振り下ろされた刃。 手に伝わる肉を断つ感触。 滴る赤。 後悔なんかしてない。 ただ只管自分に言い聞かせる――――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜伍拾弐〜 |
銀閃が奔る。 その軌跡に迷いなどはなかった。 ザクッ! 「―――っ!!」 氷刃は垂直に突き立てられた・・・・・・・紅蓮の肩に。 「無理矢理避けたか・・・・・・」 刃を突き立てられる瞬間、紅蓮は咄嗟に身を捻った。結果、狙いは大きく外れて肩へと突き立てられたのであった。 しかしいくら狙いが外れたとはいえ、剣は深々と肩に突き刺さっている。 刃が貫通して地へと縫い付けられている肩からじわじわと血が溢れ、地面に伝い落ちて小さな水溜りを作り始めていた。 「くっ・・・・・・」 「まぁ、少しは抵抗してくれないと面白くないか。でも、こんな状況じゃあできる抵抗なんてたかが知れているけど・・・ねっ!」 「ぐっ、ぁああぁっ!!」 煌(こう)は残忍な笑みをその口元に浮かべると、肩に突き刺さったままの刃をそのままに、ゆっくりと刀身の軸を動かした。 剣が突き刺さったまま、刃の位置が動く。つまりは傷口が抉られ、無理矢理押し広げられるということ―――。 さすがの紅蓮もこれには声を押し殺すことができなかった。 じわじわと、その赤の広がりが大きくなっていく。 それは大輪の花の開花にも似た光景であった。 「「騰蛇っ!!」」 このままでは不味いと、勾陳達は助けに入るべく煌と紅蓮のもとに駆け寄る。しかし――― 「っ!結界?!」 後数歩というところでバチリと体を弾かれた。 煌が予め自分の周りに結界を張り巡らせていたのだ。 無論、十二神将の二番手と四番手である彼らを前にしては足止めにもならないものであるが、ほんの僅かばかりの時間が稼げればいいのだ。 そのほんの僅かな時間で煌は今度こそ眼下にいる神将に止めを刺すことができる。 立ち上る霊力が紅蓮の四肢を拘束する。 ズシュ・・・・・。と、刃を肩から乱雑な動作で引き抜く。 それと共に赤の飛沫が飛び散った。 栓の役目も果たしていた剣を抜き去られることによって、今までよりも遥かに大量の血が肩を流れ落ちる。 浅く忙しない呼吸を繰り返す紅蓮を煌は冷ややかに見下ろし、実に隙の無い動作で再び剣を構えた。 赤い液体で濡れそぼった剣は、正に妖剣と呼ばれるに相応しいだろう。 剣先から赤の雫が滴り落ちる。 「今度こそ・・・・・・・・」 煌は無意識にそう言葉を漏らした。 必要が無いくらい剣を握る手に力が入る。 狙いをぴたりと急所に定める。 一突き。 それでこの神将の生は終わる。 煌が剣を大きく振りかぶったのと勾陳達が結界を破ったのは同時。 そして煌が剣を振り下ろそうとしたのとその目の前を銀色の影が遮ったのも同時であった。 「なっ・・・・・」 息を呑んだのは誰であったか。もしかしたら全員だったのかもしれない。 剣先と紅蓮の間を遮るもの。 それは鉾の長い柄の部分であった。 予想だにしなかった展開に思わず動きを止めてしまった煌に、鋼の輝きが迫った。 「!っ!!?」 煌は反射的にそこから飛び退く。 が、そんなことなどさして気にも留めずに第二刃が追撃してくる。 煌はそれを不知火で真っ向から受け止めた。 煌の視界に自分と同色の―――それでいて自分よりも冷然とした色味の銀色がちらついた。 「っ、貴様、は・・・・・・宮毘羅(くびら)!!」 血溜りから必死に身を起こした紅蓮は、その銀色の持ち主を見て低く呻くような声で名を呼んだ。 紅蓮が声を上げるのと、交わった刃が一旦離れるのはほぼ同時であった。 宮毘羅はちらりと紅蓮を一瞥しただけで、その蒼眼を再び対峙する子どもへと向けた。 「・・・・・・・・誰?」 「十二夜叉大将・宮毘羅という」 「ご丁寧にどうも。名乗られたら名乗り返すのが礼儀ってね・・・・・俺の名前は煌。九尾の配下が一人だ」 律儀に名を告げる宮毘羅に、これまた律儀に煌は名乗り返した。 互いに隙無く構え合ったまま、しばらくの間沈黙が流れる。が、それも煌が再び地を蹴ったことで破られる。 キィンと硬質的な音と共に刃が交わる。 それを合図に煌と宮毘羅の斬り結び合いが始まった。 