手加減なんて一切にしてやらない。









侮られたくなんてないから。









容赦なんて少しもしてやらない。









慈悲なんて何も生み出さないから。









纏う炎は誇りの証――――――――――。


















沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾伍〜


















「〜〜♪」


鬱蒼と木々が生い茂る森の中、煌(こう)は機嫌良く軽やかな足取りで一人歩いていた。

九尾こと久嶺(くりょう)に先に寝床としている洞窟に戻るように言われたので、言われたとおりに洞窟を目指す。
舗装されているはずのない道ともいえない道を迷わずに進んで行く。

ある程度開けた場所までやって来た煌は、ふと足を止めてくるりと反転した。


「ねぇ、さっきからこそこそついて来てるけど、俺に用でもあるの?」


振り返った先には何の影もなかったが、煌は構わずに追尾者に話し掛けた。
その言葉に森閑とした空気の一部が、極僅かに揺らぎを見せた。
しかしそれ以上の変化はなく、一向に動きを見せない相手に煌は苛立たしげに眉を顰める。


「はぁ・・・・いい加減にしなよ?シンヨウ」


こっちはわかっているのだと、煌は呆れたように相手の名を呼んだ。
名前まで出されたために諦めがついたのか、シンヨウと呼ばれたそれが姿を現した。
頭は羊のようで、胴体が馬のような妖。それがシンヨウだ。


「・・・・・よく、わかったな」

「・・・・そんなの、顔を合わせれば何かと睨み付けてくる相手の気配なんて嫌でも覚えるし。――で?そんな嫌っている俺に一体何の用なの?」


そう、このシンヨウは煌のことを酷く嫌っていた。
シンヨウは九尾の配下のものとしては古株にあたる。
当然、いきなり現れた新参者が四六時中主である九尾にべったりなのが気に入らないのもあるのだろうし、いくら九尾の眷属だと言われていても煌が人間であるという事実は変わらないので、相容れないものとして嫌悪しているというのもあるだろう。
そういうわけなので心底疎んじているシンヨウが、自ら接触してきたことを煌は訝しげに思っているのだ。


「・・・・・・・・・・私は貴様が嫌いだ」

「は?いや、そんなこと改めて言われなくても知ってるし」

「九尾様が自ら他所へお動きになることを知っているな?」

「まぁ・・・・さっき九尾から聞いたけど」


煌は久嶺に向かってのみ”久嶺”と呼ぶ。
こういった他の妖達と話す際には”九尾”と分別して呼んでいる。
九尾を”久嶺”と読んでいいのは煌だけだ。故に煌はその名を他のものの前では軽々しく口に出したりはしないのである。


「私はここに残れと命じられた。九尾様についていくことは叶わぬ」

「うん?直々に命じられたら拒否はできないもんね」

「私は貴様が人の身で九尾様の力を分け与えて貰っていることが気に食わぬ」

「なに?九尾の力が欲しいわけ?」

「否。私は己が身に余るような力は欲さぬ。ただ、九尾様の一尾分の力を分け与えて貰っている貴様が、その力を持て余しているようなら不愉快だと思ったから言ったまでだ」


シンヨウは淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
煌はシンヨウのそんな言葉を聞いて微かに眉を動かした。

ここで余談ではあるが、もしかしたらお気づきの方もいるかもしれない。
これまでの九尾の特徴の表記で、九尾の尾は九本ではなくて八本になっている。
実はこれ、九尾が尾一本分の力をそっくりそのまま煌に与えたので現状ではそうとなっているのだ。
九尾自身、その身に恐ろしく強大な力を有している。その身体の中でも尾に秘められた力は一本一本が甚大なのだ。その内の一本であろうとも分けられた力はかなりの代物なのである。

そういうわけなので、九尾を仰ぐ配下としては一本如きで主の力が削がれるわけではないと理解していても、煌がその一尾分の力を持っていることは快くは思えないのだ。
ましてやその力を御することができずに過ぎた力となっているならば、さっさと力を主に返還して欲しいと思ったので煌に声を掛けたのだ。

