さぁ、宴の始まりだ。









賭けるは己が命。









求めるは代えのきかぬ存在。









勝敗を決めるは、求められること。









渡しはしないさ、唯一無二の光を―――――――――。


















沈滞の消光を呼び覚ませ伍拾伍




















「やぁ、また会ったね」


そう言って彰子の目の前に立っていたのは、いつか市で出会った昌浩によく似た少年であった。


「貴方はこの間の・・・・・・・」

「あ、覚えててくれたんだ?」

「えぇ、だって―――」


捜し求めている人と、とても似通っていたから・・・・・。

その台詞は声に出さずに心の内に留めておく。
相手に聞かせても気分を悪くさせるだけだろう。

「だって?」

「いいえ、何でもないわ」


ん?と小首を傾げてくる少年に、彰子は緩く首を振って返した。

目の前にいる少年は、やはり昌浩ととてもよく似ている。
髪や眼の色は異なるが、それを除けばその容姿は昌浩そのものと言っていい。彼の仕草の所々も昌浩を思わせるものがある。

彰子は彼と初めて会った時に直感とも言える感覚で思ったのだ。
彼は『昌浩』だと・・・・・・。

だが、次の瞬間にはその確信にも似た思いも霧散する。
その眼を見たがために・・・・・・。
眼の輝きが違うのだ。昌浩と彼のものでは、質が違いすぎた。
昌浩を太陽と評するのなら、彼は正しく月と評されるだろう。
彼のどこか冷然とした瞳が、そう思わせた。

一体どちらの感覚を信じればいいのだろう。
理性は彼らが別人であると告げている。しかし本能は彼らが同一人物なのだと訴えかけているのだ。

矛盾した考え。

けれどその考えが正しいのだと、頭の片隅で思った。


「ところで、こんな所にどうしているの?もしかしてこの邸に用でもあるの?」


この邸―――安倍邸に彰子は視線を向ける。
門はもう少し離れた所にあるが、それでも邸の前だと十分にいえる位置だろう。

自分が市から戻ってきた時には、少年はすでにこの場に立っていた。
特に用がないのならそのまま歩き去っているだろう。
歩き去らずにこの場に止まっている。つまりそれは少年がこの邸に用があり、かつ入りづらくてずっと邸の外に立っていたのではないかと彰子は考えたのだ。

けれど少年―――煌(こう)は首を横に振った。


「いや、用事なんてないよ」

「?それじゃあ、何でこんな所に立っていたの?」

「あぁ。うん、俺が用があるのは君だよ」

「え?私??」

「そう」


彰子は思ってもいなかった答えに、眼をぱちくりと瞬かせる。
煌はそんな彰子を見て口元に笑みを浮かべた。


「えっと・・・・それで、私に用ってなに?」

「別に手間は取らせないよ。いや寧ろ、手間を取るのは俺の方かもね」

「・・・・・?」


煌はにっこりと笑みを浮かべたままゆっくりとした足取りで彰子へと近づいていく。
そんな煌を見て、彰子は無意識の内で一歩後ろへと後退していた。
そしてそのわけは直ぐにわかった。

近づいてくる煌の顔。
弧を描いている口元に反し、その瞳は凍てついた冷たい輝きを放っていた。


「あっ・・・・・・」

「ふふっ!無駄だよ、君は逃げることは敵わない。この周囲に狭い範囲で結界を張ったからね・・・・・・・広さを削減した分、その効力は普通の結界を遥かに凌ぐ」

「結界・・・・・?」

「そう、すぐ傍にいるはずの安倍晴明もすぐには気がつけない程度には強いと思うよ?まぁ、ばれるのは時間の問題だけどね!・・・・・でも、君一人くらい攫うための時間には十分なくらいだよ」


