流れ行く時。









成長した子どもの姿を見て、それをまざまざと感じた。









脳裏に浮かぶは過去の姿。









しかし、目の前には未来の姿がある。









どちらも本当の姿であるはずなのに、求める心は彷徨う―――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾伍〜
















安倍邸。

粗方、互いに情報は出し尽くしたと判断した成親達は早々に邸を後にした。

因達羅(いんだら)達も新たに手に入った情報を主に報告するために、成親達同様邸を後にした。


紅蓮達は晴明の部屋を辞し、今は主のいない昌浩の部屋へとやってきていた。
三年間使われることのなかったその部屋は、しかし常に手入れが施されて清潔な状態が保たれている。
部屋の主がいつ戻ってきても大丈夫なように・・・・・・・・。

人型から妖へと姿を転じた物の怪は、部屋をぐるりと見渡した。そして部屋の主の顔を思い出す。

物の怪の中の子供の容姿は三年前で止まっている。十四歳のままで・・・・・・。
だが、先ほど遭遇した人物が昌浩だとわかり、三年の月日の経過を改めて思い知らされた。
十代後半は正に成長の最盛期だ。背丈も大人のものへと近づいてきて随分高くなっていた。声も少年特有の高く澄んだ声ではなく、とても落ち着いた響きのものへと転じていた。
感じた霊力のお陰で本人だと知れた子供は、それさえなければ気づくことはできなかったかもしれない。

髪や眼の色彩が違うというのもあるのだが、物の怪にとっての昌浩は十四歳の彼だ。物の怪の中にそれ以降の―――未来の成長した昌浩はいない。
もちろんここ三年間、多くの者達を欺くために少しずつ成長した姿を見せる晴明の式があったが、所詮は紛い物。あれは想像物であって真ではないので論外だ。


「人は成長するのが早いなぁ」

「・・・・・・そうだな。随分、見違えるほど成長していたな・・・・・・」


誰に向けてでもない、ぽつりと呟かれた物の怪の言葉。
それに勾陳も同意をする。
柱に背を預けて黙している六合も、頷いて同意を示した。


「俺達を見ても反応を示さなかった。ということは、本当に記憶がないんだろうな・・・・・・・」

「事故にしろ故意にしろ、昌浩が記憶を失っていることは確かだろうな。私達に対する態度が明らかに他人に対するものだったからな」

「ただ取り返す、というわけにはいかなくなったな・・・・・・」

「そうだな。俺達の記憶がないってことは、きっと攫われる以前の記憶は全部ないと思う。ということはだ、今の昌浩が九尾に傾倒していてもおかしくはないはずだ。全力で抵抗するのを抑えてこちらに連れて帰るのは骨が折れそうだ」


六合の言葉に、物の怪は己が愛し子と対峙する様を思い描き、沈む。
十二神将には人を傷つけてはならないという理があるが、彼が気にしているのはそのようなことではない。大切な存在だからこそ傷つけたくない、そう思うのである。
しかし現実は相対する位置に両者は立っており、子どもは自分達を攻撃することに躊躇いはないだろう。
記憶をなくしている今はそれが当然であろうが、つらいものはつらいのである。

鬱々と考えに耽る物の怪を見て勾陳は息を吐き、話の方向を変えることにした。


「相対することが嫌なのはわかるが、それよりも今は考えなければならないことがあるだろう?」

「考えなければならないこと・・・・・・」

「記憶がない云々はこれは私達にも、昌浩本人にもどうすることもできなことだろう?問題は昌浩が妖化していることだ。あれを元に戻す方法を考えねばならない」

「晴明は血のせいではないと言っていた。普通、人間が妖になることはない。ならば元に戻す方法もあるはずだ」

「そうだな。そのためにはどういった方法で妖の力を手に入れたのか、わからないことにはどうしようもないな」


こればかりはこの場で悶々と考えてもわかることではない。
本人に直接聞くか、確証がえられるような事態にでも遭遇しなければ知る術はない。
結局全て手詰まりな状態にある。
折角昌浩が無事であると知れたというのに、全く事態は進展しない。

闘将三人は、それぞれ胸の内で息を吐いた。


「まぁ、色々と考えても当の本人がいなければ何もすることができない。私達は今まで通り昌浩を取り返すことに専念すればいいだろう。後のことは晴明にでも押し付ければいいさ」