煌も煌でシンヨウの言いたいことが何となくではあるが理解できたため、成る程と頷いた。


「あ〜、つまりは俺が九尾の期待に応えられる存在か否かを確かめたいってわけだね?」

「端的に言えばそうなるな。貴様が九尾様にとって利となる存在かどうか位は知りたいと思うのは、あの方の配下として当然」

「まぁ、それも当たり前といえば当たり前か。で?どういった基準で俺が九尾の利となる存在かどうかを判断するのさ?」

「簡単なことよ。九尾様から授けられた力を完璧に扱えるかどうかを私に見せればいい」

「もっとも単純明快な手段だね」


妖社会は弱肉強食。
強いものが生き、弱いものが朽ちる。
つまりは九尾の力であろうと、煌が強者に分類することを示せばいいとシンヨウは言っているのだ。
煌はその方法に納得し、頷く。そのまま顔は動かさずに視線だけを横に動かした。
煌が視線を向けた方向へ、シンヨウもつられて意識を向ける。

何かに気がついたシンヨウに、煌は不敵な笑みをその口に浮かべた。


「飛んで火にいる何とやらってね・・・・・丁度いいや!シンヨウ、俺が利となるか否か、その眼で判断するといいよ」

「そうさせて貰おう」


煌が笑みを消し真顔になった瞬間、全てを押し潰さんばかりの強大な気が辺り一帯を覆いつくした。


「・・・・・・そろそろ姿を見せたら?さっきからずっと視線が鬱陶しかったんだよね」


今度ははっきりと、先ほど煌が視線を向けた方向―――暗く淀んだ茂みの先の空間に話し掛けた。
煌が話し掛けた姿なき相手は動きを見せない。いや、動けないのかもしれない。
煌に気を直接向けられていないシンヨウであっても背筋が凍えるような旋律を感じているのだ、直にその気を向けられたら余程のものでもない限り堪ったもんじゃないだろう。


「はぁ・・・・出てこないなら、無理矢理引きずり出すからね?」


動く気配を見せない相手に、煌は呆れたように息を吐く。
そしてすっと話し掛けていた茂みの方に腕を掲げると、パチンと指を鳴らした。その瞬間―――


「ギィギャアアァァッ!!!」


耳を劈くような叫び声がしたかと思うと、茂みの奥から影が飛び出してきた。
飛び出してきた影はシュウシュウと音を立てつつ焦げた臭いを放つ。
飛び出してきた影は黒かった。もっとわかりやすく言えば、全身を焼け焦げさせられていた。

煌とシンヨウは無感動に飛び出してきたそれを見下ろしていたが、その内にシンヨウが何かに気づいたように眼を眇めた。


「こやつ・・・・・・」


黒焦げにされた妖にシンヨウは見覚えがあった。というよりも九尾の配下としていたので見覚えがあって当然だとも言える。


「あ、気づいた?そう、九尾の配下の振りをして偵察に紛れ込んでいた奴。気づいてたから大事な情報は入れさせなかったけど、やっぱりこそこそと嗅ぎ回られればね・・・・・・・目障りとしか言いようがないよね」

「九尾様は・・・・・・・」

「もちろん知ってるよ。機会があったら消しておいてくれって言ってたから、どうでもよかったんだろうけど邪魔くさくは思ってたんじゃないかな?」

「そうか・・・・・」

「さて、と。どこの配下の奴?といっても答えなさそうだけどね」

「・・・ぅぐっ・・・・・・と・・・うぜん、だ・・・・」


一応聞いておくかと、煌は目の前に無様に転がっている妖に問い掛けた。
が、妖は口を割る気はないらしく、ギラギラとした鋭い眼差しを煌に向けてくる。
煌はそんな妖の態度に、仕方ないなと肩を竦める。


「まっ、答えようが答えまいが逃してやる気はさらさらないし?―――もう、消えてよ」


煌はそう言うと手に炎を出現させる。
蒼炎は九尾の力。冴々とした輝きを見せるそれは、濃厚な妖気を放っている。
はっきりいってこんな雑魚に向けて放つほどの力ではない。