そう言葉を交わす間も、二人の距離は縮まっていく。
後一歩で手が届くというところまで来て、煌は瞬発的に後ろへと飛び退いた。

次の瞬間、煌がたった今までいた場所を銀閃が薙いだ。


「あっぶな〜。で?そこにいるのは誰?」


軽い調子でぼやきつつ、煌は彰子を―――厳密に言えば彰子より少し手前の空間を睨み付けた。

それが合図かのように、彰子の前方の空間が歪む。
それと共に眼にも鮮やかな彩が何もない空間から現れた。

燃え上がる炎ような朱色の髪にくすんだ金色の眼をした青年と、天より降り注ぐ光のような金色の髪に空色の瞳をした少女がそこには立っていた。


「この気配は・・・・・・もしかしなくても神将?」

「如何にも。彰子姫の護衛を言い付かっている者だ」

「そっかぁ。女の子を一人で買い物させるわけがないか。隠形してたんだね?気がつけなかったよ。迂闊だったな〜」


気がつけなかったという割りに、煌は驚きも焦りの表情も浮かべてはいない。
そんな煌の様子を見て、朱雀も天一も警戒を緩めない。


「・・・・・・・昌浩様、なのですか?」

「・・・・はぁ、またそれ?いい加減この問答には嫌気が差してきたよ。違う、俺は煌だ。あんた達の言う昌浩じゃない」

「嘘を吐くな。その容姿、その声、多少の違いはあっても俺たちの知る昌浩のものだ」

「天一?朱雀?彼が昌浩って・・・・・・・」


互いに鋭い視線を交し合う中、一人だけ話しについていけない彰子は、困惑したように二人の神将に問う。
問うような眼差しを向けてくる彰子に、朱雀と天一は頷いて返事を返した。


「姫の予想どおりだ。受ける印象に違いはあるが、あれは紛れもなく昌浩本人だ。晴明からもそう報告は受けている」

「先に会っている騰蛇達も、間違いないと言っておりました」

「そうなの?私は何も聞いていないのだけれど・・・・・・」

「晴明のやつが確信を得るまでは伏せておいた方がいいと言ったんだ。姫にいらぬ心配を掛けさせないためにも、な」

「申し訳ありません、彰子様。彰子様がどれだけ昌浩様のことを心配しているのかを知っていて、それでも尚このことを話さずにいました・・・・・・」

「朱雀、天一・・・・・・・ううん、気にしないで。貴方達も晴明様も、私のことを気遣ってこの話を内緒にしていたのでしょう?だったら責めることなんてできないわ」

「彰子様・・・・・・・」


苦笑じみた笑みを浮かべ、それでも気遣うように言葉を返す彰子に、天一はとても泣きたい気分になった。
昌浩が連れ去られた後、晴明や騰蛇と並んで彼の身を案じていたのはこの彰子である。
だというのに事実を何も告げず、意図したところではないが半ば蚊帳の外扱いにしてしまったことに、天一はとても後悔の念に襲われた。
そんな彼女の思いを察してか、朱雀は天一にそっと労わるような視線を向ける。


