大きなしこりがいつまでも残る。









この違和感はどこからやって来るのだろう?









あの銀の残影を見たとき、別の何かが脳裏を過ぎった。









それを捉えることはできなかった。









陽炎のように揺らめいて消えた――――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜弐拾玖〜














成親と昌親は互いに言葉を発することなく、安倍邸への道のりを足早に進む。


「―――昌親」


ふいに成親が口を開いた。


「なんですか?兄上・・・・・・」

「先ほどの煌(こう)と名乗る妖、どう思う?」

「どうと聞かれましても・・・・・・ただ、原因のわからない違和感、みたいなものは感じましたけど・・・・・・」

「そうか、お前も感じたのか。・・・・・俺も何に対してなのかは把握できんが、同じように違和感を感じた」

「兄上も、ですか・・・・・?」


戸惑いつつも質問に答えた昌親に、成親も同意して頷く。

成親は先ほどから一体何に違和感を感じたのかを模索していた。
煌と名乗った人型をとった妖とは、今日初めて会ったのだ。それなのに違和感を感じたということは、何かしらに引っ掛かりを感じたはずなのだ。

再び沈みそうになった思考を何とか現実に止まらせ、成親は頭を一つ振って考える行為を中断させた。
すぐ目の前に安倍邸の門が見えたからだ。


「まぁ、そのことについては後々考えるとしよう。今はお爺様に先ほどの出来事を報告することが先決だ。・・・・・きっと、あれが異邦の妖異というやつなのだろう」

「だと思いますよ。お爺様から連絡を受けていてよかったですね。でなければ、ちょっと変わった姿見の妖だな程度であっさりと片付けてしまったでしょうから・・・・・・」

「あぁ、態々こうして直ぐに報告に上がろうなんて、思わなかっただろうな」


そう。実は成親と昌親の二人は、晴明から異国に住まう妖が来訪することを予め聞いていたのだ。前回やって来た妖は、弟である昌浩が調伏したと聞いている。
が、現在その弟は行方を晦ましており、頼みとなる陰陽師が晴明しかいない。
必然的に晴明が矢面に立たなければならなくなるが、いかせんかなりの齢を積んでいる身では体力的にきついものがあった。
故に少しでもいらぬ負担が減るように、成親達にはそれらしき妖を見かけたら調伏するように言い付かっていたのだった。


「これから忙しくなりますね・・・・・」

「あぁ、その通りだな」





そうして二人は安倍邸の敷居に踏み込んだ――――――。











「どうしたのじゃ、二人揃って突然邸を訪れるなど・・・・・・・」

「いやだなぁ、そう胡乱下な顔をしないでくださいよ。折角可愛い孫二人が顔を出しに来たんですから」


成親達の突然の訪問に、晴明は訝しげな表情を作る。
そんな晴明に、成親は人を食ったような笑みを浮かべて飄々とそうのたまった。


「事前に知らせも寄越さず、唐突に邸にやって来てよく言うわい」

「それはお爺様を驚かせたかったからに決まっているじゃあありませんか!」

「わしはそんなことくらいでは驚かん」

「そんなこと、わかってますよ」

「(・・・・・・・・はぁ)」


軽快に交わされる言葉の応酬に、昌親は内心疲れたように息を吐いた。
祖父である晴明に一番性格が似通っているのは、きっとこの兄に違いないと心の奥底で思った。

それから少しの間軽口の応酬が行われていたが、晴明が手に持っていた扇をパチンッと閉じたことによって終わりを迎える。


「ふぅ・・・・・全く話が進まん。いい加減本題に入れ」

「そうですね。――――――つい先刻、例の異邦の妖異というもの達に遭遇しました」

「そうか・・・・・。とうとう現れよったか」


成親の言葉を聞き、晴明はただ一言そう言葉を漏らした。


「それでですね、お爺様。その異邦の妖異の内の片方が、少々気になりましてね・・・・・・・」

「ほぅ、話してみよ」

「実はですね・・・・・・・・・・」


成親はそう言って、煌と名乗った妖のことについて事細かに話した。
ついでに、理由もわからぬ違和感についても話してみた。

陰陽師の感は馬鹿にできない。
それが二人とも感じた違和感ならば、きっと何か意味があるに違いない。


「―――とまぁ、こんなところです。実際はほんの僅かな時間のできごとでしたが」

「ふむ・・・。この度この国にやって来た妖の一味が九尾の配下のものだということは前にも話したじゃろう?おそらくその煌という妖も、九尾と何らかの繋がりがあるものじゃろうて」

「・・・・我々が感じた違和感については、どう思われますか?」

「昌親、流石にそれはわしとてわからんよ。わしはその煌という妖とやらを実際に見たわけではないからのぅ。まぁ、実際に会ってみれば何か感じるかもしれんが・・・・・・・・・」

「それもそうですね・・・・・・・。しかし、あの煌という妖、気になります・・・・・」

「それについては、私たちが少しお話できるかもしれませんよ?」


突然ふって沸いて出た声に、三人は揃って声の聞こえてきた方―――部屋の入り口へと視線を向けた。
そこには赤茶色の髪の毛を腰の辺りくらいまで伸ばし、新緑色の瞳をした人物と肩くらいの長さの白髪に、紅色の瞳をした人物―――因達羅(いんだら)と安底羅(あんてら)が立っていた。

