一時の休息。 途絶えることのない緊張感。 求める影は捕まえることもできない。 今、どこで何をしているのだろうか。 求めるものは遠く、その影を視界におさめることもできない――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜肆拾玖〜 |
異邦の妖、九尾と接触してから早一月。 その間特に激しい戦闘もなく、実に静かな時間が流れた。 何も動きを見せない九尾達に眉を顰めたが、それはそれで今一時の平穏を大事にしておこうとそれぞれ思い思いに過ごしていた。 もちろん、その間九尾達の潜伏場所などを捜索していたが、結果は依然として見つけることができないでいた。 焦りと苛立ちばかりが募る日々。 じりじりと焦がれるような思いを抱いたまま、晴明や紅蓮達は一日一日を送っていた。 「あれから一月、奴らは一体何をしているんだ?」 「そうだな、あまり動きらしい動きも見せない」 「皆殺し宣言してるっていうのにねぇー」 「せやな。一月も音沙汰無しやと、かえって不気味やな」 物の怪の言葉に、勾陳・安底羅(あんてら)・迷企羅(めきら)が同意の言葉を漏らす。 言葉にこそしなかったが、六合や波夷羅(はいら)、因達羅(いんだら)も首肯する。 「動きがないというわけではないが・・・・・・」 「必要最低限、って感じですよね」 六合の言葉に、因達羅が続けるようにして言葉を紡ぐ。 そう、九尾達の動きは本当に極最小に止まっている。 この一月の間時折不自然に妖や人間が消えるという現象があることから、栄養補給もとい食事をとっているのだろうということはわかる。 以前の窮奇ほど頻繁でも明からさまでもないので、都の人々が騒ぎ立てるようなこともない。が、そういった現状があるということには違いない。 相手の意図が読めずに、紅蓮達は訝しむほかなかった。 「あー、もうっ!胃が痛いったらありゃしないわ!!」 「へぇ〜。これしきのことで胃が痛むほど繊細やったとは知らんかったなぁ。初耳、初耳」 「何よっ!あんた喧嘩売ってるの迷企羅!!?」 ギロリと迷企羅を睨み付けると、安底羅はその脇腹へと容赦無く蹴りを入れた。 「ぐっ!〜〜〜い、痛いやないか、安底羅」 「あんたが考え無しのお軽い脳内構成してるからでしょ?!」 「口は災いの元・・・・・迷企羅が考え無し、いつものこと」 「お前まで言うか、波夷羅・・・・・」 迷企羅はげんなりした様子で肩を落とす。 しかし、そんな彼に同情的な視線を送るものは一人とていない。自業自得だ。 「しかし、本当にどうして動きを見せないのでしょうか?」 「さぁ?そればかりは何とも言いようがないな。何か考えがあるのかもしれないし、ただ焦らしているだけなのかもしれない・・・・」 「だが、奴らはきっとそう遠くないうちに動くはずだ。何て言ったって俺達を殺すのが目的だからな」 「そういうことだ。あまり悠長には構えていられないだろう」 「そう、ですね・・・・・」 その考えに間違いはないだろうと、彼らは頷きあった。 それぞれの脳裏に浮かぶのはかつての子どもの顔。そしてつい最近垣間見た成長を遂げた子どもの顔。 「必ず、取り返す」 「あぁ」 「はい」 彼らは気を新たに引き締め、強い意志をその瞳に宿した。 彼らが子どもと再会を果たすのは、その夜のことであった――――――。 * * * 「ねぇ〜、久嶺(くりょう)。何でこんなにゆっくりしてるの?」 背後から抱きつくような形で久嶺―――九尾にひっついている煌(こう)は、退屈げな響きを滲ませた声でそう問いかけた。 「退屈か?煌よ」 「・・・・・別に。久嶺や吉量がいるからそんなことないけど。あいつらに手を出すわけでもない、ただ様子を見てるだけだし・・・・・・」 何がしたいの? 不思議そうに首を傾げる煌に、九尾は喉を鳴らして笑った。 「さぁな・・・・・ただ、いつ襲われるかわからない状況を引き伸ばして気が緩んだところを襲撃。