空気を震わせる霊力。









それはとても身に覚えがあった。









三年前まで当たり前のように感じられたそれ。









それがどうしてお前から感じられるのだ?









追い求める者はすぐ目の前に――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾壱〜















紅蓮達が駆けつけた時、そこには見慣れぬ妖がいた。
恐らくは異邦の妖なのだろう。

外見は馬の様な妖と人型をとった妖。
彼らの足元には雑鬼達がいた。

ふと人型をとった妖と目が合った瞬間、紅蓮は言いようもない違和感を感じた。


(―――何だ?)


紅蓮は密かに眉を顰めた。

それと同時に、人型の方の妖がふらりと馬の様な妖に近づいた。いや、寄り掛かったように見えた。
それを見て雑鬼達が心配そうに声を掛けている。
馬の様な妖も心配げに顔を寄せる。


「異邦の妖、だよな・・・・・?」

「あぁ、私もそう思うが・・・・・・・」

「今まで会ったどの異邦の妖とも、何かが違うように感じるな・・・・・・・」


紅蓮のどこか詰まったような物言いに、勾陳と六合も同意する。
雰囲気というか、その態度が違うのだ。
今まで遭遇した異邦の妖達は問答無用で襲い掛かってきたし、敵意とてビリビリ伝わるくらいに向けられることが当然だった。
ましてや、雑鬼達が怯えもせずにその傍にいるなど、今までにはなかったことだ。
全てが全て、異例のことだったので戸惑いを抑えることができない。

どうしたものかと紅蓮達が考えあぐねているうちに、人型の方の妖がすっとこちらへ視線を寄越してきた。
やはり敵意などは感じられない。


「へぇ、この国って通りを神様が平気で跋扈するようなところなんだ?」


ただ純粋に思ったことを口にしてみたような言葉だった。

聞こえてきた声に、闘将三人はそろって眉を顰めた。
その声がとてもよく知った人物の声の響きと似通っているように思えたからだ。
が、その考えは直ぐに取り消す。
自分達の目の前に立っているのは、どこからどう見ても妖だからだ。


「まさか、俺達が例外なだけだ」


紅蓮は努めて平静を装って答えた。
まぁ、相手の疑問も確かだ。普通、こんなところに神に座すものがいることはない。
自分達が安部晴明に仕える十二神将で、自主的に夜警にでも出ていない限りにはそうそう起こりえないことなのだから。


「ふーん、でもその割にはこの都に漂っている神気って、濃いっていうか・・・・・・あぁ、種類があるって言うのかな?だし・・・・・・・そう思わない方が、俺としてはおかしいと思うんだけどね」

「ほぅ、種類か・・・・」


人型の妖――煌の言葉に、勾陳は興味深げな言葉を漏らす。


「神様だって個々で神気の質は異なるんでしょ?貴方達以外の神気もあるみたいだし、結構な数だよね?」

「・・・・確かにな、我々以外にもこの都に神に位置するものはいる」

「ふ〜ん、やっぱりいるんだ?まっ、そんなことは俺にはどうでもいいことだけどね」

「それはどうかな?お前は我々がお前達を消そうとするとは考えないのか?」

「・・・・・・・・・・なに?俺達を消そうって言うの?」


勾陳の言葉を聞いた煌は、すっと警戒の表情を顕にする。
ぴりっと緊張感が空気を振動させる。

勾陳はそんなことは気にした風もなく、鷹揚な態度で頷いた。


「私としてはこの都の者達に害を加えないのなら別に構わないのだが、主の命で異邦の妖を見つけたら追い払うか滅することになっている。私は前者が好ましいのだが、どうだろうか?」

「・・・・・ねぇ、貴方達って神様だよねぇ?主っていうと神様がそんなことを命じるの?」


人間のことになど脚力手を下さない神が、自分達がこの国の都にやって来たくらいで態々動くのだろうか?


「いや、我らの主は人間だ。・・・・・・それより、お前は前者と後者、どちらを選ぶ?」

「・・・・・・残念だけど、どっちも遠慮させて貰うよ。こっちだって用があってこの国に来てるんだしね・・・・・・」

「用?それは何だ・・・・・?」

「何で態々答えなきゃいけないのさ。俺が答える義理はないよ?」


六合の疑問に、煌は肩を軽く竦めて答えない。
まぁ、相手の言うとおり、あちらにこちらの疑問を答える義理はないだろう。

しかし、相手は悪戯っ子な笑みを浮かべて言葉を続けた。


「・・・・ていうのが建前!実は俺もよくは知らないんだよね〜。俺が知ってるのは外枠だけだし・・・・・・・まぁ、これくらいなら教えても別に問題はないかな?―――俺達はこの都に住んでいるとある人達に用があるんだ。俺達の主が目障りに思っているらしくってね、消す為に態々この国に来たってわけ」

