少しずつ明らかになっていく真実。









それは偶然が重なって知られていく。









過去の影に怯える心。









思い出したくないと、そう思ってしまうのはいけないことですか―――――――――?
















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾碌〜















どうして直ぐに行動を起こさないのだと聞くと、今はまだその時機ではないからだと答えられた。




何もすることがなくて暇だと言ったら、では街の様子でも眺めてきなさいと漆黒の世界から叩き出された。












「―――って言ったってなぁ、人間観察なんて胸糞悪いだけだし・・・・・面白いけどさ」


すれ違う人々を眺めやりながら、煌(こう)はぼそりと呟いた。

纏っていた衣をこの国のものに合わせ、髪と眼の色は明るめの茶色へと変えた。(流石にあの格好のままでいたら、目立っていて仕方がなかっただろう)

通りに開かれた店の品物などをゆっくりと眺めつつ、煌は飽く時間を潰していた。
時間帯で言えばまだ日が高い内なので、流石に妖の吉量(きちりょう)を連れてくるのは憚れたため今は煌一人である。
別に連れてきてもよかったのだが、昨晩色々と疲れさせるようなことをさせてしまったので、昼間まで連れ回すのはどうかと考えた結果だ。

並べられた野菜類に目を向けていた煌は、ふと耳に届いた喧騒に眉を顰めた。
そちらの方へ視線を向けると、衣を頭に被った女の子(背丈で判断)といかにも柄の悪そうな強面の男が言い合いをしていた。といってもそれは一方通行のもので、男が女の子に怒鳴り散らしているだけに見えた。


(やな感じ・・・・・)


それを見た煌は顔を顰めた。
頭の中身が軽そうな男は女の子に喚き散らしており、女の子は時々冷静にその言葉に返答を返している。どちらかに味方としてつくのなら、十中八九ほとんどの人達が女の子につくだろう。
が、そんな勇猛果敢な気性をした人はその場にいないらしく、遠巻きに男を非難する視線を送るに止まっている。

今にも暴力に訴えそうな男の様子に溜息を吐き、煌はそちらへと足を向ける。
別に女の子を助けるつもりはないが、あまりにも大怪我を負わせるような様子であったのなら「うざ晴らし」という名の制裁でも加えてやろうかと考えただけだった。

――と、その時二人の間に一人のやや年嵩の男が割り入ってきた。
あまりの男の態度に止めに入ったようだ。
しかしそれは逆効果にしかならず、等々怒りに顔を真っ赤にさせた男は勢い任せに止めに入った男を殴り飛ばした。
女の子は慌てて殴り飛ばされた男に駆け寄る。そして殴り飛ばした男に何やら言葉を紡いだ。
それに殴り飛ばした男は益々頭にに血を上らせる。


(あーあ、あれじゃあ逆効果にしかならないって・・・・・・・・って、まずっ!?)


短慮そうな男は等々女の子にも手を上げようとしていた。
怒りに震える拳を大きく振りかぶる。
そしてその拳はそのまま女の子の顔へ―――

ぱしっ!

いや、何者かの掌に受け止められた。


「おじさん、いい加減にしなよ?さっきから見てたけど、おじさんの行為は行き過ぎてると思うよ?」


力任せに振り下ろされた男の拳を難なく受け止めたのは、煌の掌だった。
彼の目は不機嫌そうに眇められている。


「なっ、なんだ小僧!横からしゃしゃり出やがって!!これは俺とそこの嬢ちゃんの問題で、てめぇが割り込む筋合いはないんだよ!!!」

「ふーん?じゃあ、無関係の人を殴り飛ばしてあまつさえ女の子を殴り飛ばそうとした暴漢を放っておいていいと・・・・・・随分とご都合主義の主張だね?どっちが悪いかなんて知らないけど、さっきからギャアギャアとおじさんの喚き声が五月蝿かったから、それでも十分に周りの人達にいい迷惑なんじゃない?」

