さて、どうやってこちらへ瞳を向けさせようか。 愉快な気持ちを包み隠さず、口元は正直に弧を描く。 精々、足掻いてみせよ。 己を喰われたくなくば。 さぁ、根気と根気のぶつかり合いをしようではないか―――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾〜 |
我の手を取れ。 いっそ優しいほどに紡がれた言葉は、それとは裏腹に抗い難い力強さで昌浩の心を縛る。 先程とは似ていて異なった戦慄が背中を駆け抜ける。 あぁ、これは歓喜だ。 昌浩は動きの鈍い思考でそう思った。 が、昌浩はその思いを即座に切り捨てた。 違う。これは自分の本心ではない。 昌浩は緩く、しかし何度も首を振って僅かに後へと身を引いた。 そんな昌浩の様子を見た九尾は、ぴくりと眉を動かした。 「・・・・・・・やはり、あの時無理矢理にでもお前を連れ去るべきだったか。―――仕方ない。お前がどれだけ拒もうと、私はお前をあちらへ返すつもりはないのだよ。我と共に生きるか、我の糧となるか。お前に選択肢は二つしか残されてはいない」 「生きるか・・・・・・・死ぬか」 「そう。我の手を取れ、子よ。我とてみすみす眷属を餌(え)とするのは惜しい」 「・・・・・・・・・・」 無理だ。 その手を取ることなど、昌浩には到底できない。 人を捨て、周囲との縁を捨てて九尾の下へいくなど無理な相談だ。 だからといってむざむざ死を選ぶこともできようはずがない。 昌浩は正に崖っぷちに立たされている。 崖下へ身を投げ打つこともできず、安全な広がる陸地へ行くこともできず。その境界をふらふらと綱渡りのように危うい平衡感覚で立っているような、そんな状態。 昌浩の精神はそれに直面していた。 「選べぬか。それは人との繋がりがお前の判断を躊躇させているのか?随分と甘い環境で・・・・・綺麗な場所で育ったのだな。人という生き物はある意味我ら妖よりもおぞましく、醜く、浅ましい生き物であるというのに・・・・・。無垢なことをいけぬとは言わぬ。だがその優しさ、思いやりという心など、あれら負のものの糧とされるがおちだ。何故それがわからぬ?」 駄々をこねる子どもを諭すように、九尾は静かに言葉を紡ぐ。 昌浩はその言葉を必死に否定する。 「違う。全ての人がそうであるわけじゃない!俺の周りの人達は、皆優しいし、暖かい。俺はそれを知っている」 「ほぅ、国の命運を一人の頑是無い子どもに背負わす者達が優しいと、お前はそう言うのだな?」 「・・・・・・・え」 何でそんなことを知っているのだ? 国の命運が掛かったような事件を昌浩が解決していると、何故知っている? 昌浩は愕然と九尾を見返す。 何故、とその瞳が問いかけていることに九尾は気づく。 「ふっ・・・・知っているさ。私は知っている。お前の幼少の頃から、お前が記憶している限りの記憶をな。何故なら、私はお前の記憶を余すところなく全て見たからな。お前がどのように感じ、思い、行動したか。私は我がことのように知り尽くしているぞ。魂を分かち合うというのはそういうことだ。どれほど離れていようと、その心は繋がっている・・・・・・・・・・・・・」 あれほど遠く離れた距離でも確かに届いたのだ。 この子どもの血の涙を流すような悲鳴が。 物理的距離など、関係ない。 「知ってるって・・・・・・・」 全部をか?自分の記憶全部を知っていると、そう言うのか?? 「あぁ、そう怯えるな。別に見ようとしない限りは、お前の記憶を垣間見ることなどできぬ。今回は我が意志を持ってお前の記憶を見たのだ。―――さて、本題に戻ろう。我はお前の記憶を知っている・・・・・・・それでも尚、お前の言うとおり優しく、暖かいものだと思うことができぬ。お前は何をして、奴らを優しく、暖かい生き物だと言う?」 「・・・・それを今更俺に聞くの?俺の記憶を見たと貴方は言った。それで俺が何を感じ、思ったのか知っているとも・・・・・・」 「あぁ、言ったな。無論、お前が祖父のことを尊敬し、祖父もまたお前の身を案じ、慈しんでいることも知っておるし、身に呪を負った少女をお前は大切に思い、また少女もお前に全幅の信を寄せていることも知っておるし、あの神の末席をお前がどれだけ必要としていたか、またあれもお前を特別視していたのも知っておるよ」 「なら・・・・・・」 言わずともわかるだろう? 自分がどれだけ周りの者達を大事に思っているか、周りの者達がどれだけ自分を温かく見守ってくれているのかを。 だが、九尾はそんな昌浩の思いを一笑する。 「子よ。人間とは建前と本音を使い分ける生き物だ。表面がいくら誠実温厚に見えても、その中は混沌とした闇を抱えいる者など我は腐るほど見てきた。お前を囲む者達がそうでないと何故言える?」 「・・・・違う。彼らはそんなんじゃない!」 