「ちょっと、下手な慰め合いは他所でやってくれない?」


しかし、そんな彼らの遣り取りを面白くないと感じている者がいた。
そう、対峙する煌その人である。


「こっちはいつ結界の存在がばれるのか冷や冷やしてるってのにさ・・・・・・もしかしてあれ?時間稼ぎのつもり?うわっ!最悪・・・・・・・」

「・・・・・・・お前にはそう見えるのか?」

「さぁね。俺は思ったことをそのまま口に出しただけだよ」


朱雀は眼を剣呑そうに細めて、せせら笑いを浮かべる煌を見据える。
当然だ。こちらとしては至って真面目な遣り取りを、煌は一笑に付したのだ。


「ははっ!怖い目つき。いい加減、俺の相手をするかしないか決めてほしいんだけどね。そんなに時間もないからね」

「そうかよ。安心しろ、俺がお前の首根っこ引っ掴んで晴明の所に連れてってやるよ」

「へぇ、なかなか言うじゃん。ま、実行できるかどうかは、やってみてからの・・・・ってやつだね」

「・・・・・・行くぞ」

「こっちもそれなりに本気で行かせて貰うよ?俺は彼女を連れて行かないといけないから、ねっ!」


言葉を言い切ると同時に、煌は片手を横薙いだ。
それを合図に無数の霊力の刃が朱雀達に襲い掛かる。
朱雀はそれを構えた太刀に力を込めて振りぬくことで消し去る。


「俺が殺されることがないのは前回までの戦いで経験済み。その条件であんたはどれくらいもつかな?」

「なめるなよっ!俺は神将だ、伊達に年食ってないぞ!!」

「なめてなんかいないよ。俺だっていつも真剣なんだ!じゃないと俺の居場所を守ることなんてできないからねっ!!」


いつのまにか取り出した不知火の妖剣を、煌は容赦なく朱雀へと振り下ろす。
朱雀はそれを己の太刀で受け止める。
剣が合わさった瞬間行き場を無くした力の波動が、衝撃波として周囲へと広がっていく。

天一は彰子を護るため、障壁を築いてその衝撃波を防ぐ。

そのことは朱雀にもわかっていたのか、背後を気にすることなく煌へと向かっていく。


「はぁっ!」

「くっ!馬鹿力だね」


朱雀と打ち合わせていた煌は、その剣圧に耐えかねて力を逃すために剣に込める力を緩める。
押し切られる力に逆らわずに、その力を利用して後ろへと大きく跳躍する。

そもそも剣の大きさが違いすぎる。
朱雀の太刀は大剣と呼ぶに相応しい大きさである。それに大して煌の剣は決して細いわけではないが、それでも朱雀のものと比べたら重量的にはずっと軽いだろう。
つまり、剣を交わらせるにあたっては、最初から結果が見えている。
ならば無理に鍔迫り合いには持ち込まずに、相手の剣を逃がしてその隙を突いて攻撃するしかない。


「くそっ!やっぱりこの剣の大きさの違いでは無理があるか・・・・・・・ならっ」

「なっ!うわっ!?」


煌きが一際大きく間合いを取った瞬間、朱雀の視界は蒼色に染め上げられた。


「あっ・・・・」


蒼炎の壁の向こう。そこにいる煌の姿を見て、彰子は思わず声を漏らした。

熱風に煽られ、奔放に踊る銀色の髪。
鋭い光を宿す蜜色の瞳。

半妖化した煌の姿が、そこにはあった。
彰子はその姿を見て、以前朱雀達が言っていた言葉を思い出す。



『彰子様、そのお方は銀髪に琥珀の瞳をした方でしたか?』



あの時の天一の言葉は、きっとこの姿のことを指していたのだろう。
納得すると同時に、その頃から・・・・という思いがないわけではなかった。

彰子の見つめる先にいる煌は、視線を朱雀に固定したまま外すことはなかった。


「つっ!・・・・いきなり火責めかよ」

「うわぁ。予想はしていたけど、本当にあんまり効いてないね」


僅かに眉を顰めながらも体勢を立て直す朱雀に、煌は驚いたように目を見開いた。


「そう易々と致命傷を負うわけにはいかないだろ」

「ま、それはそうだけどね・・・・・・・」

「まぁ、俺としては晴明が気づくまでもてばいいと思ってるがな。そうすれば他の神将の奴らも駆けつける。人数が増えればその分だけお前も大変になるだろ?」

「確かにね。でも忘れてない?俺がここにいる目的をさ」

「あ?あぁ、彰子姫を攫うのが目的なんだろ?」


何を言うのかと、朱雀は訝しげに煌を見遣った。
それに対し、煌はよくできましたと言わんばかりに、実に鮮やかな笑みをその顔に浮かべた。


「そう、俺の目的はその子を連れ去ること。この意味、本当にわかってる?」

「・・・・何が言いたい?」

「つ〜ま〜り〜、俺は俺の目的を遂行すればいいだけってのことなんだよね!!」


煌はそう言い切るや否や、物凄く俊敏な動作で朱雀へと肉迫した。
朱雀は煌の動作に大して、反射的ともいっていいくらいに咄嗟に太刀を構える。
が、煌はそれがどうしたと言わんばかりに笑みを浮かべると、朱雀に対し素早く捕縛の呪文を紡いだ。


