語られるは過去の出来事。










それが真実の全てではなくとも、一片である。









知っているのは限られた者。









今、知らされることのなかった真実が明かされる――――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾捌〜

















「―――して、我が孫を連れ去った妖の正体について貴女様は知っておられるのですかな?薬師瑠璃光如来殿」


晴命は努めて冷静に問いの言葉を投げ掛けた。

豊かな銀髪を風に遊ばせ、静謐とした空気を纏っている女性―――薬師瑠璃光如来こと瑠璃は静かに口を開いた。


「知っております。と言っても、あの子どもとどういう関係があったのかを知っているだけで、あの妖の正確な正体は存じませんが・・・・・・・・・」

「それでも、我が孫を取り戻す何かしら手掛かりとなるならば、十分な判断材料となりましょう」

「・・・・・・・・・わかりました。私が知っている限りのことをお話しましょう」


揺るがない晴明の眼差しを受け、瑠璃は自分の知りうる範囲のことを言の葉として口に乗せた。


「私が都の結界を織り成すために封じられていたのは、もうご承知のことだと思います。封じられていたことは確かですが、その精神だけは縛られることはなかったようです。頻繁に・・・・とは言えませんが、幾度かは精身体として都を見て回ることはできました」


そして瑠璃が一番最後に精神体として都を見て回った時、あの子どもを見つけた。
場所は言わずもがな安倍邸。
その日は昌浩とその母である露樹を除いた家の者達全員が外出していた。
主である晴明が出払っていることもあり、邸に常は数人いるはずの神将達も偶然異界へと戻っていた。
いつもは昌浩の傍について離れない紅蓮も、昌浩が昼寝をしていたために一旦異界へと戻っていたのだ。

そんな偶然が重なって無防備そのものであった邸に、ある一つの影が侵入した。
影は穏やかに寝ている子どもに近づく。
常とは取り巻く空気の質が異なることに気が付いたのか、子どもは眠りの淵から意識を浮上させた。
寝起きでぼんやりとした頭で、子どもは眼前に居座る影を見遣る。
子どもの様子を見ていた影は、徐に口を開いた。
この時、二人の間で交わされた言葉は当人達しか知りえないだろう。
会話が終わり、それと同時に影から凄絶な気が放たれ子どもを取り囲む。

その時、丁度瑠璃が通り掛ったのだ。
瑠璃はすぐさま子どもを取り囲む気を打ち消し、子どもと影の間に割って入った。
影はそんな瑠璃を忌々しそうに睨みつけたが、あっさりとその身を翻した。「今は逃してやる」という言葉を残して。
影が去っていった後、瑠璃は影が容易に手が出せないようにその子どもに加護を与えた。
元々削ぎ落とされた瑠璃の力では万能な加護能力を与えることは不可能だったため、あの影にのみその加護の力を発揮するよう施したのだ。その際、つい先程の出来事の記憶も深層の奥深くへと封じ込む。
今だ漂う影の力の残滓を消し去り、瑠璃はその場を後にした。
瑠璃が気を消し去ってしまったことで、そのような事があったことに晴明達が気が付くことはできなかった。

とまぁ、瑠璃が実際に語ることができたのは、瑠璃が子どもと影の間に割って入ったことからである。
それ以前の二人の遣り取りなど、知りようもはずもい。


「私が知っている事といえばそれだけです。これでは参考にもなりませんね・・・・・申し訳ありません」

「いや、なに。わしとしては貴女様が孫のことを守って下さったことにお礼を述べたい。ありがとうございました」


そう言って、晴明は瑠璃に深く頭を下げた。
それに対し、瑠璃は苦笑を浮かべて首を横に振った。


「そんな、お礼など・・・・・・・・それどころか、こちらは貴方達に謝罪を述べなければならない立場です」

「それは・・・・・・?」

「この度の件で私の配下の者が貴方のお孫さんを無理矢理連れ去ったことについてもそうなのですが、どうやらそれだけの責ではないようです・・・・・・・・」

「一体どういうことですかな?」

「それは・・・・・・・こちらの宮毘羅(くびら)に聞いた方が懸命でしょう。宮毘羅、先程私達に話したことをもう一度話して貰えますか?」

「・・・・・・・・はい」


宮毘羅は頷くと、事のあらましを語り聞かせた。
宮毘羅が大体のことを話し終える頃には、周りの者達の表情も随分と苦いものへとなっていた。


「・・・・・・つまり、昌浩を連れ去ったあの妖と貴様に交換条件を突きつけたものは同一の存在だと判断していいんだな?」

「確証はないが、恐らく間違いないだろうと私は思っている」

「となると、我々が退治した宮毘羅の封じられていた珠を持っていた妖も、その妖の仲間にあたるものだったと考えていいのだろうな」

「どうやら、まんまと踊らされていたようだな」


事の次第を悟った紅蓮・勾陳・六合は苦虫を噛み潰したように渋い表情を作った。

まさか初めからしくまれていたこととは思ってもいなかった。
全てはあの妖退治に乗り出したその時から始まっていたのだ。
気づいた頃にはその謀略にどっぷりと浸かってしまっている。
なんと口惜しいことか。


