帰ってこない愛しき者。 ただ無事を祈るだけなど、気休めにもならない。 戻ってきて欲しくば己の手で。 取り帰そう。 未だ姿を見せないお前を――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾壱〜 |
宮毘羅(くびら)は目の前に立ちはだかる人物を見て、内心舌打ちをしたい気分になった。 「昌浩を帰して頂こうか?」 淡い月光に照らし出されるは、落ち着いた物腰の老人。 青年の背後には幼い風貌の栗毛の少女と黒髪の少年。そして彼らよりやや年上に見える金髪の少女、その彼女の脇に位置する赤髪の青年。 一番手前にいる青年を除いて彼らからは自分達と同様に神気が感じられることから、彼らが十二神将であろうと推測ができた。 そして彼らの更に背後には、目的のものが収められているであろう祠があった。 つまり、目の前に立ちはだかる彼らを退けないと珠を手に入れることができない。 「宮毘羅・・・・・・」 「読みが甘かったか・・・・・・まさか先回りをされていたとはな」 「これでも陰陽師を生業としている故、貴方方が向かうであろう次の場所を予測することは可能なのですよ」 因達羅(いんだら)の困惑を含んだ呼び声と、宮毘羅の苦渋を孕んだ呟きがほぼ同時に漏れる。 そんな彼らを見て晴明は苦笑じみた笑みを口の端に乗せつつ、宮毘羅の呟きに答えた。 「そして待ち伏せして待っていたと・・・・・・その老体で随分ご苦労なことだな」 「いや、なに。大事な孫のことですからな、多少の無理など無理の内には入りませんよ」 「孫、ということは血縁者か。老いた身とはいえ物凄い力を持っているようだな・・・・・」 宮毘羅はその顔に警戒心を滲ませ、目を若干細めつつ眼前の老人を見据えた。 相手は人間とて侮れない。 末席とはいえあの十二神将を引き連れている人物だ、油断すれば足元を掬われかねない。 「噂は聞いた。十二神将をその配下に置いた男、名は・・・・確か安倍晴明だったか?」 「如何にも。まだ封じから解かれて日が浅いというのに、耳が早いことだ」 「まぁ・・・・・な。情報源などそれこそ沢山ある、手に入れることは容易い」 宮毘羅は悠然とした様子で笑んだ。 「その情報源というのも気になりますが、今は取り敢えずそれについては深く追求するのはやめておきましょう。我々が言いたいことは一つ。先ほども申し上げましたが、我が孫である昌浩を帰して貰いたい」 「断る。この子どもの力が今の我々には必要だ」 「そう言われて我々が大人しく引くとでも?」 「引かないだろうな。それは無論承知の上だ。我々を阻むと言うなら、排するためにこの力を振るうことに躊躇いはない」 宮毘羅はきっぱりとそう断言すると、どこからともなく太刀を取り出して切っ先を晴明達へと向ける。 宮毘羅が動きを見せると同時に、後ろで控えていた因達羅と伐折羅(ばさら)も同様に武器を顕現させて構える。 それを見た晴明及び、神将達も身構えた。 「必ずや取り返させて貰いますぞ」 「そんなことさせるか!!」 二極の力がぶつかり合う。 「じい様――――」 今まで何の反応を示さなかった子どもが、微かに唇を振るわせた。 しかし、そのことに誰も気がつくことはなかった――――――。 * * * キィンッッ!!! 金属と金属が打ち合わされる音が空気を震わせる。 独鈷杵と筆架叉が交わる。 漆黒と黄金色の髪が翻る。 「――っ!姐さん、ほんまに容赦ないなぁ」 「当然だ。手を抜いて勝てるほど楽な相手だとは思っていないからな」 「へ?それって俺のこと高く買ってくれてるん?わ〜、それはご期待に添えなければなぁ、っ!!」 迷企羅(めきら)はへらりと笑った後、拮抗する独鈷杵に更に力を加えて筆架叉を押し切る。 押し切られる形となった勾陳は、その力を利用してそのまま後ろへと飛び退き、間合いを取る。 迷企羅はそんな勾陳を追従しようとしたが、唐突に横から割り込んできた銀閃に気がつき慌てて横へと跳ぶ。 「うわっ?!いきなり襲ってくるのは反則やないか?長髪の兄さん」 「確かに。常であればこんなことはしないのだが、時間が惜しい。早々に捕まえるためだ」 「合理性を考慮した上でってか?つれないねぇ・・・・・・」 淡々と事実を述べる六合に、迷企羅は軽く肩を竦めた。 と、その時 「迷企羅、伏せる。でなくば、串刺し」 波夷羅(はいら)の淡々と紡がれる言葉が迷企羅の耳に届いた。 迷企羅はそれに合わせて上体を深く沈めこませる。 ヒュン!ヒュヒュン!!! 迷企羅の頭上を無数の矢が通り過ぎていく。 頭上を通り過ぎていった矢は、全て六合へと殺到する。 