初めはただ手元に置いておくため。









今はただ純粋に邪魔者として。









ただそれだけの理由で奴らを消し去りたいと思っている。









愛しき子よ。無二の眷属よ。









我が手からすり抜けてはいかないでくれ――――――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ



















薄れゆく意識の中、霞んだ視界に広がる銀を見て煌(こう)は安堵したように微かに微笑む。


安心と共に意識が遠のいていく。


煌はそのまま意識を失った。












意識を失った煌は、ぐらりとその体勢を崩す。
そのまま倒れ込んでしまうかと思われたその体は、しかし九尾の腕が受け止めたことによって防がれた。


「ふむ。流石の煌も限界であったか・・・・・・・」


意識の無い子どもを見下ろし、九尾はそう呟いた。
幾分か憔悴したようなその顔に、少々無理をさせ過ぎてしまったかと反省する。
それと共に、煌に掛けていた記憶封じの術が大分緩んでいることに気がつき、後で掛け直すかと内心で独りごちる。
昔の己に徹底的に抗ってみせると宣言した煌のことを信用しないわけではないが、念のため・・・・・という言葉がある。不安要素は少ないほうが良い。

と、そこまで考えた九尾は周囲を改めて見渡す。

己を取り囲んだ者達は皆、それぞれ厳しい表情を浮かべてこちらを見てくる。
九尾はそんな彼らを見て、くつりと嗤った。


「我が眷属が随分と世話になったようだな・・・・・・・」

「ふざけるなっ!そいつは昌浩だ、貴様の眷属などではない!!」


如何にも煌は自分の陣営だと主張してみせる九尾の言葉に、紅蓮は堪らず反論する。
しかし九尾はそんな紅蓮の言い分を鼻先で笑い飛ばす。


「はっ、愚かな・・・・・・・。眷属という言葉は何も血の繋がりだけを指すわけではないだろうに。それは神の眷属であるお前達がよくわかっている事ではないのか?」

「・・・・・・・・・・」

「それにこの子どもが貴様らの言う昌浩とやらだとして、それでどうして我の眷属ではないと言えるのだ?この子どもとは、本当に幼き時に眷属としての契りを交わしている。その時に連れて行くことは叶わなかったが、だがあの時よりこの子どもが我の眷属ではなかった日はない」

「薬師如来・・・・・・・」

「ほぅ?あの女から話でも聞いたのか?ならばわかっているだろう?『煌』は紛れも無く我の眷属だと・・・・・・・」


九尾は子どものことを『昌浩』と呼ぶことは一度だってしなかった。子どもには『煌』という新たな名を与えていたから・・・・・・・・。
それに言霊は力を宿す。以前の名を呼ぶなど、今の子どもにどんな影響を与えるか・・・・・・・・・。故に九尾は己が与えた『煌』という名でしか子どもを呼ばない。


「・・・・・それでも、昌浩が私の孫であることにも変わりは無い」

「安倍、晴明・・・・・・・」


晴明の固い意志を宿した瞳が、九尾を真っ向から射抜く。
そんな晴明を見て、九尾はその人物の名を忌々しげに紡いだ。
ぶわりっと九尾から濃厚な妖気が放たれる。


「安倍晴明・・・・・・我が今、最も葬り去ってやりたい者よ。確かに貴様の言い分も真だ。しかし我は返してやる気など爪の先ほどにも無いぞ?取り返したくば、我の腕よりもぎ取ってゆくことだな・・・・・・・・」


まぁ、簡単に渡してなどやらぬがな。何せ、我の唯一無二の眷属なのだから。

九尾はその口元に挑発的な笑みを浮かべ、見据える晴明の瞳を見返した。
両者の間に静かに火花が飛び散った。

と、そこで九尾は唐突に瞬きをした。
そういえば・・・・・と思い出した調子で軽く首を傾げつつこう言った。


「そういえばまだ名乗ってはいなかったな。我が名は九尾。・・・・・・・といっても貴様らは既に知っているだろうがな。煌にも我の名は伏せずともよいと言っておいたからな」


あぁ、そちらは別に名乗らなくてもよいぞ。ただ我が名乗りたかっただけのことだからな。

九尾は不遜な態度でそう言い放ちつつ、己に最も鋭い眼光を向けている神将へと視線を向けた。
視線が交わることによって、その金眼の刃の様な輝きは一層激しいものとなる。


「そこにおる神将もな。悔しいか?目の前で連れ去られた子どもを、手の届く距離にいるのに取り返せぬことは」

「き、さまっ!」

「言っておくが、以前貴様達の目の前で子どもを連れ去った我は我の分け身・・・・・・我自身などではない。生憎我もそう容易くは動けなかったからな・・・・・。そんな我から子を奪われた程度の力で奪い返そうなどと温いことは考えてくれるなよ?我は貴様らを根絶やしにするために態々この国に来訪したのだ。生か死か、それしかないと心得よ」