「勾・・・・・ちょっと晴明が可哀想だぞ;;」

「なに、目に入れても痛くない程可愛がっている孫のことだ。喜んで引き受けてくれるさ」

「・・・・・とにかく、昌浩本人に会わねばな」

「ということは夜の見回りの時間を長くするか?妖を連れて回っているのなら、昼よりも夜に活動するだろうしな」

「人手は多い方がいいだろうな。明日、太陰達にも事情を話して捜索に手伝って貰おう」

「そうだな・・・・・」


では、明日から再び動くか。
三人は夜天の下、互いに頷き合った。




そしてその捜索部隊に十二夜叉大将の面々が加わるというのは、後になってから知れることであった。







                        *    *    *







一方、安部邸を後にした因達羅(いんだら)達は仲間の下へと戻り、先刻聞いたばかりの新情報を主へと伝えた。


「―――というわけで、煌という九尾の配下が昌浩様であると思われます」

「そうでしたか・・・・・・・報告、ご苦労様です。因達羅、安底羅(あんてら)」

「いいえ。・・・・・それよりも、珊底羅(さんてら)達が昌浩様に会っていたことに驚きました」

「ほんとよねぇ〜。時間的には丁度私達が十二神将達の話を聞いていた頃でしょう?」


安底羅は瑠璃の脇にいる珊底羅達に向かって話し掛ける。
それに招杜羅(しょうとら)が頷いて答えた。


「どうやらそうみたいだな。俺らの時にはお前達が言うような馬みたいな妖はいなかったが・・・・・・・」

「しかし、身体的特徴は合っているから間違いないだろう。我らが探していた子どもが彼だったことには驚いたが」

「そう!それそれっ!二人がかりで勝てなかったって本当?!仮にも武神でしょう!!?」

「だぁ―っ!うるせぇっ!!仕方ね―だろ、強かったもんは強かったんだよっ!それに、途中で珊底羅の奴も怪我しちまったし・・・・・・・・・」

「すまないな。我とて武神の端くれ、面目ない・・・・・・・・」


言葉の後半は口篭らせながら話す招杜羅に、珊底羅は申し訳なさそうに頭を下げた。
それに慌てたのは謝られた招杜羅。

何でお前が謝るんだよ?!大体お前は後衛だろーが!んなこと一々気にすんじゃねぇーっ!!!

心外だと言わんばかりに、招杜羅は怒鳴りつける。
大きすぎるほどの招杜羅の怒声に、安底羅は五月蝿そうに眉を顰めた。


「ちょっと、招杜羅。声が大きすぎよ!鼓膜が破れちゃうかと思ったじゃない!!」

「わ、わりぃ・・・・・・;;」

「あははっ!情けないなぁ〜、招杜羅」

「そこっ!さり気なく冷やかしを入れるなっ!!」


武器を引っ張り出してきそうな表情の安底羅に、招杜羅は即座に謝った。
そんな招杜羅を見て毘羯羅(びから)は笑い声を上げる。


「・・・・・これで、我々も異邦の妖達の件に関わることになるな」

「えぇ、私達は晴明様及び十二神将の方達と昌浩様を取り返さねばなりません。私達もそろそろ彼らと行動を合わせねばなりませんね・・・・・・・・」

「瑠璃様。それならば明日、もう一度私達がそのことについて伺いに行きましょうか?」


因達羅の申し出に、瑠璃はそうしてくれると助かると頷く。


「そうですね、そうしてくれますか?因達羅、安底羅。あぁ、晴明様に用件を伝えてくれたらそのまま彼らと行動を共にしてください。人手が多いほどいいでしょうから・・・・・・迷企羅(めきら)と波夷羅(はいら)にも事情を説明して共に行って貰ってください。他の者達には私の方から説明しておきますので」


安部晴明の下に十二神将がいるとはいえ、十二人全てが動けるわけではない。故に少しでも動きのとれる人員はいた方がいいと考えた瑠璃は、因達羅をはじめ四人に別行動を取るように命じる。

因達羅、安底羅はそれに無言で頷いた。


「わかりました。では、早速迷企羅達に事情を説明してきます」


そして二人はその場から姿を消した。

二人を見送った瑠璃は、改めて珊底羅達に向き直った。


「では、私達は残りの者達に新たにわかったことを説明しにいきましょう」

「額爾羅とか飛びついて聞きそうだよなぁ・・・・・・・」

「あぁ、子どものことは気に入っていたみたいだからな」

「それじゃあ、皆の所に行こうか」


そうして残りの四人もその場から姿を消した。







                        *    *    *







さわり・・・・・・。





さわり・・・・・・・。





木々の葉がざわめく音が、深閑とした森の中に響く。

清涼とした空気が動き、流れていく。





さわり・・・・・・。





さわり・・・・・・。





・・・・・・・・・・・。





ふいに風が吹き止んだ。





静謐とした空気が漂う中、突如として清冽かつ甚大な神気が顕現した。





定番の位置となった岩の上に、その神気の持ち主は腰を下ろした。





それと共に止まっていた空気が再び動き出す。





「・・・・・・・・・・どうやら招かれざる客は、私の気分を害することが得意なようだな・・・・・・・・・」





凛とした響きの声が、しずと紡がれる。





玲瓏とした輝きを秘めた双眸が、すっと細められた。





「私の膝元でとは・・・・・・何とも大胆不敵なことだ」





形の良い唇が半月を描く。





「誠、不快極まりないな・・・・・・・・・・」





彼の龍神は、己の座する山の下方を一瞥した。













その眼に映るは揺らぐ領域―――――――――。

















                         

※言い訳
あ〜、最近場面がコロコロと変わりすぎな気がしてならない・・・・・・・。
紅蓮、対峙していない内から少々弱気。それを勾陳と六合が支える。昌浩奪還同盟、結束はきちんとしている模様。これから因達羅達も合流して、いよいよ本格的に昌浩奪還に向けて動きをみせる・・・・・と思います。(ぇ)いや、この先のお話の流れをまだ決めていないもので・・・・;;
そしてお話の最後に出てきた人物、皆さんわかりましたか?えぇ、貴船の龍神様です。本当は出す予定はなかったのですけどね・・・・・・・。

感想などお聞かせください→掲示板

2006/10/16