砕けた欠片たち。









それは元は一つであったもの。









砕けた欠片をかき集める。









まだ無くなってはいない。









形が崩れてしまっても、確かにここにある――――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ拾漆〜

















昏々と眠り続ける少年。
その少年―――煌(こう)を白い毛並みに朱色の鬣を持った妖―――吉量(きちりょう)は静かに見下ろした。
膝を折り、地に身体を横たえた吉量の腹部に煌は寄り掛かって眠っていた。
余程深い眠りなのか、寝息もほとんど立てずに静かに呼吸を繰り返している。
そんな煌に吉量は安堵にも似た優しい眼差しを向ける。

あの年老いた人間が彼に何をしたのか、吉量は知らない。
何やら呪文を唱えていたようだから術であることには違いないのだろうが、その術によって煌に齎された負担を推し量ることは当人ではないのでできない。

せめて負担が少しでも軽くなるようにと、楽な体勢をとらせて眠らせることしか吉量にできることはない。
いくら妖の身とて体温はあるので彼が風邪を引くことはないと思うが・・・・・・・。

と、その時。空間がざわりと動いた。
吉量はぴくりと反応して頭を上げる。
すると、空間の歪みから九尾が丁度姿を現すところであった。


「吉量、煌の様子はどうだ?」


吉量の視線に気がついた九尾は煌の様子を問う。
吉量は主へと向けていた視線をすっと眠っている煌へと向ける。
九尾もその視線を追い、ふむと頷いた。


「流石に疲労は濃いか・・・・・。我もまさかあ奴が無理矢理記憶を呼び起こそうとするとは思っておらなかったわ。あれは当人にも、ましてや煌本人に一番負担が掛かるものだろうに。何とも人の考えは複雑怪奇なものだ・・・・・・」


いや、単純明快なのか?

九尾は己の考えに訂正を入れる。
そんな九尾を吉量は黙って見ていた。


「吉量よ、そうずっと見ていても煌はしばらくは目を覚まさぬぞ?」


九尾が帰ってきたにも関わらず、いっこうにその場から去る気配のない吉量。
そんな吉量の様子を見て、九尾はそう声を掛ける。
が、やはり吉量は動く気配を見せない。ただ心配そうに煌を見ているだけだ。

九尾は珍しいなと軽く目を瞬かせる。
普段であれば九尾が煌のもとへとやって来れば吉量は何も言わずにその場を去る。その逆も然り。
立場というものを弁えているのか、二人が揃えば吉量が彼らの傍に身を置くことはない。例外としては煌にお願いされた時ぐらいのものだ。
そんな吉量が常とは異なった行動をとっているのだ、これを珍しいと言わずに何と言う。


「これはまた・・・・随分と気を砕いているのだな。それともそんなに悔しかったのか?己がすぐ傍にいたのに何もすることができなかったことが」


九尾の言葉に吉量は瞬きをする。肯定の意だ。
それがどちらの意に対するものか・・・・・。もしかしたら両方なのかもしれない。


「しかしそれを言ったところでお前にはどうしようもないことであろう?お前の能力は戦闘にではなくその足にある。空を駆けよと無理なことは言えぬが、地ではお前が最も速く駆けることができる。確かにお前は力の強さでいえば下から数えた方が早い。しかし煌が求めたのは強さではない。煌に選ばれた身であるお前なら、この意はわかるであろう?」


九尾の言葉を、吉量はまた肯定する。
九尾は吉量を見、やがて根負けしたように息を吐いた。


「・・・・・・この度は煌の傍にいることを許そう。しかし肝に銘じておけ、これは我の気紛れだ」


九尾はそう吉量に素っ気無く言葉を紡いだ。
吉量はそんな九尾に、深く頭を下げた。

常であれば吉量程度の小物など、九尾の近くに寄ることは到底できないことだ。
それが可能なのは偏に煌と仲が良いから。ただそれだけ。
それだけで彼の大妖・九尾の傍へ寄らせて貰えるのだから破格な扱いだと言えよう。


