求めて止まない子ども。









その子どもが目の前にいるのに手が届かない。









声も届くことはない。









悔しさに強く歯を食い縛る。









どうしたらお前に手を伸ばすことができるのだろうか――――――――?




















沈滞の消光を呼び覚ませ拾壱〜




















ヒュッという鋭く空気を切り裂く音と共に、咽に目掛けて銀光が閃く。

紅蓮は咄嗟に後ろに飛び退くことでその狂光から身を守る。


「っ、昌浩!」

「だーかーら〜、それは俺の名前じゃないって言ってるだろ?俺の名前は煌(こう)だってば」


紅蓮の咽下を切り裂こうとした銀髪の子ども―――煌は、面倒臭そうな口調で名前に訂正を入れる。

煌は手を休めることなく紅蓮達に攻撃を仕掛ける。
次に己に狙いを定めてきた斬撃を、取り出した銀槍で受け止める。
きしりと鋼の擦れ合う独特の感触が手に伝わってくる。


「・・・・・その名前はいつからだ?」

「は?何言ってるの?俺が俺の時からに決まっているだろう??」

「ということは三年前からか・・・・・・」

「―――――っ?!」

「どうやら図星のようだな」


声こそ上げなかったが、僅かに変化した煌の表情を見て、六合は己の口にした言葉は間違っていなかったことを確信する。
そんな六合を、煌はぎらりと鋭い眼光で睨み付ける。


「何故、わかった?」

「簡単なことだ。昌浩がいなくなったのが三年前だからだ」

「・・・・・どうやらお前達は、俺のことをその『昌浩』とどうやっても繋げたいみたいだな」

「繋げたいのではない。そう確信している」

「っ、戯言を!」


煌は常より低めの声でそう言葉を吐き捨てると、後ろに跳躍して六合と距離を開ける。


「オンキリキリバサラウンハッタ!!」


着地するかしないかの内に、直ぐさま術が放たれる。

自分達へと放たれた煌の術を、紅蓮の炎蛇が打ち消す。
が、その炎蛇を掻き消して煌の術が紅蓮達を襲う。
煌は術を放った後に、もう一つ術を放っていたのだ。


「なっ?!」

「甘いよ」


無数の霊力の刃が紅蓮達に斬り傷を与えていく。


「くっ!」


あちこちの傷口から血を流しながら、紅蓮達は地面に膝をつけることを耐える。
煌はそんな紅蓮達を見て、先日とは違った手応えの無さに呆気にとられる。


「なに・・・・・・手を抜いてるの?この間俺から簡単に勝てたから?勘違いしないでよ、この間は部外者がいたからさっさと退却させてもらっただけだからね?」


前回の時は雑鬼達や吉量がいたことによってその力を存分に振るうことが無かった煌。
しかし今回は煌一人である。つまりは気兼ねなく闘えるということになる。
それに対し、紅蓮達は煌=昌浩だとわかったことによって逆に闘いに制限がついてしまった。
それは神将は人を傷つけてはならないという理の所為でもあるし、敵対していても昌浩という子どもは紅蓮達にとって大事な存在であるということから、煌の正体を知る前のように戸惑いの無い攻撃をすることをできなくさせていたのだ。
もちろん煌がそんな紅蓮達の事情を知るはずも無く、自分に闘気の一つさえも向けてはこない紅蓮達に苛立ちを禁じえなかった。

と、その時紅蓮達の前に立ちはだかる影があった。


「やめてください!・・・・・・・もし、これ以上彼らに危害を加えるというなら、私が相手になります」


鉾を取り出し、構えた因達羅(いんだら)がそこにいた。

煌はそんな因達羅を見て、少し困ったような顔をした。


「どいてくれる?別に貴方は抹殺対象に入ってないし・・・・・・」

「お断りします。貴方が彼らを殺そうとすることを止めない限り、私が引くことはないでしょう。・・・・・私に縛るものはありません」


因達羅は真っ直ぐと煌に視線を向ける。そこには固い意志が宿っていた。

縛るもの。
そう、因達羅達には十二神将のような人を害してはならないという理はなかった。
その代わりに十二夜叉大将である彼らの主―――薬師瑠璃光如来に背くことは決して許されない。
もし背くことがあれば、彼らは神権を剥奪されることとなる。そして十二夜叉大将という任から弾かれる・・・・そういう決まりなのだ。

