君は今どこにいるのだろうか?









消息を掴めずに時は流れる。









沈滞する己の時間。









失った光。









それらは新たな出会いによって再び動きを取り戻した――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾〜
















紅蓮達が彼と会ったのは、都を見回っている最中であった――――――。


ザシュッ!!!

赤の飛沫が飛び散り、妖は地へとその四肢を力なく投げ出した。
紅蓮は嘆息すると、手に持っていた炎槍を仕舞い込んだ。
そして徐に背後を振り返った。


「そっちは終わったか?勾、六合」

「あぁ、とっくにな」

「先ほどの妖で最後だったようだ」


各々武器を仕舞いつつ、さっと周囲に視線を滑らせる。
周囲には妖らしき影は一つも残ってはいなかった。


「異邦の妖異どもがこの国に来訪すると晴明から聞いてはいるが、今のところそれらしい影は見ていないな」

「そうだな。早ければ既に都の中に潜んでいると思われるが・・・・・・・窮奇の時でさえ察知できなかったんだ、我々が見落としている可能性とてあるかもしれない」


警戒心も露に周囲を見渡す物の怪に、勾陳も賛同する。

この三年の内で習慣となってしまった、闘将三人での夜の見回り。
尚、主である晴明が異邦の妖を見つけたら、即刻追い払うか調伏するように言われている。
が、今のところそれらしき影は見当たらない。


「・・・・まぁ、今日のところは妖もこれ以上は出ないだろう。そろそろ邸に帰ろう」

「あぁ・・・・・・」

「そうだな、戻るか――――っ!!?」


安部邸へと戻ろうとした闘将三人は、ふいに揃って足を止めた。

その理由は近くで強大な妖気を感じたからだ。

感じたのは一瞬。
けれども闘将三人は互いに頷き合うと、妖気の発生源へと向けて駆け出した―――――――。







                        *    *    *







煌(こう)は困っていた。

原因は足元をうろちょろしている妖達。
彼らは揃って煌と吉量(きちりょう)を興味深そうに見上げている。
そんな視線を受けて、煌は疲れたように息を吐いた。


時は少し前に戻る。

陰陽師二人の下から立ち去った煌達は九尾の下へは帰らず、そのまま街探索を続けていた。

先ほどの陰陽師達とまた鉢合わせすると面倒なこと極まりないので、周囲への警戒は怠らない。
しばらくの間街並みを見ていた煌は、ふと足を止めた。

通りの端に植えられている木の根元に、小さく蹲っている影を見つけたからだ。


(妖・・・・・・・・?)


こちらへ背を向けて木の根元に蹲っている影は、球形の体躯にちょこんと小さな角をつけた妖だった。
煌が視認できるまで接近しないと気づかなかったのは、その身に宿る妖力が限りなく小さなものであったからだ。

煌はさてどうしようかと考えあぐねていたが、見つけてしまったものは仕方がないとその妖へと静かに近寄って行った。
近づいてみると、その体が小刻みに震えていることが見て取れた。


「・・・・・・・・おい」

「っ!うわあぁぁぁっ?!」


なるべく驚かさないように静かに声を掛けたが、小さな妖は大げさなくらいにびくぅっと竦み上がると慌てて後ろを振り返り、次いで驚きの声を上げた。
きっと煌の背後に控えている吉量を見て驚いたのだろう。
煌は思っていたよりも大分大きな叫び声に、僅かに顔を顰めた。


「――っ、・・・・・・・うるさい」

「へ?人間?えっ、ていうか後ろにいるやつって・・・・・・窮奇って奴の配下じゃ・・・・・?」


人間と妖(しかも窮奇というやつらと同じような異国の妖)の組み合わせに、小さな妖は目を白黒させる。


「窮奇?・・・・・・あぁ、九尾に恐れをなして尻尾を巻いて逃げた奴か・・・・・・・・違うよ、俺達はあんな腰抜けの配下じゃないから」

「え?違うのか??」

「うん、違うよ・・・・・・それより、こんなところで蹲っていて何してるの?」

「あ・・・・うん、ちょっと追われてて・・・・・・」

「?追われてる??」


妖の言葉に煌が訝しげに首を傾いだとき、それまで静かに彼らの様子を見ていた吉量が鋭く嘶いた。
煌がその声にはっと気づいたように背後を振り返ると、蛇と蜥蜴の中間の様な姿をした妖がこちらへと突っ込んでくるところだった。


「あいつっ!」

「・・・・・知ってるのか?」

「うん。あいつが俺を追い掛け回しているやつなんだ!!」

「・・・・・お前、そんなに餌として価値があるのか?俺が見るからに、お前一匹を食ったところで腹の足しにもならなさそうだけど?」


煌はそう言って改めて小さな妖へと視線を落とす。
ほとんど妖力もないこの妖を、どうしてそこまで追う必要があるんだろうか?


