一つの幹に二つの枝。









例え元は一つでも自分は自分。









何者にも代わりはしないのだ。









ねぇ。









貴方達はそれに気づいてる―――――――――?

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜伍拾壱〜

















「久しぶりだね。十二神将騰蛇、勾陳、六合」


手を振って吉量に下がっているように合図を送りながら、煌(こう)は視線を目の前に立つ闘将三人へと向けた。


「昌浩・・・・・」


溜めていた息を吐き出すかのような極小さな声量で、紅蓮は言葉を紡いだ。
彼の脇に立っている勾陳と六合も、声には出さなかったが心中で子どもの名を呼んだ。

相も変わらずな彼らを見て、煌はその口元に嘲笑に近い苦笑を滲ませた。


「昌浩は俺の名前じゃないって、何度言ったらわかってくれるのかなぁ?俺の名前は煌なの。それは騰蛇、お前が一番わかっているんじゃないのか?」

「・・・・・何のことだ」

「はっ!惚けないでよ。昌浩に逢ったじゃないか、俺が邪魔してやったけどね」

「!あの後昌浩をどうした!!」

「さぁね。何でそんなこと俺がお前に教えてやらないといけないのさ」

「答えろっ!!」


意地の悪い笑みを浮かべる煌を、紅蓮はギロリと鋭い眼光で睨み付けた。

事情を知らない勾陳達は、要領を得ない話に眉を顰める。
様子を窺うように煌と紅蓮を交互に見遣るしかない。

そんな二人の視線に気がつくことなく、紅蓮はただ真っ直ぐに煌へと鋭利な視線を向けていた。
そんな紅蓮の視線を別段怖がることもなく、寧ろ茶化すように煌は肩を竦めた。


「あー怖い怖い。そんな物騒な視線を向けないでよ。これじゃあ答える気も失せるってもんだよ」

「・・・・・・・・」

「ふぅ、しょうがないなぁ・・・・・・・いいよ、答えてあげる。別に、何もしてないよ。会話を少ししたくらいかな?」

「・・・・・本当だな?」

「本当だってば。証拠はないけど、見せろって言われても見せられるもんじゃないし・・・・・そっちの好きなように取っていいよ」


真意を探るような視線を寄越す紅蓮に、煌は投げ遣りな口調でそう返した。
そんな煌の態度が言葉の信憑性を曖昧なものにする。が、紅蓮はそうかと頷いて返すに止まった。
しかしそんなあっさりとした紅蓮の態度を、煌は詰まらなく思った。


「ふーん、意外にあっさりとしてるねぇ。どういうつもり?」

「別に。お前が言ったんだろう?証拠はないと。その言証拠がなければ信じることはできないが、それを嘘だと決め付けることもできないと思っただけだ」

「すっごく意外。ただ感情に任せて叫ぶだけじゃなく、結構まともなことも言えるんだね」

「ほっとけ」


憮然とした顔をする紅蓮を見て、煌はさも面白げに笑う。

いや、こいつの場合どこか頭の中身がぶっ飛びすぎるとかえってまともな思考が働くだけだ。

頭の隅でそう思った勾陳であったが、口には出さないでおくことにした。
言っても詮無いことである。


「・・・・・・さてと、お喋りはここまでにしようか。俺、今まで体を動かすの禁止にされてたから鈍ってるんだよね〜。相手になってくれる?」

「その前に一つ。あの時昌浩とお前は同時に存在していた。ではお前は一体誰なんだ?」

「そんなこと・・・・・前からずっと言ってるじゃない。俺は煌だって、ねっ!!」


煌はそう言うと同時に、無数の蒼い炎弾を出現させてそれを紅蓮達へと放った。
紅蓮達は即座に反応してその場から飛び退く。
次の瞬間、直前までいたその場を蒼炎が舐め上げる。


