あの子はあの子。









過去や現在、未来など関係ない。









己が己たる所以は、己だと認識を持っているから。









いくら形が歪もうとも、その根底が変わらなければ大した差ではないのだ。









それが人というものであると、自分は思う―――――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ

















「皆大丈夫?!」


そう言って因達羅(いんだら)達の元へと駆け寄ってきたのは、彼らの中で最も幼い風貌をした夜叉大将―――安底羅(あんてら)であった。

ここまで説明することがなかったが、本日の夜警の際に安底羅だけ姿がなかったことに皆さんはお気づきだろうか?実はこれ、昌浩こと煌について新たにわかったことを瑠璃達に知らせるために、連絡係として安底羅が別行動をしていたのである。
今いる場所からそれなりに離れた場所にいたのだが、多数の神気と強大な妖気を感知して急いでこの場へとやって来たのだった。


「無事、怪我はない」
「俺は擦過傷だらけや」
「えぇ、大丈夫です。迷企羅(めきら)が怪我を負ってしまいましたが・・・・・・・・」
「って、因達羅だって怪我を負ってるじゃない!もぅ!人のことを心配するよりも、自分のことを心配しなきゃ!迷企羅なんか放っておいても別に死にはしないって!!」
「なんかってなぁ・・・・・。随分な言い草やな、安底羅」


あんまりな言い様に、迷企羅は思わず半眼で安底羅を見る。
しかし安底羅は意に介さずに、寧ろ冷たい視線で見返す。


「だってそれ、波夷羅(はいら)の攻撃を受けてできた傷でしょ?どうせ捨て身で相手に一撃を・・・・みたいな馬鹿なこと考えて態と波夷羅に攻撃させたんじゃないの?」
「ぐっ・・・・・」


実際に現場にいて見ていたわけではないのに、正しく自分のとった行動を言い当てられた迷企羅は思わず黙り込む。
そんな迷企羅の様子を見て、半ば冗談で言った言葉が真実であると悟った安底羅は驚いて目を瞠った。


「えぇっ!?本当にそうなんだ・・・・・・馬鹿じゃないの?」
「うっ・・・・・・お、俺かてあんな手は使いたくなかったんやけど、相手の動きが・・・・・・」
「何言い訳してんのよ!それでも夜叉大将なの?根性みせないさいよ根性!」
「あのなぁ、人事だと思って簡単に言わんといてくれるか?」
「だって人事だもの」
「・・・・・・・・・・」


こんの糞餓鬼!と迷企羅が内心で思ったかどうかはわからないが、彼はこめかみに青筋を浮かせた。
私は間違ったことなんて言ってないからね!と、安底羅は迷企羅を見返す。


「迷企羅は、自業自得・・・・・・」
「けれど頑張って闘ってくださったのは確かですし・・・・・・あっ、それはもちろん波夷羅もですよ?」
「わかってる。因達羅も・・・・・頑張った」
「え?えぇ・・・・そうですね」


険悪な空気を漂わせている安底羅達にたいし、因達羅達はどこか緩んだ空気を漂わせている。
誰かあの二人を止めろよ・・・・と突っ込む者がいない。
段々と口論が悪化していく安底羅と迷企羅。が、その口論もそう長くは続かなかった。


「あんた達ねぇ、現状がわかってるの?この緊迫した空気の中、よくもまぁ余裕なことしてるわね」
「「「「・・・・・・・・・;;」」」」

ていっ!と口論する二人の額に手刀をお見舞いした額爾羅(あにら)は、呆れたように四人を見る。
額爾羅のそんな視線を受けて、四人はそれぞれ気まずげな顔をした。


「まぁいいわ。ほら、皆と合流しましょう。なんか強そうなのがいるし・・・・・・私達は十二夜叉大将、瑠璃様の剣よ?肝心な時に主を守れないなんて洒落にもならないわ」
「ごめんなさい、額爾羅・・・・・・・」
「わかればいいのよ」


しゅん・・・と肩を落とす因達羅を見て、額爾羅は鷹揚に頷いた。
と、その時大きな爆発音が聞こえてきた。
何事かとそちらへ視線を向けると巻き上がる砂埃と、結界を張った瑠璃の姿が見えた。