付き合いの長さなど関係ない。 彼らと付き合ってきて己の魂が、そう感じているのだ。 頑なに首を振る昌浩を見て、九尾は呆れたように息を吐いた。 「強情だな、子よ。・・・・・・・・・・・ならば、我は道の可能性の一つを提示しよう」 「―――え?」 九尾がそう言った瞬間、突然九尾の姿が掻き消えた。 真の暗闇が昌浩を包む。 周囲を見渡しても黒という色しか、その視界を捉えることはできない。 ふと、人の苦しげな呻き声が聞こえてきた。 そちらの方へと視線を向けると、鮮やかな衣の色が眼に飛び込んできた。 衣はその主が苦しそうに呻くたびに衣擦れを周囲へと響かせる。 昌浩はその着物の主を見て息を呑んだ。 「――っ、彰子!!」 ”それ”は彰子ではないとわかりつつも、昌浩は駆け寄らずにはいられなかった。 苦しげに歪められた彼女の顔を見て、どうして何もせずにいられようか。 ”彰子”に駆け寄った昌浩は、丁寧な仕草で彼女を抱き起こす。 「大丈夫か?あき―――」 「どうして?」 彰子、と続けようとした昌浩の言葉を、”彰子”の言葉が遮る。 抱きかかえる昌浩の腕を強く掴み、”彰子”は恨めしげな眼で昌浩を仰ぎ見る。 何故だ。何故、彼女はそのような眼を自分に向けてくる―――? 「どうして、天狐の天珠を私にではなく、章子様に使ったの―――?」 「―――っ!」 「ねぇ、答えて、昌浩。私のこと、嫌いなの・・・・・・?」 「なっ!?ちがっ」 違うと、昌浩は激しく首を横に振った。 嫌いなことがあろうはずがない。 「じゃあ、どうして私の中の瘴気を消し去ってくれなかったの?」 こんなに苦しいのに・・・・。 昌浩の腕を掴む”彰子”の手に、更なる力が加えられる。 昌浩は眼を大きく瞠り、その身を硬くした。 「――まったく、情けないのぅ。昌浩や」 「!・・・・じい様・・・・・・」 そこにはいつのまにか”晴明”も立っていた。 「お前がもう少し、ましに育っておったらわしも命を削るような真似はせんかったのだがのぅ・・・・・・・」 「っ!それは・・・・・・」 「それだからお前は、いつまでもわしの負担としかならんのだよ」 「なっ・・・・」 いきなり何を言い出すのか、この”晴明”は。 矛盾した物言いをする祖父に、昌浩は唖然と見つめる。 「そうだよな・・・・昌浩。お前はいつも余計なことをしてくれる」 「・・・・・・紅蓮」 「・・・・俺はあのまま生を終えたかった・・・・・・・・・。そうすれば新たな罪に苛まれることも、この身を引き裂くような痛みも感じずにいられたのに・・・・・・。何故だ。何故俺を呼び戻したんだ、昌浩・・・・・・・・・・」 ”紅蓮”は痛みを堪えるかのように顰めた顔で、昌浩へと問いかけてくる。 昌浩はとうとう閉口せざる負えなくなる。 何故。 何故だ。 どうして。 彼らは昌浩へと疑問の言葉を投げ掛ける。 彼らの問いは昌浩がもしかしたら選び取ることができたかもしれない、”選び取られなかった選択肢”。 選ぶことができたかもしれない、けれど選ばなかった分岐点。 声が問い詰めてくる。 ”何故、選ばなかった”と。 過去の残影達は、もしかしたらあったかもしれない先の道を突きつけてくる。 そんな中、昌浩はゆっくりと口を開いた。 「俺は言ったはずだ。彼らはそんなんじゃないと・・・・・。それに、俺はあの時の選択を後悔する気もないし、しない。いい加減にしろっ!こんなことで俺は揺らぐことなんか、絶対にない!!!」 ゴアァァッ! 昌浩の叫びと共に、その凄烈な霊力が爆発する。 霊力の余波を受けて、”彼ら”も共に消滅する。 「ふっ、流石に実の無い言葉如きではその思いは揺るがぬか・・・・・・・・・」 霊力の波が収まる頃には、昌浩の目の前に九尾は再び姿を現していた。 いや、実際には姿など消してはいない。 昌浩に精神的な揺さぶりを掛けるために、軽い幻術を放っただけだ。 事実、二人の立ち位置は先程と全く変わりない。 昌浩はキッと目の前で悠然と立っている九尾を睨みつけた。 そんな昌浩に対し、九尾は実に愉しげな笑みをその口元に浮かべた――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 引き続き連日UPとなります。 九尾が昌浩に精神攻撃をしかけたぁーっ!!・・・・といっても生ぬるい攻撃です。まぁ、小手調べ程度に放った術なんで、さほど昌浩は堪えていません。 それでも九尾は嫣然と素敵な笑みを浮かべながら、じわじわと昌浩を追い詰めていきます。 そりゃあ、わざわざ自分から拉致しに遥々遠出してきたんだから、心情的には餌よりは自分の手駒になって貰いたいはず・・・・・・・・だと思います。 続きのお話は、多分24時間以内にはUPすると思いますんで・・・・・・。 感想などお聞かせください→掲示板 2006/9/8 |