「なんだとっ!この餓鬼!!だいたいなぁ、この嬢ちゃんが俺にぶつかってきたのが悪いんだぞっ?!」

「へぇ?で?この子はおじさんに謝らなかったの?」

「んなことは関係ねぇっ!この嬢ちゃんが俺にぶつかってきたのが悪いんだよ!!」

「うん、つまりはちゃんと謝ったんだね?なのにちっちゃいことでおじさんが大事のように喚き散らして、更に暴力を振るうに及んだと・・・・・・・どうみたっておじさんが悪いね」

「なんだとっ!!」


この男の言葉に信を置くことができないが、仮に男の言ったことが本当だとしてもぶつかってしまった女の子はきちんと謝罪をしたのだから、それ以上の言及は必要のないことだろう。
寧ろそんな小さいことでいつまでも喚き散らしているこの男に問題があるように思えてならない。言いがかりも甚だしい。
謝ったのならそれでいいではないか。それ以上に何が必要だというのか?

正論を突かれた男は、更に剣呑な空気を漂わせて今度は煌へと拳を振るおうとした。


「大人しく聞いてりゃあ偉そうに講釈たれやがって!!」

「全然大人しくなんかなかったじゃん!まったく・・・・・・・よっと」


殴りかかってきた男を素早く避け、ついでに疎かになっていた足元に煌は足払いを掛ける。
すると男は見事に顔面から地面に突っ込んだ。


「本当のこと言われて逆上しないでよ。今のは明らかにおじさんが悪いよね?」

「このっ!糞餓鬼―――!!」


再び襲い掛かってきた男に、煌はその鳩尾に肘鉄をのめり込ませ、さらにその顎を掌底で突き上げた。
男はその際に脳震盪を起こし、そのまま仰向けに伸びた。

しばらくすると検非違使が駆けつけ、事情を聞いた彼らはその男を連れて行った。


「あ、あのっ!助けてくださってありがとうございました!!」


背後に庇っていた女の子がぺこりと頭を下げた。
煌はそんな彼女に近づき、そっと手を取る。


「これくらいどうってことはないさ。・・・・それより怪我とかしてない?」

「大丈夫、どこにも怪我は負ってない・・・・・・・・・え?まさ、ひろ・・・・・・?」


漸く視線の合った女の子は、煌の顔を見ると大きく目を瞠った。
その唇がつい最近聞いたことがある言葉を紡ぐ。

それと同時に、またもや煌にもあの不可思議な現象が襲っていた。
脳裏に知らない映像がまたもや掠めていく。

(っ!またか!!?)


『らいね・・・・・・つに・・・・ら、蛍・・・・・・こう』


その言葉と共に脳裏に映ったのは、嬉しそうに微笑む女の子の顔。しかしその顔は霞んでいてどのような容貌をしているのか判別がつかない。

ちらつく幻影を強制的に無視して、煌は女の子に話しかける。


「俺は煌。『まさひろ』っていう名前じゃないよ。・・・・・前に他の人からもそう呼ばれたことがあるけど、俺、そんなにその人に似てる?」

「・・・・えぇ、きっと成長したらこんな風になるだろうっていうくらいに・・・・似ているわ」

「”成長したら”?なに、その人もしかして死んじゃってたりする??」


と、そこまで言葉を紡いで、ちょっと無神経だったかな?と反省する煌。
もし、その人物が本当に死んでいたら、あまりにも真っ直ぐな物言いで目の前の女の子が傷つくかもしれないからだ。
別に煌にとって女の子が傷つこうが傷つくまいがどうでもいいことなのだが、目の前で悲しげな表情をされたら対応に困るのでなるべく当たり障りのない言葉を選びたい。

そんな煌の思惑が飛び交っているとも知らずに、女の子はただ静かに首を横に振った。


「いいえ。・・・・・その人、男の子なのだけど・・・・・・行方不明なの」

「・・・・・・え?」


行方不明?