「消す・・・・・・殺すということか。お前達の主とは何者だ?」

「だ〜めっ!流石にそこまでは教えないって。俺、本当はかなり口は堅いんだよ?これだけ教えたことにも感謝してほしいくらいだって・・・・・・・」

「はっ!ならひっ捕まえて後々聞き出すまでだ」

「うわっ、人の好意を仇で返すなんて最低だね」

「何とでも言え!こっちもみすみすお前達を見逃すわけにはいかないからな」


紅蓮はそう言うと炎槍を出現させた。
勾陳と六合もそれに倣って各々武器を取り出す。

そんな彼らの動作を見た煌は、戦闘を避けられないことを悟る。
諦めたように息を吐いた後、静かに目を閉じてすっと手を掲げた。


「出でよ。混迷の覇者、常闇へと誘うものよ――――不知火(しらぬい)の妖剣」


煌の言葉と共に、その手の中に一振りの剣が現れる。
その剣は深い臙脂色をしており、立ち上る妖気が青白い光の湯気のように見える。

煌はその剣を隙なく構える。
そして横目で足元にいる雑鬼達を一瞥した。


「お前達、巻き添えを食らって消滅したくなかったら、さっさとこの場から離れた方がいいよ」

「お、おぅっ!わかった」


雑鬼達は煌の言葉に慌ててその場から離れ、安全な所まで非難する。
雑鬼達がきちんと非難し終えるのを見届けてから、煌は改めて神将達へと視線を向けた。


「三対二か・・・・・正直言ってきついなぁ。吉量(きちりょう)、援護を頼むね・・・・・・・」


煌の言葉に、吉量はわかったと目線で返答した。
煌に吉量を前線に出させるつもりはない。非戦闘要員に戦闘を強いる真似はしない。
いざとなれば逃げることに徹するつもりだ。



煌は覚悟を決めると、強く地を蹴った―――――――。












キイィィン!


勾陳の筆架叉と煌の剣が交差する。

紅蓮はその隙を突いて炎槍を繰り出す。

煌はそれを後ろに飛び退くことでぎりぎりかわし、それと同時に吉量が地を陥没させる。
砕ける地面に、紅蓮達は一旦後ろに下がるしかない。


「うーん、やっぱりちょっときついな・・・・・・・吉量!撤退するよ!!」


煌は右斜め前方にいた吉量にそう話し掛ける。
吉量はそれを聞いて軽やかに身を反転させ、煌の方へと駆け寄ってくる。


「させるかっ!」


逃さないとばかりに、紅蓮が吉量に向かって炎蛇を放つ。
一切加減がされていない炎蛇は、吉量に向かって真っ直ぐと突き進みその顎(あぎと)を開く。


「っ!吉量っ!!」


吉量に襲い掛かる炎蛇に気づいた煌は、吉量の名を呼びつつ走り寄る。
炎蛇よりも僅かに早く吉量の前に躍り出る。
そして九尾の力である炎では完全に防ぎきることができなことを瞬時に察すると、妖力ではなく霊力を爆発させた。


「禁っ!!」


不可視の障壁が瞬時に築き上げられ、紅蓮の炎蛇を阻む。

普段ならば攻撃を防ぐだけの術であるはずなのに、放出された霊力があまりにも強大過ぎたためか、その余波が紅蓮達の元にまで届く。


「なっ?!この霊力は・・・・・・・まさ、ひろ・・・なのか?」


炎蛇を打ち消されたことよりも、己に届いた霊力の波動に紅蓮は驚愕した。

それは三年前まではずっと行動を共にしていた人物の霊力の波動であったから―――。


「そんなっ・・・昌浩?!」

「―――確かに、これは・・・・・昌浩の霊力・・・・・・・・」

「あぁ・・・・間違いない」

「昌浩?それ、誰のこと?・・・・・・俺の名前は煌だ」


突然呼ばれた身に覚えのない名前に、煌は訝しげな表情を作る。
己が術を使った後、目の前にいる神に連なる者達の態度が急変した。

もしかしたら自分のことを知っているのかもしれない・・・・・・。

そう思った煌だが、内心頭を振るとその考えを中断した。
今はそんなことよりもこの場から退くことの方が重要だ。


「昌浩なのか?お前はっ!」

「・・・・・だから誰のことって、聞いてるでしょ?そんなことより、俺達はこの場から辞させて貰うよ―――雷電神勅、急々如律令!!」

「まさ―――くっ!!」


白き雷が轟音と共に天から地へと突き刺さる。
白い閃光が炸裂して、紅蓮達の視界を白く焼いた。


「―――っ、昌浩?!」


視覚が正常に戻り、慌てて彼らがいた所に目を向けるが、そこには影も形も残ってはいなかった。
どうやら逃げ去ってしまったようだ・・・・・・。


「昌浩・・・・・・くそっ!」

「騰蛇、あれは昌浩だと思うか?」

「・・・・わかっていることを敢えて聞くな、勾。あの霊力は紛れもなく昌浩のものだった・・・・・・」


そう、あの凄絶な霊力は昌浩本人のものであった。
その霊力を肌で直に感じたことがある者には、直ぐにでもわかっただろう。
案の定、紅蓮達は一発でそのことに気づいたのだから・・・・・・。


