伸ばした掌はいつも大事なものを掴むことができない。 何のための力か。 何のための想いか。 持っているだけでは駄目なのだ。 現実に成す事ができなければ、それらに意味はない――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾漆〜 |
突然現れた乱入者に、目の前で昌浩を連れ去られた紅蓮は数瞬の間だけ呆然としていたが、今はそれどころではないと思い直して鋭利に輝く金眼を十二夜叉大将の一人であろう女へと向けた。 「あれは一体何だ!貴様らの仲間かっ?!」 「!い、いいえっ!違うわ。私も知らない・・・・・・・・どうしてあの子を連れ去ったのかも・・・・・・」 「くそっ!一体どうなってるんだ!!?」 子どもを掻っ攫って行った銀色の妖(人身をとっていたが)は、彼らの仲間なのではないかと一瞬疑った紅蓮だったが、酷く狼狽している相手の表情を見るからにそうではないことがわかった。 ということは、あの妖は別件で昌浩を攫って行ったことになる。 自分が傍にいていながら、みすみす昌浩を連れ去られてしまったことにとても腹が立った。 これで二度目だ。 十二神将最強と言われているのにこの体たらく、本当に情けない。 誰よりも強大な力を有しているのに、いざその時になれば大事なものを掴み取ることさえできない自分の掌を紅蓮は忌々しく見下ろした。 そんな苛立っている紅蓮の様子を、少し離れた所から因達羅(いんだら)が見ていた。 因達羅自身も酷い後悔の念に襲われていた。 どうしてもっと早くあの子を彼らの元へ返してやれなかったのか。 そうすればあの子どもが妖にみすみす連れ去られることもなかったのではないか? いや、それよりもどうして自分は子どもが連れ去られようとした時に動くことができなかったのだろう?自分と同じくその場にいた神将はいち早く取り戻そうと動いたのに・・・・・・・。 己に笑い掛けてくれた子どもの姿が目に浮かんだ。 自責の念が後から次々と止めどなく溢れ出てくる。 二人がそれぞれ深く物思いに沈んでいたその時、複数の気配がこちらへと近づいて来ていることに気づいた。 それは神将の彼も同じらしく、気配がやって来る方向を厳しい目で見据えていた。 さほど時間の掛からないうちに気配の主が姿を現した。 「上手く撒けたか?」 「さぁ?そんなの私に聞かれても困るよ。そんなことまで気が回らなかったって・・・・・・・・」 「ふふっ!久々の手合わせ、楽しかったわ♪」 「いいわな〜、額爾羅(あにら)は戦闘を楽しむ余裕があって。俺なんかあの姐さんの攻撃を避けるのに必死やったわ・・・・・・・・・」 「同じ、神。強いの、当然・・・・・・・・」 「宮毘羅(くびら)は問題なかったんだろうか?近くに気配がない・・・・・・・」 「そのようだな。何か用ができたのかもしれぬ」 「あ〜、疲れた。あの青髪の神将、かなりしつこかった・・・・・・嫌だねぇ、執念深い奴は。・・・・・・って、神将っ?!何でこいつがここにいるんだよ!因達羅!!?」 上から、招杜羅(しょうとら)、真達羅(しんだら)、額爾羅、迷企羅(めきら)、波夷羅(はいら)、伐折羅(ばさら)、珊底羅(さんてら)、摩虎羅(まこら)の順。 疲れたように肩をぐるぐる回してやって来た摩虎羅は、その場にいたのが因達羅だけではなかったことに気づき、鋭く声を上げた。 摩虎羅の声に反応して、その場にいた彼らは一斉に戦闘態勢をとる。 しかし紅蓮はそんな彼らを一瞥しただけで、特に構えることなどしなかった。 「ふ〜ん、余裕だねぇ神将?人数的にかなり不利だっていうのに」 「安心しろ、別に貴様らと事を構える気はない。その必要性も感じられん。今すぐにでも立ち去ってやる」 「は?兄さんらはあの子どもを取り返そう思ってるんやろ?何であっさり退こうとするんや??」 「・・・・・待って、そういえばあの子がいないわ。因達羅、あの子はどうしたの?また宮毘羅がどこかへ連れて行ったの?」 「―――っ!」 「・・・・・・・・因達羅?」 子どものことを訊ねただけなのに急に顔を歪ませた因達羅に、他の者達は揃って怪訝そうな顔をした。 一体どうしたというのだ? 泣く一歩手前まで顔を歪ませた因達羅は、とうとう顔を俯かせてしまった。 何も言わない因達羅に痺れを切らしたのか、摩虎羅は仕方ないとばかりに事情を知っているかもしれない神将へと問うことにした。大変不本意だが。 「はぁ・・・・・。ねぇ、一体何があったのか教えてくれない?神将」 「俺が貴様らに答えてやる義務はない」 「・・・・・・・・」 このやろう。 折角丁寧な物言いで人が問いかけてやったというのに、何様なんだよお前。と摩虎羅が内心悪態を吐いたかどうかはわからないが、彼の不機嫌度が大幅に上昇したことは確かである。 「――――何者かは検討がつかないが・・・・・・・連れ去られた」 「―――は?」 その場にいた彼らは当事者を除いて全員が疑問を抱いた。 何者か、ということは子どもを連れ去ったのは宮毘羅ではないということ。子どもを連れ去ったのが宮毘羅であったならば、この神将は宮毘羅だと言うだろう。他の夜叉大将・・・・とも思ったが、該当可能なのは一人であり、またその可能性は大いに低い。 そこまで思考が回った者は、より怪訝そうな表情を深めた。 では、一体誰が? 彼らの疑問を読み取ったのか、紅蓮は重ねて言った。 「だから”何者か”と言っている。