消えた光。









生まれた光。









求めるものの行方は未だ掴めない。









禍々しい赤の光が産声を上げた―――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾弐〜















昌浩が謎の妖に攫われてから三年が経過した。


晴明達の懸命な捜索も空しく、依然として昌浩の行方を掴む事ができなかった。


昌浩がいなくなり、昌浩が失踪した真実を知っている者達は悲しみに暮れた。
その中でも一番悲しみに沈んだのは、言うまでもなく十二神将騰蛇こと紅蓮であった。


実は、昌浩の行方が未だ知れないことを知っているのは極限られた者達のみである。
それ以外の者達は昌浩がいなくなったことを知らない、いや・・・知りようもなかったのである。

昌浩がいなくなった当初、昌浩は長期の物忌みが当たったとして不在を誤魔化していた晴明達であった。
が、捜索活動も成果を挙げられず、そろそろ誤魔化しきれないような日数が経とうとした頃に晴明は苦肉の策を一つ講じた。
それが昌浩の姿をとらせた式を昌浩の代わりに出仕させること。
無論腐っても陰陽師の集う場所にやるのだ、生半可な作りの式では直ぐに見破られてしまう。
ここで腕を振るうのが当代随一と謳われる安倍晴明。彼の本気を持ってして作り上げた式ならば、余程のことではない限り見破られることもない。更に言ってしまえば年月に合わせてその容姿に変化を与えることも可能だ(ただし、あくまでもこう育つのではないかという推測でしかない)。





そうこうしている内に、季節は三度巡ってしまった。








穏やかな陽光が降り注ぐある日、晴明の自室にてその部屋の主と紫がかった銀髪に、瑠璃色の瞳を持った人物が向かい合って座っていた。


「申し訳ありません。我等も懸命に捜索しておりますが、お孫様の行方を掴むことが未だできておりません・・・・・・」

「もったいないお言葉です。貴女様方とてお勤めというものがありましょうに、我が孫のことを気に掛けてくださって恐縮ものです。心の底より、お礼申し上げます」

「いいえ、礼には及びません。事の発端は私の配下の者にありますから・・・・・・・・・。それに、一人の子どもを救うことができなくて、どうして多くの衆生を救うことができましょうか?私はまずその一人から救いたいと思っております。一人一人を救うことが、やがて大きな数になると・・・・・私はそう思っております」

「瑠璃様・・・・・我が孫は生きております、必ずや」


庭先の池へと視線を向けて話す瑠璃に、晴明は静かにそう告げた。


「・・・・・・・・どうして、そうはっきりと仰せになられるのですか?晴明殿」

「・・・・・・・星が、輝いておりますからな」

「星、ですか?」

「はい。しかし、無事だとわかっていると同時に最早生きているのか、わしにはわからなくなってしまいました」

「それは・・・・・どういう事ですか?」


晴明の矛盾した言い様に、瑠璃は訝しげに眉を顰めた。
晴明は少しの間逡巡した後、意を決したように口を開いた。


「昌浩がいなくなってからというもの、わしはあの子の星を毎晩欠かすことなく眺めておりました。それが唯一あの子の無事を知る術でしたからな・・・・・・・・・。あの子が連れ去られて数日後、あの子の星に変化が見られました」


あの時の事は忘れない。
きっとあの瞬間を見ることができたのは奇跡だったのだろう。

あの日、晴明は日課になりつつある星を見るということをしていた。

孫を示す星をしばしの間眺めていた晴明は、ふいにその輝きを弱めていく星に心臓を凍らせた。
手に持っていた扇子を取り落としてしまったことにも気づかぬまま、呆然と星を見詰めていた。

段々と弱弱しい輝きになっていく星は、その輝きを消す一歩手前までその光源を落とす。
晴明は呼吸をするのも忘れて食い入るように星を見つめた。
消えてしまうかと思われた星は、ほんの一瞬だけ輝きを消したかのよう見えた次の瞬間、その輝きを力強いものに取り戻していた。
それを見てほっと息を吐いたのは一瞬。
次の瞬間には晴明は息を詰め、その眼を大きく瞠った。

赤い。

晴明は己の目を疑った。
つい先ほどまで青白く澄んだ輝きを見せていた星が、赤々と燃え上がる炎のような輝きに変わっていたのだ。これを見て己の眼を疑うのは当然のことだろう。

何が起こった?

混乱する思考を宥めて、ゆっくりと先ほどの――いや、今正に目の前で起こったままの異変を整理し、状況を検分する。
しかし、本当はそんなことをしなくてもわかっていたのだ。たった今目の前で起こったことが何であるかを。