「三年前にいなくなってしまって・・・・・・・皆、一生懸命探しているのだけど、まだ見つからなくって・・・・・・・ごめんなさい。あまりにもあなたが似ていたから・・・・・・・そうよね、昌浩はもっと髪と眼の色は濃かったし」

「・・・・・・・・・」


ぐらりと、世界が暗く歪んだ気がした。

三年。それは自分が記憶をなくして九尾と共にいた年数。
自分にはその三年間以外は記憶というものがない。

先ほどの映像。あの容貌がわからない女の子が、何故か今目の前にいる女の子と重なって見えた。
そう思った瞬間、背中を氷塊が滑り落ちるような戦慄を感じた。
もしかしたら、女の子が言っている『まさひろ』が自分なのかもしれない。
違うとはっきり否定するには、あまりにも様々な点で合いすぎている。

『まさかっ!あんな記憶しかくれない奴らにどうして会いたいと思うのさ。寧ろ会った瞬間に殺してやりたいくらいだよ』

少し前にそう言い放った自分を思い出す。
殺せるだろうか?この、目の前の女の子を―――――。


「どうかしたの?大丈夫??」


そっと自分の顔を覗き込んでくる女の子にはっと我に返り、とっさに距離を開ける。


「だ、いじょうぶ・・・・・・ちょっと眩暈がしただけだから・・・・・・・・」

「本当?あまり無理はしない方がいいわ、どこかで休んだ方が」

「大丈夫だって!・・・・・・・・あぁ、おじさんさっきは思いっきり殴られてたみたいだけど大丈夫?」


女の子の言葉を遮った煌は、話を逸らすために先ほど女の子を助けようとして殴られた男に話し掛けた。
女の子もそこで男の存在を思い出し、そちらへと顔を向けた。


「ごめんなさい、私のせいで・・・・・・・」

「あ〜、お嬢ちゃんのせいじゃないって!あいつ、いっつもここら辺を徘徊しては誰かしらにいちゃもんつけては殴り倒してたからな・・・・・お得意様だし、怪我しなくてよかったよ」


気にするなと男は手をひらひらと振る。


「で?いつものやつ、買うかい?」

「えぇ、いただけるかしら?」

「あいよっ!ちょっと待ってろな」


そういうと男は何かを包みに入れ始めた。少しすると、女の子に包みを手渡した。


「・・・・・・・何、買ってるの?」

「干した果物よ。干し桃とか、杏とか・・・・・・・」

「ふ〜ん?」


煌は女の子の持っている包みへと視線を落とし、自分で聞いておいてなんだが、どうでもよさげな返答を返す。


「まいどっ!また来てくれよな!!」

「えぇ、また来ます」


男に代金を支払った女の子は、煌へと振り返る。
そういえば、何で自分はこうしていまだにこの場にいるのだろうと疑問を抱きつつ、徐に口を開いた。


「それじゃあ、俺はこれで。もう、暴漢もいないことだし・・・・・・」

「・・・・・えぇ、本当に助けてくれてありがとう・・・・・・・」


それ以上の返答は返さず、煌は早々に雑踏へと紛れ込んでいった。
一刻も早くその場から立ち去りたかったから・・・・・・・・。

そんな煌の背を見送った女の子は、ふと背後に現れた神気に瞬きをした。
その神気の持ち主が怒っているように感じるのは、決して気のせいではないだろう。





「彰子様、どうかお一人で市へとお行きにならないでください。・・・・心配しました」





そう言って近づいてくるのは、金髪のたおやかな風情の少女。もちろん、人外な彼女の姿は彰子以外に見られることはない。
その背後には大きな太刀を背負った赤髪の青年の姿があった。