矢の標準が己であることに気づいた六合は、速やかにその場から退避する。 すると、今まで六合がいた場所に大量の矢が突き刺さり、土が抉られた。 「〜〜っだあぁっっ!!危ないやないか波夷羅!俺まで一緒に針山にする気かっ?!!」 「我、忠告した。避けない、迷企羅悪い」 「・・・・・・はぁ、もうええわ」 波夷羅に思わず文句を言う迷企羅であったが、疲れたように息を吐くと肩を落とした。 と、次の瞬間、熱を孕んだ空気がゆらりと動きを見せた。 「っ!波夷羅!!」 灼熱の紅い龍が波夷羅に牙を向ける。 そのことに気がついた迷企羅は、波夷羅に警告の声を上げた。 それに対し、波夷羅は冷静さを崩さずに、素早く弓に矢を番えて迫りくる龍へと撃ち放った。 放たれた龍へと突き進み迎え撃つが、炎の勢いの方が遥かに勝っており、矢など造作もなくその顎は飲み込んだ。 「!しまっ――」 咄嗟に回避反応が遅れた波夷羅は、その場を動くことができず立ち尽くす。 龍の牙が正に波夷羅を捕らえようとした瞬間、銀光が奔った。 炎の龍は無数の刃に切り裂かれ、散り散りになって消え去った。 「ふぅ〜。全く危ないところだったね。二人して何してんの?さっさとこの場は引くよ?」 いつの間にやら現れたのか、玄武と同じくらいの背格好をした少年が、波夷羅の前に護るように立ちはだかっていた。 焦げ茶色の髪が風に吹かれて揺れる。 「ふーん、あんた達が宮毘羅の言っていた邪魔者か」 くすんだ金色の瞳が不躾に向けられる。 「・・・・・・貴様も十二夜叉大将か?」 「こっちには答えてあげる義務なんてないんだけどね・・・・・・。ま、いいか。十二夜叉大将が一人、摩虎羅だ。別に覚えなくてもいいけどね!」 「摩虎羅か・・・・・そっちの二人にはまだ名乗っては貰っていないがな。まぁ、それは互いに名を呼び合っていたから今更聞かずともわかるが・・・・・・・。礼儀だ、こちらも名乗ろう。十二神将が一人、勾陳だ。」 「同じく、騰蛇だ」 「・・・・・・六合」 「ふ〜ん、十二神将ねぇ・・・・・。よろしくしたくないけど、よろしく」 摩虎羅はどうでもよさげな態度で返答した。 実際、彼としてはどうでもいいのだろう。 「宮毘羅はともかくとして、因達羅が心配そうにしてたからさっさと戻るよ?」 「あ、あぁ。すまんな摩虎羅」 「心配、掛ける。嫌」 「それじゃあ、さくさく退避するよ」 「なっ!待て!!!」 態勢を整え、改めてその場を退く構えを取る迷企羅と波夷羅。 逃げる態勢に入った彼らに気づいた紅蓮が、咄嗟に静止の声を上げる。 しかし摩虎羅は、それを無視して取り出した斧を無造作に振った。 ゴアァァッッ!!! 目を開けていられないほどの衝撃波が紅蓮達を襲う。 突風が収まり、紅蓮達が目を開けた頃にはその場に彼らの姿はなかった。 「ちっ!逃がしたか・・・・・・」 「まぁ、仕方ないさ。それよりも、私達も晴明のもとへ向かおう。やつらが向こうの仲間と合流することで、晴明達もきつくなるだろうからな」 「・・・・そうだな。急ごう」 悔しげに舌打ちをする紅蓮に、勾陳は軽く肩を叩いて落ち着かせようとする。そして、晴明達がいるであろう方角へと視線を向けつつ、早く彼らと合流した方がよいことを提案する。 これには六合も賛同して頷き、紅蓮も同様に納得する。 そうと決まれば即行動。 彼らは晴明達がいる卯の方角、つまり東へと向かって駆け出した。 「必ず助けるからな、昌浩・・・・・・・・・」 紅蓮は誓いを立てるように口の中でそう呟いた。 同胞よ・・・・・・・・・。 唯一無二の眷属よ・・・・・・・・。 声が聞こえる。 己を呼ぶ声が―――。 その声は段々とこちらへと近づいてくる。 ほら、もうすぐそこまで・・・・・。 身動きのとれない闇の中、己を呼ぶその声だけが刻々と変化を遂げる。 ―――――。 呼ぶ名も知らないはずなのに、己は確かにその名を呼んだ。 伸ばした掌を掴む者は、まだ現れない――――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 う〜ん、紅蓮達出番が少ない・・・・・・っていかオリキャラ出張りすぎ?皆さんどう思います??そこのところを掲示板なんかで感想をいただけたらなぁ・・・・と思っていたり。 昌浩と紅蓮達はまだ巡り合ってはいませんが、一足先にじい様達と会うことができました! それよりも昌浩を喋らせたい。独白じみた文章とか、行動とかならちょくちょく出てるけど、それじゃあなぁ・・・・・この山を越えたら昌浩尽くめの文章になっちゃうかもね?反動で。 明日も続きを更新するつもり。がんばろ・・・・。 感想などお聞かせください→掲示板 2006/8/23 |