久々の光。









しっかりと認識される世界。









眼を開けたその視界には、心配顔の知らない人。









どうしてそんなに哀しそうな顔をしているの―――――――?
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾肆〜















「やはり阻もうとするか・・・・・・」


自分達と祠の間に割り込み行く手を阻む相手に、宮毘羅(くびら)は表情を動かさずに淡々と言葉を漏らした。


「昌浩はどこだ?」


物の怪の姿から人型へと戻った紅蓮は、金眼を眇めつつ低い声でそう言った。

求める子どもの姿は――――――ここにはない。

蒼と金がかち合い、苛烈な火花を散らし合う。
両者、互いに引くことはできない。
ならば、道は一つ。


「教えるはずがないだろう?その手に取り返したくば、我等全員を完膚なきまでに倒し、自力で探し出すことだな」

「いいだろう。ご希望通り、完膚なきまでに叩き潰してくれよう」

「武神である十二夜叉大将、そう侮られては困るな」


二人は同時に武器を取り出す。

宮毘羅は太刀。紅蓮は炎の槍を――――。

両者は睨み合い、同時に地を蹴った!!


キィンッ!!!


高く澄んだ音が周囲に響き渡る。

それを皮切りに、両者は同時に動き出した。




光刃が閃き、交わり、離れる。

矢が休む間もなく放たれ、雨の如く降り注ぐ。

それを突風が吹き飛ばし、軌道を変える。

眼には映らぬ衝撃波が容赦なく襲い掛かり、地を穿つ。

織り成された障壁は攻撃を受け流し、防ぐ。




各々が己の最大限の力をもって攻防を繰り広げる。

幾度なく刃を切り結ぶ中、ふいに宮毘羅は口を開いた。


「―――貴様らは二つ、重要なところを見落としている」

「・・・・・なんだと?」

「一つ。我等と貴様ら十二神将の違いだ。我等は全員が武神。初めから闘うことを中心においている存在だ。だが、貴様らは違う。闘将と呼ばれる戦闘能力の高い者もいるようだが、十二人全員が闘う術を持っているわけではない。いくら人数が互角に等しいと言えど、絶対的に戦闘要員が不足する。つまりこの時点で貴様らにとっては不利な状況になるわけだ」

「・・・・・・・・・・」


違うか?と目線で問われ、紅蓮は閉口せざる負えなかった。

確かに宮毘羅のいうことにも一理ある。
こちらで戦闘能力を保持しているのは、晴明を合わせて九人。
その内で青龍と天后は晴明の護りに回っているのであまり大きく動くことはできず、実質は七人。
結界を張れる玄武と天一は祠の護りにあたっている。

それに対してあちらは十人。
全員が武神というのならば、全員が闘うことができる。
この時点で一人ではあるが人数差ができる。
姿の見えない十一人目は、恐らく昌浩についているのだろう。


「そしてもう一つはその目的にある。貴様らはあの子どもを取り戻すのが目的だ。違うか?」

「あぁ、その通りだ」

「だが、それと同時に『珠を守る』という目的もある。やらねばならないことが増える程に、その負担も大きくなる。それに対して我等の目的は『同胞を封じより解放すること』ただ一つだ。今の場合、我々は珠を手に入れることさえできればよいのだからな。気を回すという点でも差が生じる」

