逸れた切っ先。









己の意志に反する身体。









何故、そこまでして逆らう?









そんなに大切か。









過去しか見ようとしないあいつらが――――――――。

















沈滞の消光を呼び覚ませ〜伍拾参〜


















都から大分遠ざかった森の中、そこまで来て漸く煌(こう)は吉量(きちりょう)の背から降りた。

煌はどこか覚束ない足取りで近くにあった木に歩み寄ると、徐に腕を持ち上げ拳を象ったその手を勢いよく叩きつけた。



ダンッッ!!



耳に痛々しい音が周囲に響き渡る。


「・・・・・・どうしてっ、殺せなかった?!」


吐き出すように、声を絞り出すかのように煌は低く呻くような声を出した。


「殺せた、はずなのにっ!!!」


ダンッ!

今一度ありったけの力を込めて拳を木の幹に叩き込む。
それでも気が済まないのか、拳は小刻みに震えていた。


あの時、十二神将の内の一人に刃を振り下ろした時、煌は確実にやれると思った。
途中神将が抵抗したが、それだって刃の切っ先を急所から外すには足りなかった。

が、剣は狙ったはずの心の臓にではなく、肩に突き立てられた。

確実に息の根を止められる場所ではなく、いくら深い傷を負おうとも致死には至らないであろう場所に。


急所を外したことに一番驚いたのが、急所を外した当人の煌。
咄嗟に「避けたか・・・・」と相手の所為にしたが、そうではないことを己自身が一番良く理解していた。

無理矢理に、しかし僅かに逸らされた剣の軌道。
それは煌の意思によるものではない。ならば考えられることは一つ―――――


「お前かっ!『昌浩』!!」


現在よりも幾分か幼い自分の姿が脳裏に浮かんだ。

剣を振り下ろす寸前、確かにやめてと叫ぶ声が聞こえた。
それが原因。


「まだ、完全に体の主導権を奪いきれていないのか・・・・・・・・いや、火事場の馬鹿力っていうやつか?どちらにしろ厄介極まりない」


止めを刺すという肝心なときに邪魔をされるのであれば、どちらにしたっていい迷惑だ。
奴らを屠れなければ意味が無いのだ。
それが九尾の望んでいることで、自分がこの煩わしさから開放される方法なのだから。