「大体のことはわかった。だが、肝心の昌浩を連れ去った妖の居場所がわからない」

「それはわしが占いで調べてみるか、当ても無く捜索するしかないじゃろうな。痕跡を辿ろうと思ったところで、その足取りも綺麗さっぱりと残っておらぬようだからのぅ・・・・・・・」

「占い・・・・・・当てになるのか?先日から何かしらの妨害が働いていて、頗る調子が悪いのだろう?」

「そうじゃの・・・・・・・さりとて何もせずにはおれまい?少しでも可能性があるのならば、手を尽くさぬわけにはいくまいて」

「あぁ、承知している」


晴明の言葉に勾陳がやや胡乱げな表情を作るが、今はそれしかないだろうと判断してそれ上の追究を控えた。


「宮毘羅・・・・・・・・・ごめんなさい。見ていろっていわれたのに、何も・・・・・守ろうと動くことさえできなかった・・・・・・・・・」

「因達羅(いんだら)・・・・・・・・」


会話する晴明達のその横で、宮毘羅と因達羅も会話をしていた。
肩を悄然と落とした因達羅は、傍目でも酷く落ち込んでいた。


「・・・・・気に病むなとは言わない。ましてや因達羅一人に責があるなどと、私は決して言わない。言えない。大体、元々の原因は私であるのだからな・・・・・・・・」

「宮毘羅・・・・・・」


自嘲的な笑みを浮かべる宮毘羅を見て、因達羅は益々哀しげな表情を作った。


「お止めなさい、二人とも。誰が悪かった・・・・・などという押し問答は不毛です。そんなことよりも、もっと大事なことがあるのではないですか?」

「瑠璃様・・・・・・」

「立ち止まるよりは進むことを。後悔するのなら、その手で取り戻して見なさい」

「!瑠璃様、それは・・・・」

「・・・・・そういうわけなので。晴明様、私たちにも彼の子どもを取り返す手伝いをさせては頂けませんか?」


気落ちする二人を諌め、瑠璃はそう晴明に申し入れをする。
晴明は予想だにもしなかった申し出に目を丸くするが、喜んで・・・・・・・と快く承諾する。
人手が多い方が、より早く昌浩を見つけ出すことができるだろう。
そう考えるとこの申し出は有り難いの一言に尽きた。


「勝手に話を進めてしまったけど、貴方達もいいかしら?」


瑠璃はそう言うと宮毘羅と因達羅以外の十二夜叉大将達を顧みた。
それに他の夜叉大将達は快く同意した。(一部、渋々頷いた者もいる)








こうして、世にも珍しい『十二神将』と呼ばれる者達の共謀が成された。








しかし、彼らは知らない。







追い求める存在の足取りを、これから先しばらくは掴むことができないことを。







星が薄弱となった真の意味を。







知ることができた時には、既に歯止めの効かないところまで進んでしまっていることを。

















あぁ、星が変じていく―――――――。

















                        

※言い訳
はいっ!漸く『もう一つの十二神将達の巻』が終了しました!!ここまでがお話の下準備って・・・・・・果てしなく長いですね;;
この後、数話を挟んで本編が始まります。えぇ、やっとこさ”昌浩が敵にっ?!(略)”のお話が始まるわけですよ。
これからはmy設定、勝手に妄そ・・・・ゲッフン!いえ、想像の世界が繰り広げられるわけです。なんだよその設定はっ!!的な設定を持ち込むつもりなんで・・・・・・・まぁ、綺麗に無視してもらって構いません。逆につっこまれると痛いです。
敢えて今、言わせていただきます。これは昌浩総受け話です。
昌浩がどこの陣営にいようともどんな扱いをされようとも(えっ)愛されていることには変わりません!!えぇ、変わりませんとも!!!(叫)
そのことを念頭において、これからのお話をお読みください。

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2006/9/7