「瑠璃様?!」
「急いで戻るわよ!」
「う、うん!」


のんびりしている場合ではないと気がついた因達羅達は、慌てて瑠璃のもとへと駆け出した。












「久しいのぅ、薬師如来よ。といっても十年やそこいらでは久しいとは言わぬか」


紫紺色を見据えながら、まず九尾が口を開いた。
瑠璃はすっと目を細めながら、九尾の視線を受け止める。
大人しく要求を呑むような相手ではないとわかってはいるが、瑠璃は取り敢えず単刀直入に切り込むことにした。


「九尾・・・・・・あの子を彼らに返してください」
「返す?随分と戯けたことを言う・・・・・・・あれは我の眷属ぞ、何故こやつらの下へ返す謂れがある?」
「貴方が彼らの下から連れ去っていったのでしょう?戯けたことなどではありません」
「確かにそれは事実であるが・・・・・・・どうしてそれが奴らに返す理由となるのだ?」
「どうして?」
「そうだ。本人は奴らの下へ帰る気はさらさらないのだぞ?返す必要性を見出せぬな」


九尾は口元に勝ち誇った笑みを浮かべながら、そうきっぱりと告げた。
紅蓮達はそんな九尾を忌々しげに見つめる。
一方、対峙している瑠璃はというと、彼女は至って冷静に返答を返した。


「それは本当にあの子の意思なのですか?」
「・・・・なに?」
「確かに貴方の下にいるあの子はそう望んでいるのかもしれません。私はあの子の意思を否定する気もありません。しかし、以前のあの子の意志は?貴方が都合で消し去ったあの子の意思はどうだったのですか?ご自分の意に沿ったものを作り上げて・・・・・・貴方はそれで満足なのですか?」
「あれの意思があれ自身ではないと・・・・・・・貴様はそう言うのか?」
「いいえ。私はあの子の意思を否定する気はないと言いました。あの子の意思はあの子自身にあると、私は思います」
「・・・・・・・・では何が言いたい?」


あくまで淡々と話を進める瑠璃を、九尾はやや苛立ったように見る。


「・・・・雛は生まれて初めて見たものを親と認識します。あの子がどうやって今のあの子になったのかは知りませんが、そう導いたのは貴方です。貴方の考えがあの子に影響を齎していないと、そう言えますか?」
「ふざけたことを言うなっ!我は確かに三年間あれを教え、導いた。が、我の望みなど口にしたことは一度とてない。あれの言はあれ自身の意思にある!!」


九尾はそう言うと掌に炎の塊を生み出し、瑠璃に向かってそれを投じた。
それは轟音と共に爆発した。
砂埃が巻き上がる。
炎を放った九尾は、結界を張り巡らせて無事な瑠璃の姿を見ると忌々しげに目を眇めた。


「戯れとはいえ、やはり貴様を目覚めさせるのではなかったな。貴様は我の邪魔にしかならぬ・・・・・・・いっそのことこの場で消・・・・・・・」


九尾の言葉はそれ以上続かなかった。

九尾は途中で言葉を切り、その場を飛び退く。
次の瞬間、今まで九尾がいた場所を銀閃が薙ぎ払っていた。


「くそっ!外したか・・・・・・」


太刀を持った銀髪に蒼い瞳をした青年が、微かに眉を寄せてぽつりと呟く。
先ほど薙いだ銀閃は、青年が手にしている太刀によってのものだ。

後ろへと飛び退いた九尾は、青年を見て面白そうに笑った。


「ほぅ?面と向かって対峙するのは初めてだな。十二夜叉大将・宮毘羅(くびら)・・・・・・いや、共犯者よ」

「っ!貴様の共犯者になった覚えはないっ!!」

「よくもまぁ白々しいことを・・・・・・・貴様は主を取り戻したいがために我と手を組んだではないか。あれを共犯と言わずになんと言う?」

「・・・・・・・・・・・」


反論らしい反論を見つけられず、宮毘羅は悔しげに口元を歪めた。


「子どもを攫うなど、私は聞いていない・・・・・・」

「当然だな、我はお前にそのようなことを話した覚えはないからな」

「何故言わなかった?言われていれば私は・・・・・・」

「手を結んではいなかったか?いや、違うな。お前は必ず我と手を結んでいたさ。『取り戻したくはないか?』と尋ねたあの時、お前は確かに頷いたのだから・・・・・。第一、子を連れ去るのは我の手でと考えていたのだ、どちらにしろお前に提示する条件に変わりはなかったさ」


