳
はい、予告どおり続きを更新致しました。
なんか既に四人も解放しちゃってるしさ・・・・・;;や、流石に一人ずつ解放していったらお話が進まないしさ・・・・・まだ六人も残ってるし。
しかし、性格とか話し言葉とかの違いを考えるのって難しいなぁ〜。っていうか関西弁初めて書くよ;これであってるのかなぁ?かなり自信ないです。間違っていたらご指摘の方、宜しくお願いします。
そして、話の内容ですが・・・・・・ぶっちゃけて言えばしばらくの間昌浩は登場しますが、会話の方は皆無と言っていいかもしれません。(というか表記で名前さえも出てこないし・・・・;;)しばらくご辛抱の程、お願いします。

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2006/8/8