「意志を強く持て!あいつに付け入らせる隙なんか作られないほどに!!」


煌は強く己を叱咤する。






あいつは嫌い。

でも、不快じゃない。

どうして道を違えようとする。

わかっている。それは大事にするものが違うから。

元は一つだったとはいえ、今は異なる存在。

でも、根底は似通っている。

どうして認められようか。

認めたら何かが変わってしまう。




「もっと・・・・・・・」


もっと強くなりたい。
己という存在に負けない、そんな強さがほしい。
痛む心を捻じ伏せてまで行動を起こせる、そんな強さがほしい。


俯く煌に、吉量は静かに近づいた。
打ち付けられたままの拳に、そっと鼻面を寄せる。

煌はそれにはっとなって拳を幹から離した。
拳を幹から離す際に木屑がパラパラと下に零れ落ちる。
手加減など一切考えられずに叩きつけられた拳は赤く腫れていた。

吉量はその腫れた拳を心配そうに見つめる。
大丈夫か?と、その金色の瞳は問うていた。


「吉量・・・・・・」


うん、大丈夫だよ。と笑えたらいいのに・・・・・・・・。
笑みを作ろうとして、しかし口の端が微かに歪む程度しか動かせない煌は何も言えずに黙した。

吉量はそんな煌を困ったように見たが、次いで慰めるように煌の顔に頬を寄せた。
煌はそんな吉量の行動に顔を微かに歪めた後、緩慢な動作で吉量の首筋に腕を回した。


「ちょっとだけ・・・・・・・ちょっとだけの間、このままでいて」


微かに漏れるように呟かれた言葉を、しかし吉量はきちんと聴き留めていた。

声での返事の代わりに、その鼻先を長く伸びた銀糸に埋めた。





翠の世界に、一時の静寂が流れた――――――――。







                        *    *    *







一方、安倍邸に帰還した紅蓮達はというと―――――――。


「さぁ、わかりやすく説明して貰おうか?騰蛇」


勾陳による紅蓮の取調べが行われていた。
勾陳の発する威圧にも似た空気に若干引け腰になりつつも、紅蓮は以前見た夢について詳しく説明した。

紅蓮の説明を黙って聞いていた勾陳ではあったが、夢の内容を話し終えると「はぁ〜」と呆れたように溜息を吐いた。

「なるほど、話はわかった。だが騰蛇、何故夢のことを話さなかった?確かに取るに足らない内容なのかもしれない。夢は夢であることが多い。だがそれほど意味がありそうな夢を夢で終わらすな。我々は少しでも情報が欲しいことをお前はわかっていただろう?」

「・・・・俺だって話そうかどうか迷ったんだが、夢なのかそうでないのか結局のところ判断をつけられなかったから話さず仕舞いになってしまったというわけだ」

「馬鹿者。そういう時こそ一人で抱え込まずに晴明あたりに相談すべきだろう」

「勾・・・。今日はやたらと俺のことを馬鹿扱いする日だな」

「自業自得だ」


じと目で見てくる紅蓮を、勾陳は一蹴する。

それまでの二人会話をどこか唖然とした様子で見ていた六合・因達羅(いんだら)・宮毘羅(くびら)だが、ここで漸く気を取り直して会話に割り入った。


「勾陳、取り敢えず騰蛇いびりはそのくらいにしておけ」

「そ、そうですよ。今は夢の内容について深く話し合うべきです」

「そうだな。それが一番合理的だと私も思う」


紅蓮の見た夢の内容。昌浩と煌が別々にいた。
この夢を所詮は夢だと切り捨てるならそれまで。
これが事実であると真面目に受け取るのなら、どうして二人が別個に存在したのか、そこのところについて追求していった方がよいのだろう。


「そうだな、確かにその通りだな。まぁ、これ以上突っつくのも酷か」

「待て、夢の内容について話し合うのはいい。だが俺はこいつが話し合いに参加することに納得できないぞ」


紅蓮はそう言うと宮毘羅に向けてちらりと視線を投げ遣る。
そんな紅蓮の言葉に宮毘羅はぴくりと眉を動かし、すっと目を眇めた。


「・・・・・・・どういうことか伺おうか?」

「別に。ただ俺がお前のことをいまだに信用できないと思っているだけだ」

「騰蛇・・・」


斜に構えて不機嫌そうにそう言う紅蓮に、六合は短く諌めの声を掛ける。
が、紅蓮はそんなことなど気にせずに、宮毘羅へ真っ直ぐと視線を向けた。


「あの時、九尾に昌浩が攫われてうやむやになっているが、そもそもの発端はお前が昌浩を連れ去ったところにある。聞いたところお前の主である薬師如来を取り戻す手助けを九尾のやつに頼んだそうだな?確かにお前の主は今は自由の身だ。それ故にお前が九尾のやつに加担する必要性が無くなったのもわかる。だが九尾との間に交わした条件がそれだけだとどうして言い切れる?生憎俺はそこまでお前の言を信じてやる義理は無いからな」

「そんな!宮毘羅は―――――」

「因達羅、私は構わない。・・・・確かに私は瑠璃様を助けたいがために条件を以ってして九尾から助力を得た。だが誓って言おう、私はやつに助力を得た時点ではやつが九尾であったとは知らなかった。またやつの目的が子どもを連れ去ることにあったことも同じだ。あの子どもに害が及ぶことを決して私は望まなかった。それだけははっきりと言える」

