生まれ変わった星。









それに今、皆が気づきはじめる。









しかしそれはもう過ぎたことなのだ。









赤く燦然と輝く星。









それを再び覆すことができるのだろうか―――――――?
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾弐〜















「―――・・・・・そうか、そんなことがあったのか・・・・・・・」


紅蓮達から話を聞き終えた晴明は、深く息を吐いた。

その場に重苦しい沈黙が流れる。
昌浩と思わしき人物が見つかったのに、喜ぶどころか逆に悩ましいことが増えただけのように思える。


「・・・・・・・昌親。わかったぞ、違和感の正体が」


何やら考え込んでいた成親が、ふいにぽつりと言葉を漏らした。
それに昌親だけではなく、他の者達も一斉に反応した。


「兄上、私も今なら違和感がどこからやってきたのか、わかります・・・・・・・」

「あぁ・・・・違和感を覚えたのは、煌という妖―――いや、騰蛇殿の話からすると人物でも問題ないか・・・・それの容貌が昌浩に似ていたからだな」

「えぇ、銀髪に琥珀の瞳・・・・・色彩が違っていたので気づくことができませんでしたが、改めて指摘されると以外にわかりやすいものですね・・・・・・」

「昌親・・・・・お前達、昌浩と会っていたのか?」


煌とは一体誰のことかと聞いていた紅蓮は、昌親が上げた特徴が先ほど遭遇した人物と合致することに気づいて、驚いたように問い掛けた。

紅蓮の問いに昌親は数度瞬きをしたが、次いで納得したように頷いて掛けられた質問に答えた。


「あぁ、騰蛇殿達にはまだ話してはいませんでしたね。私達が今日この邸を訪れたのは、ほんの少し前に煌と名乗る人型の妖と馬のような異邦の妖に遭遇したからです」

「だから直ぐにでもおじい様に報告しようと、邸に直行してきたんだが・・・・・・・・・あの後騰蛇殿達にも会っていたのか・・・・・・・・」

「間違いないな。昌浩と思われる人物も馬のような妖を連れていた」


成親達の言葉を聞いて、勾陳は先ほどあったことを思い出す。
銀髪に琥珀色の眼をした昌浩にとてもよく似た妖とも人とも言いようがない存在と、鬣が朱色をした馬のような妖。
成親達が話す妖達と特徴が重なるので、成親達と勾陳達が遭遇した相手は同一のものなのは間違いないだろう。
成親達が煌と名乗る存在(これがきっと昌浩のことだろう)を妖と断定していうのは、恐らく相手の姿が妖の時のものしか見ていないからなのだろう。
勾陳達も、術を使って徒人の姿に戻った相手を見なかったならば、きっと昌浩かと疑いつつも妖と言っていただろう。

と、そこで今まで静かに話を聞いていた因達羅(いんだら)が、挙手をして紅蓮達に向かっておずおずと声を掛けた。


「あの・・・・質問をしてもよろしいですか?」

「・・・・・・なんだ」


声を掛けられた紅蓮は、ぎろりと鋭い視線を因達羅へと向ける。

少しは愛想ってものがないの?!

と安底羅(あんてら)が小さな声で文句を言っていたのは、幸いなことに隣にいた因達羅にしか聞こえることはなかった。
鋭利な視線を送られた因達羅は、それに構わずに疑問の言葉を紡ぐ。


「先ほどから騰蛇殿は煌という人物を昌浩様と断定していますが、その根拠とは何ですか?」

「あぁ、そのことについては簡単だ。霊力が昌浩本人のものと同じだったからだ。いくら見知った仲とはいえ、自分以外の力の波動など真似てできるようなことじゃない。そのことについては勾や六合も確認済みだ」


そう言って紅蓮は勾陳と六合に視線を遣る。
それを受けて勾陳と六合も同意するように頷いた。


「あぁ。確かにあの霊力の波動は昌浩のものだったと思う」

「私もそれについては異論ない。あの霊力は昌浩本人のものだ」


それについては保証しようと二人は明言した。


「そう、あれは確かに昌浩だった。・・・・・・だが、問題はそこじゃない」

「・・・・・と、言いますと?」

「何故俺達のことがわからなかったか、だ。何者かに操られているという線も外し難いが、どちらかというと俺達のことを覚えていないのだと思う。あれは初対面の者に対する反応だった・・・・・・・・・」

「では、何らかの理由で記憶を失っていると、そう仰られるのですか?」

「俺はそれが一番妥当だと思う。だが、腑に落ちないのはどうして妖の姿をしていたのかだ。性格については・・・・きっと記憶を失ってからの周りの環境が影響したのだと、俺は思うのだが・・・・・・・」