「ごめんなさい、天一に朱雀・・・・・・。声を掛けようと思ったのだけれど、姿が見えなかったから・・・・・・・・」

「晴明の奴に呼ばれてたんだ。それより、頼むから俺達がいなかった時は誰か他の奴でもいいから共として連れて行ってくれ。でないと俺達が晴明にどやされる」

「晴明様にしかられることも無論ですが、私は彰子様に何かあったらと心配なのです。どうか、心中を察してください」

「そうね・・・ごめんなさい。私が軽率だったわ・・・・・・・」


しゅんと俯く彰子の手を、天一はそっと握る。


「いえ、私達も何も言い置きしなかったこともいけなかったのです。これから心掛けてくだされば、それでいいです・・・・・・」

「えぇ、気をつけるわ。・・・・・そう、天一聞いて!ついさっき、昌浩にとても良く似た人に遇ったの!!」

「!昌浩様に、良く似た人ですか・・・・・?」


天一と朱雀が素早く目線を交わす。
それに気がつかなかった彰子は、つい先ほどの出来事を二人に話した。

男に殴り掛かられたことを話したあたりは二人とも厳しい表情となったが、昌浩に良く似た人物の話に入るとその表情を至って真面目なものにした。

先ほども彰子が言っていた席を外していた時、二人は主である晴明に呼び出されていたのだ。
その話の内容は異邦の妖の来訪とその目的についてと、その傘下にいる煌と名乗っている昌浩の存在だった。
その話を聞き終えた後彰子の下へ戻ろうとしたところ、邸の中にいないことに気がついて酷く慌てたものだ。
そして今に至る。


「彰子様、そのお方は銀髪に琥珀の瞳をした方でしたか?」

「?いいえ、明るめの茶色だったわ。髪も眼の色も・・・・・・・どうかしたの?」

「いえ、こちらの話ですので、どうかお気になさらないでください」


訝しげな視線を向けてくる彰子に曖昧な笑みを浮かべて誤魔化し、何でもない風を装う。
彰子は首を傾げるも、深くは追求しなかった。


「そう?・・・・・買い物も全部済ませたから、邸に帰りましょう」

「そうだな、また暴漢に襲い掛かられるかもしれないからな」

「朱雀ったら・・・・・冗談でも言っていいことと、悪いことがありますよ」

「す、すまない天貴・・・・;;」




そうして彼らは安部邸へと戻っていくのであった。




「先ほどの彰子様のお話、どう思いますか?朱雀」

「どうだろうな・・・・・助けた人物が昌浩だとして、何故髪と眼の色が違う?晴明の話だと今は銀髪に琥珀色の眼をしてるんじゃなかったのか?」

「方法はわかりませんが、もしかしたら自由に髪や眼の色を変えることができるのかもしれません」

「それだと厄介だな・・・・・・一体何を目印にして探せばいいのかわからなくなる・・・・・・・」

「とにかく、晴明様にこのことはご報告しないと・・・・・・」

「そうだな」




前を歩く彰子から少々距離を置いて、天一と朱雀は小声で会話を交わす。

悩ましいことだと、二人は顔を見合わせて困ったように息を吐いた。












とにかく、昌浩を取り返すために少しでも手掛かりになればいいと、そう思った――――――――。
















                         

※言い訳
漸く煌(昌浩)と彰子が出遭いました!場面の都合のため、護衛役の天一と朱雀には後になってやってきて貰いました。たまには一人で買い物、駄目ですか?
暴漢に襲われそうになる彰子を煌が助ける、これを書きたいなと考えていました。いくら人間嫌い(設定)の煌でも、か弱い女の子に手を上げるのは許せなかったということで・・・・・まぁ、うざ晴らしにボコッていましたけどね。煌は剣がなくとも素手でも強いと・・・・・原作と本当に間逆ですね!あはははっ;;――あっ!ちなみに煌は髪や眼の色を好きなように変えることができます。(これもご都合主義ということで;;)流石に顔の造りは変えることまではできませんが・・・・・・・。まぁ、そんなものだと思っていてください。そうそう!この時点で煌は九尾の抹殺対象が誰かは知りません。なので見知らぬといえど遇っていても、紅蓮達にはあくまで対峙するものとしてしかみていませんし、彰子には助けた女の子程度の認識しかありません。んな、知り合いと遇う確立が高いところに煌を叩き出す九尾ですが、本人は何か考えるところがあるのかもしれません。(なんて曖昧な言い回し!)

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2006/10/18