叫ぶ声が聞こえる。









己とは対極の位置にある考えの言葉を紡ぐ声が。









それが己自身の声だとわかった時、とてつもない吐き気に襲われた。









こんな生温い言葉を吐くのが己。









そんなの、認めてなどやるものか――――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾漆〜

















神気が近づいてくることに気がついた煌(こう)は、女の子にさっさと別れを告げてその場から去った。

昨晩に遇った神達とは別の気配のようであったが、それでも同系統の神気だと判断したのでなるべくその気配から距離を取るようにした。
どうやら自分に用があるわけではないらしい。途中で気配の動きが止まったのがわかったが、それでも無難なことに越したことはないと考えて人気の少ない所まで移動する。

足となる吉量がいないので、移動にかなりの時間を費やしてしまった。

そう内心で溜息を吐きながらも街の外れまでやって来た煌は、辺りに人気がないのを確認すると深く息を吐いた。
そして道から川端へと降りて、さらさらと涼やかに流れていく川を眺めた。

しばらくの間それを眺めていた煌であったが、ふいにぽつりと呟いた。


「最近の俺って・・・・・変だ」


つい先ほどあったことを思い出す。

見知らぬ女の子を助けた。
普段であったら傍観するか、そのまま見ないふりを取っているはずなのに、何故か今日は助けてしまったのだ。
偶々にしろ、気紛れにしろ、確かに女の子を助けたのだ!


「人間なんか、皆どうなってもいいはずなんだけどな・・・・・・・」


憎い人間。

愚かで、浅ましい生き物。



この三年間、煌は九尾に様々な人間を見せられた。


権力に固執する者。

金さえあればそれで生きていけると思っている者。

弱者を蹴落としてまで己の保身を優先する者。

欲に溺れる者。

飢えている者。

快楽に沈む者。

他者を踏みにじって悦を感じる者・・・・・・・・・。


様々な人間を見てきた。

そのどれもが醜く、汚らしいと思った。
どうしてそこまで負の塊でいられるか逆に問いたいくらいであった。

ある村を襲撃した時、赤子を抱えた女は己の赤子を自分達に差し出して命乞いをしたのだった。
それを見た時、最早自分は人間を動物以下のものと定めた。

動物は他を殺す。
それは生きるため、次の世代を残すため。
ただ、生あるものとしての本能にしたがっているからだ。
故に母は子を守る。それで己が命を落とすことがあろうとも。
己が命よりも、まだ若き未来ある命の方が優先しなければならないことを知っているからだ。

だが人間はどうだ。
いつか朽ち行く己の命。
次世代へと命を繋ぐことこそ生き物としての使命なのに、彼らは目の前の―――己の命を大事とする。
それが例え若き未来ある命を差し出してでも生き残りたいと・・・・・・・・・・・。

なんて無益で救いようもない生き物だと思った。


「わかってる・・・・・・人間が皆そうではないってことはわかってる・・・・・・・・・でも、俺はそれでも人間が嫌いだと思ったっ!」


自己中心的な考えであることが。

愛などくだらないと切って捨てるような、そんな冷酷さを隠さない彼らが疎ましかった。


「久嶺(くりょう)は・・・・・・・俺を独りにしなかった・・・・・・・・」


凍える記憶しか持っておらず、途方に暮れていた自分の傍にいてくれた。

あの冷たい記憶が己の全てだとは思わない。だが、あの冷たい記憶が己の全てだったのだ。
置き去りにされる記憶も、理由の分からぬ苦しみを抱いてきた記憶も、妬みの毒を含んだ言葉を浴びせられた記憶も、殺されかけた記憶も、殺した記憶も、突き放された記憶も・・・・・・・・。
それが己の無二のもので、変えがたい真実だった。
温度を感じない、むしろ冷たささえ感じる記憶が過去の全てだった。

だから、九尾の人間がどれほど嫌悪すべき生き物なのか教えられた時も、気にすることなく同感を持つことができた。それは今だって変わらない。
先ほどの市でのやり取りを見ても、悪いところは目に付いても良いところなど何も見えてはこなかった。
けど・・・・・・・・・・


「温かかった・・・・・な」


無意識に取った手が。他者を気遣う、その眼差しが・・・・・・。
重ねた手は確かに温度があり、脈打つ命が感じられた。
この三年間で、初めて人を温かいと・・・・・そう思ったのだ。

と、そこまで考えて、煌は慌てて首を横に振った。

何を考えている。たかが手に触れたごときで・・・・・・・。
温かいのは当たり前だ、血が流れているのだから。
妖達に貪られる人間の血糊も、確かに温度をもっていたのだ。
冷酷な生き物なら、冷酷らしく冷たい体なら良いものを!


「温かいから、いけないんだ」


不用意に温もりさえ感じることがなかったのなら、こんなにも戸惑うことなどなかったのに。
掠める過去の残影も、不要物だと切り捨てられるのに・・・・・・・。


「久嶺・・・・・・・久嶺・・・・・・・・」


己だけが呼ぶことを許された名を、幾度も繰り返し紡ぐ。
そうしないと、内側から何かが崩れ落ちていってしまそうだったから。



人間を憎み、嫌悪する自分。

人間を愛し、慈しむ自分。



相反する自分が存在することは知っていた。
この国に――都にやって来てからは後者が頻繁に出てくるようになった。



人間の良いところなんて知らないのに、どうして愛することができる?