「さて、煌が寝ている間に少々やりたいことをしようか」


九尾はそう言うと、すらりと綺麗に整った手を煌の額へと伸ばす。


「会うのは三年振りよのぅ・・・・・・」


そうぽつりと漏らすと、九尾は静かに目を閉じた。

黒の深淵へとその意識を沈めた。













一面黒の世界。

そんな世界で眠る銀髪の少年を見ていた少年―――昌浩は、ふいに揺らいだ世界に顔を上げた。


「・・・・・・・来る」


ぽつりと呟かれた言葉。
己と彼以外に存在しないはずの世界に、新たにもう一つ気配が生じる。

やがて虚空を仰ぎ見ていた昌浩の前に、銀髪をさらりと揺らしながら九尾が姿を現した。
九尾の姿を見た途端、昌浩の眉は微かに寄せられる。


「やはりしぶとく残っていたか、過去の残照よ」

「・・・・・俺は過去になった覚えはないんだけど?」


九尾の言葉に、昌浩は嫌そうな顔を作る。


「いや、過去だ。お前は表に出ることが最早叶わぬのであろう?つまり、お前という存在の時間は過去のものであると・・・・・違うか?」

「確かに表には出られないけど・・・・・・でも、『俺』はまだここにいるんだけど?」

「そんなことを知っているのは我か煌くらいであろう?他の者達にしてみれば知りようもないことだ」

「それは・・・・・まぁ、そうだけどね」


そのことについては強く反論しない昌浩。
そんな昌浩と対峙しつつ、九尾は思い出したように昌浩の傍にいる銀色の少年―――煌へと視線を向けた。
すっと手を煌へと向ける。すると煌の周りに無音で結界が張り巡らされる。
それを見て昌浩は不思議そうに目を瞬かせた。


「・・・・そんなことしなくても、多分起きないと思うよ?」

「念のためだ。折角の眠りを妨げるのも無粋というものだ」

「というか、ここ俺達の精神世界なんですけど・・・・・何で勝手に結界なんて張れるの?」

「知らぬ。張れるものは張れるのだ、それまでの過程や概念など我にとってはどうでもよい」

「・・・・・・・・・・」


あくまでも自己を突き通す九尾に、昌浩は若干呆れ顔になる。


「あ〜、うん。深くは突っ込まないことにして・・・・・・・・態々こんなところに来てまで俺に話すことがあるの?」

「ないな」

「・・・・・・・・・は?」


すぱっと返された返答に、昌浩は思わず目を点にする。
そんな昌浩の様子などお構いなしに九尾は言葉を続ける。


「煌という確固たる人格が出来上がった今、お前がどうこうできるとは我は思ってはおらぬ。が、奥底で眠っていたお前という人格が再びこうして目覚めたのだ、一度くらいは会話をしておこうと考えただけだ」

「俺は皆の所に帰ることを諦めてはいない」

「そんなこと、重々に承知している。故に態々この地へと赴いてきているのではないか」

「あいつのため、って言ってなかったか?」

「無論大本の理由はそれだ。・・・・・・が、それと同時にこれはお前に対する策でもあるのだよ」

「俺に対する?意味がわからないな」


お前の考えはわからないと、昌浩は渋面を作って九尾を見る。
悠然と笑みを浮かべる相手から、その内情を伺い知ることはできない。

九尾は探るような視線を寄越してくる昌浩に嘲笑に近い笑みを浮かべると、そのまま悠然とした歩みで昌浩に近づく。
警戒して身を引こうとする昌浩の腕を捕らえて逆に引き寄せ、片手で顎を掴み無理矢理顔を上へと上げる。
反抗的に睨みつけてくる昌浩の視線など意に返さずに、その心にしっかりと刻み付けるかのようにはっきりとした声音で己の考えていることを告げる。


「意味など単純明快なことだ、奴らを全員消してしまえばお前に帰る所はなくなる」

「なっ!?」

「仮にお前が表へと出ることができたとしても、帰る場所がなければ?その時お前はどうしようというのだ?」

「何言って・・・・・・・・」

「帰る場所がなければ、如何にお前とて無駄な足掻きはしないであろう?」


煌の記憶が脅かされるのを防ぐことと、お前の身動きをを縛ること。それが一遍にできて正に都合がいいのだと、九尾は低い声で笑いつつそう告げた。
いまだに顎を固定されたままの昌浩は、驚きに目を瞠り硬直していた。


「帰る場所を失くしたお前は、我の下から離れて行けるか?」

「もち・・・・・」

「死を覚悟して抗った先に待つ者などいない・・・・・そんな状況で?その頃にはこの国ではなく、海を隔てた大陸にいるであろう。頼るものもいない、文化も違う異国の地で一人彷徨うなど自殺行為に他ならないぞ?」


もちろんだと答えようとする昌浩の言葉を遮り、九尾は重ねて言う。
何かを反論しようとも、何も思う言葉が浮かんでこない昌浩は、意味もなく口を開閉するだけだ。
言葉を失くす昌浩を見て、九尾は満足げな笑みをその口元に浮かべた。


「それでも、俺は・・・・・貴方の下にいることは良しとしないだろう」

「それでもお前は我の下から離れていかぬさ。煌という人格がある限りはな・・・・・あれとお前は根本は同じ存在、あれが我を求めるということはお前もまた我を求めているということと同意」