この女に尋ねてもわからないと言っていたから、貴様らの仲間という線は薄いだろう」 「―――つまり、我々とは別にあの子どもを攫って行った輩がいると?」 「あぁ、そうだ。だからこれ以上貴様らと相対しても意味がないことだと言っている。・・・・・結界も消えたみたいだしな、貴様らの目的というのも成就されたんじゃないのか?」 紅蓮の言葉を聞いて、その場にいた者達ははっと顔を上げた。 そして空を仰いだ。 確かに。いつのまにか都を覆う結界の一つが消えていた。 それが指す意味は、主――薬師瑠璃光如来のその身が開放されたということ。 現状に複雑な表情を変えることはできなかったが、それでも彼らは喜びをその胸に抱いた。 その場を何とも言えない空気が支配する。 が、それは突然破られた。 「も〜!しつこい!!いい加減諦めなさいよっ!!」 「ふざけんじゃないわよ!昌浩の居場所をさっさと答えなさいよ!!」 ゴアァッ!!という暴風と共に、小柄な影が二つ森の中から飛び出してきた。 影の正体は、この場にいると思われていた十二夜叉大将の安底羅(あんてら)。そしてもう一つの影は安底羅と対峙している太陰であった。 「あいつら・・・・・・・・まだやり合ってたのか・・・・・・・」 場の破壊者達に、紅蓮は呆れたように言葉を紡いだ。 全く同感だ。 敵対関係にある彼らも、紅蓮の言葉に大いに賛同した。 「!あぁっ!騰蛇!!昌浩はっ?!無事!!?」 普段の紅蓮に対する怯えはどこへいってしまったのか。 胸倉を掴まんばかりの勢いで太陰は紅蓮に詰め寄った。 「・・・・・落ち着け。この様子を見て昌浩を取り返すことができたように見えるか?」 「・・・・・・・え?」 滅多にまともな会話をすることがなかった太陰を宥めつつ、紅蓮は周囲へと視線を走らせる。 太陰もつられて周囲へと視線を向ける。 視線を向けたその場には昌浩の姿などあろうはずもなく、己と騰蛇以外は全員十二夜叉大将の面々であった。 「え・・・・えと、できなかった・・・の?」 「一番端的に言うと、鳶に油揚げを掻っ攫れた」 「・・・・・え?」 「ほぅ、紅蓮や。もう少し詳しく説明してはくれんかの?」 『!!』 「!晴明・・・・・・・・・・・」 何とも気まずい空気が流れたが、ふいに割り込んできた声に皆一斉にそちらへと視線を向けた。 そこにいたのは晴明。 彼の後ろには他の十二神将達が控えていた。 両者、つい先刻まで対峙していたのだから、敵意にも似た緊張感が流れる。 しかし、それは紅蓮が再び口を開いたことで緩和された。 晴明達にしろ、十二夜叉大将達にしろ、子どもの行方は気になったのだ。 「俺もその場にいたのだが、実際にわかることなどあまりないが・・・・・・・・」 と紅蓮は前置きをして、つい先程起こったことを彼らに説明した。 紅蓮の説明が終わると、その場にいた者全員が訝しげに眉を顰めた。 「―――ふむ、事情はわかった。じゃが、その銀色の妖の正体が掴めぬ限り、昌浩の行方もわからぬじゃろうな」 「―――すまない。一度ならず二度までも傍にいたのに護ることができなかった・・・・・・・・・・」 紅蓮は自責の念に駆られて、悄然と肩を落とした。 晴明はそんな紅蓮に緩く首を振って否定した。 「いや、全てがお前の責にあるとは思っておらん。わしとてもう少しでも早くこの場に駆けつけていれたらと思うよ・・・・・・・」 「晴明・・・・・・・・・・」 苦々しげにそう言う晴明の瞳は、悔しそうに揺れた。 そのことに気がついた紅蓮は、主の名を呼ぶことしかできなかった。 そしてまた、その場に重苦しい空気が漂い始める。 「あぁっ!鬱陶しい!!そんなにしょげてる暇があったら、さっさと相手の正体でも詮索することに励んだ方がましなんじゃないの?因達羅も!何一人で落ち込んでるのさ!あ〜、いやだ、いやだ」 沈んだ空気を摩虎羅のうざったそうな叱責が打ち払う。 あ〜、なに敵に塩を送るような真似をさせるのさ。あんたら本当にうざいよ。 摩虎羅はつんけんした態度で周りを見渡した。 彼の不器用な配慮が効いたのか、重っ苦しい空気は消え失せていた。 いち早く正常な思考に戻った晴明は、微かに苦笑を漏らした。 確かに、彼の言うとおりだ。 こんなところでぐずぐずしているよりは、邸に帰って占盤でも眺めた方がましだろう。それにしても、 「その昌浩を連れ去った妖、一体何者であろうな・・・・・・」 「それについては私がお答えしましょう」 『!!?』 晴明の独白に、思わぬ返答があった。 声のした方へと視線を向けると、そこには宮毘羅と見覚えのない二人。うち一人は十二夜叉大将の者達と同じく武装をしているところを見ると最後の夜叉大将なのだろう。 となれば、自ずと最後の一人の正体も読めてくる。 長い紫がかった銀髪、慈悲深い紫紺の瞳の女性。彼女は――― 『瑠璃様っ!!』 十二夜叉大将の歓喜の声が辺りに響いた。 そう、彼女は薬師瑠璃光如来その人であった―――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 あー、残り一話とか言っていたのに、更にもう一話延びてしまいました。 今度こそ残り一話だと思います。 何というか・・・・・登場人物多すぎ?!全員を満足に喋らせてあげることができないっ!今度夜叉大将の中で誰を多く出してもらいたいかアンケートでも採ろうかな? 感想などお聞かせください→掲示板 2006/9/6 |