歪む視界。









映るは覚え無き光景。









失ったものを取り戻そうとは思わない。









自分が望むのは現状の維持。









失ったものを取り戻した時、きっと何かが崩れてしまうと思うから―――――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾捌〜
















「へぇ〜、ここがこの国の中心の都かぁ・・・・・・」


雲一つ無い快晴な空の下、煌(こう)は眼下に広がる都を見て感嘆の声を漏らした。
綺麗に整地され、まるで碁盤のようにしっかりと分けられた街並みはとても壮観だった。


「・・・・・でも、ここまで綺麗だといっそ作り物めいた感が拭えないね」


素直に感動したのは一瞬。

次の瞬間には煌はその都を眼を眇めて嘲笑った。
眼下に広がる都へと手を伸ばし、次いで握り潰すような動作をした。

その握り締めたままの手を下ろし、煌は背後を振り返って九尾へと問い掛けた。


「九尾、ここに九尾が消し去りたい相手がいるの?」


他の配下の者達も近くにいるため、煌のみが唯一呼ぶことを許された”久嶺(くりょう)”ではなく皆が呼んでいる名を口にした。


「――その通りだ、煌。我が屠りたいと思っている輩はこの都で陰陽師という生業をしている」

「・・・・おんみょうじ?」

「陰陽師。あちらでは方士と呼ばれていた術者のことを、この国では陰陽師と言うらしいな」

「ふーん、陰陽師ねぇ・・・・・・」


口では気の無いように言っているが、その瞳は興味と好奇心できらきらと輝いている。
煌が興味を引かれることを承知していたのか、九尾は愉しげに口元を歪めて更なる言葉を紡いだ。


「気になるのか?煌よ。・・・・・・ならば夜にでも都を散策してみるがいい、もしかしたら奴らが何をしているのか見れるかもしれないぞ?」

「・・・・・普通、妖を払うのが仕事の奴らの所に行くよう後押しする?まぁ、そんなことをしようものなら返り討ちにしてやるけど」

「なに、お前を育てたのは我だぞ?お前の実力の程もよく承知している。お前がそこら辺の術者にやられる様なたまではないと、信用しておるのだぞ?」

「ま、それもここ三年の話だけどね」


信用していると真っ向から言われて、煌は照れ隠しのつもりかあらぬ方向を見遣る。

そんな今だ幼さが抜けない煌きの行動を、九尾は目元を和らげて見る。




「――まぁ、偵察だとでも思って気楽に見てきなさい」











                       *    *    *







「―――とか何とか言ってたけど、偵察って言ってる時点で気楽になんてできないでしょ?てか、九尾が消したい相手の顔もしらないしさ、仮にそいつらに遭ってもわからないじゃん!そう思わない?吉量(きちりょう)」


闇に紛れて都を見て回りながら、煌は隣を共に歩く馬のような妖に話し掛ける。
話し掛けられた吉量は、目を瞬かせるとその鼻面を慰めるように煌の顔にすり寄せた。

吉量は人の言葉を解すが、己自身は人の言葉を話すことができない。
それが少々残念に思えて仕方ない煌であるが、それを補って余るほど吉量は情緒が豊かだ。
その目が思っていることを雄弁に語っている。
言葉を交わすことができなくても、その瞳を見れば意思疎通は大体まかり通っているのだ。


「大体、そう都合よく陰陽師って奴と遭遇しないと思うんだよね〜。霊力が普通の人より強い奴がそうだって久嶺が言ってたけど・・・・・・・・」


愚痴々と文句を言っていた煌は、ふと瞬きをして言葉を止める。

すっと眼を細めて進行方向の暗闇を見据える。
どうした?と吉量が目線で問うてきた。
煌はその問いに答えず、暗闇の先を凝視したまま口元に笑みを浮かべた。


「霊力の強い奴、ね・・・・・・・二人もいるから、きっと陰陽師って奴だよね・・・・・?」


反対方向からやってくる二つの気配を感じ取った煌は、その人物がどちらとも常人を逸した霊力を保持していると瞬時に気づいた。

何やら考え込んでいた煌は、ふと吉量を仰ぎ見るとその笑みを更に深めてこう言った。


「ねぇ、吉量。少し遊んでみない?」


この国の術者の実力と、使う術に興味が沸いた煌は悪戯を思いついたように無邪気に笑った。


「だからちょっと協力して?」


これに吉量は首を縦に振ることであっさりと承諾する。
それを見た煌は企んだような笑みではなく、純粋に嬉しそうに笑った。

そうして煌は吉量に頼んで相手に奇襲を掛けて貰い、自分は少し離れた所からその様子を見ることにしたのだった。


その相手こそ、仕事帰りの成親と昌親であった―――――――。







                       *    *    *







目の前で繰り広げられる攻防を見て、煌は瞳を輝かせた。


(へぇ〜、こんな小さな国でも強い奴はごろごろいるんだ・・・・)