と、そこで紅蓮は晴明へと視線を向けた。


「晴明、お前なら何かわからないか?例えば天狐の血が何らかの作用をきたして、昌浩をあのような姿にしたとか・・・・・・・・・・」

「それはないじゃろう。以前会った天狐の晶霞や凌壽のことを覚えているな?あの容姿からしても、その様な変貌を遂げる可能性は皆無じゃろうて。第一、天狐は神族に近い存在じゃ、その力が翳ろうとも宿す力は神気に近い。じゃが、煌は妖力を宿していたのだろう?まず、その時点で相違が出てくる」

「そう、なのか・・・・・?」

「あぁ・・・・この度のことは天狐の血は関係ないじゃろう。それよりもきっと他の要因があると、わしは思う」

「他の要因?なんだ、それは」


何か意味を含ませたような言葉を紡ぐ晴明に、紅蓮は怪訝そうな表情を作りながらも問い掛ける。
晴明は何かを言いあぐねているように、手の中の扇を弄ぶ。

晴明以外の者達はその様子を見守り、晴明が口を開くのを待つ。
しばらくの間逡巡していた晴明は、やがて唐突に息を吐くと視線を扇から上げ、紅蓮達を真っ直ぐに見据えた。
その眼は様々な感情が複雑に絡み合って、憂いの色を濃く表した。
周りの者達はそれを見てはっと息を呑む。


「・・・・・・・恐らく、一番の要因は昌浩を連れ去った狐の様な妖だろう。その妖は人型もとっていたと言っておったな?ならば、そちらの方が原因で妖力を持つことになったと考えた方が自然じゃな」

「あいつかっ!」


晴明の言葉に、紅蓮は怒りを再燃したらしく燦然と金眼を煌かせた。

気の昂りによって常より強く発される神気に、成親を始めとする何人かが僅かに身を固くした。
それを見た勾陳が、直ぐさま紅蓮を窘めた。


「落ち着け、騰蛇。怒りを感じるのは何もお前だけではないのだぞ?」

「勾・・・・・・あぁ、すまない」

「騰蛇、この度のことは俺とて腹立たしく思っている。相手にも、そして自分にもな・・・・・・・」

「紅蓮や、誰もが皆苦い思いをしておるのだ、己だけと思うてくれるなよ?」

「六合・・・・・。晴明・・・・・・・・・」


紅蓮はそこで周りの者達の眼にも、苛立ちや悔しさや己の力のなさを責める光を宿していることに気がついた。

そうだ、歯痒い思いをしているのは己だけではないのだ。

紅蓮はそう己を叱咤すると、毅然と顔を上げた。


「・・・・すまない」

「いや、なに。構わんよ・・・・・じゃからな、紅蓮。何事も一人で抱え込もうとするでない」

「・・・・・・・ほぅ。その言葉、そのままそっくりお前に返してやろうか?晴明」

「?・・・・・・勾??」


ふいに響いたやや低めの勾陳の声に、紅蓮は訝しげに勾陳の様子を窺った。
そしてぴしりと固まる。

勾陳はその口元に凄絶な笑みを浮かべていた。
しかも口は笑みを模っているのに、黒曜の如きその双眸はちっとも笑っていない。
瞬く間にその場が極寒の地と成す。

なっ、何があった?!

勾陳と晴明を除いた他の者達は、そろって冷たい汗をその背に流した。


「・・・・・・・何のことじゃ?勾陳」

「惚けるな。では、先ほど騰蛇の質問に答えるまでの長い間を何と説明する?私を誤魔化すことなどできないぞ。わかったなら、洗い浚いわかっていることを話して貰おうか?晴明」

「じゃからだな、勾―――」

「晴明」

「・・・・・・・はぁ、わかったわい。わしの知っていることを話そう・・・・・・・・・・」


話すまでは許さない。と頑なな視線を送ってくる勾陳に、晴明はとうとう折れた。
勾陳はそれに満足げに頷く。


「では、さっさと話せ。何を隠している?」

「・・・・・・・・できれば話さずにいておきたかったのだがのぅ・・・・・・・・・・」


晴明はそう言って、半ば諦めの境地で今まで紅蓮達に話さずにいたことを話し聞かせた。
それは以前、瑠璃にだけ話して聞かせた『星が生まれ変わる瞬間』のことだった。














「・・・・・・とまぁ、そういうことがあったのじゃが、それを皆に話して更に志気を削ぐような真似をしたくないと思ったので今まで口を噤んでおった」

「では、あそこまで極端に性格が変わっていたのは・・・・・・・・・」

「星が示していた通り、新たに人格形成したのじゃろうと思う。そのことを考えると、紅蓮の仮説が最も有力じゃろうな」

「そうか・・・・・・・」


そして再び沈黙が落ちる。
それぞれが自分の思考に沈む。

が、若干一名、別の反応を示した者がいた。
紅蓮だ。

彼は小刻みに肩を震わせ―――


「晴明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういう大事なことはもっと早く言っておけっ!!


