瞼の裏に映るは対峙する二人の子どもの姿。









一人は人間を愛しむ子ども。









一人は人間を憎む子ども。









どちらも元は一つであった子ども達。









さて、お前達は己にどのような「こたえ」をくれるのだろうか――――――――?

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜参拾玖〜

















「――――なるほど、お前の『こたえ』はそれか・・・・・・・・・・」


静まり返った黒の世界の中、それは密やかに紡がれた。

閉じられた瞼の下から、鮮やかな金色が現れる。
形の良い唇がキュイッっと弧を描いた。


「期待を裏切らぬ『こたえ』で、我は嬉しく思うぞ・・・・・・・・・」


淡々と紡がれた言葉は、されど嬉しさを滲ませていた。







                       *    *    *







昌浩の部屋で雑談に花を咲かせていた紅蓮達であったが、晴明の呼び出しによって紅蓮と勾陳と六合。そして十二夜叉大将を代表して因達羅(いんだら)が晴明の自室へとやって来ていた。

紅蓮こと物の怪は、訝しげな表情で主に問いかけた。


「・・・・・・・で?一体何の用だ??」

「うむ。つい先程彰子様の護衛で市へと赴いた朱雀達が帰って来たのじゃが、ちと気になる報告を聞いたからのぅ。お前達にも一応知らせておこうと思うたわけじゃ」

「気になる報告?」


前置きはどうでもいいからさっさと話せと、勾陳が視線を晴明に送る。
晴明はそれに首肯し、さくさく話を進める。


「朱雀達は実際には見ておらぬのだが・・・・・・・・・・どうやら彰子様が昌浩と会ったらしい」

「は?マジか?!」

「・・・・ということは、市で遇ったわけだな」

「だが、何故朱雀達は昌浩の姿を見ていない?あいつらは彰子姫の護衛として常に控えているだろう?」

「あぁ、それについてじゃが、わしが朱雀達を呼び出している間にお一人で市へとお出かけになられたらしい。朱雀達がかなり慌てておったからのぅ・・・・・・・」

「そうか・・・・・・」


彰子は昌浩の姿を見ていて、何故朱雀達は昌浩の姿を見ていないのか疑問を抱いた勾陳であったが、晴明の言葉を聞いて納得顔をする。

そんな中、因達羅はふと思い当たった疑問を言葉にする。


「あの、どうして彰子様はその人が『昌浩』様だとおわかりになられたのですか?お話を聞くからには、そう易々と見分けることができないと窺っていますが・・・・・・・」

「そうじゃのう。確かに彰子様もその人物が『昌浩』だとは気づけなかったみたいですな。彰子様は『昌浩にとても良く似た』人物にあったと、そう言われたらしい」

「はぁ〜。流石は彰子だな。よくあそこまで変わった見てくれで、昌浩だと気づけたな・・・・・・・・良く似ていると気づくだけでも一苦労だと思うぞ?」

「そうだな・・・・・・・」

「しかし、同時に納得もしてしまうがな」

「あぁ、彰子の奴だったら気がつきそうだもんな〜」


気がつくことができなかったとはいえ、『良く似ている』と思えただけでも感嘆に値すると思う。
流石に市という場で霊力を振り撒くような真似をするはずがないだろうし、あの色彩の変化では早々昌浩当人だとは気づくことができないだろう。

――と、そこまでつらつらと考え事をしていた物の怪は、ふと疑問に思い当たってぱちぱちと瞬きをした。


「・・・・・・ところで、あいつあの見てくれで市に行ったのか?」


銀髪に琥珀色の瞳、纏っていた服装を見るからに、とてもではないが市へと出てこれそうには思えない。
仮にそのままの格好で市へと来たとしても明らかに浮くだろうし、不振人物として捕まったりしそうだ。まぁ、捕まるようなことは万に一つもなさそうであるが・・・・・。


「そうじゃった、そのことについて今回はお前達を呼び出したのじゃよ。彰子様が言うには、昌浩だと思われる人物は明るめの茶色の髪と目の色をしていたらしい。もちろん格好は狩衣じゃったと・・・・・・」