「無茶苦茶なこと言わないでよ、確かにあいつと俺は根っこは同じだけど・・・・・でもそれまでだ。思考・価値観、その他色んなことが違いすぎる。あいつの考えが俺の考えで、俺の考えがあいつの考えだって言うのは無理がある・・・・・・・」


視線を僅かにそらして苦しげにそう言う昌浩。
しかし九尾は口元に浮かべる笑みを崩さなかった。


「『例え異なった性格や思考を持つようになったとしても、お前は俺だ・・・・・・・ただ、育つ環境が違っただけにすぎない』」

「っ!それは・・・・・・」

「育つ環境が違っただけ、確かにそうだろうな。そしてお前は認めている、あれが自身であることを。あれの行動・言動を否定することなく肯定しておいて、どうして今更それを否定しようとする?」

「・・・・・・・・・・・・」

「お前はただ目を逸らしたいだけだ。我の下から離れられないことに・・・・・・・煌の意思を完全に否定することができないことに」

「それは違うっ!」


昌浩は強い否定の声を上げて九尾の手から逃れようと足掻いた。
塞がれていない片方の手がぱしりと顎を掴んでいた手を払う。
そのままの勢いで後ろへと退こうとする昌浩だが、九尾は掴んでいた片腕を決して離しはしなかった。
距離をとろうとした昌浩は、動かない片腕に思わず体勢を崩す。
思いとは裏腹に九尾の懐へと倒れこむ羽目となった。
直ぐさま身を離そうとするが、腰を固定されて身動きがとろうにもとれなくなった。


「はなっ・・・・」

「何が違う?いくら人格が異なろうとも・・・・・そう、例え二重人格者であろうともその感情・思考の出所は一つでしかない。お前とてそれを十分に理解しているはずだ。では何故今更それを否定しようとするのか、それはお前が怖くなったからであろう?あれの考えていることに。自信を失いつつあるのであろう?己の考えに。だから否定しようとする」

「そんなこと、ない!俺は俺だ。俺の意思はじい様や紅蓮達の下へ帰ることにある!!」

「今更何を。身体の支配権もなく、ただ精神界の奥底で煌の行動を眺めているしかできないお前が、そのようなことを主張したとて詮無いことだとわからぬのか?」

「例え今は身動きが取れなくったって、意思を持つことをやめるつもりはない!」


互いに険しくなった視線がぶつかり合う。
それぞれの主張は反抗し合うだけで交わることはない。
しばらくの間、無言のまま二人は睨み合った。


「・・・・・・・はぁ、どうやら我の言は聞き届けては貰えぬようだな。まぁいい、どちらにしても奴らを抹殺しようとする我の考えは変わらぬ」

「どうしてそこまで・・・・・・」


拘るんだ?


「・・・・・お前には、わからぬことだ。理解しようとせぬ限りは・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「これだけは覚えておけ。お前はお前であり、煌の一部だ。またその逆もな・・・・・・・。お前が欠けるということは煌の何かも欠けるということだ。我はそれを決して許しはしない」


だから、逃げられるとは思うなよ?


九尾はそう言い置くと、その身を暗闇の中へと溶け込ませていった。
昌浩はそれを呆然と見送った。

はぁ・・・・・と息を吐くと、かくりと膝を折った。


「        」


助けを求める言葉は音にはならなかった。

彼らを信じることができず、勝手に見限った己がどうして彼らに救いを求めることができようか?

それが例え己を忘れ、他者を忘れてしまってどうしようもないことだったのだとしても。それで心を砕いてしまったのは確かに己なのであるのだから・・・・・・・・。
欠片となった己が再び己を取り戻した時には、もう随分と年月が過ぎていた。

己の身体は己とは別の人格が有しており、己は内からそれを眺めているだけ。

恨みも憎しみも妬みもない。
ただ、彼らに会いに行く自由の身がないことが悲しいだけ。


「帰れる、かな・・・・?」


帰りたいなと、その呟きは小さく紡がれ、静かに空気へと溶けていった。









隣で眠る少年にさえ、その呟きは聞こえることがなかった―――――――。















                         

※言い訳
ということで閑話になります。煌は終始喋ることはありませんでした;;ごめんなさい。
九尾のやりたいこと→昌浩と会話をすること。彼は煌と昌浩の会話を盗み聞きしていました(笑)というか何このシーン。なんか危ない方向へ走りかけたような・・・・大丈夫か?私の脳・・・・・・。これは至って健全なお話の・・・はずです。総受けとか言ってる時点でなんですけど、そういったシーンは一切書くつもりはないんで;;うん、九尾はあくまでも煌LOVEですし(それも何かなぁ・・・・・)。あ〜、段々何書きたかったのかわからなくなってきたよ;;(混乱)もう収集がつきません。誰か助けてください!(半泣き)

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2006/12/21