奇襲を掛けた相手は、案の定陰陽師という奴だったようだ。
吉量のいきなりの奇襲にも努めて冷静に対応しているようだ。
しかも、あっちの大陸であった同業の術者達よりも明らかに手練であることがわかる。

遭遇した二人が偶々強かったのか、それともこの国の術者達の最低水準が高いのかは判断の使用がなかったが・・・・・・・・・。

そうこうしているうちに形成は逆転し、吉量が術で身動きを封じられる。


「まずっ!」


それを見た煌は、些か焦ったように呟いて吉量へと駆け出した。

元々吉量はそんなに強いわけではない。
吉量が煌と行動を共にするのは移動手段としてだからだ。煌が徒歩で移動するより吉量の背に乗って移動した方が断然早い。
というのが半分。残りの半分はただ純粋に一緒にいたいだけだ。
吉量は九尾の配下の中では一番煌と仲がいいので、必然的に行動を共にする機会も多くなるというわけだ。今回も例に漏れない。


陰陽師の一人が、何やら呪文を唱えて吉量へと攻撃する。

それにいち早く気が付いた煌は、炎を生み出して術を打ち消すべく放った。


「調伏なんてさせないよ!」


吉量は大事な友とも呼べる存在なのだから。

術がぶつかり合って相殺し、土埃が舞う。
その際相手から驚愕の声が聞こえてきたが、そんなことに構っていられない。
視界が悪い中でも煌は迷うことなく吉量へと駆け寄り、背後に庇うべく半歩前へと進み出た。
視界も晴れて、相手の容貌がはっきりと見て取れた。


(――――え?)


二人の内の一人と目線が合った瞬間、急に視界が歪んだ。
正確に言い表すと眩暈が起こった。


「――く・・・・たな・・・・」


覚えの無い映像が脳裏に映し出される。
相手の手から温かい体温を感じ取る幻が見えた。


(な・・・・んだ、これ・・・・・・)


急に襲ってきた異変に、内心はかなり動揺した。
記憶を失ってこの三年、こんな異常事態に見舞われたことがなかった。

しかしそんな違和感もほんの一瞬の出来事で、数度瞬きをすると何事も無かったように鎮まった。
そんな自分の変調を警戒しながらも、背後にいる吉量の無事を確認する。


「吉量(きちりょう)、大丈夫?ごめん、助けに入るの遅くなった・・・・・」


怪我の有無を確かめるように、隅々まで視線を走らせる。
そんな煌様子に、吉量は大丈夫だとその鼻面を寄せて明確に示してくる。
煌はそんな吉量を見て、ほっと安堵の息を吐いた。

僅かな乱れを訝しく思いながらも、こんな状態では闘うのは得策ではないと判断して即刻去ることにした。


「そっか・・・ならよかった。―――今日はもういいよ。帰ろう?」


煌はそう言った後、吉量の背に飛び乗る。
そしてギッときつい視線を相手へと送った。

己の浅慮から吉量を危険な目に遭わせてしまったことを歯痒く思いつつ、逆恨みと十分わかっていて煌は相手を睨み付けた。


「・・・・・・今日は見逃す。でも、次に会った時は容赦しないからね」

「!待てっ!お前は一体・・・・・・」

「煌」


後になって何であの時名を名乗ったのか不思議でならなかったが、確かにその時名乗った方が良いと己の本能がいっていた。

そして吉量に合図を送って、足止めをされる隙を作らないで急いでその場から離れた。




「なんか、今日の俺変だ・・・・・・・・・・」




きっと長距離を移動した所為なのだと自分に言い聞かせて、煌はそっと目を閉じた。











小さな揺らぎは誰にも気づかれることはなかった――――――――。
















                        

※言い訳
ということで、弐拾捌話の煌視点でのお話を書きました。
吉量は煌の良き友だと思っていてください。妖なのに?・・・・なんて言わないでくださいねvいくら人間に害があるといってもそれは生存本能が起こしている事態だと思います。なので気性的に穏やかな異邦の妖異もいてはいいんじゃないかと思ってみたわけです。夢見てますねぇ〜。

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2006/10/2