もしもなど考えるだけ無駄だぞ?と九尾は軽く肩を竦める。
確かに、もしもなど意味はないだろうと宮毘羅も同意する。
しかし子どもが連れ去られることを、決して良しとはしなかっただろう。不可解なこととはいえ、子どもの身の安全が図れそうだと思ったが故に条件を呑んだのだ。
自分はこんな現状を望んだわけではないのだ。

ギリッ!と剣を握る手に力が篭る。


「だが、子どもの運命を歪めるなど、私は望まなかった・・・・・・」

「それも今更な話だな。もう全てが変わってしまった後なのだ、それが結果であり全て」


九尾はそうきっぱり言葉を述べると、ふわりとその体を宙へと浮かせた。


「興ざめだ。今日のところはこれで引いてやろう・・・・・・」

「なっ!待てっ!!」


九尾が逃走しようとしていることに気がつき、紅蓮は炎蛇を、宮毘羅は斬撃を放つ。
が、その攻撃が届く前に九尾の姿がその場から消え去ったのであった。



後には呆然と宙を見上げる晴明と十二神将、そして瑠璃と十二夜叉大将が残ることとなった―――――。







                        *    *    *







何も存在するものがない漆黒の空間。

そこに淡い燐光と共にぼんやりと姿を浮かべる少年と、その淡い光に照らし出される少年がいた。


「じい様の術、かなり辛かったみたいだね・・・・・・・・」


少年はぽつりと呟いた。
その視線はもう一人の少年へと注がれる。

目を閉じ、静かに呼吸を繰り返す少年。
少年が大声を上げたところで、きっとぴくりとも反応を返さないだろう。

普段の彼はもっと表層に近い所で睡眠をとる。
しかし今現在の彼は自分と同じ、かなり深い所まで降りてきて睡眠を貪っている。
つまりそれだけ消耗も激しいということだ。

つい先ほど会った時は自分が表層近くまで浮かび上がったのだが、彼が拒んだために再び深淵の底へと押し込まれてしまった。
それに文句をいうつもりはないが、そんなに肩肘を張らなくても・・・・・と思うのは愚かだろうか?


「恨んだりなんか、しないよ・・・・・・・・」


己の支配権を奪われて尚、それでもこの少年を憎むことはないだろうと少年は思う。
いくら異なろうとも、自分達は繋がっているのだから・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・あいつはお前を作り出して、一体何がしたいんだろうね?いや、作り出したのは俺自身か・・・・・・・・」


そう、己の心の弱さがきっとこの存在を作り上げたのだろう。
あの時己の心を砕かねば、このような複雑な状況にもならなかったのかもしれない。


「・・・・・・・でも、そんな俺も俺なのだから・・・・・・・・・」








どうか逃げないで。と、密やかに言葉は紡がれ、静かに闇に溶けた――――――――。


















                        

※言い訳
あ〜、すいません。前回の更新から一週間以上も経過してしまいました。
テストやらオフ本制作やらで少しだけ更新が停滞しております。あ、でもあと数日もしたら忙しいのも終わるので、もう少し早く更新できるようになるかもしれません。
で、九尾あっさりと退散。早っ!?とか言わないでくださいね?今回九尾が登場したのは煌を助けるためであって、じい様達を消し去るためではなかったので。しいて言えば顔合わせ?なのでこれ以上話を引っ張っても話数が無駄に伸びるだけだからと早々に無理矢理話を終了しました(えっ?;;)
えっと、一応ここまでが中盤となります。次のお話から後半へと入っていきます。でも、この後半がかなり長くなると思われます。何せ後最低二回戦はやる予定ですから。(長いなをい!)

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2006/12/18