交わり、弾き、時折相手の刃を受け流す。 互いに相手が次に起こすであろう行動を予測し、己の足元を掬われないよう注意を払いながら休む間もなく刃を振り合う。 そんな風に二人が対峙している間に、紅蓮へと勾陳と六合が駆け寄る。 「大丈夫か、騰蛇?」 「あ、あぁ・・・・。直ぐに、とは言えないが時間が経てば癒える、っ!」 「動くな馬鹿者。癒える傷とはいえ刃が貫通したんだ、出血も多いみたいだな。その状態でよもや動き回ろうなどとは言わないな?」 「傷口も完全に塞がってはいない、今動かすには無理があるだろう」 「勾、六合・・・・・」 揃って厳しい表情を向けてくる同胞に、紅蓮はやや気まずそうな顔をする。 よもやも何も動き回ろうと思ってました。 できることなら戦闘は避けたい。けれど昌浩を取り返すためには戦闘を避けることはできない。 昌浩と煌は別個の存在であると踏ん切りをつけることはできたが、やはりそれでも昌浩に帰ってきてほしいものは帰ってきてほしいのだ。 傷つけることは論外。それは掟がどうということではなくて、それが大事な昌浩であることに変わりないからだ。 今はどういう状況になっているのか、相手の内情など知ることはできないので紅蓮には知りようもない。 だが何もしなければ決して昌浩は自分達の下へ戻ってきてはくれないのだ。 故に何かをせずにはいられない。その何かが会話であるか戦闘であるか、それだけのことに過ぎないのだ。 歯噛みする紅蓮と、彼の身を心配する勾陳達のもとに一人の人物が近づいてきた。 赤茶色の髪の毛を腰の辺りくらいまで伸ばし、新緑色の瞳をした人物―――そう、十二夜叉大将の因達羅(いんだら)である。 「大丈夫でしたか?危ない様子でしたので咄嗟に武器を投じましたが・・・・・」 因達羅はそう言って紅蓮の直ぐそばに突き刺さっていた鉾を手に取った。 そう、寸でのところで妨害に入ったこの鉾は、因達羅が咄嗟に投げた彼女の武器だったのだ。 「あぁ、大いに助かった。あのままではこの馬鹿の急所が串刺しにされるところだったからな」 「おい、勾!馬鹿とはなんだ馬鹿とはっ!」 「違ったか?昌浩を傷つけてしまうのではないかと危惧して動きを鈍らせてしまったことは仕方ないとしよう。だが、それで逆に殺されかけていれば話にならない。記憶がどうであれ、お前は昌浩にお前という存在を二度も殺させたいのか?あれに決して癒えないであろう心の傷を二重に負えと?」 「っ、それは・・・・・」 「流石にそこまでは考えていなかったようだな。だが肝に銘じておけ。傷つけられることはあっても、決して殺されはしないと。でなくば昌浩を取り戻したところで悲しみ、嘆かれることはあっても絶対に喜ばれることはない」 勾陳は指先でとんと紅蓮の胸を突くと、一切の反論は許さないと金眼を真っ直ぐに見据えた。 そんな勾陳の言い分に、六合も頷いて同意の意を示した。 「俺も勾陳の意見に賛成だ。犠牲の上の結果を、昌浩は決して喜びはしないだろう。それが騰蛇、お前であれば尚更にだ」 「・・・・・・・・」 「・・・・と、説教はここまでにしておくか。それで因達羅、今日はお前とあやつだけか?」 視線を一瞬戦う宮毘羅と投げやりつつ、勾陳は傍にいた因達羅へと問い掛けた。 その問いかけに因達羅は頷いて返した。 「はい、今日は私と宮毘羅の二人になります」 「他の者達は一体何をしている?ここ最近は姿も見せず、毎日行動を共にしているがその人数も少数だ」 ここ最近―――といえど十日ほど前からか、急に十二夜叉大将達の動きが変化したのだ。 それまで四人から六人ほど行動を共にしていた夜叉大将達が数を減らし、二人ないし三人ほどの人数しか共に行動をしなくなった。しかもその共にいる者達の面子もその日によって異なる。 これで何かが無いと言えば嘘になるだろう。 探るような視線を向けてくる勾陳に、因達羅は慎重に言葉を選んで返答を返した。 「・・・・・・探し物をしているのです。これから必要とされるであろう物を」 「探し物?それは何だ?」 紅蓮がすかさず疑問を口にする。 しかし因達羅はそれに言い辛そうに口篭る。 「そこまでは・・・・・・。ですがこれだけは言えます。その探し物はとても稀少です。