求められているのは己ではない。 奥底に眠る過去の存在。 それが求められている者。 良しとするはずがないではないか。 だってそれは己ではないのだから―――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜肆拾肆〜 |
とても落ち着いた声で紡がれる言の葉の連なり。 徐々に肥大してくる頭の痛みと共に、意識が段々と白く混濁していく。 『何か』が己の中に侵入してきて、その内を弄る感覚。 それが酷く不快感を催す。 「う・・・・・ぁ、あっ・・・・・」 あまりの苦痛に、煌は思わず声を漏らす。 晴明はそんな煌の呻き声を聞いて、その顔を苦しげに歪めた。 今行っている術は自分と、そして相手の精神への負担が大きく掛かるもの。 特に外から内へと干渉させられている昌浩の方がその比重は大きいだろう。 (すまない、昌浩。少しの間だけでいい、耐えてくれ・・・・・・・) 晴明は祈りにも似た思いで内心呟き、そして紡ぐ呪文に更なる力を込めた。 神将・大将達が息を詰めて二人の遣り取りを見守る中、晴明の紡ぐ呪文だけがその場を静かに支配していた――――――。 ざわり・・・・・。 (うるさい・・・・・・・) 心の深淵が漣立つ。 己以外に覗き込む者がいない闇の底、何かが目覚めようとする。 (起きるな!お前は必要ない!!) 知っている。この己を見つめる真摯な眼差しを・・・・・・・・。 (知らない、知っているのは”おれ”じゃない!!) こぽり・・・・・・。 (俺を脅かすな!) 小さな泡沫が一つ、底より生じる。 像が脳裏に結ばれる。 しかしそれは今目の前にある光景ではなく、いつかも知らぬ過去のもの。 (失せろ!俺にとってそれは幻でしかない!!) 節くれだった手に繋がれた幼い手。 (知らない・・・・・・・・) 笑うと眦に皺がよる顔。 (知らない・・・・・・・・) 穏やかに紡がれる声。 (知らないっ・・・・・・・) 常に追いかけていた、その背。 (知らない!自分はこんな記憶があるなど、知らない!!) そして圧倒させられる、その霊「知らないって言ってるだろっ!!!」 爆発する思いと共に、流れていた映像が散り散りに吹き飛ぶ。 「・・・・・・・・・出て来い」 煌は低い声でそう一言だけ言い捨てた。 睨み付けた漆黒の空間。 そこにぼんやりと影が浮かび上がった。 「・・・・・・・・・・どうして?どうしてそこまで、拒もうとするんだ?」 淡い燐光をその身に纏った、今よりも幾分か幼い自分が姿を現した。 幼い風貌をした自分は、酷く悲しげな顔をして問い掛けてくる。 煌はそれに嘲笑を浮かべて言い返した。 「愚問だね。それは俺の記憶じゃない」 「どうして?この記憶は『俺』のものだろう??」 つまらないことを聞くなと、煌は切って捨てる。 それに対し、昌浩は首を傾げて再度問う。 しかし、煌は再びきっぱりと否定する。 「いや、違う。それは『昌浩』の記憶だ。俺・・・・・『煌』の記憶じゃない」 「・・・・・思い出したの?」 「まさか!お前が無理矢理見せた記憶以外はさっぱりだよ。あいつらが煩く『昌浩』って呼ぶもんだからね・・・・・お前がそうなんだろ?」 「そうだけど・・・・・・それはお前もだろ?」 「ふっ、ははっ!ははははっ!!」 「・・・・・・・・・何が可笑しいの?」 唐突に笑い出した煌を、昌浩は怪訝そうに見る。 息も絶え絶えなほどに笑う煌は、何とか呼吸を整えつつ嘲りの目線で昌浩を見遣った。 「お前『も』?冗談にもならないね。お前だってわかるだろう?人を傷つけ、息を止めることに何ら感情を抱かない『俺』を、あいつらは『昌浩』だなんて認めないんじゃないの?」 「・・・・・・俺は、お前だと・・・・そしてお前は俺だと、俺自身は思っていても?」 「はっ!奇麗事を言うなよ。あいつらの顔を見れば嫌でもわかる。『昌浩はこんなことはしない』ってね・・・・言葉にしなくたって、俺が力を破壊に使う度にそう眼が訴えてくる。お前、前はよっぽど偽善者をやってたんだね?」 あいつらの驚いた顔を見た?外見が変わったことにも驚いてたみたいだけど、俺があいつらを攻撃した時が一番驚いてた顔をしていたよ! 敵対しているんだから当然なのにさと煌は可笑しげに笑う。 それを昌浩は黙って見ていた。 「ねぇ、何か言ったらどうなんだ?