今だ帰らぬ弟。









今はどこで何をしているのだろうか?









どうか無事であってほしい。









何もすることができない己はそう願うしかない。









求めるは無事な姿のお前なのだ―――――――――。













沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾漆〜













陰陽寮の一角。

資料をとんとんと揃えながら、成親は漸く仕事が終わったと浅く息を吐いた。
ふと顔を上げると、弟の昌親がこちらへと歩み寄ってくるところであった。


「仕事は終わりましたか?」

「あぁ、たった今な。・・・・お前の方こそどうしたんだ?もうとっくに終業時間は過ぎているぞ?」

「私もつい先ほどまで火急の仕事をしていましたので、もし兄上が残っているようでしたら途中まで共に帰ろうかと思いまして」

「そうか、では共に帰るとするか」




そうして日が沈んだ暗闇の中、二人は肩を並べて帰ることにした。




しばらく無言で歩いていた二人であったが、成親が徐に口を開いた。


「・・・・・もう、三年も経ってしまったな。あれはどんな風に成長しているのだろうな・・・・・・・・」


唐突に紡がれた言葉ではあったが、昌親はすかさずその意味を理解する。
そして意味有り気に目配せをした。


「”昌浩”がどのように成長したかは、我々はいつでも見ているではありませんか。会う気があれば陰陽寮で幾らでも会えるではありませんか」

「”昌浩”は、だろう?俺は虚像ではなく、本物の方を言っているのだ。あまり意地悪を言ってくれるな」

「それくらいわかっていますよ。陰陽寮で働いている昌浩はお爺様の式―――作られた存在だということも」


そう。この三年、昌浩の不在を隠すために晴明は昌浩の形を模した式を、昌浩の代わりに陰陽寮に出仕させていたのだ。
無論ばれることは許されないので、かなり精密なかつ高等な術を駆使した式を作った。

媒介は彰子が所持していた匂い袋。
昌浩と彰子はよく互いに持っている匂い袋を交換し合っていたので、彰子が持っていた匂い袋にも僅かではあるが昌浩の霊力と想いが込められていたのだ。
少しでも本物に近づけさせるためにと、その匂い袋を利用したのだった。
故に式からはほんの微量ではあるが昌浩の霊力を感じ取ることができるし、その行動も少なからず想いが込められたものになっている。

姿は今現在の昌浩の姿を知ることができないので、あくまで予想の下に少しずつではあるが不振がられない程度に成長させていった。

全ては昌浩が帰ってきたらいつでも普段の生活に戻れるようにするため・・・・・・・。


「やはり想像の域を出ないからな、実質どのように育っているかは気になるだろう?」

「それはそうですが・・・・・・・っ!」


昌親の続きの言葉は飲み込まれた。

突如として濃厚な瘴気が現れたからだ。

二人は素早く身構える。
瘴気は二人の進行方向―――つはりは前方から漂ってきている。
段々強くなっていく瘴気から、相手の方はこちらへと近づいてきていることが容易に知れた。

二人が険しい眼差しで先の見えない暗い大路を見据える中、それは闇の中から姿を現した。


「・・・・・・なんだ?あいつは・・・・・・」

「・・・・見たことの無い妖ですね」


暗闇の中から姿を現したのは馬のような姿をした妖。
毛並みは全体が白く、所々に縞があり、鬣のみが燃える炎のように朱かった。
妖の金の双眸がひたと二人を見つめてきた。

――と、次の瞬間には鋭い嘶きを上げて高々と前脚を振り上げた。

振り上げた脚が地へと着いた瞬間、地が砕け、地割れを起こして二人に襲い掛かった。


「―――くっ!」


成親と昌親はその攻撃を咄嗟に横に飛び退くことでかわす。
先ほどまで二人が立っていた場所は、ありえないほどに地が砕けていて無残な状態であった。
正直言って巻き込まれたら洒落にならない。

馬のような妖は攻撃を避けられたことを少々不満げに見ていたが、再び地を隆起・破砕させて攻撃をしかけた。

しばらくの間相手の攻撃をひたすらに避けていた成親と昌親であったが、相手の攻撃が短絡なものであるといことを見抜くと、目配せをし合って隙を突いて反撃に転じた。
見た目の奇抜さを除けば、目の前にいる妖はさして強いものではないと判断したためだ。