「縛縛縛、不動縛!!」

「なっ?!」


強制的に身動きを縛られた朱雀の横を、煌はさながら風の如く走り抜ける。


「邪魔だよ!」

「させませんっ!!」


迫りくる白刃に対し、天一は強固な障壁を築いて耐え忍ぶ。
自分に相手に立ち向かう力は持ち合わせてはいない、だが代わりに護りたいものを護れる力がある。
天一は気丈にも顔を上げ、正面から煌を見据えた。

一方、煌はというと。天一が織り成した護りの壁を忌々しげに見つめていた。
そして諦めたように息を吐きだすと、剣先を障壁に定め、柄の位置を腹の横に添えた。

(本当はあんまり使いたくなかったんだけどね・・・・・・・)

あまり望ましくない手段をとることになり、煌は心中で苦い笑みを零した。


「・・・・・其は敵を排する蜂の如く―――蜂鋭尖突の舞!!」


瞬間、煌は脇に構えていた剣を正面―――障壁に向かって鋭く突き出した。
それと共に、妖剣から妖力の塊が放たれた。
放たれた力は障壁のある一点に集い、いとも容易く穿ち、破砕した。


「きゃああぁぁぁっ!」

「天一!!」

「あっ、と・・・・駄目だよ、君はこっち」

「お願い、離して!天一がっ・・・・・!」

「だから駄目だってば!う〜ん、仕方ないなぁ・・・・・しばらく眠ってて」

「え・・・・・・・」


腕の中でもがく彰子に困り果てた煌は、術で彰子を眠らせた。
途端、腕の中の抵抗が無くなる。


「さてと・・・・。目的も果たせたことだし、お暇させて貰うよ」

「待てっ!」

「そうだ、貴方達の主に伝えて。次の戦いで決着をつける、生を掛けて文字通り死合いをしようってね・・・・」


捕縛の術を破り、腕を伸ばしてくる朱雀を見ながら、煌はそう言い残すと彰子共々姿を掻き消した。
寸での差で、その場所を朱雀の手が空を切った。


「くそっ!」

「朱雀・・・・・ごめんなさい。彰子様を守り通すことができなかった・・・・・・」


朱雀は悔しそうに歯を噛み締める。
そんな朱雀に、天一は申し訳なさそうに肩を落として言葉を呟いた。


「天貴、それは俺も同じことだ。自分一人を責めるんじゃない」

「でも!」

「とにかく、今は晴明にこのことを報告するのが先だ。・・・・・・・・彰子姫を早く助け出してやろう」

「えぇ、そうね。貴方の言うとおりだわ、朱雀」

「・・・・いくぞ」

「はい・・・・・・」


結界は煌が姿を消したと同時に消え去っていた。












朱雀と天一は己の不甲斐なさに悔しさを感じながら、主へと報告するために急いで邸へと戻ったのであった――――――――。

















                        

※言い訳
やっと続きをUPすることができました。約三週間ぶりになります。
続きを楽しみにしてくださっている方には本当に申し訳ないです。
実は今後の展開について、かなり煮詰まっています。それはもうグツグツと・・・・・・・。
終わりは見えているのに、そこまでに続く道がすっぱりと途切れているとでもいいましょうか;;自分の思うままのお話の流れが組みあがらないので、正直かなり辟易しています。
朧月夜(略)と並行して、頑張って更新したいと思います。

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2007/4/22