お前は俺だと言うのなら、あの驚かれた顔もまたお前に向けられたものなんだよ?あいつらの求める『昌浩』はただここに閉じ込められてるだけなのに、勝手に想いを寄せられて・・・・・勝手に失望されて・・・・・・・・お前はそれでもまだあいつらの下に帰りたいって思う?」 煌は優しげな口調で、しかしその口に嗤笑を浮かべながら昌浩の顔を覗き込んでそう問い掛けた。 「それでも俺はじい様や紅蓮達を信じている」 「ご立派な台詞だね。でもそれは『昌浩』にだけ向けられるものだ。聞こえるだろ?『お前』のじい様が唱えている呪文を・・・・・・・。『昌浩』という記憶を引きずりだそうとしているのを・・・・・・・・この遣り取りのどこに『俺』を認めてくれる素振りがあるの?あいつらが取り返したいのは『血に汚れていない』昌浩であって、『血に汚れた』煌は必要ないんだってさ!」 「っ!そんなことっ!!」 「黙れ。どんなに上辺だけで否定しようとも、それが真実だろう?あいつらは『俺』を否定することで『お前』も否定しているんだよ!」 「っ!!」 煌は昌浩が視線を逸らせないよう、顔を手で固定した上でそう言い放った。 それもまた真実なのだと、はっきりと伝えるために・・・・・・。 昌浩は煌の言葉に僅かに顔を歪めた。 昌浩=煌という構図を主張するならば、煌の言っていることも確かなことなのだから。 悲しげに瞳を揺らげる昌浩に、煌は眼を細めつつ言葉を重ねる。 「愚かだね。俺はお前ではないと、別の存在だと切り捨ててしまえばいいのに・・・・・・その方が楽なんだよ?自分じゃない誰かに体の支配権を取られて、それで本意ではないことを行ってるって。俺のこと、いっそ嫌うか憎んでしまえばいいのに・・・・・・・・」 「そんなこと、できないよ・・・・・。例え異なった性格や思考を持つようになったとしても、お前は俺だ・・・・・・・ただ、育つ環境が違っただけにすぎない」 「・・・・・確かに、俺がお前でお前が俺の立場だった可能性も無くはないね。そう、俺達はどんなに違おうと元は一つでしかない・・・・・・・・・そんなこと、俺だってわかっているさ。でも、あいつらはそう思ってくれる?血で手が濡れそぼっている『俺』を、あいつらはそれでも『俺』だと受け入れてくれると言えるか?言えないだろ?あいつらは俺が記憶をなくしているから今の俺なんだと思ってる、記憶を取り戻せば求める『昌浩』が戻ってくるんだと・・・・・・・そんなことないのに」 「・・・・・・・・・・・」 「きっと『昌浩』の記憶を取り戻したって俺は俺でしかない。それほどにまで俺っていう自我が確立しちゃってるからね。あいつらが期待している通りの動きなんてするはずがない・・・・・・」 煌は己自身を見下ろし、次いで昌浩へと視線を向けた。 「俺とお前、どちらかが折れない限りには完全にどちら側にもつけないだろうね。といっても、今は俺の方が優勢かな?」 だって体の主導権は俺にあるしね。 煌はそう言って笑った。 昌浩はそんな煌を困ったような表情で見つめる。 ふいに、笑っていた煌が真顔になった。 「そんな顔しないでよ。散々挑発している俺が馬鹿みたいじゃないか。そんな、そんな曖昧な物の考え方しかできないのなら、どうして今更俺の目の前に現れた?もっと早く、もっと遅く・・・・・じゃなかったらずっと心の奥底で眠っていればよかったのに・・・・・・何で今なんだ?」 もっと早く、まだ完全に九尾に傾倒しないうちに目覚めれば反抗ができた。 もっと遅くに目覚めれば、既に大切な者達はいなくなってしまったのだと諦めることができた。 ずっと目覚めなければ・・・・・・今こうしてもう一人の自分に悩まされることはなかった・・・・・・・。 「さぁ?それは俺にも・・・・・・でも、きっと今だからこそ、なんじゃないのかな?」 「今だからこそ?」 「俺自身と向き合うために・・・・・・・今も、昔も、確かに俺なんだから」 「俺と・・・・お前」 「そう、俺達は数多に分かれた未来の・・・・・・その一例なんじゃないかな?だからこそ、俺もお前も生まれた」 「・・・・・・・・・・」 黙って視線を交わす二人の間の地面から、ポゥ・・・・・と光の玉が舞い上がる。 その光の玉には『昌浩』の様々な過去が映し出されていた。 「・・・・・・俺には不必要な記憶だ」 「どうして?過去を知らなければ過去とも対峙できないよ?」 