つまり、因達羅が仮に煌を殺してしまっても罪を問われることはないということ・・・・・・。
もちろん、因達羅は煌を殺そうという気持ちなど少しも無い。しかし傷つける覚悟を持たなければいけない程には、煌という存在は強さを持っていた。
無傷で相手を制すことができるほど、絶対的な力の差など両者にはなかったのである。


「そう・・・・・・・なら、力ずくで排除するまでだね」


煌はそう言うな否や、因達羅へと斬り掛かっていった。

一閃、二閃・・・・・・・・。

煌と因達羅は斬り込んでは距離を置くということを繰り返す。
傷を負った紅蓮達はそれに援護しようと思うのだが、何せ両者共に身軽なので俊敏に動き回る。交じったり離れたりする彼らの動きに、怪我で動きの鈍った彼らは手の出しようがなかった。

しかし、ここで両者の力関係に差が出始めてきていた。

容赦なく打ち据えられてくる剣を受け止める鉾を持った因達羅の腕が、掛かる重圧に耐え切れなくなってきていた。


「くっ!」

「そろそろ腕が疲れてきたみたいだね?そんな細い腕じゃあ当然だと思うけど・・・・・・・」


ま、俺だって太いわけじゃないんだけどね。男女の差ってやつかな?

煌は軽く首を傾げつつも、剣に乗せる重みを更に加える。
すると、とうとう圧力に耐え切れなくなった因達羅が大きく体勢を崩した。

無論、その隙を煌は逃すはずが無い。
体勢を崩した因達羅を、そのまま弾き飛ばす。
屋敷の名残であろうか、塀の一部であったと思われる瓦礫に因達羅は激しく叩きつけられた。
更に追い討ちを掛けるように霊力の刃が雨の如く降り注いだ。


「ああぁあああぁぁぁっ!!」

「・・・・・・・・これ以上痛い目にあいたくなかったら、そこで大人しくしててよね」


激しく痛めつけられた因達羅は、最早立ち上がることさえできなかった。

因達羅が立ち上がれないことを確認した煌は、改めて紅蓮達へと向き直った。


「次はそっちの番だよ。覚悟はいい?」

「昌浩・・・・・・・・」

「騰蛇、ここで抗わねばやられるのはこちらの方だぞ」

「六合・・・・・しかしっ!」

「わかっている。俺とて同じ気持ちだ」

「・・・・・・・・・」


どうして愛し子を傷つけられようかという紅蓮の心の声を、六合は聞き取っていた。
わかっている、そんなことは十分に。


「こんな時にお喋りなんて、随分余裕なんだね」

「「!!」」


紅蓮と六合がはっと視線を声のした方へと向けると、煌が丁度斬り掛かってくるところであった。
二人はその斬撃をそれぞれ横へと跳んでかわす。
しかし、それを許すような煌ではなかった。


「その行く先は我知らず、足を留めよ、アビラウンケン!」

「なっ!?」

「っ!!」


それはいつの日か牛車の妖に使った術。
神である紅蓮達には妖に齎す程の威力は発揮しなかったが、それでも足の運びを鈍らせることくらいは容易にできた。
そして煌にとってはそれで十分であったのだ。


「不知火、出番だよ。其は地を這う蛇の如く・・・・・・・狩蛇奔土流の舞」


煌の言霊と共に、煌の力を吸い取って不気味な輝きを増した不知火の妖剣が地へと突き立てられた。
それと同時に地が隆起し、砕け割れながら紅蓮達へとその牙を向ける。
その様は正に獲物に狙いを定めた蛇。

自分達へと向けられて放たれた術を、紅蓮は炎の壁を作り出すことで防ごうとする。
が、地の蛇はそんな炎の壁など恐るるに足りないと言わんばかりにそれを真っ二つに裂き、あっさりと突破する。

完全に防げるとは思っていなかった紅蓮達は攻撃を回避しようと思うのだが、先ほどの足止めの術が未だ色濃く影響が残る中では俊敏に動くことなどできるはずもない。
動きが鈍っている紅蓮達に地の蛇は顎(あぎと)を開ける。


「っ!」


思うように動かぬ体を引き摺って、紅蓮達は辛うじて攻撃の主線上から免れる。
次の瞬間、先ほどまで紅蓮達が立っていた所を煌の放った攻撃が奔り抜けていく。


「ぐっ!!」


直撃は免れたものの、攻撃の範囲内から完全に脱することはできなかった紅蓮達に、砕けた地の破片が容赦無く降り注ぐ。

先ほど受けた攻撃の傷に加え、更に今の攻撃で切り傷が増える。
絶え間なく伝い落ちる血に、別の意味で動きが制限される。
何とか立っていようとする紅蓮達ではあったが、耐え切れずに地面に片膝をつけることとなる。