「は?全然特徴が違わないか??服装は兎も角として、あいつ今は銀髪に琥珀色の瞳だろ???」

「うむ・・・・。じゃがこう考えたらどうじゃ?昌浩は髪と瞳の色を自由に変えることができる、とな・・・・・・・」

「確かに、そう考えれば辻褄は合うが・・・・・・それはあくまで仮定でしかない」

物の怪の疑問に、晴明は一つの仮定をあげる。
昌浩は髪と瞳の色を自由に変えることができると考えたのなら、この疑問もあっさりと解くことができるだろう。
勾陳も晴明の仮定に納得を示すが、確証がないことには諸手を上げては賛同しかねると言葉を返す。
晴明もそれには頷き返し、あくまでも仮定の一つじゃよ・・・・と話した。


「それでじゃ、この仮定を突き通すとすると一つ困ったことが出てくる」

「・・・・・・・と言うと?」

「常に髪と瞳の色を一定に保っているかどうかについてじゃ。まぁ、おそらく銀髪に琥珀の瞳が常で、茶色に色を変えたのはなるべく市へ行って浮かないようにするための一時凌ぎだとは思うがのぅ・・・・・・・まぁ、もしかしたら色が異なっている時があるかもしれないと心掛けた方が良いと思ったので、お主らに知らせておくことにしたわけじゃ」

「そうだったのか。・・・・・わかった、気をつけておく」

「・・・・・・心掛けよう」

「あぁ、心に留めておこう」

「・・・・では、私は十二夜叉大将の者達に知らせておきますね」

「あぁ、お願いします」


話はこれまでだと打ち切る。
物の怪達は徐に晴明の部屋を後にした。

晴明の部屋を後にした物の怪達は昌浩の部屋へと足を向ける。


「はぁ〜。まさかあいつが市へと出ていたとはなぁ・・・・・予想外だ」

「あぁ。夜に行動すると思っていたからな」

「今は以前の記憶がないのだろう?おそらく物見遊山だろうな・・・・・・・」

「昼夜を問わずに都を見て回られているのでしょうか?」

「さぁ?流石にそこまではわからないな・・・・・・・」


もしかしたら都を見て回っていることに意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。
ただの下見の可能性も否定できないし、目的とやらの対象の人間を探しているのかもしれない。
しかし、流石に相手の意図を探ることはできない。故にわからないとしか言いようがないのである。