九尾はそうとだけ言い捨てると、煌を抱え上げて周囲へと視線を走らせた。


「吉量(きちりょう)。この場に居るのであろう?姿を見せよ」


九尾がそう言葉を発した後、ほとんど間も空けずに茂みが音を立てた。
ヒュッ!っと、一陣の風が神将達の間をすり抜けてゆく。
風の正体は全体に白の毛並み、鬣のみが朱色の妖―――吉量であった。
九尾の前までやって来た吉量は、主へと頭を垂れた。

そう、実は吉量もこの場にいたのだ。
しかし煌に何があっても出てくるなと言われてしまい、更には目隠しの術まで使って己を隠そうとする彼の心情を察すれば、不本意ではあるが身動きを取ることができなかった。
目の前で苦しむ子どもの姿を見て、何度煮え湯を飲まされたような気分を味わったことか・・・・・・・。
しかし己は戦闘には全く向いておらず、寧ろ足手纏いになることは必須であったのでその茂みから出て行くわけにはいかなかったのだ。


「歯痒く思っている心情は察してやらなくもないが、それより煌を背に乗せろ」


九尾の命に、吉量は否やはなかった。
すっと己が背を差し出す。
九尾はそれに煌を乗せると、もうここには用はないとその場を立ち去ろうとした。
が、晴明をはじめ神将達がそれを許すはずも無い。

各々、武器を持つ手に力を込め、逃がす気はないのだとその眼光が告げていた。


「・・・・・・・生憎、貴様がこの場から去るのをはいそうですかと見送るほど我々は殊勝ではない。昌浩を返して貰おう」


手にした筆架叉をすらりと構え、勾陳はただ淡々と言葉を述べた。
勾陳の言葉と共に、他の者達も各々の得物を構えた。

そんな彼らを、九尾はすっと眼を細めて見遣った。
暖かな色合いの金眼は、されど氷塊のように凍てついていた。
傍にいた吉量に小声で「先に帰っておれ」と命じると、その凍えるような眼を晴明達へと改めて向けた。


「貴様らは我が先ほど述べた言葉を聞いていなかったのか?折角この度は何もせずに引いてやろうと思っておったのにな・・・・・・・・・・気が変わった。その愚かにも果敢な心根、完膚なきまでに叩き潰してくれようぞっ!!!」


瞬間、九尾を中心に巨大な妖力が爆発した。
ゴアァァッ!!と妖気が暴風となって晴明を始めとしたその場にいた者達へと叩きつけられた。
強風に思わず瞑ってしまった目を開けると、先ほどまで九尾達がいた場所にはただの空間が存在した。
そう、九尾達の姿がない。


「しまっ!一体どこへ・・・・・・・!!」

「!晴明、後ろだっ!!」


素早く周囲へと視線を走らせた青龍が、晴明の背後に出現した九尾に気づき鋭く叫んだ。
晴明も青龍の叫びに間髪いれずに反応して、背後へと振り向きざまに術を放った。


「オンキリキリバサラハジリホラマンダマンダウンハッタ!!」


振り下ろされた刀印と共に、甚大な霊力が九尾へと放たれる。


「温いわっ!!」


しかし、九尾は晴明が放ったその術を赤子の手を捻るかのようにあっさりと打ち消した。
逆にお返しだとでも言うように無数の蒼い焔を晴明へと撃ち放つ。
九尾の攻撃に気がついた晴明は、直ぐさま霊力の壁を作り出す。


「禁っ!!」


眼には見えぬ不可視の壁が晴明の前に形成される。
直後、蒼き弾丸が容赦無く襲い掛かる。
九尾の攻撃は一つ一つでも恐ろしいほどの威力を持っている。しかし、晴明の作り出した障壁は何とか持ちこたえることができた。

あまりにも早すぎる展開に護りに動こうとする暇さえなく、ただ二人の遣り取りを見ているだけしかできなかった神将達はそれを見てほっと息を吐いた。
しかし、それは束の間の安堵でしかなかった。


「!晴明!!」


術を放った九尾が、間合いを詰めてきていることにいち早く気がついた六合は、短く主の名を呼んだ。
僅差なく晴明もそのことに気がついたが、その時には既に九尾は眼前に迫っていた。