それが存在する場所も見つけるまでに苦労が要ります」 「ほぅ?十二夜叉大将達はそれを総出で探していると?」 「はい、その通りです」 小さなしこりが残るような返答であったが、紅蓮達は取り敢えずそれで納得しておくことにした。 「まぁ、その話はここで切っておくとして。今はあいつらだな」 そう言葉にした勾陳は視線をいまだに戦い続けている煌達へと向けた。 交わっては離れ、交わっては離れを繰り返す煌と宮毘羅。 互いの獲物が似通っているというのもあってか、結構な間戦闘が続いている。 戦闘に介入しようと思っても、その素早い動きや溢れんばかりに発せられている気迫に容易に手を出すことができない。 取り敢えず様子を見ましょうか?という因達羅の提案のもと、一同は静観を決め込むこととなった。もちろん、何かがあれば直ぐにでも飛び出せるように警戒しながら。 が、それも要らぬ杞憂に終わった。 「や〜めたっ!今日はこのへんで止めさせてもらうよ」 という言葉によって。 急に構えを解いた煌に、宮毘羅は訝しげな表情を作った。 「・・・・・・どういった了見だ」 「別に。今回はそこの神将達を殺しに来たんじゃなくて、ただの腕慣らしに来ただけだし・・・・・・。まぁ、ついでに殺せたら運がついてるなぁと思わなくもなかったけどね」 これ以上戦闘を続けたら、折角回復した体力も直ぐになくなっちゃうよ。 煌はそう言って肩を軽く竦めると、大きく後ろに飛び退いた。 煌の着地地点に素早く吉量(きちりょう)が駆け込み、そのまま紅蓮達のもとから駆け去っていく。 「なっ!待て煌っ!!」 肩の傷に響くことも構わずに、紅蓮は大声で叫んだ。 「そんなに慌てないでよ!これで最後ってわけじゃないんだから〜!!」 煌はそう言い残すと、あっという間に闇の中に溶け込んでいった。 紅蓮達はしばらくの間煌が消え去った闇を呆然と眺めていたが、誰ともなしに疲れたような息を吐いた。 「・・・・・一体何がしたかったんだ?」 「本人も言っていただろうが、腕慣らしだと」 「俺はそれで殺されかけたのに、か?」 「そんなこと、腕慣らしで殺されかけるお前が悪いに決まっているだろう?」 「・・・・・・・・・」 昌浩、今お前に無性に会いたくなったぞ。 冷ややかに、それでいてばっさりと勾陳に言って切り捨てられた紅蓮は、視線を遠く彼方へと飛ばした。 が、そんな哀愁に浸っている状況もなんのその。勾陳はぽんと紅蓮の肩に手を置くと、にっこりと実ににっっこりと笑った。それはもう、滅多に見られないくらいに美しい笑みを。 「さて。さくさくと邸に帰ってさっきの煌との会話についてじっくりと詳しく、懇切丁寧に話して貰おうか。騰蛇?」 「え?あ、こ、勾?!」 「黙れ。肝心なことかもしれない話でも、そうでないかもしれない話でも、一人で昇華しようとする愚かしいまでの独立心を叩き直してやる」 勾陳はそう言い切ると紅蓮を引き摺って安部邸へと向けて歩き出した。 「お、おい!勾?!というか独立心は言葉としては良い意味ではないのかっ?!!」 「馬鹿者。独立心の前に『愚かしいまでに』という言葉がついているだろうが。褒めてなどいない」 「・・・・・・・・・」 「やっと大人しくなったか。六合、因達羅、宮毘羅。さっさと邸に戻ってこの馬鹿から話を聞きだすぞ」 「「「・・・・・・・・・・・」」」 脱力した紅蓮をずるずると引き摺りながら勇ましく先頭を歩く勾陳を、三人は複雑な心境で眺めるのであった。 十二神将・勾陳。 彼女だけは決して怒らせてはいけないと念頭に置きながら――――――――。 ![]() ![]() ※言い訳 前半はめちゃくちゃシリアスなのになぁ・・・・という呟きが思わず漏れてしまいました。後半、えっらいギャグでしたね。 今回は紅蓮が勾陳に沢山馬鹿呼ばわりされました。まぁ、それだけ勾陳は頭にきてたと。(そりゃあ殺されかけてればね・・・)もちろん六合も怒ってましたよ?ただ、怒り爆発な勾陳の前では霞んでしまっただけで・・・。 そしてそんな勾陳にきつくお叱りを受けた紅蓮は親馬鹿もとい昌浩馬鹿症候群(なんじゃそりゃ)を発症。まぁ、私としては勾陳 感想などお聞かせください→掲示板 2007/1/27 |