「・・・・・まぁ、まずはこのことを迷企羅(めきら)達に話す方が先だな」

「そうですね。・・・・・・・と言っても、我々は昌浩様の今の姿を見たことが無いので判断のしようがありませんが・・・・・・・・・・」

「それについては、実際に会ってみるしかないだろうな」

「えぇ・・・・・まずは会ってみてからですね」

「今夜の夜警にはお前達もついて来るのだろう?上手くすれば会えるかもしれない」

「だといいですね」


そうこうしている内に、迷企羅達が待機している昌浩の部屋の前までやって来ていた。



それではさっさと説明するかと、物の怪達は部屋へと足を踏み入れるのであった―――――――。







                       *    *    *







「―――久嶺」


背後から掛けられた言葉に、久嶺――九尾はゆるりと振り返った。
そこには市見物から帰ってきた煌が佇んでいた。


「明るい内の都見物はどうであった?」

「・・・・・・・うん、まぁまぁ楽しめたよ・・・・・・・・」

「その割には反応が薄いな・・・・・・また何かあったのか?」

「・・・・・・・うん。女の子・・・・・以前の俺を知ってるかもしれない、女の子に遇った」

「そうか・・・・・・・・」


少し前に同様なことがあったが、煌は今回はとくに取り乱すようなことはしなかった。
ただ、淡々とあった事実を述べる。
九尾を見据える瞳に揺らぎは見出せなかった。

九尾はそれを見て、内心満足げな笑みを浮かべた。


「ねぇ、久嶺・・・・・」


ふいに煌が口を開く。


「俺が記憶を失くす以前って、ここに住んでたの?」

「・・・・・・あぁ、確かにお前はこの都に住んでいた。過去が恋しくなったか?」

「冗談。俺が失くした記憶に愛着を持っていないことなんて、久嶺がよく知っているだろ?」

「そうだな。しかし心というのは移り変わりゆくものだ。以前の記憶を嫌っていようと、新しく手に入った記憶まで厭うかどうかなどお前自身にしか決められぬことだ」

「それもそうだね・・・・・・」


煌は久嶺の言葉にゆっくりと相槌を打つ。


「久嶺、俺、決めたことがあるんだ・・・・・・・・」

「過去の己に抗うことか?」

「!・・・・なんだ、覗いてたの?だったら態々質問してくる意味、ないんじゃないの?」

「それとこれとは別だ。私はお前の口から、はっきりと聞きたいのだよ」

「・・・・・だったらいきなり話の腰を折らないでよね」

「ふっ、すまないな」

「別に、いいけどさ・・・・・・」


なんか必死に伝えようとした気が萎えるじゃないかと、煌は拗ねたように不満を漏らす。
九尾はそれを見て苦笑を零した。


「じゃ、改めて・・・・・・・・・俺、徹底抗戦するから」

「・・・・・酷くあっさりと告げてくれるな」

「だって、久嶺が説明の言葉を奪ったんじゃないか!久嶺が余計なこと言わなかったら、もっと色々言葉にしたけどさ・・・・・・・・」


既に知られている決意表明を一から話すには、何となく気恥ずかしさが邪魔をしてできなかったのだ。
けれど、少々不満げな九尾の視線を受けて、渋々もう少し言葉を付け加えることにした。


「この際はっきり言っておくよ。ついさっきの出来事で過去の記憶に憎悪を抱くよりも、過去の俺に今の俺が侵食されないように抗うことの方が俺にとって重要になった」


そう、敵は過去の失われた記憶ではなく、いまだ燻る過去の己自身。
己の内に眠っている過去の己の幻影の方が、僅かに残っている冷たい記憶よりも遥かに疎ましく、脅威だと思ったのだ。


「久嶺は俺が俺である限りは嫌いにならないって言った。だったら俺は俺という存在を明示するために、過去の俺の想いにはっきりと境界線を引かないといけないと思ったんだ。だから俺は、この三年の間に知り合ったもの達に対する俺の想いだけを信じることにした。知らない奴に対しての、ふいに沸き起こる感情なんて俺には必要ない」


忘れないでと切に聞こえる内の声を押さえ込む。
あんな純粋の塊のような存在が己自身であったなどと、到底認めることはできない。
己は人の醜さを沢山見てきた。そしてそういった者達を屠ってきたのだ。
純粋に人を信じる心など、生憎自分は持ち合わせてはいない。

失った記憶は未だ戻らない。しかし、己の深淵に潜む別の己の想いが徐々に目覚め始めている。
奪われてなるものか。
今、ここに存在しているのは”俺”なのだから。


「だから、久嶺。俺は久嶺を信頼し、仰ぐ俺を信じる」

「これはまた・・・・・嬉しいことを言ってくれるな」


漣一つ立たない真っ直ぐな眼差しを見、久嶺は稀に見ない綺麗な笑みを浮かべた。

それでいい。これでこの子どもは過去の己に喰われることはなくなったと思っていいだろう。
後はこの子どもの意志の持ちよう次第。
己の傍に居続けることも、また離れていくことも・・・・・・全てはこの子どもの在り様で決まるだろう。



決して渡しはしないさ。



子を奪い返そうと躍起になっている者達を思い浮かべ、九尾は哂った。





さて、勝つのは私か、お前達か・・・・・・・・・・。















最初で最後の賭けをしよう―――――――――。

















                        

※言い訳
はい、かなり久々の更新です。
やっとオフ本の制作も一段落つきました。といっても来週までもう一冊分仕上げないといけないので、二日に一度更新ができるかどうかはかなり怪しいですが・・・・なるべく更新するように頑張ります。
で、今回は煌が九尾に決意報告。といっても、九尾は煌の心内をこっそり覗き見してたり・・・・・そりゃあ改めて宣言する気も萎えるってものです。自分が書いておいてなんですけどね。あぁ、段々お話が収集つかない方向に走り出しています。このままの展開だと昌浩が記憶を取り戻しても、すんなり紅蓮達の下に帰ることができないじゃん?!うっわー、予定よりも煌を九尾至上主義にしたのが間違いでしたかね?でも、私としては九尾LOVEな煌が結構気に入っているんですけどね・・・・・。どうやって軌道修正しようかな・・・・・・・。それで文章中の平仮名表記の『こたえ』は「答え」と「応え」の二つの意味があります。なので平仮名表記にさせて頂きました。・・・・・と、追記しておきます。

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2006/11/9