彼女らは失礼しますと一礼すると、部屋の中に入ってきて腰を下ろした。


「―――因達羅殿。先ほどの話、どういうことですかな?」

「はい。我々の仲間の内の一人が、九尾について色々と情報収集を行いましたので、その結果報告をと思って今日はやって参りました」

「今回、この国に九尾がやって来るってわかったから、何かの役に立てばと思って皆で調べたのよ」

「そうでしたか。態々気を使ってもらってかたじけない」

「どうぞ、お気になさらないでください。こちらが勝手にしたことですから・・・・・」

「・・・・・九尾についての情報提供の内容に、煌ってやつの情報も含まれているのか?」


因達羅達の目的と先ほど発せられた言葉を照らし合わせて、成親は答えを弾き出した。
因達羅達は揃って首肯した。


「はい。九尾の情報を集める毎に、煌という陰がちらつきましたので・・・・・・・・」

「その煌っていうやつは、ここ数年に九尾の配下についたらしいの」

「そしてこうも言われているそうです。九尾の唯一無二の眷属、と」

「九尾のお気に入りって話だったわ。いつも傍に置いておくらしいから」

「・・・・・・・どうやったらそんな突っ込んだところの話まで手に入るんだ?」


げに恐ろしきは十二夜叉大将の情報網だ。
来訪する妖が九尾であると知れたのは、ここ数日の出来事である。
それなのに九尾の配下についての情報まで事細かに調べ上げられているのは、偏に彼らの努力があってこそだろう。

そう思いつつも疑問はそのままに発せられた成親の言葉に、因達羅は苦笑しつつ答えた。


「それは、私達一人一人の情報源がそれなりに広範囲に渡るからだと思います」

「・・・・どういう意味だ?」

「えっと、十二神将って人の想いから生まれた神なんでしょう?それとちょっと似てるかもしれないけど、私達は生まれた時から神様ってわけじゃなくて、元々は動物だったの。それが神格化させられて今の十二夜叉大将が生まれたの」

「簡単に言ってしまえば、私達はそれぞれ十二支のいずれかの動物を司っています。無論、己が司っている動物を使役することなどいとも容易いのです」

「で、皆それぞれの動物達に頼んで情報を集めるわけなの。動物達だったらどんなところにいても怪しまれることはないしね!それに態々集めさせなくっても、元々持っている情報だけでもかなり役に立つのよ?」

「はぁ、それはまた凄いですね・・・・・」


動物達を使役できるのなら、それはもう情報網が果てしなく広くて当然だといえよう。
意外な事実に、三人揃って驚きに目をぱちくりさせる。


「・・・・・ですが、そんな我々でも九尾の潜伏先までは突き止められませんでした。かなり気を配っているみたいですね」

「本当にいやになっちゃうわよね〜」

「いえ、何も知らない我々にとっては十分と言えるほどの情報です。ありがとうございます」


些か申し訳なさそうに眉を八の字に下げる因達羅達に、昌親は慌てて首を横に振った。
彼女達の働きに感謝こそすれ、憤りなど感じるはずもない。

と、そこで因達羅は思い出したように目を瞬かせた。


「―――ところで、晴明様。十二神将の方々は何処へ行かれてしまわれたのですか?」

「あぁ・・・・・あれらは夜の都の見回りに行きおった。何もせずにいることが苦しいのじゃろうて・・・・・」

「そう、ですか・・・・」


昌浩の捜索に何も手を出すことができない紅蓮達は、代わりのように毎夜都へと出掛ける。
昌浩がいつも行っている日課を、十二神将である彼らが率先して代わりに行っているのだ。

さすがのこれには晴明も驚いたが、今ではそんな彼らを微笑ましく見守っていたりする。


「まぁ、そろそろ帰ってくるじゃろうて・・・・・・」


晴明がそう言った瞬間、まるで機会を計ったかのように三つの神気が邸の中に顕現したのだ。
更に言ってしまえば晴明の部屋の入り口で。






「晴明――――」





そう言って顕現した紅蓮を始めとする闘将三人は、些か強張ったような固い表情をして現れた。










その時、確かに動き出した歯車の音を聞いた――――――。

















                          

※言い訳
ね、眠い・・・・・・。最近寝不足なもんで、今回は舟を漕ぎながらお話を書いていました。後半意識がなかったよ;;なので文が短かったり、文章構成がおかしくても許してください!!
ここで突然ですが、成親は爽やかに黒いと思います。昌親は隠れ腹黒で。(これはあくまでも希望)このお話の中では書くことはないと思いますけどね。
今回は以前アンケートで投票して貰いました登場シーンを増やして欲しいキャラの、一位と二位である夜叉大将のお二人を登場させました。この組み合わせは微妙・・・・・・。ちなみに一位が安底羅で二位が因達羅です。前半圧倒的な票数で一位に輝いていた因達羅ですが、安底羅が後半にじりじりとしかし怒涛の追い上げで一位に成り代わりました。凄かったですねぇ〜。そして何故か出番が皆無と言っても等しいくらいにあまり登場していなかった珊底羅(さんてら)が三位。この人のどこにそんな魅力があったのでしょうか?誰か珊底羅の魅力について掲示板にて教えてください。(ぇ)

感想などお聞かせください→掲示板

2006/10/4