いやなのだ。









再び独りになるのは。









いやなのだ。









伸ばした指先が届くことの無い場所に立ち竦むのは。









温もりが離れていくのを感じるのは、もういやなんだ・・・・・・・・・・・。





















沈滞の消光を呼び覚ませ




















凪いでいた空間に、微かに空気が流れ動く。


「久方ぶりの戦闘はどうであった?」


振り返ることもせずに、九尾は背後にいる煌(こう)へと声をかけた。
煌はゆったりとした歩みで九尾のもとへと近づいていき、ポスリとその背に抱きついた。


「うーん。ちょっと鈍ってたみたいだけど、今やってきた戦闘で大体鈍りは解消できたよ」

「そうか。で、この手はどうしたのだ?」


何気ない動作で、九尾は傷に障らないようにして煌の手を取る。
手を取られた煌はというと、ばつが悪そうに顔を僅かに顰めた。


「これは・・・・・ちょっとぶつけただけだよ・・・・・」

「ほぅ?ちょっとぶつけただけでこれほど赤く腫れるのか?」

「それは・・・・・・・」


まぁ、確かちょっとばかしぶつけただけではこれほど赤くは腫れなどしないが・・・・・・・・だからといって憤りに任せて拳を振るったとも言えはしない。

どう説明したものかと思考を慌しく廻らせる煌であったが、とっさに上手い言い訳など思いつくはずが無い。
口篭り視線を彷徨わせる煌に、九尾は呆れたように溜め息を吐く。
直ぐに言葉が返ってこない時点で、何か隠し事をしようとしているのがばればれである。


「まぁ、いい。それよりも傷を診よう、そのまま手当てもせずに放置すれば後々辛くなるぞ」

「うん・・・・今でも十分に痛いや」

「そうであろう?こんなに赤々と腫らして・・・・・冷やしもせずに放っておけばそうなるのは自明の理であろう?」

「うっ・・・オッシャルトオリデス;;」


九尾は呆れの混じった微笑を口元に浮かべながら、煌の腫れた手をそっと優しく両手で包み込む。

ポゥッと淡い輝きが生まれ、九尾と煌の手を柔らかに照らす。

しばらくの間身動き一つせずに、二人は仄かに光る手元を見つめていた。
やがて輝きが衰え完全に消え失せると、九尾は包んでいた手をそっと放す。
すると先程まで痛々しいほどに赤く腫れ上がっていた煌の手が、随分とその赤みを失くしていた。


「は〜。いつ見ても不思議だよな・・・・・一体どういう仕組みで治せるの?」

「気を注いで本人の持っている自己治癒能力を活性化させただけだ、実質はお前が自力で治したと言って相違ないぞ?」

「そう言われても・・・・・・俺自身の意思で治せるわけでもないんだし、久嶺(くりょう)がこうして”手当て”してくれるおかげだからね。俺としては不思議の一言に尽きるよ」

「ふふっ!そうか?我ら妖は自分が負った傷は自身の力で癒すのが当然だからな。人には病や怪我を治すのが勤めの者がいるのであったな?己が負った怪我も他の者が手当てしてくれるという観念があるから、その意識が低いのかもしれないな」

「なるほどね。自分一人の力で治してるっていう意識は確かに薄いかもね・・・・・」


病気をすれば薬師を呼ぶか、家にいる者が看病してくれる。
誰にも頼ることなく、また調合された薬を飲むことなく己の治癒力のみで病気を治すということなどほとんど無いだろう。

納得したように頷く煌を見て、九尾は疑問が解決したか?と楽しげに目を細めて目の前にいる子どもへと微笑む。


「さて、疑問も解決したところで話を変えよう。・・・・・・・・・・・・数日中に動こうかと思う」

「そっか・・・・・・。俺達があいつらを狩るか、俺達があいつらに狩られるか・・・・・・」

「そうだな。それか・・・・・・・」


お前を奪い返されるか、だな。

確立としては、奴らが起こすであろう行動はこれが一番確立が高いだろう。
ただし、奴らがその目的を達成するためには一番の障害になるであろうこの自分を倒すことが必須条件となるが。
だが、そんなことなど万に一つもない。
太古より生ける大妖・九尾が脆弱な人間如きに遅れを取ることなどありはしないのだ。

言葉を途中で途絶えさせた九尾を、煌は訝しそうに見る。


「それか?」

「いや、何でもない。そうだ、煌。そろそろ完全に我と共に生きる道を歩むことを選ばぬか?」

「・・・・・・どういうこと?選ぶも何も、俺は最初から久嶺とずっと生きていくつもりなんだけど?」

「確かに。だが、このままでは志があろうともお前は我と生を共に送ることができない」

「えっ・・・・・?」


どういうことだ、自分はこの目の前の銀色の妖と生きていくことができないと?