それでも煌は更に炎の威力を上げて、息も絶え絶えな妖に向けて放った。
シンヨウを納得させる為にも、その力を示さなければならなかったから。
過剰と言っても足りないくらいに明らかに不釣合いなほどの、強烈な火柱が天を焦がした。
火柱が消えた後には、妖がいたという証も何も残らなかった。

煌は相変わらず冷たい表情で見つつ、術を放った衝撃で解けてしまった髪をうざったげに掻き揚げた。


「なっ、その姿は・・・・・・」


炎が収まった後、改めて煌の姿を見たシンヨウは絶句した。
輝く銀糸に琥珀の双眸はともかく、髪の毛と同色の耳と尻尾を有した煌がその場に立っていた。
その身から発せられるのは紛れも無い妖気。
そう、その姿はさながら人型をとった九尾と同じ。と言っても、九尾の場合はその尾は八本あるのだが。

驚いた様子のシンヨウに、煌はわかりやすく説明をした。


「あ―、普段はただの人とそう変わりないけど、俺は九尾の眷属なんだよ?流石に九尾の力を使えば半分だけど妖化はするって・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」


生まれが人だから完全な妖になることはできないんだけどね。

と煌は仕方なさそうに肩を竦める。
そんな煌をシンヨウは黙って見ていた。


「―――それで?俺は九尾の利となる存在?」

「・・・・・・認めよう。確かに貴様は九尾様にとっては利となろう。忌々しいことだがな」

「そりゃどうも。もういい?後は特に用が無ければ行かせて貰うけど?」

「あぁ、用は済んだ。私も早々に立ち去らさせて貰うとしよう」


同意を示したシンヨウに、煌はさっさと背を向けて歩き出す。
しかし、その背にシンヨウの言葉が掛かったことで再び止める羽目となる。


「・・・・・・・・私は貴様が嫌いだ。だが、認めることくらいはいくらでもできる」

「俺も・・・・・・・別にシンヨウのこと、嫌いってわけじゃないから」


煌は肩越しに振り返ってそういい捨てると、今度こそ足を止めることなくその場を去った。











「九尾様のことを頼んだぞ、煌・・・・・・・・・」












シンヨウの零された言葉は、その耳に届くことはなかったけれども―――――――。

















                         

※言い訳
はい、やっとテストが終了致しましたので小説を更新しました。何か無気力症候群にかかってしまったのか、ネタは纏まっているのに打つ手が進まない・・・・・・。
今回は煌の土壇場でした。九尾が出てこないってなんか寂しいと思ってしまった私・・・・・;;
昌浩が九尾になっちゃったの?!と疑問を抱いた方もいらっしゃたとは思うので、ここで簡単な説明。
まぁ、昌浩自身は今でも人間です。え、それじゃあ人間だったっていう表記っておかしくない?と思うでしょうがここで更に説明。煌は今現在年を取っています。(成長している)九尾は煌をずっと傍に置くつもりなので、ある程度年を取ったら後は身体の時間を止めさせるつもりです。(いわゆる不老)なので”だった”と表記しつつも未だ人だと言えるんです。で、普段は九尾から貰った力は使わないので通常の煌からは妖気は感じられません。力を使うときだけ妖化します。(つまりはオプションとして狐耳と尻尾がつくわけです)なので半妖状態だと思ってください。某少年漫画ではないですよ?あ〜、でもそれだと面白くないので年月を追うごとに妖の力が増加して最終的には完全な妖になっちゃうという設定にします。うん、その方が楽しめそう。
あ、ちなみに断りを入れておくと、煌が指パッチンした時に某少年漫画の大佐みたいに火種を飛ばしているわけではないです。指を鳴らすのは術の発動の合図ってことでお願いします。
つーことで続きは今日また書きますので。現在十二時十分・・・・。日付が変わっちゃった;;

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2006/9/28