漸く手に入れた幼き子ども。 久遠の時を独りで過ごしてきた自分の唯一の同朋。 制約という名の鎖に縛られ 素直さと優しさを兼ね合わせた脆弱な存在に育て上げられた子ども。 さぁ、真なる姿を見せておくれ――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜拾玖〜 |
『目覚めよ』 それは子に掛けた呪を解く言の葉。 言霊によって強制的に眠らされた昌浩は、その言の葉を聞いて緩やかに目覚めた。 「・・・・・・・・・・・」 まだ覚醒しきれていないのか、昌浩はしきりに瞬きをする。 次第にはっきりとしてくる視界の先に、見知った顔ぶれではなく銀色を見とめた瞬間、昌浩は反射的に飛び起きた。 その様を見ていた銀色の妖はクツクツと咽喉の奥で哂う。 「そう警戒心を剥き出すな、子よ。別にとって食おうとは考えておらんよ」 「・・・・・・・一体、何が目的だ?」 突然現れたかと思うと、自分を強制的に眠らせた妖。 全くその意図はわからない。 目を覚ませば見知らぬ場所―――いや、真っ暗な空間にいる。 足元から砂利の感触が伝わってくるところをみると、暗闇ではあるが縦横無尽に広がる空間ではないことが伺えた。少なくとも地と呼べるものがあることに、昌浩はそっと安堵の息を吐く。 周囲へと視線を走らせた昌浩に気がついたのか、妖は哂うことを止めて楽しげに言葉を紡いだ。 「ここが何処であるか気になるか?さして困ることもないからな、教えてやろう。ここはお前の住んでいた島国から海を越えた大陸にある洞窟の奥深くだ」 「なっ?!」 なんだと? 昌浩はあまりのことに紡ぐ言葉を失くす。 この妖の言うことが本当だとすれば、ここは昌浩が知っている都どころか日本という国でさえないということだ。 そのことを理解した瞬間、昌浩は驚愕を通り越して固まった。 「流石にあの国に留まっていれば直ぐにでも居所が突き止められてしまうからな、海原を越えたこちらにさえ来れば奴らとてそう手は出せまい。お前とてここが異国と知れば無駄な抵抗を起こす気も起きぬであろう?こちらとしては好都合ということだ」 「い、こく・・・・・・・・」 「そうだ。信じられぬか?別に外へ連れ立ってその証を見せ付けてもよいのだぞ?お前の絶望がより深くなるだけのことだ」 言葉の端々に哂いを零しつつ、妖は呆然と佇む昌浩の傍へと歩み寄る。 現状の把握が追いつかず混乱して頭の中が真っ白になっている昌浩は、そんな妖の行動に気づかない。 妖は獣の姿から人身へと身を転じて、困惑する子どもの顔を覗き込む。 視界に掛かった影で漸く意識を現実に引き戻した昌浩は、迂闊にも顔を上げて正面から妖を見てしまった。 かちりと昌浩の瞳と妖の瞳が合わさる。 ドクンッ! ふいに昌浩の鼓動が大きく乱れた。 「・・・・・・ぁ・・・・」 「幼き子よ。何を恐れる?我とお前は非なるものにて同じものだというのに」 妖はそっと昌浩の頬に手を添える。 鼓動が一際大きく打ち鳴る。 鼓動の煩い音だけが昌浩の鼓膜を支配する。 この感覚をついぞ最近感じたことがある。 そう、あれはこの妖を初めて目にした時だ。 心の奥底から湧き上がる衝動。 己という存在を食い破ってでも外へと出ようとする、制御の利かない感情。 己の与り知らぬところで蠢く本能。 背中をえも言えぬ戦慄が走る。 ぴくりと肩を揺らした昌浩に気がついた妖は、やや目を細めて薄っすらと笑みを口元にはいた。 「ほぅ、本能では確かに理解しておるのだな?お前自身が我の眷属であることを・・・・・・」 「眷属・・・・?それは・・・・」 それはありえない。 だって自分は人間だ。しかし相手は己のことを眷属と言う。 その事実に辻褄を合わせるためには、自分が妖であるか、相手が人間でなくてはならない。 そのどちらも現実には実現し難い。 己は人間で、相手は妖なのだから・・・・・・・。 昌浩の考えを読み取ることができたのか、妖は驚いたとばかりに大きく目を瞠った。 「なんと、お前は自分が純粋たる人間だと思っているのか?浅慮だな。確かお前の祖父に当たる者は人間と天狐との合いの子ではなかったか?その時点でその流れる血は生粋の人のものであると言えないだろうに・・・・・・・・・」 まぁ、それを言ったらお前だけではなく、その周りに連なる者たち全てが人などとは言えないだろうがな。 妖はさも愉しげに言う。 昌浩は指摘された事実に改めて固まる。 己の血のなかに天狐の血が流れているということは、先日の凌壽と呼ばれる天狐が引き起こした事件で十分に理解していたつもりだった。 しかし、己の認識が甘かったことを昌浩は改めて思い知る。 人外の血が流れている。つまりはそういうことである。 では、眷属といってしまえば自分以外の者たちもそうだとは言えないのか?