揺らぐ結界。









それを見て哂いを浮かべる存在が一つ。









思い描いていた通りに事が運ぶ。









さぁ、再開を果たそう。









駆けるその四肢に力を込める――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾伍〜
















「―――っ!昌浩!!」




宮毘羅(くびら)の後を追ってきた紅蓮は、開けた場所に赤茶色の髪の毛をもった女性(恐らく姿を見せなかった十一人目だろう)と捜し求めていた昌浩の姿を見つけた。


「!十二神将ね・・・・・・・・」

「・・・・・・・昌浩を返してもらおうか」


姿を現したのが同朋ではなく、今まで相対してきた者であると気づいた因達羅は武器を取り出さずにただ見据えた。


「紅蓮・・・・・・」

「!昌浩っ、無事か?」

「うん、特に怪我とかはしてないよ・・・・・。ちょっと力の使いすぎで疲れてるだけ」

「そうか・・・・・・・。晴明も心配している。俺も・・・・・もちろん勾や六合も・・・・・帰ろう」


昌浩の無事な姿を目の当たりにした紅蓮は、内心で大きく安堵の息を吐いた。
ざっと見たところでは少々顔色が悪いことを除けば、とくに怪我などはしてはいないようだ。
本人の言うとおり若干疲れがその表情にも滲み出ているが、邸に戻って十分な休養を取れば直ぐにでも元気になるだろう。

そう判断した紅蓮は、己と昌浩の間に立つ邪魔する立場であろう人物を睨み付けた。
睨み付けられた相手はぴくりと体を揺らすが、気丈にも紅蓮の眼をしっかりと見返してくる。


「私達はこれ以上この子を連れまわすつもりはないわ。直ぐにでも貴方達の元へ帰したい・・・・・・・でも少しの間だけ待って欲しいの。宮毘羅が帰ってくるまでは。彼が帰ってきたら直ぐにでも帰すと彼自身が言っていたわ・・・・・・だからお願い」

「聞けないな。俺がその願いとやらを聞き届けてやる義理はない。大体貴様らが自分達の都合で昌浩を連れまわしたんだろう?これ以上貴様らの都合とやらで昌浩に負担を掛けさせないで貰おう」

「っ!わかってる・・・・わかってるわ!そんなこと。ここから動くつもりもないわ。ただ、彼が帰ってくるまでの間だけでいいの、これ以上この子に何かをさせるなんてことは絶対にしないわ!!」

「その言、信じるに足る理由がない」

「・・・・・・・・・・・」


子どもを攫った側でそんなことを言っても信じてもらえないことは当然であろう。
因達羅は正論にこれ以上紡ぐ言葉を持ち合わせていなかった。

しかし助け舟は思わぬ所から出された。


「・・・・・・紅蓮、待ってあげて」


二人の遣り取りをそれまで静観していた昌浩が口を開く。


「何を言っているんだ、昌浩!お前、こいつらに何させられたかわかっているだろう?!」

「うん・・・・わかってるよ。でも、一緒にいたからこそ彼らが一概に悪い人達だとは言えないのもわかってる。彼らはただ一生懸命なだけ・・・・・大切な人を取り戻したいと。それが都の結界を弱めることだっていうのも、わかっているつもり」

「それでもだ、こいつらがお前に危害を加えないという証拠にはならない」

「彼らの目的は俺を攫うことじゃない。なら、俺をどうこうするなんてこと、今更言ったりしないでしょ?」


ね?

昌浩はそう言って因達羅に笑い掛ける。

昌浩は覚えていた。
彼女が何度も謝りつつ、己に回復の術を掛けていたことを・・・・・・。その手が優しく昌浩の頭を撫でていたことも。
途切れがちな記憶の中、その姿は幾度となく見つけることができた。

純粋に己を信じてくれる子どもに、因達羅はこみ上げてくる思いを必死に抑えた。
この子の期待を裏切るような真似はしたくない。
心が、切にその思いを叫んでいる。


「えぇ、誓って。宮毘羅が帰ってくるまでの間、ここにいてくれればいいの。それ以上のことは何も強要しないわ・・・・・・」


因達羅は嬉しそうな、哀しそうな、何とも言えない表情をその顔に浮かべた。

昌浩はそんな彼女の顔を見て、しっかりと頷いた。
次いで少し離れた所にいる紅蓮へと、その視線を向ける。


「紅蓮・・・・・・」

「はぁ・・・・。あぁっ!もう!勝手にしろっ!!」


期待を込めた昌浩の視線を受け、紅蓮はやけっぱちにそう言った。
不機嫌そうに眇められた金眼が、「この馬鹿野郎」と言っているのがありありとわかる。

昌浩は内心本当に申し訳なく思いつつ、その口元に苦笑を浮かべた。


「おい、女。宮毘羅が帰ってくるまで待っていてやる。但し、昌浩はこちらへ引き渡してもらおう。それがこの場に留まる条件だ」

「・・・・・・・いいわ。後は直ぐに帰すつもりだったし、この子も貴方の傍にいる方が安心するでしょう。・・・・・・・・さぁ、行って」

「交渉成立だ。昌浩!こっちに来い!!」

「うん、わかっ―――――」


わかったと言って昌浩が一歩足を踏み出そうとした瞬間。


昌浩と紅蓮達の間に銀光が奔った。



「「なっ・・・・」」

「えっ?」


紅蓮と因達羅は同時に言葉を漏らし、昌浩は疑問の声を上げる。


昌浩と紅蓮達の空間の間に割り込んだ銀光。

それの正体は月影色の毛並みを持った一匹の狐にも似た獣――――――。
どうして「狐にも似た」と表現したのかというと、その体躯が標準のものより遥かに大きく、そして尋常ならざる気を纏っていたから。