「・・・・・・何が言いたい」

「つまり、一瞬でも拮抗が崩れれば、一気にこちらに戦況が傾くわけだ」


宮毘羅は愉しそうに口の端を持ち上げる。
紅蓮はそれに不快感を抱き、言葉を返そうと口を開きかけたその瞬間。


「きゃあぁぁぁっ!!」


太陰の悲鳴が木霊する。


「太陰っ?!」


衝撃波をもろに食らって吹き飛ばされた太陰を、白虎が咄嗟に受け止める。
その瞬間、太陰と白虎の注意が完全に逸れることとなる。

それまで彼らと相対していた真達羅(しんだら)と招杜羅(しょうとら)は、好機とばかりに祠へと身を翻す。


「今のうちに珠を奪うぞ!真達羅」

「わかってるって!招杜羅」


手にしている武器の重さなど感じさせない身軽さで、二人は祠へと疾走する。

そんな彼らを阻もうと動きを見せる者もいたが、己が対峙している者に阻まれてその場で蹈鞴を踏む。


「安底羅(あんてら)!三人同時に攻撃を加えるぞ!!」

「!うん、わかった!!」


先ほどから一人で二人の神将が作り出した障壁の攻略に励んでいた安底羅に、招杜羅は声を掛ける。
安底羅も増援に気づき、その手に持つ剣に力を集める。

何の示し合わせも必要とせずに、三人は同じ呼吸で攻撃を繰り出す。


玄武と天一の肩に、三人分の攻撃の重圧が圧し掛かる。
二人とも唇を噛み締めてその圧力に耐える。が、二対三では敵うはずもなく、無情にも結界が打ち砕かれた。


「くそっ!」

「そんな・・・・・」


玄武と天一の顔が悔しさに歪められる。

招杜羅と真達羅は牽制のために玄武と天一の所に留まり、その隙に安底羅が祠へと駆け寄って珠を取り出す。


「宮毘羅っ!!」

「!よくやった!済まないが後を頼む」

「なっ、待てっ!!」


紅蓮と大きく距離をとった宮毘羅の元へ安底羅が駆け寄り、手に入れた珠を渡す。

珠を受け取った宮毘羅は、間髪いれずにその場から身を反転し立ち去る。
そのことに気づいた紅蓮は慌ててその後を追おうとする。
しかし、その間に割り込んできた安底羅に、それ以上進むことを遮られる羽目になる。
このままではやつを見失ってしまう!そうなれば昌浩の居所も分からずじまいになること必須だ。
紅蓮がそう思った瞬間、あらぬ方向から彼女へ向けて突風が襲い掛かった。


「あー、もう!頭にきたっ!!絶対に許さないんだからぁっ!!!」


怒号一発。

いつもより激しい癇癪と共に、復活した太陰は安底羅に向けて猛々しい風を繰り出す。
これには安底羅も耐え難かったのか、思わず体を硬く竦めた。

紅蓮はその隙を逃さず、あっという間に安底羅の脇を通り抜け、宮毘羅が去っていった方向へと駆け抜けていった。


「あっ・・・・・」


安底羅はしまったと顔を顰める。
引き止めようとした時には、褐色肌の背中は既にかなり遠い所にあった。


「よくも邪魔をしてくれたわねっ!!」

「ふふん!ぼけっと突っ立ってるそっちが悪いんでしょ?」


紅と桔梗が互いに睨み合う。

気に入らない。

互いに容貌の年の差があまりないためか、不必要な程に反発心が駆り立てられる。
両者は互いに構えた。



二人を中心に風が吹き荒れた――――――。







                       *    *    *







その頃、珠を手に入れた宮毘羅は、祠から少し離れた所へとやって来ていた。

木立を抜けた少し開けた所に、因達羅(いんだら)と子どもがいた。
二人は地面から突き出た石の上に腰を下ろしている。
仲間の気配に気がついたのか、因達羅が宮毘羅の方へと振り返った。


「!宮毘羅・・・・最後の珠は手に入ったの?」

「あぁ、ここにな」


子どもを手を引いて立ち上がらせながら、因達羅は質問する。
宮毘羅はその質問に、手にしていた紫紺色の珠を見せることで答えた。


「そう、よかった・・・・・。最後の一つよ、頑張って」


因達羅は前半は宮毘羅に、後半は子どもへと声を掛ける。

宮毘羅は子どもの傍へと歩み寄り、その珠を差し出した。


「さぁ、最後の一つだ。この封じさえ破ってしまえば、後はお前の力に頼る必要もない」


そう。主を封じる術は自分達が全力を込めて破ればいいのだ。この封じさえ子どもに破ってもらえば後は負担を掛けさせることもない。

この数日間で随分やつれた風な子どもは、ゆっくりな動作ではあるが紫紺色の珠へと手を伸ばした。
最近では既に見慣れてしまった光景。
珠は子どもの力を吸い取り、その滑らかな表面に無数のひびを生じさせていく。
満遍なくひびが入った珠は破砕音と共に粉々に砕け散る。
光の洪水と共に、最後の一人がその身を開放させられた。


毘羯羅(びから)・・・・・・・・」


姿を現したのは橙色の髪をした青年。紅蓮よりはやや年下であろうか。
閉じられていた瞼がゆるゆると持ち上げられて灰色の瞳が現れる。


「・・・・・・はれ?宮毘羅と因達羅がいる・・・・・・」


毘羯羅は間抜けな声を上げつつ、ぼけっとした表情で二人の顔を眺める。

毘羯羅のらしいといえばらしい反応を目の当たりにして、宮毘羅と因達羅は脱力したように息を吐いた。


「毘羯羅・・・・・もう少ししゃきっとした反応を返せないのか・・・・。まぁ、お前のことだからそんなことを言っても無駄だとは思うが」

「えぇ・・・・・でも、それでこそ毘羯羅だと言えなくもないですけどね」

「?どうしてそんなに疲れたような顔をしてるんだい?宮毘羅。・・・・・・・・ところで因達羅。その子どもは一体どうしたんだい?」


心持ぐったりした様子の宮毘羅に首を傾げつつ、毘羯羅は見慣れない子どもの存在に気づいて因達羅に質問する。

毘羯羅に質問された因達羅は、思い出したように宮毘羅へと向き直った。


「宮毘羅、この子に掛けた術を解いてあげて。これ以上いらない負担を掛けさせるわけにはいかないわ」

「は?術??一体何でまたそんなことを・・・・・」

「私達の封じを破らせるために宮毘羅がこの子に術を掛けたの・・・・・・・」

「らしくないな・・・・宮毘羅、何を焦ってるんだい?」

「何のことだ?・・・・・・・解っ!」


腑に落ちない表情で、毘羯羅は宮毘羅へ探るような視線を送る。
宮毘羅は敢えてそれを無視し、子どもへと掛けた術を解除する。

術を解除したが子どもはぴくりと肩を微かに動かしただけで大きな反応を返さない。どうやらきつく術を掛けすぎたようだ、完全に意識を取り戻すまで少し時間がいるようだ。
宮毘羅はやや気まずげな顔をしたが、直ぐにそれを改め、二人へと振り返る。