「くっ!後できちんと説明して貰うからな、騰蛇!!」

「わかっている!!」


襲い掛かってくる炎弾をかわしつつ、勾陳は紅蓮に向かってそう言った。
紅蓮もそれに頷いて返した。


「出でよ。混迷の覇者、常闇へと誘うものよ――――不知火(しらぬい)の妖剣」


煌の手に臙脂色をした剣が現れる。妖気が青白い光の帯となり闇夜に冴々とその刀身を浮かび上がらせる。
チャキリと不知火を構えると、煌は冷淡な声で命を告げた。


「俺の力を喰らい、力と成せ。其は餌(え)を狩る狼の如く――――妖狼咆振撃の舞」


ぐわりと膨大な力の放出で空気が歪むのが暗闇の中でも見ることができた。
鋭利な斬撃が紅蓮達へと放たれる。
野に放たれた狼は獲物に向かって疾駆していく。


「邪魔だっ!!」


紅蓮は襲い掛かってくる狼の如き斬撃を炎槍で切り伏せる。
勾陳と六合も筆架叉と銀槍でそれぞれ攻撃を切り伏せて打ち消した。


「はっ!」


鋭い呼気と共に煌が紅蓮へと斬りかかってくる。
紅蓮は炎槍で不知火を受け止める。
キイィィンと金属独特の硬質な音が響き渡る。


「っ、”煌”!!」


初めて紅蓮が『煌』の名を呼んだ。


「騰蛇?!」


勾陳と六合が驚いたような顔で紅蓮へと視線を向けた。
驚愕の表情の勾陳達とは異なり、煌は満足そうな満ち足りた笑みをその口元に乗せた。


「やっと呼んでくれたね」


琥珀色の瞳が歓喜と喪失に揺れた。


お前がお前であるなら、その名を呼ぼう


微かな声量で紡がれた紅蓮の言の葉は、金属音の交わる音に掻き消されて誰の耳にも届くことはなかった。


「其は飛来する翡翠(かわせみ)の如く――――飛突落刺嘴の舞」


次いで煌の放っていた気が霧散した。
それに紅蓮達は訝しげに眉を寄せた。


「・・・・何だ?」

「油断するな、必ず仕掛けてくるぞ」

「あぁ・・・・」


三人は油断なく構えて周囲へと視線を走らせた。

ふいに空気が動いた。


「くるっ!」


勾陳が鋭く声を上げるのと、空から霊力の針の雨が降るのは同時だった。


「ちぃっ!」


紅蓮は咄嗟に炎の防護壁を築く。
しかし寸での差で間に合わず、完全に攻撃を防ぐことができなかった。


「っ!大丈夫か?」

「あ、あぁ・・・・・お前が咄嗟に障壁を築いたからな。傷も左程酷くはない」

「こちらもだ」


途中で攻撃を防いだとはいえ、彼らの体には無数の細かい切り傷が作られていた。
そこへ煌は更に追い討ちをかけるかのように再び斬り込んできた。


「休んでる暇なんてないよっ!」


容赦無く振り下ろされた剣を、勾陳は筆架叉で受け止めた。
ギチギチと交わった部分で悲鳴が上がる。


「勾っ!」


助けに入ろうとした紅蓮は、しかし行く手を地割れによって阻まれてしまう。
何だと地割れの先を見ると白い毛並みに朱色の鬣をした吉量(きちりょう)と呼ばれる妖がいた。
この地割れはその妖の所為であると瞬時に理解した紅蓮は、容赦無く炎蛇を繰り出す。が、そこは吉量。素早い足運びで炎蛇から何とか身をかわすことに成功した。
舌打ちをしつつ紅蓮は追撃するが、悉くその攻撃は紙一重でかわされてしまった。