人間の好いところなんて知らないのに、どうして慈しむことができる?



馬鹿馬鹿しい。
そんな想いは知らないのに・・・・・・何を持ってそんなことが言えるのだろうか?
愛しさなんて・・・・・・・・・。





(本当に知らないの?)





「―――っ?!」


ふいに聞こえた内の声に、思わず息が詰まった。

今の己よりも随分と幼い風情の自分が、静かに言葉を繰り返した。





(本当に知らないの?)





知らないっ!

久嶺を・・・吉量の存在を愛しく思えど、人間なんぞを愛しく思ったことは髪の毛一本ほどにもない!!





(本当に?失った過去は―――?)





そんなもの持ってない!あるのは煌としての三年間のみ。それで十分だ。

それ以前に何を思っていたかなど、今は必要ないのだ。





(本当にいらないの?失くした過去の感情も、また真実なのに)





幼い自分は悲しげな眼をして問いかける。


いらない・・・・・・・・いらないんだ。
それを持ってしまったら、九尾の傍にいれないから・・・・・・・。


『安心しろ、我がお前を嫌うことはない。・・・・・・・・あるとすれば、きっとそれはもうお前がお前ではなくなった時なのだろう・・・・・・・・・・・』


凍える戦慄が全身を駆け抜ける。

嫌だ・・・・嫌だっ!もう、置いて行かれたくない!突き放されたくもない!
どうか、独りにしないでっ!!


望むは普遍を。

求めるは揺らぎのない氷結の志を。


自分を求めてくれる手が一つあればいい。
他に欲するものなど、ない。


「・・・・・・・こんな国、嫌いだ」


己を乱す存在達がいる国など。





「いらない・・・・・」


己の心を乱す者など。


「いらない・・・・・」


過去と現在に揺れる自分など。


「いらない・・・・・」


ただ、貪欲に温もり求める幼い心など。





「欲しいのは・・・・・」


人に交わりを持たない、冷酷な自分。





無理だと自分で自分を嘲笑う。

人間を嫌う己こそが人間なのだから・・・・・・・。
過去形だろうと、その心は依然として人間なのだから・・・・・・。


「過去を全部捨てたのなら・・・・・・・」




貴方の傍にずっといることができますか?




答える主はいない。







煌は浅く息を吐き、ふと水面に視線を向けた。

夕焼けの光が映りこんでいて、水面は空と同色の色になっていた。





『知ってる?あの夕陽が赤いのは、太陽がとても優しいからなんだよ』





ふいに耳の中に木霊する声。

ぎりりっと己の腕に爪を立てる。食い込んで皮膚を破ってしまうかというくらいに・・・・・・。
いっそのこと破ってしまってもいいと思った。





「・・・・・・・・どこが優しいんだよ」


夕陽が赤いのは、太陽が己の無力さに血の涙を流すからだろう?


久遠の時を、変化もなくただ淡々と大地を照らすのが太陽だ。
そこに温かさなどあるはずがない。物理的な問題ではないのだ。
ただ決められたことを成す。
この事象に優しさなどあってたまるか!


「お前が優しいと言い続けるのなら、俺は意地悪だと言い続けてやる・・・・・・・」


不平等が条理の世で、唯一平等であろうとする存在だから。


「俺は俺のために、お前の言葉を全て否定してやる・・・・・・・・」


それで『俺』だと確立できるなら。






徹底的に反する自分になろう。






偽善には偽悪を。

優しさには冷たさを。

慈しみには非情を。




愛には憎悪を―――――。




「今の俺と、過去の残骸の俺。どっちが勝つかな?」




負けてやる気なんてさらさらないけどね。








さようなら、過去の残影に怯える自分。



よろしく、真実であったものに抗う自分。








何もしないで失うことなど許さない。
全ては今の『日常』を守るため。
過去の温もりではなく、今の温もりを。











どうしてと叫ぶ心に蓋をした――――――――。













                          

※言い訳
あ〜、完璧にオリジナルな話になってきてるよ;;え?元からだって?・・・・・はい、そうですね。
今回は煌の独白じみたお話になりました。あっ!ちなみに言っておきますが、煌はまだ記憶を取り戻していませんよ?・・・・・それで、常々煌が人間嫌いだと書いておりますが、どんな風に嫌っているのかというのを詳しく書いたことがなかったので・・・・・・。っていうか・・・・もう、別人ですね!二重人格?って言った方が納得するぐらいに間逆な性格です。あぁ、こんなに捻くれちゃって;;(泣)しかも以前の自分に宣戦布告かましてるしさ・・・・・どうしよう;;(書いている本人が何を言う!)や、こんな展開になると思わなかったので・・・・・煌を予想以上に九尾に傾倒させてしまった。紅蓮達の奪還作戦が益々厳しいものになりそうです。本人帰る気がさらっさらにっないですからね・・・・・。これからのお話の構成が大変だ;どうやって紅蓮達のところに帰そうかな・・・・・・考えてない。

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2006/10/19