「違うんだよ!あいつ、俺達みたいなほとんど力のない妖を甚振り殺すのが好きなんだ!だからさっきから執拗に追い掛け回されてて・・・・・」

「ふーん、つまりは食物連鎖とは別個で、趣味としてお前を追い掛け回していると?」

「そうそう、中々えぐい趣味してるだろ?!」

「弱いもの苛めが好き、ねぇ・・・・・・うん、決めた!お前助けてやるよ」

「え?」


どういうことだ?と聞く前に、目の前の銀髪という一風変わった色彩を持つ人間(先ほどから人間と言っているが、外見のみで判断)はこちらに背を向けて襲い掛かってくる妖と対峙した。

煌は己の前に出て威嚇しようとしていた吉量を目線で下がらせ、蛇もどきと一対一で相対する。
大口を開けて己へと突っ込んでくる妖を、煌はただ睥睨して―――


「――縛」


ただ一言だけ、そう言った。

それと共に煌から霊力が立ち上って、あっという間に妖を地へと平伏させる。
煌はその様を見て明らさまに嗤った。


「なんだ、弱っちぃの・・・・・」


さもつまらなさそうに言って、徐に手を掲げて


「降伏・・・・・」


まるで羽虫でも払うかのように腕を振った。

妖を無数の霊力の刃が襲い、ずたずたに切り裂く。
妖は絶鳴の声を上げる間もなく、塵へと還った。

それを無感動な目で見届け、そして煌は背後にいる小さな妖を振り返った。


「一応、消しといたけど?後は追われてないよな?」

「――へ?あっ、うん。ありがとう・・・・・助かったよ・・・・・・」


どこか呆然としていた小さな妖は、はっと我に返ってお礼を言った。
煌はそれに満足そうに頷いた。
そんな煌を、小さな妖は複雑そうに見る。


(今の霊力・・・・・・まさか・・・・いや、でもなぁ・・・・・)


煌の顔をまじまじと眺めつつ、小さな妖は内心首を捻った。
そんな妖の視線に気づいた煌は、不思議そうに首を傾げる。


「ん?どうかしたのか??」

「えっ!いや、なんでもない!!」

「ふーん、そう?―――!」


慌てて首(この場合は頭?いや、体か??)をブンブンと振って何でもないと言う妖を怪訝に思ったが、煌はさらりと流すことにした。
どことなく気だるげな雰囲気を醸し出していた煌だが、次の瞬間いきなり背後へと大きく跳躍した。
そして―――