「このような板切れ同然の護りの壁など・・・・・・・・・・初冬の水面に張る薄氷に等しいわっ!」


そう叫ぶと同時に九尾は握り拳を作り、それをそのまま晴明の作り出した障壁へと叩きつけていた。
そしてその障壁はパリン!という破砕音と共に粉々に砕け散った。


「なっ、素手で結界を叩き割った?!」

「なんてやつだ・・・・・」

「って、感心してる場合じゃないでしょ?!晴明は今魂魄体なのよ!もし怪我でもしたらっ!!」

「晴明っ!」


九尾の行いに驚愕している者と、主の身を心配する者の二種類に分かれてはいるが、神将達は主を護るべく九尾へと攻撃を仕掛ける。
しかし、それはあっさりと防がれることとなる。


「邪魔立てするな」


九尾は己へと攻撃を向けてくる神将達を睥睨しつつ、まるで羽虫を払うかのような鬱陶しげな仕草で手を振った。
瞬間、九尾の妖力が爆発し、鋭い刃となって神将達を襲った。
先ほどの煌との戦いで受けた傷もあるので、神将達は悉く吹き飛ばされた。


「くそっ!窮奇の比ではないな・・・・・・・強い」

「あぁ、差がありすぎる・・・・・・・」


紅蓮と六合は以前対峙した異邦の妖―――窮奇のことを思い出し、揃って厳しい表情を作った。
目の前にいる九尾は、窮奇を遥かに上回る妖力を持っていることが、その威嚇に放たれる妖気だけで十分に推し量ることができた。

悔しげに唇を噛む神将達を余所に、晴明と九尾は互いに睨み合っていた。


「何故・・・・・・私や十二神将達を殺そうとする?」

「それこそ何故我が貴様のその問いかけに答えてやらねばならぬのだ?」


互いに相手の考えていることを読み取ろうと探り合いをする。
膠着する空気の中、九尾は静かに息を吐き出した。


「・・・・・・・・よかろう。別に隠し立てする理由もないからな。・・・・・・理由は簡単、目障りなのだよ。お前も、神将も・・・・な」

「目障り、だと?」

「そうだ。煌に揺さぶりを掛けることができる少数の者達・・・・・・・・そやつら全員が邪魔なのだよ。故に貴様も、貴様にいる周囲の者達も、神将達も葬り去ってやらねば気が済まぬ」

「記憶を取り戻されてしまったら困るからか?」

「確かに。初めの頃はあやつが帰る場所を消し去るのが目的だった。しかしあやつ自身が言ったのだよ、昔の己に抗ってやるとな・・・・・・・・。故にそのことについての心配は薄くなった・・・・・しかし念には念のために、ということだよ」


九尾はそう言うと掌に妖力を集め出した。


「故に、貴様には死んでもらうぞ!安倍晴明!!」


そう叫ぶと共に、九尾は集めた妖力を刃の形に成してそれを晴明へと振り被った。


『晴明!!』


主の危機に、紅蓮達は何とか攻撃を阻止しようとするが、それよりも九尾の動きの方が断然早かった。

刃が晴明へと振り下ろされる。


「やめろぉぉぉぉっ!!」


刹那、不可視の攻撃が神将達の間をすり抜け、九尾と晴明の間を奔り抜けた。
九尾は咄嗟に背後に飛び退く。
次の瞬間にはつい今まで九尾がいた場所に斧が突き刺さっていた。


「ちっ!外したか・・・・・・・」


晴明の前に焦げ茶色の髪をした玄武くらいの少年が、ひらりと身軽な動作で降り立った。


「摩虎羅(まこら)・・・・・・」


名前を紡いだのは因達羅(いんだら)であった。

そこにいた者達が呆然とする中、涼やかな声が辺り一体に響いた。





「彼らを屠ろうなど・・・・・・・私達が許しませんよ、九尾」



「薬師如来・・・・・・・貴様、再び我の邪魔立てをするのかっ!」





紫がかった銀髪をたゆわせてその場に現れた薬師如来―――瑠璃を見て、九尾は忌々しげに彼女を睨み付けた。
瑠璃は九尾の視線を真っ向から受け止める。














瑠璃色と黄金色が交差する――――――――――――。


















                        

※言い訳
はい、じい様達vs九尾戦です。なんか九尾最強説?強すぎ;;これじゃあどうやってじい様達昌浩を取り返すんだ??あ〜、自分で自分の首をギリギリと絞めてしまった気が・・・・・・・・。
吉量、久々に出てきましたね。そして瑠璃も。ぶっちゃけ存在を忘れてしまっていた人達がほとんどだと思います。出したいとは思っていたのですが、あれからこのシーンまでは瑠璃達の登場予定がなかったんですよねぇ・・・・・。登場人物が多すぎて皆が皆を出すことができない;;あぅぅ・・・・・・。

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2006/12/9