「私は今から瑠璃様の封じを破りに行く。毘羯羅は私と共に来てくれ。お前が我等の中では私の次に強いからな・・・・・・。因達羅は私達が帰ってくるまで、引き続き子どもを見ていてくれ」

「待って!宮毘羅。もうこの子を連れまわす必要も無いんでしょ?早く親元に帰してあげた方がいいんじゃない??」


宮毘羅の指示に疑問を持った因達羅は、彼を引き止める。


「いや、私が帰ってくるまでは駄目だ。その時には必ず帰す・・・・・・わかってくれ」

「・・・・・・どうしても?」

「どうしてもだ。
それが約束事だからな

「え?」

「何でもない。頼んだぞ、因達羅。行くぞ、毘羯羅」

「わかった・・・・・・」


宮毘羅と因達羅の遣り取りを怪訝そうに見守っていた毘羯羅は、晴れない表情のまま彼に付き従う。
二人は瞬く間にその姿を消した。
彼らの行く先はどこであるのかは知らないが、主が封じられている場所を宮毘羅は既に突き止めているのだろう。


「・・・・・・ぉ・・・・こ・・・・?」

「!・・・・・・よかった、気がついた?」


虚ろであった眼に光が戻り、やや緩慢とした動きではあるが子どもが口を動かす。
子どもの様子に気づいた因達羅は、慌てて子どもの顔を覗き込む。
きちんと視線がかみ合った。
子どもは数度、ゆっくりと瞬きをした。そうすることで視界を鮮明にさせようとしているようだった。


「・・・・・・あ、なたは?」

「私は因達羅。十二夜叉大将の一人よ。宮毘羅が貴方を連れ去ってきたらしいけど・・・・・・・覚えているかしら?」

「・・・・・・・うん、覚えてる。術に掛かっている間のことも・・・・・・とぎれとぎれだけど覚えてるよ」

「っ?!・・・・・・・ごめんなさいね、貴方にかなり無理を強いてしまったわ・・・・・・・・」


因達羅は、未だにどこか茫洋とした様子を拭えないでいる子どもの頭を優しく撫でる。

子どもは疲れきっているのだろう。
きちんと意識を取り戻しだ今でも、因達羅にその身を預けたままである。
因達羅はその事実につきりと胸を痛めた。

表情を翳らせた因達羅に気づいた子どもは、ゆっくりと首を横に振った。


「わかってる。本意じゃないってことは・・・・・・・・あの宮毘羅って人も・・・・・・・時々、痛そうな顔をしてた・・・・・・・」

「?!ごめんね、ごめんなさい・・・・・宮毘羅が帰ってきたら、直ぐにでもあの人達の元へ帰してあげるから・・・・・・・・少しだけ。もう少しだけ我慢してちょうだいね」

「・・・・・・・うん」


宮毘羅は少しでも楽になってくれればと、回復の術を子どもに掛ける。
子どもは気を抜くように、微かに息を吐いた。
それを見た因達羅は、宮毘羅が早く戻ってきてくれることを切に願った。

早くこの子を帰してあげたい・・・・・・・・!!

心の中でそう強く願ったその時、ざわりと空気が動いた。






「―――っ!昌浩!!」






叫び声の主は、宮毘羅の後を追ってきて漸くその場に辿り着いた紅蓮だった――――――。
















                         

※言い訳
や、やっと昌浩がまともに喋った!!(感涙)長かったよぅ・・・・。
そしてついに紅蓮とご対面!!(といっても会話なし)というか一人だけ抜け駆け?勾陳と六合は??って自分で書いていて疑問に思ってしまった・・・・・・・・・・;;
もう、戦闘シーンはかなり端折りました。全員が闘ってるところを描写したらかなり話が伸びてしまう。
そして玄武と天一、ごめん!!毎回毎回やられ役になってしまって・・・・・。自分で書いておいて何ですが、とても可哀想に思えてきました。
そして、今回のお話で私の偏った愛が読み取れたことでしょう。因達羅と昌浩のほのぼのとした遣り取りが好きなんです!だから、終わりの方では因達羅がかなり出張っています。
次は昌浩と紅蓮の再会シーン!!第一次昌浩争奪戦が勃発する?!・・・・・・かな?でも因達羅は昌浩を帰してあげたいと純粋に思ってるから起きないと思う・・・・・・。

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2006/8/29