星が生まれ変わる瞬間。

それを己は見てしまったのだということを・・・・・・・・。


「―――ですから、あの子が生きていることは知っていますが、それがわしの知る”昌浩”という存在であるかはわからないのです」

「それは・・・・・・・他の者達には?」

「言っておりません。どうして希望を、あの子の無事を願う心に冷や水をかけるような真似ができましょうか?わしにはそんなことはできなかった・・・・・・・・・・」

「つまり、この事については私に話したのが初めてなのですね?」

「・・・・・その通りです」


真剣な表情で聞いてくる瑠璃に、晴明はどこかぎこちない動作で頷いた。


「わかりました。今のお話は私の心の中に留めておきます」

「!・・・・瑠璃様」

「必ずやお孫様を見つけ出し、取り戻しましょう。無事を祈る心、それが何よりの力となるはずです」

「そうですね・・・・・・・希望を持つこと、それが大事でしょうな」


二人は互いに頷き合い、庭先へと視線を向けた。




雲一つない、高く澄み渡った蒼穹の空が見えた――――――。







                        *    *    *







深い深い森の中、それこそ人など踏み入れられないくらいに奥まった山の中の見晴らしのいい崖上に、八つの長大な尾を持った銀色の毛並みの妖はいた。

鬱蒼と生い茂り、全てを隠し包む森の木々を金色の眼を細めながら妖――九尾は眺めていた。

九尾は己へと近づいてくる気配に、深淵へと沈めていた思考を引き戻した。
それと同時に森の木立から一つの影が飛び出してきた。


「久嶺(くりょう)!!」


飛び出してきた影は九尾に向かってそう叫ぶと、その首元に抱きついた。

この光景を第三者が見ていたとすれば、きっと泡を吹いて卒倒するか、あまりにも恐れ多いことに硬直するかのどちらかであろう。
大妖九尾と恐れ、崇められる存在にそんなことをすればただでは済まされない。いや、間違いなく殺される。

しかし影はそんなことなど知ったこっちゃないと、戸惑いもなく彼の存在に抱きついた。それはもう、勢いよく。
それに対し九尾こと久嶺は、抱きつかれたことには気にも留めず、その視線を抱きついてきた影へと向けた。

九尾の毛並みよりは些か濃色の銀髪、金色というよりは琥珀色と言った方が近しい瞳を持った十代半ば過ぎ位の子ども。そう、九尾にとっては子どもなのだ―――が九尾へと視線を向けてきた。


「何かあったのか?煌(こう)・・・・・・」


何やら訴え掛けてくる視線に、九尾は問い掛けてみた。
煌と呼ばれた子どもは、不機嫌そうな表情で口を開いた。


「聞いてよ!るいの奴、知らない事を教えてくれるのはいいけど、政策がどうだあそこの整地は乱雑だだの俺に延々と話すんだよ?!第一、妖にそんな人間の治世について学ぶ必要があるの?!」

「煌よ。我等は今、この国の上に経つ者達を操り、真なる実権を握っているのは知っているな?」

「うん・・・・・それは、まぁ・・・・・・」


九尾達は人間の皇帝と呼ばれている者を筆頭に、その配下の者達を自由に動かすことができる。
妖である九尾達は人間の治世になど全く興味はないのだが、人間とは彼らにとって非常に質の良い餌なのだ。更にその人間共が生み出す負の気というのは膨大かつ濃密。
彼らにとってこれほど好条件なものはない。


「奴らを死ぬ一歩手前のぎりぎりの状況下で生かすためには、裏での細やかな調節は必要だ。そしてそれを調節せねばならぬのが我等操る側だ。そんな我等が人間の統治について何も知らなかったのなら、奴らなどあっという間に潰れてしまう。裕福では非ず、さりとて死ぬことはない程度の微妙な調整が必要なのだ。餌を豊富に保つための必要な知識だ」

「って言ったって、毎日あいつらを食べるわけじゃないじゃん。それこそ一回の食事でしばらくは持つし・・・・・どっちかっていうとただ甚振り殺す時だって少なくないだろ?」

「そう。それはあくまで表向きの理由でしかない。必要ならばそこらへんから狩ってくればいいのだしな・・・・・。これは遊戯なのだよ」

「は?遊び??」


煌は九尾の意外な返答に、眼を瞬かせる。
九尾はそんな煌に頷いて答えた。


「左様。長らく生きてくると変化のない暮らしには飽いてくるものだ。それのための変化・・・・暇つぶしを人間の真似事をしてみたりして行っているにすぎない。所詮はその程度の意味しかないのだよ」

「ふ〜ん、人間の生死を操作しておいて遊び事ねぇ・・・・・・俺はまだよくわかんないや」


煌は軽く肩を竦めて、つまらなそうに言う。


「ふっ、お前とて長く生きれば嫌でもわかるようになるさ。ただ生を伸ばすだけでは怠惰すぎて面白みに欠けるからな・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「?どうした、煌よ。人間が死ぬのが面白くないのか?」

「別に、何でもない。第一、俺は人間が憎いって知ってるでしょ?」


琥珀色の眼を剣呑に輝かせて、煌は口元に冷笑を浮かべる。
先ほどまでの幼い無邪気な様子とは真逆の、大人じみた冷めた顔。
彼を取り巻く空気も、温かなものから極寒へと急変する。

たったそれだけで、まるで別人かのように雰囲気の異なった”煌”が存在した。

九尾はそれを見て、満足げに笑いを零した。


「あぁ、わかっているさ。何せお前を育てたのは我自身なのだからな・・・・・・・・・知っていないはずがないであろう?」

「ふふっ!だよねぇ〜。あんまり意地悪なこと、言わないでね?」

「それは済まなかったな・・・・・以後、気をつけるとしよう」


二人は顔を見合わせて笑い合った。









そう、全て思い通り――――――――。















                         

※言い訳
はい、というわけで『沈滞の(略)』の本編が始まりましたぁ〜。(パチパチ)
ちゃんと注意事項は読みましたか?ここからは妄想に妄想を重ねたお話の展開になりますので、原作の雰囲気が好きなんだぁ〜!!と主張される方は戦線離脱をお勧めしますv
晴明の星について語るシーンですが・・・・星の光って何億光年も前に発せられた光だよね?とか、赤い星って寿命的にきちゃってる星だよね?なぁ〜んていう突っ込みは一切受け付けません!!これは作られたお話、そんな現実的な見解は一切無視の方向でお願いします。

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2006/9/17