というのも悪くは無いな」 「うわぁ・・・・・悪趣味」 「そういう考えも悪くは無いというだけのことだ。本気にするな」 「どうだか!そう言っておいて結構本心なんじゃないの?」 「そう思いたければ思えばいいさ」 クツクツと九尾はさも面白そうに笑う。 そんな九尾の様子を見て、煌も愉しそうに笑みを浮かべた。 九尾が楽しければそれでいい。 「でも意外だなぁ・・・・・」 「ん?何がだ?」 ぽつりと零された煌の呟きを聞き止めて、九尾は聞き返した。 「直ぐにあいつらを殺そうとしないこと。だって久嶺、あいつらを物凄く鬱陶しく思ってるし、できることなら即行で消し去ってやりたいって思ってるみたいだしさ。だから何で敢えてこんなにゆっくりしてるのかすっごく不思議なの」 「ふっ、我も大概気まぐれだからな・・・・。即刻ではなく、じわじわと追い詰めていってやりたいと思ったのかもしれぬな」 「そこで断言しないから俺としては本当かどうか判断し辛いんだよねぇ〜。まぁ、どんな理由でもいいよ。俺は久嶺についていくだけだし」 そう言って煌は凄絶な笑みをその顔に浮かべた。 九尾の意図するところがどこにあろうと自分はその意思に従うのみ。 自分にとって最重要なのは九尾の傍にいれるかどうか。ただそれだけだ。 それ以外のことなど、さして気にするようなことではないのだ。 そんな煌を見て、九尾は仄かに笑みを浮かべた。 「そうか・・・。ところで煌よ、お前はもう大丈夫なのか?」 「・・・・・それって晴明っていう陰陽師に食らった術のことを言ってるの?それ、大分前の話じゃん!もう完全に復調してるって」 だからこんなに暇そうにしてるでしょ? と、些か呆れたような雰囲気で煌は答えた。 思いの外晴明から施された術が影響したのか、煌は七日ほど深い眠りについたままであった。 それは身体的というよりも精神的な痛手の方が大きかったからなのだが・・・・・・。 それを今更になって確認してくる九尾に、呆れ以外に何を感じろというのか。 「わかっておる。ただ聞いてみただけだ。あれは精神に負担を掛けるものだからな、外見が問題なくとも安心できるようなものではないだろう?」 「それはそうだけど・・・・。もうあれから一月だよ?異常はないって。至って健康だよ」 「ならば良い。そろそろ動こうかと思っていたところだ、お前の体調が万全でなくば困るのだよ」 「全く、久嶺は心配性だなぁ。何だったら腕慣らしにあいつらと一戦やってこようか?それで問題なければ久嶺も安心でしょ?」 煌は困ったような何ともいえない顔を作った後、気を取り直すように挑戦的な笑みを口元に浮かべた。 「そうだな・・・・・。奴らとてそろそろ痺れを切らす頃であろうし、丁度いいか」 「じゃっ、決まりだね。今夜あたりにでも都に行ってくるよ」 「そうか。あまり無理はするのではないぞ?」 「危なくなったらさっさと引いてくるって。でも、調子が良かったら一人や二人始末してくるね?」 その方が久嶺の手間も省けるでしょ? 煌はそう言って琥珀色の瞳をキラリと鋭く輝かせた。 煌の纏う空気の温度がぐっと低いものになった。 「調子が良かったら、だぞ?」 「わかってるって!」 そうして彼らは互いに笑みを浮かべた。 クスクスと、漆黒の空間に笑い声が響いていた――――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 はい、ほんっっとうに久々の更新になります。休みに輪をかけて無気力症候群に掛かっていたのでかなり間を空けた更新となりました。申し訳ないです;; 今回はやや短めの文章となってしまいました。久しぶりの更新なのにな・・・・。 お話の流れ的にここで区切らないとだらだらいってしまうんで仕方ないんですけどね。そこのところは明日には続きをUPしますんで御容赦ください。 感想などお聞かせください→掲示板 2007//1/13 |