「くそっ!血を流し過ぎた・・・・・・・・」

「・・・・・まずいな」


思いの外負ってしまった傷が深すぎて、紅蓮、六合共に表情を険しくした。


「さて、そろそろ止めを刺させてもらうよ?」

「っ・・・・・・・!」

「さようなら。十二神将騰蛇、並びに六合・・・・・・・・」


膝を着く紅蓮達の前にまでやって来た煌は、すっと剣を持ち上げた。その瞬間―――。

ヒュン!

風を切る音と共に、何かが飛来した。


「っ!!?・・・・・・・・何だ?」


煌は咄嗟に後ろに飛び退くことで、己に目掛けて飛んできたものをかわす。
視線を向けると、つい今しがたまで自分が立っていた所に一本の矢羽が突き立っていた。


「・・・・・矢?一体誰が―――っ!?」


訝しげに眉を顰めた煌が、周囲へと視線を走らせることはできなかった。
背後に突如として現れた気配によって・・・・・・・・。

視界の隅で微かに捕らえた金属の輝きに反応し、煌は反射的に不知火の妖剣を背後へと振りかぶっていた。


キイィン!!


鋼が合わさったことによって硬質的な音が共鳴する。

煌は己の剣が防いだものへと視線を向けた。
それは一振りの筆架叉。
その持ち主へと視線を辿ると、昨晩会ったこの場にいなかった女の神がそこにいた。

彼女はふっと口の端を緩める。
煌が何だ?と疑問を浮かべる間もなく、死角からもう一つの筆架叉が閃いて煌の体を吹き飛ばす。
煌は手を着くことによって無様に転がることは防ぐが、しばしの間動きを止める羽目になる。

その瞬間を狙ってなのか、別の声が鋭く空気を震わせた。






「縛縛縛、不動戒縛、神勅光臨!」






織り成された霊縛の網が煌を包み込み、縛り上げて動きを封じ込む。


「なっ?!」


あまりにも唐突な展開に、煌は思わず驚きの声を漏らす。
一体何が起こったのかわからず、身動きの取れない体に苛立ちを抱きつつも例の声が聞こえてきた方に首を巡らせる。

視線の先には神気を纏う存在―――神に属する者達を後ろに従えて佇む一人の青年が佇んでいた。
長く伸ばされた前髪が、霊力の名残で起こった風によってさらりと揺れた。






「・・・・・・・・・・昌浩」






喜びや悲しみ・・・・・・様々な感情が混ざり合った心の中、青年―――安倍晴明その人はその一言を紡ぐだけで精一杯であった。
紡がれた言の葉は短く・・・・・・されどとても強い想いを孕んでいる。
















煌を見つめる瞳は、その心情を顕著に表すかのように揺らめいていた―――――――――。


















                        

※言い訳
はい、なんとか更新を頑張っております。
ではさっそく言い訳もとい、話中では説明できなかったことについて書いていこうかと・・・・・。
漸く煌が本領発揮!・・・・・あれ?でも逆に紅蓮達が調子悪くなっています。まぁ、前回の戦闘の時は煌が昌浩(人間)だと気づかなかったから容赦無くできたんでしょうが・・・・・。でも、ちょっと弱すぎでしょうか?まぁ、まだ心の整理がついていないから戦闘能力に響いてきているのだと思ってください。六合も然り(だって、勾陳曰く十二神将の中で最も情が強い男ですからv)。
そして・・・・・じい様がやっとでてきましたぁ――っ!!ドンドンパフッパフッ!
・・・・・といっても最後にちょこっとだけですけどね。万年眉間に皺が寄っている方も護衛で来てますよ?ただし、次回にお話の中に登場するかどうかはわかりませんが・・・・・。
あ、あと・・・・毎回煌のことを銀髪の「子ども」とか表記していますが、外見年齢は17歳なんですよね・・・・・。これって子どもとは言えないなのでしょうか?でも、紅蓮達にとっては子どもでも通る年齢だと思うので子どもと文章は打っているんですが・・・・・・。ここできちんと17歳だと言っておかないと、読み手の皆さんの脳内の煌の人物像が14歳あたりで止まってそうです。文中でもちらちらと煌が成長しているということを主張してみてはいるのですが、どうなんでしょうかね・・・・・・。

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2006/11/25