そう思った途端、煌は親に置いてけぼりをされた子どものようなとても頼りない気分になった。





いやだ。

また置いていかれる・・・・・・・。

独りぼっちになる・・・・・・・・・。


そんなの、





「いやだ!!!!どうして?どうしてそんなことを言うの、久嶺?!俺、何か久嶺に嫌われるようなことした?あいつらを殺せなかったのがいけなかった??」

「落ち着け。何か勘違いをしておるようじゃな・・・・・・・・我はお前を捨てるようなことなどしないさ。ただ、我と共に悠久の時を送るには、お前の身体がまだ不完全なのだよ」

「ふ・・・・かんぜん?」

「左様。お前の身体は今人と妖の狭間にある。お前は人であると同時に妖でもある。それがお前の今の状態だ」

「うん・・・・・・・」


幼子に言い聞かせるかのように、九尾は穏やかな口調で煌に放す。
煌もその口調に惹かれるかのように、荒波だった気持ちを落ち着かせる。


「我ら妖は一定の成長を過ぎればあとはその姿を衰えさせることは無い。だがお前の身体は未だに成長を続けている。何故かわかるか?お前は我が与えた妖力を使用することで妖化する。が、それはお前の中の妖としての力が完全に覚醒しているわけではなく、刹那的に表層に浮かび上がったにしか過ぎない」

「・・・・・つまり、俺は久嶺から貰った力を完全に使えてないってこと?」

「違う。まだ完全に目覚めてないだけだ。我と交わした眷属の契りによってお前に与えられた妖としての力は、お前自身の奥底に秘められたままなだけのことだ。その力を覚醒させれば、お前はこれからずっと我と共に生きていくことが出来る」

「ほんと?」

「あぁ、本当だ。ただし、覚醒させるにもそれなりに条件があるがな」

「条件?それは・・・・・」


何?と聞こうとしたが、九尾の指が煌の唇を押さえた。


「その話はまた今度にしよう。この騒ぎが終わった後にでも・・・・・・・・・」

「そっか、そうだよね。こんな忙しない時にする話じゃないね。ごめん・・・・・・」

「いや、我の方こそ話を早急にしすぎた。すまぬな」

「ううん。久嶺の傍を離れなくてすむっていうことがわかれば、俺はそれでいいよ」


そう、この気高い銀色の妖の傍にいることができる。
それさえわかれば、煌にとって憂うことは何も無いのだ。


「そうか・・・・。では、もう休みなさい。数日中には奴らと正面きってぶつかるのだからな」

「わかったよ。この手もさっさと治した方がいいんだよね?」

「そういうことだ」


拗ねたように口先を尖らせる煌の髪を、九尾はくしゃりとかき混ぜる。
煌はその仕草に気持ち良さそうに目を細める。







この掌に伝わってくる温もりは、永久(とわ)に自分の傍にいることだろう。


己を求めて止まぬように、


己しか頼れる者がいないように、


そう、意図的に自分が子どもに仕組んだのだから・・・・・・・・・・。
















子を求めて止まぬ者達よ、果たして我から子の子どもを奪い返せるかな――――――――?



















                        

※言い訳
一ヶ月以上も更新が止まっていました。お話の続きを楽しみにしてくださっていた方には本当に申し訳なかったです;;
今回のお話がかなり難産でした。スランプなのか・・・・・・打つ手が全く進みませんでした。集中力も散り散りに書いたので、文章としても可笑しな点があるかもしれません。もう、本当にすみません。
色々と突っ込みたいところもあるでしょうが、それはいつもの如く掲示板にて突っ込んでください。答えられるものならば誠意答えさせて頂きます。

感想などお聞かせください→掲示板

2007/3/31