叫んだ。


「おぅっ?!なっ、何じゃ紅蓮、そんなに怒鳴らんでも・・・・・・・;;」

「黙れっ!こっちは何の予備知識もなしにあいつに会ったんだ!昌浩だとわかった時には、どうしてあんな性格になったんだ?という疑問がぐるぐると頭の中を駆け巡ったぞ?!」


何というか、親馬鹿的な発言をする紅蓮。

尋常ではない紅蓮の様子に、気づかぬうちに気を張り詰めていた者達は一気に脱力した。
流石に床に撃沈する者はいなかったが、内心ではそれと同じくらいに沈没した物はいるだろう。


「・・・・・・・・・そういう問題なのか?騰蛇」

「そういう問題だろう?!少なくとも、以前の昌浩はあんなに荒んではないぞ!!」

「まぁ、それは確かにな。素直で実直が売りのような性格をしていたのは認める」

「な・の・に・だっ!あれを見たか?!あの食えない態度!あれではまるで晴明だっ!!」

「・・・・・・・確かに」


紅蓮の主張に、六合がぽつりと同意の言葉を溢す。

実は煌が晴明をも遥かに凌ぐほどの毒舌を振るうことを、この時誰も知る者はいなかった・・・・・。


「・・・・・・なんじゃ紅蓮。わしの様な性格をしていてはいけないのか?」

「駄目だろう?!俺は昌浩が晴明のような性格になるのは嫌だぞ!!」

「紅蓮・・・・・・・お前、わしのことを一体なんだと思っておるのじゃ・・・・・・・・」


紅蓮のあまりの言い様に、晴明は思わず半眼になる。

その様子を楽しく見ていた勾陳であったが、些か壊れ気味の紅蓮を諌める。


「騰蛇・・・・・妖の姿の時ならいざ知らず、元の姿でその言葉を吐くと激しく違和感をかき立てられるので止めろ」

「ん?あぁ・・・・すまん。少し動揺していたようだ・・・・・・・」


少しどころか、かなりの間違いじゃないか?!

本人を除く、その場にいた者達の心の声が綺麗に重なった。

昌浩の様子についていつになく冷静に考察していた様に思えた紅蓮であったが、やはり心の底ではかなり衝撃を受けていたようだ。
その証拠に、物の怪の姿でもないのに少々人格崩壊を起こしている。


「はぁ・・・・紅蓮。心底衝撃を受けているのはわかったから、それ以上は壊れんでくれ・・・・・・・・・」


何気に切実とした響きの篭った声が、晴明から漏らされる。
そんな晴明に、周囲は同情的な視線を向けた。

紅蓮の性格の落差を知らない因達羅と安底羅は、呆然とした様子で紅蓮を眺めていた。
何というか、見てはいけないものを見てしまった気分である。


「そっ、それで、この後はどうしますか?おじい様。昌浩が我々のことを覚えていないということは、取り戻すにあたってかなり不利な状況に思われますが・・・・・・・・」


何とも言えない微妙な空気を払拭すべく、成親は話を元に戻そうとする。

他の者もそれにほっと息を吐き、改めて姿勢を正す。


「そうじゃのぅ、そこが問題じゃな。昌浩が記憶喪失であると仮定して話を進めておるが、そもそも昌浩がこちらのことを覚えていないと説得もできんわ。仮に昌浩の記憶を奪った妖を倒しても、それで昌浩の記憶が戻るという保障もないからのぅ・・・・・・・。こればかりは昌浩に記憶を取り戻して貰わんことにはなぁ・・・・・」

「では、どうなされるのですか?」

「地道に声を掛けるしか方法はないじゃろうな。記憶が戻らなくとも、耳を傾けてくれればそれに越したことはない。・・・・・・それよりも、気になるのはこの都に訪れた理由じゃな・・・・・・・・・」

「都に住んでいるとある人達を殺すため・・・・・・・か」

「あぁ。相手が誰かは検討もつかんが、これから色々と大変なことが起こるのは確かじゃな」


後で式盤で占じてみようと晴明は視線のみを式盤へ向けた。
そしてその視線を再び周囲の者達へと戻し、閉じた扇をぱちんと掌に打ちつけた。


「とにかく、我々がこれからせねばならぬことは昌浩の奪還、及び異邦の妖どもの企みを阻むことじゃ。皆心して掛かれ」

「あぁ、もちろんだ」


晴明の言葉に、その場にいた者達は神妙な顔つきで頷いた。













三年の時を経て、今動き出す―――――――――。

















                        

※言い訳
あー、すみません。あんまり重苦しい雰囲気の話が続きそうだったので、途中ちょっとしたギャグも混ぜ込みました。紅蓮の親馬鹿根性が炸裂しております。ちょっとばかりぶっ飛んだ性格になってしまったことに深く謝罪を申し上げます。私の中では紅蓮は強く凛々しく情けない(ぇ)なのですが、今回は少々親馬鹿方面な性格でいってもらいました。毎回こんな阿呆な紅蓮は書きませんよ?きっと今回だけだと・・・・・思います。多分。私自身もあんまり紅蓮のイメージを崩すような真似はしたくありませんので・・・・・(もう十分に崩してるって;;)

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2006/10/9