獣の金色の瞳が紅蓮達を一瞥した後、ひたと昌浩の瞳を捕らえた。


さわり。


「―――っ?!」


昌浩の最奥で何かが蠢く、そんな感覚が走った。

最初はささやかなざわめきであったものが、徐々に大きなざわめきへと肥大していく。


(なに、これ・・・・・・)


身に覚えのない感覚に、昌浩は内心戸惑いを隠せない。

沸き起こる衝動は歓喜と思慕。
何だこれは。
一体何にそう感じる?

己のものとは思えないように、先走る感情。
そんな感情に置いてきぼりをされたように動揺する心。

相反する二つに、昌浩の困惑は最高潮に達しようとしていた。


ふいに銀色の獣が口を開いた。





「迎えに来た。未だ幼き子よ―――」





淡々とした声音で、そう静かに言い放った。


その言葉を聞いた紅蓮は、漸く正気へと戻る。

『迎えに来た』

それの意味するところは・・・・・・・。


(またどこかへ連れて行かれてしまうっ!!)


本能といえる直感がそう言った。
紅蓮は直ぐさま行動を起こす。


「っ!昌浩から離れろっ!!!」


炎蛇を召喚し、それを銀色の獣に向かって放つ。

炎はその顎(あぎと)を大きく開け、獣を飲み込もうとした。その瞬間―――


「我の邪魔をするなっ!人に膝を折った卑しき神がっ!!!」


瞬間。
強大な妖気が爆発した。

紅蓮の放った炎が打ち消される。
それどころか放出された妖気は、紅蓮と因達羅に襲い掛かり、その身を吹き飛ばした。


「紅蓮っ!!」

「どこへ行く?子よ」

「―――え?」


紅蓮の元へ駆け寄ろうとした昌浩の腕を何者かが捕らえる。

思わず振り返った昌浩は、銀の髪を足元まで伸ばし、金の瞳をひたすら昌浩へと注ぐ人物を見とめた。
いつのまにか銀色の獣が姿を消している。
ということは、今目の前にいる人物がそうであるのだろう。

思わぬ展開に身を固めた昌浩を、その人物は捕らえた腕を引き寄せその長身に抱きこんだ。


「えっ・・・・あ・・・・?」


展開している事態を把握しきれず、昌浩は言葉にならない疑問の声を漏らす。

困惑を隠しきれない子どもを見て、その人物は嫣然(えんぜん)とした笑みをその口元に浮かべた。
笑みをかたどったままの口を昌浩の耳元へと寄せて一言。


「眠れ」


そう言の葉を紡いだ。

昌浩はその言葉に抵抗する間もなく、あっという間に意識を手放した。
がくんとその四肢から力が抜ける。

銀髪の人物はそんな昌浩を苦もなく大事そうに抱え上げる。


「昌浩っ!!」


異常事態に気づいた紅蓮が、焦ったように昌浩の名を呼ぶ。

炎の槍を作り出し、謎の襲撃者へと立ち向かう。

目的はわからない。
だが、その腕の中に昌浩を抱えていることから相手の意図は何となく読めた。

これ以上昌浩を好き勝手にさせるわけにはいかない。

こちらへと向かってくる紅蓮を見て、銀髪の人物は煩わしそうに眼を細めた。

繰り出される炎槍を大きく後ろへ飛び退くことでかわし、着地と同時に大きく腕を薙いだ。


ゴアァァッ!!


眼も開けていられない程の突風が吹き荒れる。

紅蓮と少し離れていた所にいた因達羅も、咄嗟に眼を腕で庇う。


「・・・・・・!くそっ!!!」


漸く腕を下ろす頃になった時には、襲撃者の姿も、昌浩の姿も忽然と消えてなくなっていた。








その場を無常な沈黙が支配した―――――――。















                        

※言い訳
紅蓮と感動の再開!!―――と思いきや、またまた連れ去られる昌浩。何か今回は姫さん的立場だなぁ・・・・・。まぁ、最初からこの展開は考えていたので。(二重拉致だぁ)
そして、やっちまったよ擬人化!!ちなみに銀髪人物表現の人には耳と尻尾がもちろん装備されています。(笑)衣装は中国の古風なやつで・・・・。(一体どんなのだよ?!)彩雲国物語を知っている人!あんな感じです。
こうしてまた昌浩が紅蓮達の元へ帰ってくるのが遠くなる。このお話、一体いつまで続くんだろうね?書いている本人もわかりません!!(←きっぱり)

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2006/8/30