「まごぉ――――っ!!!」


大音声と共に無数の雑魚雑鬼達が、今まで煌が立っていた場所に降ってきた。

小さな妖と煌の間にこんもりと雑鬼達の山ができあがっていた。
煌は現状に思考が追いつけずにしきりに瞬きをしている。


「何で避けるんだよ!孫ぉ〜・・・・・・・って、あれ?孫じゃ、ない??」

「は?あれ・・・・おかしいな。さっき孫の霊力を感じたんだけどな?」

「なんだ?もしかして人違いかぁ??」

「・・・・・・・なんだ、お前ら?」


足元で山を作りながら口々に疑問の声を上げている雑鬼達を、煌は胡乱気に眺めた。






―――とまぁ、そんなことがあって、理由は定かではないが雑鬼達の視線を大量に浴びる羽目となっていた。






「声も孫っぽいんだけどな〜?」

「顔も、どことなく似てるしな・・・・」

「でも、髪とか目の色が違うぞ??」

「それに妖力だって感じるし・・・・孫は人間だろ?」


煌の疑問には答えず、雑鬼達は輪になって討論を始める。
煌はそれを見て目を据わらせた。
何となく、無視されたことが気に食わない。


「―――お前ら、消されたいか?」

「わっ!ちょっとたんま!!」

「待てって!ちゃんとお前の疑問に答えるからさっ!!」

「だからそのおっかない気を静めてくれ!!」


少々不機嫌になった煌から、ゆらりと妖気が立ち上る。そう、霊気ではなく、妖気が・・・・・・。

それに気がついた雑鬼達は慌てて制止の声を上げる。


「・・・・・で?お前らは?」

「おぅ!俺達はこの都に住んでる妖だ!!」

「ただし、妖力なんてほんの少ししかないから、人間とかにはほとんど見えないけどな!」

「俺達を見るためにはそれなりの見鬼がなくちゃな〜」

「見鬼?」

「あぁ、妖とかを見ることができる力のことを見鬼って言うんだ」

「ふ〜ん、つまりはお前達って弱すぎて、逆に人の目には見えないってことなんだな?」

「うっ・・・・・ま、まぁ、有体に言えばそうなるな・・・」


それなりに力のある妖ならば、徒人にも容易に見ることができるので、煌の言ったことに間違いはない。
けれど、もう少し言い様があってもいいのではないかと思う。
何気にきつい一言をくれる煌に、雑鬼はたじたじである。

が、そこは神経が図太い彼らである。
改めて気を取り直した雑鬼達は再び口を開いた。


「そ、そういえば名前!まだ聞いてなかったな!!」

「ん?あぁ・・・・俺の名前は煌。で、こっちが吉量」


名前を聞かれた煌は名を名乗り、次いで傍に控えていた吉量の名を告げる。その際、目の前にいる不躾な妖達に、些か不服そうな視線を向ける吉量の首筋を軽く叩いて慰めてやる。
そんな煌に吉量は「わかっている」と目線で答え、その後ちらりと雑鬼達に視線を投げよこす。
雑鬼達はそれにびくりと身を竦ませた。


「な、なぁそいつ俺達を食ったりしないよな?」

「はぁ?そんなこと、するわけないでしょ?第一お前達みたいな力のほとんどない奴を何匹か食ったって、少しも腹の足しにならないって。つまみにもならないと思うよ?」

「つ、つまみ・・・・・・・」

「それって利益なし?」

「さぁね。まぁ、つまりは吉量はお前達を食わないってことだ。それだけで十分だろ?」

「そりゃあ、まぁな・・・・・・」


煌の歯に衣を着せない物言いに、雑鬼達は顔を若干引き攣らせる。


「で?お前達の名前は?」

「ん?あぁ・・・・・俺達は基本的には名前なんてないんだけどな。俺ら三匹だけなら名前を貰ってるよ。俺の名前は―――」

「待った。名前聞いておいてなんだけど、特別な名前だったら名乗らない方がいいよ。力のあるやつだったら名前で縛ることができるしね」


大衆的な名前があれば聞こうと思ったが、誰かから貰った名前であるのならばそれは特別に分類されるだろう。ならば無関係な自分が聞くのはあまりよくない。


「そっか・・・・そうだな。これはお姫に貰った大事な名前だしな!迂闊に名乗るのはよくないか」

「お姫?・・・・・・・まぁ、誰かは知らないけど、お前達みたいなのに名前をくれてやるなんて随分な変わり者だな」

「お姫は変わり者じゃない!優しいんだ!名前だって俺らがくれって頼み込んだものだしな!!」

「俺らを見ても動じないしな!」

「餅もくれるしな!」

「・・・・・・・だからそこが変わってるって・・・・・・」


まぁ、彼らにそんなことを言っても通じなさそうだし、放っておくことにする。
しかし、雑鬼達を見ることができるということは、その「お姫」とやらはそれなりの見鬼の持ち主なのだろう。


「・・・・・そういえば、一つ質問してもいいか?」

「ん?いいぞ!」

「『孫』って誰の―――っ!また邪魔者か・・・・・」


質問しようとした煌は、微かに舌打ちをすると黒の空間に視線を投じた。

するとそこから先ほどの蛇蜥蜴が姿を現した。
しかも一匹ではない。十数匹はいる。


「は?こいつらって群れてんの?」

「いや、普通は単独で行動するはずなんだけど・・・・・・・」

「・・・・・・あぁ、仲間が消されたことに怒って総出で仕返しに来たと・・・・・そんなところだろうね」

「そ、そうなのか?!」

「そうなんじゃないの?・・・・・自分達は弱いものを嬲り殺して楽しむくせに、いざ自分達の番になると集団で私刑をかまそうっての?はっ!やることがみみっちぃね!!」

「や、妖に規則なんてもの、無いから・・・・・・・」

「心情的な問題だよ。一人で無理なら集団で。実にくだらないよ・・・・・・」


煌はそう言いつつ、妖気を放ち始める。
そんな煌に、蛇蜥蜴も雑鬼達も共に身を硬くした。

ぶわりと煌の手に蒼炎が宿る。


「もぅ、一匹ずつ相手をするのが面倒臭いから、皆纏めて消えて」


煌はそう冷たく言い、蛇蜥蜴に向かって炎を放った。

放たれた炎は広範囲に広がり、その場にいた蛇蜥蜴十数匹を纏めて燃え上がらせた。
炎を纏わされた蛇蜥蜴達は痛々しい悲鳴を上げながら地をのた打ち回る。
が、そんな絶鳴もあっという間に事切れ、後には塵一つ残らなかった。