「へぇ?それでは何か、お前は素性も何も知らないやつに助けを求めたと?」

「その通りだ。言い訳などしない。あの時私にはそれしか術がなかった・・・・・」


金眼と蒼眼が真っ向からぶつかり合う。
相手の意図するところを見極めるために。相手に自分の言葉に嘘偽り無いことを伝えるために。

しばらくの間、二人はただ無言で相手の瞳を見返した。
交じり合ったまま固定されていた視線は、紅蓮が浅い吐息を吐いて目を瞑ったことによって断ち切れた。


「いいだろう。お前の言葉を信じよう。だが覚えておけ、俺はお前のことを信用しても信頼することはないだろう。まぁ、それは他の十二夜叉大将にも言えることだ」

「わかっている。信頼されずとも信用があれば十分だ。私もそれ以上の気持ちなど望みはしない。だが他の者達について判断を下すのは猶予をやって欲しい。元々は私の独断から始まったことだ」

「何を言い出すんですか宮毘羅!それは私達も同意の上で行ったことです。貴方一人が負う責ではないです!!」

「・・・・・・俺は偉い物言いをできる立場ではない。よって俺はそのことについては関知しない。信頼を得たいのならばそれ相応の行動をすればいいさ。
・・・・・・もちろんお前もな


最後の方だけぼそりと、宮毘羅に聞こえるかどうかくらいの声量で呟いた。
もちろん、その声はしっかりと宮毘羅の耳に届いたが・・・・・。


「はぁ・・・・。話はそれくらいでいいか?そろそろ本題に戻すぞ」


素直でない紅蓮の態度に勾陳は呆れたように溜息を吐きつつ、話を元に戻すことにした。



「まず、一番の着眼点は昌浩と煌が別々に存在していることだが―――――――」





色々波風は立つが、これで案外良い関係だと言えるのかもしれない・・・・・・。多分。







                        *    *    *







一面黒の世界。

目を閉じていた九尾の耳に、ばさりと翼の羽ばたきの音が耳に入ってきた。


「主・・・・・・・」

「ルイか。して、あちらの動きはどうであった?」


ルイ―――そのかたちは鵲(かささぎ)のようで、赤黒くて二つの首、四本足。


「はい。主が仰っていた通り、十二夜叉大将の者達は何か探し物をしているようです。私の力不足の故に残念ながら何を探しているかまでは掴めませんでした。申し訳ありません」

「よい。やつらが何かこそこそと動いていたから気になっただけであるからな、それさえ知ることができれば十分と言えよう。だが何を探しているのか気になるな、引き続き探りを入れろ」

「はっ、御意に」


ルイは九尾に一礼すると再び虚空へと翼を広げた。
十二夜叉大将に更なる探りを入れるために―――――。

遠ざかっていく配下の姿を眺めながら、九尾はその口元にさも愉快といわんばかりに笑みを浮かべた。






「さて、そろそろ戯れは止めるとしようか・・・・・・・・・」






なかなかの暇つぶしではあったがな。















そして彼の大妖は微睡みから現へと意識を引き戻す――――――――。



















                        

※言い訳
あ〜、なんかもう吉量って馬?妖の特徴(人語喋ったり、圧倒的強さを誇る戦闘能力とか、残酷さ・冷酷さとか・・・・)なんて無いに等しいしさ・・・・。や、煌の心の友(いつからそうなった?!)として登場させたから妖らしくない妖だけど・・・・・うん、私の自己満足の産物だし、仕方ないといえばそうか。
そして紅蓮と宮毘羅の正面対決!っていっても、二人の仲の悪さとかあまり書けなかったです。というか今回の話の紅蓮って・・・・・ツンデレ?いや、ツンだけか。別にデレデレはしてないし・・・・・・。あ、それよか青龍の方がツンデレの称号は似合うか!(あんまり嬉しくない称号・・・・)あ〜、話が段々と関係の無い方向に;;あっ!説明し忘れた。最後の方に出てきた九尾の配下、ルイ。こいつは序章にて九尾と会話をしていた妖です。主に諜報担当。
あと、文章中反転すると文字が出てくる場所があります。以上。

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2007/2/10