「そうだな、容姿も・・・・・・・髪の色が違ったから気づかなかったが、よくよく見れば三年前の昌浩の面影を残していたように思えるな・・・・・・・」

「やはり声が似ていると思ったのは、間違いではなかったようだな・・・・・・・」

「あぁ、流石に声変わりはしていたが・・・・・・昌浩の声に違いなかった」

「ちっ!一体どうなってるんだ?!初め見たときは、確かに妖だったんだぞ!!」


そう、初め声を聞いて昌浩かと思ったことは確かだったのだ。
しかしその容姿が明らかに妖のものであったので即刻その可能性を否定したのだ。
昌浩は人間だ。
いくら天狐の血を受け継いでいようとも、人間に違いなかった。

では、あの姿はどうだ?

銀色の髪、琥珀の瞳と生れ落ちた時に有していたはずの色彩は見る影もなく、その身に纏っていたのは明らかなる妖気。耳と尾を有している人間など、ついぞ見たことがない。

しかし、紅蓮の放った炎蛇を術で防いだ時、その容姿は変化していた。
獣の耳は消え失せ、人間と同じ形態の耳に戻り、その尾も消え去っていた。

そう、紛れもなく人間の姿だった。

その身に纏っているのは霊力で、妖気の欠片も残ってはいなかった。
色彩さえ元の色に戻せば、きっと成長した昌浩の姿そのものなのであろう。


これは、一体どういうことなのか?


紅蓮達は不可解過ぎる出来事に、揃って表情を厳しくした。


「・・・・・・・・・・・まぁ、ここで悶々と考えても仕方ない。邸に戻って晴明に報告しよう」

「そうだな、俺もそれがいいと思う」

「・・・・・・・あぁ、晴明の奴なら何かわかるかもしれんしな・・・・・」

「では、邸へと急いで戻ろう」

「あぁ・・・・・・」


それが良策だと、三人は頷き合った。


そこでふと紅蓮達は雑鬼達がまだその場に残っていることに気づいた。


「・・・・・・・そういえば、お前達は俺達が来る前まであいつらと一緒にいたよな?何をしていた?」

「何をしていたってなぁ?」

「あぁ。あいつ、俺達を追い回していた妖を払ってくれただけだし・・・・・・・」

「それでか、俺達が強大な妖気を感じたのは・・・・・」

「凄かったよなぁ、あっという間に十匹以上の妖を払っちまったし」

「あれ、やっぱり孫だったのかなぁ?」

「はぁ・・・・まぁ、いい。お前達ももうねぐらへ戻れ」


これ以上話を聞いても、目ぼしい情報は手に入らなさそうなので、紅蓮はそれ以上の追求を止めた。


「おぅ!わかったよ式神!!」

「またな〜!」

「あいつについて何かわかったら教えてやるよ!」

「・・・・・・そうか」


雑鬼達は口々にそう言うと、颯爽と闇夜に紛れこんでいった。


「俺達も帰るか・・・・・」

「そうだな」


その場から紅蓮達も早々に立ち去った。










そうして三人は、主のいる安部邸へと急いで向かったのであった―――――――――。


















                         

※言い訳
すいません、今回はちょこっと短めのお話になりました。ここで区切りが良かったもので・・・・・・。
これで紅蓮達が安部邸へと戻った時に硬い表情をしていた理由の説明がつきます。
こうして晴明報告編へと話が戻るわけです。
あ〜、以前にも説明しましたが、煌は九尾の力を使う時のみ妖化します。なので普通に陰陽師の術を使う時は人間の姿に戻ります。妖化はそれなりに妖力が高まらないと起こらないのです。ですから、普段も見た目普通に人間なわけなのです。あ、ちなみに煌の髪と眼の色は妖力で変えています。余程妖力が無くなったり、制御が不安定にならない限りにはこの色は常に維持されます。なので二十三話目の時に煌の髪の色が元の色に戻ってしまうことも、ないことはないです。と、まぁ・・・・今回の説明はこれくらいにしておきます。

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2006/10/8