確かに自分は祖父の次に天狐の血を色濃く受け継いでいるが・・・・・・。 「・・・・あぁ、いくらお前の周りの者達が天狐の血を引いていようとも、我の眷属はお前ただ一人だ。それはお前の祖父でも例に漏れぬ」 「え・・・・?俺だけ??」 「然り。確かに我の外見は狐であろうが、我は天狐という種ではない。故にいくら天狐の血を引こうとも、我の眷属とはなりえぬ」 「天狐、じゃない?なら、お前は一体なんだって言うんだ・・・・・・」 呆然と紡がれた昌浩の言葉を受け、妖はきゅいっと唇を吊り上げた。 「我か?我は古より生きし大妖――――――名を、九尾と言う」 九尾。 九つの尾を持ち、その身に強大な力を有して遥か昔の時より生き続ける妖。 かつて昌浩がやっとの思いで打ち倒すことができた窮奇に深手を負わせ、軽くあしらったというあの妖。 昌浩は今までになく、大きく目を見開いた。 「九尾・・・・・・って、確か窮奇に怪我を負わせたっていう・・・・・・・・・・」 「あぁ、そういえば子はあれを倒したのだったな。流石は我が同朋。その力を完全に引き出さずとも、あれを倒すことができるとはな・・・・・・・実に誇らしいぞ」 九尾は言葉の通りに、実に誇らしげに昌浩に笑い掛けた。 不覚にも昌浩はそんな九尾を綺麗だと思ってしまった・・・・・・・。 まぁ事実、九尾のその容姿は美しい。 長大な銀髪(銀毛?)はさながら星の如く煌き、金色の双眸も同様に言える。 またその顔立ちも大変整っており、性別を判断させないような中性的な秀麗さを誇る。 その身に纏う衣も華美ではないが上品さを漂わせる。 その姿が作り物であるかどうかは判断できないが、十人中十人が美しいと評すだろうことは確かである。 しばしの間昌浩はその美しさに見惚れていたが、はっと正気づくと無理矢理金眼から視線を逸らした。 「貴方は俺を眷属と呼ぶ。けど、俺は安倍昌浩だ。貴方の血を受け継ぐような身の立場に覚えはない・・・・・・・」 「子よ。眷属とは得てして血の繋がりのみを指すわけではない。その立場、魂・・・・・・何かにおいて通ずるものがあれば、それを眷属と称することができる」 「・・・・・・・では、俺と貴方を繋ぐものとは何?」 昌浩は気づかない。 いつのまにか相手の呼称が”お前”から”貴方”に変わっていることを。 本能は悟ってしまっているのだ。 目の前にいる存在は警戒すべきものではないということを。 九尾はそのことに気づき、刻む笑みを深くした。 「我とお前を繋ぐもの。それは力であり、魂でもある―――――」 「力と・・・・・魂?」 「左様。お前は覚えておらぬであろが、我はお前に力を与え、魂を分かち合った」 「俺はそんな力なんて、感じたことはないよ・・・・・・・」 昌浩は身に覚えのない話に、緩く首を振った。 しかし九尾は重ねて言う。 「否。今は奥底に眠っているであろうが、お前は確かに我の力を持ち、我の魂の一欠けらを持っているのだよ。それは変わらぬ事実。我の魂が言っている、お前は確かに我の眷属なのだと。お前の魂もそうなのではないか?」 「・・・・・・・・・・・」 「ふっ、そうであろう?魂は嘘などは吐けぬ。素直に受け止めよ」 九尾はゆっくりと、しかし確実に昌浩の退路を断っていく。 反論ができないように。自覚を促すように。 じわじわと追い詰めていく。 「貴方は・・・・・・・・俺に一体何をさせたいの?」 わからない。 九尾の意図するところが・・・・・・・。 九尾は己に何を求めている? 昌浩の問いに、九尾は簡潔に答えた。 「我の手を取れ」 人を捨て、その身を我と同じくせよ。 言葉にすると短くて、けれど応えるには難しいものを九尾は求めた。 我と共に道を歩め―――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 はーい、拉致されてしまった昌浩サイドのお話。本日二度目の更新です★ なんと!昌浩を拉致った妖は九尾でした!!え?んなのバレバレ?そんなこと言わないでください、これでも足りない脳みそで必死に考えてるんです!!! そして昌浩達の居場所ですが・・・・・日本ではありません。海越えちゃってます!外国ですよ!! 設定的には昌浩が拉致されてから数日が経過しています。 九尾はその間に眠ってる昌浩を担いで海をさっさと渡ってしまったと・・・・。どうやって海を渡ったんだよ?!とは聞かないでください。そんなことを言ったら、窮奇一行はどうやって海を渡って来たんだよっ!!?って話になりますよね。 まぁ、それは置いといて・・・・九尾、最後の方では昌浩を口説いてます!え?九尾×昌浩??違います。昌浩総受けですからっ!!←しつこい。 さて、九尾はどうやって昌浩を陥落させるのでしょう?まぁ、続きは明日にでも・・・・・・・。 感想などお聞かせください→掲示板 2006/9/7 |