「逃げ足の速いやつだ」


忌々しげに短くそう吐き捨てた。

一方、鍔迫り合いをしている煌と勾陳はというと・・・・・・。


「うーん、力は五分五分か・・・・。これって単に俺の腕力がないだけからかな?」

「生憎、これでも闘将なのでね、戦い方は心得ている」

「じゃあ経験値の差?どちらにしろ埋めようがないような気が・・・・・・・」

「腕力ならばどうにかしようと思えば可能なのではないか?」

「確かに・・・・・。でも、今瞬時には上げられないものでしょ?」

「それもそうだな」


互いに競り勝とうと腕に力を入れる。
が、依然として交わった武器は拮抗を保ったままである。


「三対一はやり辛いなぁ・・・・・ってことで、ちょっと静かになってね」

「なっ!?」


そう言うと同時に煌は剣に込めていた力を緩めて勾陳の筆架叉を脇へと流した。
そのままの流れで剣の柄尻を勾陳の鳩尾へと埋めた。

ぐっと勾陳が呻くのと同時に、煌は霊力の爆発で六合の方へと吹き飛ばした。
案の定六合は吹っ飛んできた勾陳の体を受け止める。が、その所為でほんの僅かの間動きを止めてしまうことになった。
煌はその僅かな隙を逃すことなどしなかった。


「くらえっ!狩蛇奔土流の舞!!」


斬撃が地を砕きながら六合と勾陳へと襲い掛かった。


「っ!」


六合は瞬時に回避しようとするが、勾陳を抱えていたので僅かにその行動が遅れてしまった。
直撃でないにしろ、物凄い衝撃が二人を襲う。
倒れ付すことはなかったが、二人はそれぞれ地面に膝を着いた。

煌はそれを目で確認することなく、流れるような動作で紅蓮へと向かっていった。


「騰蛇!」

「煌!」


ガキィッ!と紅と臙脂が交わる。


「ねぇ、騰蛇。俺が憎い?」

「な、んだと?」


唐突に口を開いた煌に、紅蓮は怪訝そうに眉を顰めた。
そんな紅蓮の様子など気にせずに、煌は続けて言葉を紡いだ。


「わかってるだろ?昌浩は俺の中にちゃんといる。ただ俺に押し伏せられてるだけ・・・・・残念だよね?俺さえいなければ『昌浩』が帰ってくるんだから!!」

「貴様っ!」


挑発にも似た言葉を吐く煌に、紅蓮は表情をより険しいものにした。
ギリッと押す力が更に込められ、煌はやや押され気味の形となる。
しかし、煌の表情に変化は無かった。いや、寧ろその笑みが深まった。


「いいの?これ、昌浩の体でもあるんだよ?」

「!!」


ふいに指摘として零された言葉に、紅蓮は微かに肩を揺らした。
瞬間、武器に込められた力が緩む。


「破っ!!」


好機とばかりに煌はその霊力を込めて打ち放つ。
一瞬の隙を突かれた紅蓮は避ける間もなく吹き飛ばされた。
激しく地面に叩きつけられた紅蓮に追い討ちをかけるように、煌は霊力の刃を次々と叩き込んだ。

攻撃によって巻き上がった土煙が収まる。
そしてそこには膝を折り、苦しげに咳き込んでいる紅蓮の姿があった。
今の紅蓮には煌の攻撃を避けるだけの余力はない。
苦痛に歪められた金のみが煌へと向けられる。

煌はそんな紅蓮に勝者の笑みを浮かべる訳でもなく、逆に酷く能面じみた無表情の顔で見つめ返していた。

チャキリと刃を紅蓮の喉元に突きつけた。そして―――





「さようなら、十二神将騰蛇」





無常な宣言と共に氷刃が振り下ろされ、皮膚を撫でた。







銀閃が奔る。









暗い深淵で、やめてと悲痛な叫びが上がった――――――――――。















                        

※言い訳
いよいよ戦闘開始です!
勾陳と六合の出番少なっ!今回は紅蓮ばかりが出ていた気がします。強すぎるよ煌・・・・・・。(自分で書いておいて何を言うか!)
途中、吉量が参戦。少しでも煌の手伝いをしたかった模様。その代わり紅蓮から集中砲火をくらいましたけど;;まぁ、そこは自慢の韋駄天で逃げ切る。
あ〜、毎度戦闘シーンを書くのは大変だなぁ。なんかワンパターン?もう少し表現力に磨きを掛けたいですね〜。

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2007/1/23