成親が牽制に札を妖に投げ放つ。

妖は投げ寄越された札を避けるが、成親が間髪入れずに昌親の名前を呼ぶ。


「昌親!」

「――縛っ!!」

昌親はその意図を正確に汲み取り、術を使って動きを封じ込む。
目には映らない霊力で形成された鎖が、妖を地に縛りつける。

成親はその機会を見逃すことなく、素早く真言を唱えた。


「オン、サラサラバサラ、ハラキャラウンハッタ・・・!」


力強い霊力が妖に向けて放たれる。
そのことに気がついた妖は、何とか戒めから逃れようともがくが術から抜け出すことができない。
そのまま術が当たり、妖は調伏されるだろうと思われた瞬間―――


「調伏なんてさせないよ!」


凛とした声がふいに響いた。
と、同時に成親の放った術に炎が放たれ、相殺する。


「なっ!?」


あまりに突然のことで、成親と昌親は思わず言葉を失くした。

相殺によって生じた土煙が晴れると、馬のような妖の前に新たな影が佇んでいることがわかった。
蒼き月光が新たに登場した存在を露に照らし出した。

腰まで伸びた銀髪は肩の下――肩甲骨あたりで結われ、その瞳は琥珀色。身に纏っている衣は異国風なもので、どちらかというと神将達が纏っている衣装よりな形態をしている。
それを見るからには人間のようにも思えなくはないが、獣の耳と尾があることで妖に分類されると判断した。
何よりその身に纏っている気が妖気以外に他ならないので、彼もまた妖だと言えるだろう。

―と、そこまで判断した成親は引っ掛かりのような違和感を感じて、訝しげに眉を顰めた。
隣にいる昌親へと視線を滑らせれば、彼も自分と同様に怪訝そうな顔をしている。やはり何かしらの違和感を感じているようだ。

そんな二人の様子など気にも止めずに、渦中である存在は背後にいる妖を振り返って話し掛けていた。


「吉量(きちりょう)、大丈夫?ごめん、助けに入るの遅くなった・・・・・」


怪我の有無を確かめるように、隅々まで視線を走らせる。
そんな彼の様子に、吉量と呼ばれた妖は大丈夫だとその鼻面を寄せて明確に示す。
銀髪の妖―――煌(こう)はそれにほっと安堵の息を吐くと、その首筋を軽く叩いた。


「そっか・・・ならよかった。―――今日はもういいよ。帰ろう?」


煌はそう言った後、吉量の背に飛び乗る。
そしてギッと今だ困惑を隠しきれていない成親達にきつい視線を送った。


「・・・・・・今日は見逃す。でも、次に会った時は容赦しないからね」

「!待てっ!お前は一体・・・・・・」

「煌」


引き止めようとする成親達に一言、名だけ告げると煌は早々に暗闇の中に吉量と共に紛れ込んでいった。





「あれは・・・・・いや、でもまさか・・・・・・・」

「兄上・・・・・・・・・」





煌が立ち去っていった方角を見据えたまま、呆然としたように独り言を言う成親を昌親は心配げに見る。
そんな昌親の様子に気づいた成親は、何でもないと緩く首を振る。





「いや・・・・何でもない。それよりも、安倍邸へ行くぞ。お爺様にこのことを報告しなければ・・・・・・・・」

「そうですね・・・・。行きましょう、兄上」

「あぁ・・・・・」


二人は頷き合うと、目的地を自宅から彼らの祖父が住まう安倍邸へと変更した。











今だ燻る違和感を拭えぬままに――――――――。













                         

※言い訳
あ〜、紅蓮達よりも先に兄ちゃんずが煌と遭遇しました。つってもほんの少しでしたが・・・・・・。
何であんなに都合よく煌が登場したのかは、次のお話でご説明致します。主語の抜けた意味不明な会話についてもそれでわかると思います。
ちなみに、以前煌の衣装は彩雲国物語みたいなやつといいましたが、あれって動きづらそうなんで止めにします。狩衣よりは動き易そうだけど見た目あんま変わりないし・・・・・・なのでどっちかっつうと勾陳とか玄武みたいに動き易そうな衣装の方がいいかなぁ・・・・と考えている今日この頃。なので服装についてはそのように変更をお願いします。九尾の衣装はどうしようかな・・・・。

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2006/9/30