「記憶を取り戻して?それでどうするって言うの?俺は九尾を・・・・・・久嶺を既に選び取っている。俺が帰る場所は久嶺の下だけだ!その他の場所なんてない!!」 「それだけのはずは・・・・・ないだろう?」 「いや、久嶺だけだ!それを邪魔するような記憶なんていらない!脅かすな!俺は久嶺だけを信じる!だからお前は・・・・引っ込んでろ!それだけだ!!」 瞬間、二人がいた空間に閃光が弾けた。 「!これは・・・・・・・っ!」 煌に呪文を唱えていた晴明は、ふいに強まった抵抗に驚いて目を見開いた。 「・・・・・・っ!残念、だったな・・・・・・生憎記憶は取り戻してないよ」 「馬鹿なっ!」 暗い笑みを浮かべる煌に、二人の様子を見守っていた神将・大将達はそれぞれ驚きの表情を表す。 瞬間、玄武は嫌な予感に駆られて晴明へと駆け出す。 他の者達も一拍送れて二人へと駆け出した。 その時、煌の妖気が一気に膨れ上がった。 晴明の施した縛魔術が悲鳴を上げながら千切れ飛んだ。 力の爆発の余波がすぐ傍にいた晴明へと容赦無く襲い掛かる。 そこへ一番に駆け出した玄武が間へと滑り込んで障壁を作り上げた。 その瞬間、彼らを物凄い衝撃が襲った。 「ぐっ!!」 「玄武?!」 先ほど煌に斬りかかれた時よりも、障壁に掛かる負担が大きかった。 玄武は歯を食いしばって何とか障壁を保たせようとする。 ピシリ! 障壁にひびが入る。 嫌な汗が頬を流れ落ちる中、玄武はひたすらに耐えた。 障壁が砕け散るのと、煌の放った力の余波が収まったのは同時であった・・・・・・。 「くっ!はぁっ・・・・はぁ・・・・・・・」 荒い呼吸を繰り返しながらも、玄武は必死に顔を上げた。 少し距離を置いたところに煌は立っていた。 彼もまた玄武と同じように・・・・・いや、それ以上に苦しそうに忙しない呼吸をしていた。 当然だ、先ほど晴明が煌に施した縛魔術はそう簡単に破られるほど、生易しいものではなかったのだから・・・・・。 「玄武、大丈夫か!」 背後に庇われていた晴明が、心配そうに声を掛けてくる。 玄武はそれに黙って一つ頷いて返事を返した。 「くそっ・・・・・力、使いすぎたね・・・・・・・」 煌は悔しげに顔を歪めるとふらりとよろめいた。 「昌浩っ!」 倒れ掛かった煌を駆けつけた紅蓮は、己の身の危険をかなぐり捨てて支えようとする。 「っ!触るなっ!!」 しかし、煌はそう鋭く叫ぶとパシリと紅蓮の手を叩き落として拒んだ。 その反動で大きく体勢を崩すが、何とか倒れこまないよう踏み止まった。 意識が朦朧とする。 先ほどの晴明の術が一番負担になったのだろう。 精神の奥底から記憶を呼び覚まそうとすれば当然の負担なのだが・・・・・・・。 薄れ行く意識の中、煌は無意識に大事な存在の名を呼んでいた。 「く・・・・・りょ、う・・・・・・」 「呼んだか?煌よ」 突然、その場に強大な妖気が顕現した。 妖気の爆発で生じた強い風に、晴明をはじめ紅蓮達はその場から数歩後退する羽目になった。 突然巻き起こった妖気を孕んだ強風が収まった後、瞑っていた目を開けたそこには、煌を庇うように佇んでいる銀髪の妖の姿を見つけた。 その背に広がる尾は八本。 されど、晴明達にはその妖の正体が言われずとも悟ってしまった。 「九尾・・・・・・・」 剣呑な視線が集中する中、九尾は余裕綽々な態度で嫣然と哂った―――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 あれ?じい様があんまり活躍していない;;紅蓮ちょこっとしか出せなかったし(泣) えっと、煌vs昌浩再び!ですね。書きたい内容からどんどん外れていってしまうのがとても悲しいです。煌がいっぱい喋ってる・・・・・・こんなに饒舌だったかな?う〜ん;; あ、やっと九尾を出すことができました。このシーンは当初からの予定していたものです。あと数話以内でお話が一区切りつきそうです。そして今更なんですが・・・・・・いつのまにか四十話越えてました;(遅っ!?)ほんっとうに長く続きますね、このお話・・・・・・。あ、ちなみにこのページで反転すると文字が出てくる場所があります。ここがそれっぽそうだよな・・・・と思ったところを反転してみてください。 感想などお聞かせください→掲示板 2006/12/3 |