「ま、これで奴らから追い回されることはなくなったと思うよ?他にも生きてる奴がいれば別だけどね」


煌は軽く肩を竦めながら息を吐いた。
ふと雑鬼達へと視線をやると、揃いも揃って固まっているのが目に入った。


「なに、驚いちゃった?それとも俺の気に中てられたかな?」


不思議そうな表情で首を傾げつつ、煌は雑鬼達と視線を合わせるべく膝を折った。
目線が近づいたことに、雑鬼達は微かに身を竦める。
そして、困ったような表情をその顔に浮かべた。


「あ、あ〜。うん、お前の気は俺達には強すぎるな。条件反射で身動きが取れなくなっちまうよ」


躊躇い無く冷酷に妖を消したことが恐ろしかったなどと、助けてもらった身では流石に言えない。


「そう?それはごめんな。なるべく抑えたつもりだけど、元が元だからな。それにも限度があるし・・・・・・」

「や、それは仕方ないって!・・・・・・とにかく、助けてくれてありがとうな!!」

「・・・・まぁ、俺も目障りに思ったから消しただけだし・・・・・・・お礼はいらないよ」

「そ、そうか・・・・・・・・;;」


なるべくこの人物の不興は買わないようにしようと、密かに心に誓った雑鬼達であった。


「ま!その話はここでお仕舞ってことで・・・・・・さっきの質問の続きだけど―――――」


と、そこまで言葉を紡いで、煌は眉を顰めてさっと立ち上がった。
吉量も警戒するようにその首を周囲へと巡らせている。


「・・・・・・・今日は色んな奴と出会う日なのかな?」


こちらへと近づいてきている神聖な気配を三つ感じ取って、煌は愉しそうに目を輝かせた。


「九尾、今日は散策に出て正解だったみたいだよ――――?」


煌はそう誰にも聞かれない程度の声量で呟いた。



そして現れた三つの人影に、口元を綻ばせた。















そして彼らは三年という時を経て、再会と対面を果たした―――――――――。


















                         

※言い訳
あ〜、無気力症候群に抗って何とか続きを書き上げました・・・・・・・。何か色々ありすぎて気力が一気に吹っ飛んでしまったようです。
そして!気がついたらなんと
三十話目に突入!!うわぁ・・・・・水鏡だともうラストのシーンあたりになるのに、未だ昌浩と紅蓮達がきちんと再会してないです;;長っ!!一体どれくらいの話数になるんでしょうかね?
というわけでいつもの注釈に入ります。まず、何で煌が術を使っているかです。えっと煌は記憶は辛い時を除いては記憶が全部吹っ飛んでおりますが、知識はちゃんと残っております。ちなみに、その術が人間が扱っているものと理解はしていますが、陰陽師が使う術だとは知りません。(そこらへんも九尾が少々手を加えています)身を守るためならその知識はあった方がいいと判断した九尾が、術の発動の仕方だけを知識として残させました。(なんてご都合主義!)そんでもって、煌は実は二種類の力を持っています。昌浩として元々持っていた『霊力』と九尾から貰った『妖力』です。陰陽師の術を使う時は霊力を、九尾の力を使う時は妖力をそれぞれ引き出して使います。兄ちゃんずの前では九尾の力=妖力を使ったので、兄ちゃんずは煌が昌浩であるということに気づくことはできませんでしたが、雑鬼達の前では陰陽師の術を使ったので昌浩の霊力を知っている彼らは本能的なところで察知したわけです。だから一日一潰れを実行したわけです。
後は・・・・煌は基本的に黒ですが、その根本には優しさがあってもいいかと。弱いもの苛めのシーンを見て、放っておくような非情な方ではありません。寧ろそれを見てムカつきを感じ、相手をぶっ飛ばすくらいには以外に正義感もあったりして。でも、相手に嘲笑浴びせてる時点で結局は黒なのか?
・・・・・・・とまぁ、説明するとこんなところでしょうか?疑問があれば掲示板にてお問い合わせしてください。この先のネタバレにならない範疇でしたらお答えできるものもあるかもしれませんしね。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/10/7