ざわり・・・・・・。









木々達が葉をざわめかせ、主へと異分子の存在を知らせる。









藍色の双眸が、己が足元―――いや、下方を見下ろす。









視線は一点で止まる。









ゆらゆらと、そこは不自然なほどに歪みを見せていた―――――――――。


















沈滞の消光を呼び覚ませ伍拾碌


















「すまない、俺達が付いていながら・・・・・・・・」

「申し訳ありません、晴明様・・・・・・・」








煌(こう)に彰子を連れ去られてしまった後、急いで主の下へ参じた朱雀と天一は深々と頭を下げた。


「よいよい、頭を上げなさい。連れ去られてしまったものは仕方あるまい。それよりも、今しなくてはならないことはその彰子姫を救う手立てを考えることじゃて」

「それは、確かにそうだが・・・・・」


苦笑してそう言う晴明に、朱雀は戸惑い気味に言葉を詰まらせる。
彼の隣に座っている天一も、言葉こそ紡がないがその顔は曇っている。
この場に二人を責めるような者は誰一人とていないのだが、いくら慰めようとも彼らの表情が晴れることはなかった。

二人の意識を浮上させることを諦めた晴明は、話を進めることによって彼らの意識を引き付けることにした。


「仕方のない奴らじゃのぅ・・・・・・。話を進める。聞けば彰子様を連れ去ったのは煌だということじゃったな」

「はい。彰子様が邸へと戻られるところを待ち伏せしていたようです」

「その時何か言ってはおらんかったか?」

「はい、言伝を預かっております。『次の戦いで決着をつける、生を掛けて文字通り死合いをしよう』と・・・・・」

「そんなことを・・・・・・後は特に言ってはおらんかったのじゃな?」

「あぁ、それだけだ」


晴明の確認の言葉に、朱雀は頷いて返した。


「取り戻さなければならない者が二人になったか・・・・・・・・・」

「どっちみち変わりはないさ。九尾を倒さなければどちらとも確実に取り返すことはできないんだからな」

「あぁ、当初からの目的と大差はないはずだ」


同室内にて朱雀らの報告を聞いていた紅蓮達は、各々に思ったことを述べる。
そんな彼らの会話を、晴明は苦笑じみた笑いを浮かべながら聞いていた。

一旦会話の流れが途切れる。
が、さほど間を置かずして勾陳が再び口を開いた。


「・・・・・・それで?どうするのだ、晴明。姫が連れ去られた場所の特定をしなくては、助け出す以前の問題になるぞ?」

「ふむ・・・・勾陳の言うとおりじゃな。では式占盤で占じてみるとするかの・・・・・・しばし待っておれ」

「あぁ、了解した」


そうした後、晴明は式占盤を取り出すと占いを始めた。




神将達はそんな主の姿を、黙って見つめていた――――――――。







                         *    *    *







全くもって苛立たしい。


煌の思考は正にそれ一色であった。

不機嫌に眉を顰めながらも、ちらりと視線を斜め下へと動かす。
そこには目を閉じ、静かに呼吸を繰り返す少女の姿があった。

九尾の指示のもと、この彰子という名の少女をここまで連れてくることには特に問題はなかった。
少々暴れられた(と言っても本当にささいな抵抗)ので眠らせた。そのことによって少女を運ぶ際の動きも実に速やかに行われた。
運んできた少女をこの場に降ろすところまでは良かったのだが、それ以降が問題であった。


「・・・・・・・・うるさい」


脳内に響く、やや幼さを残した声。
その声が誰のものであるかなど、聞くまでもなかった。

昌浩。
この目の前の少女や、今まで散々対峙してきた神将達が求める存在。
そして今は煌という人格に体の主導権を奪われ、心の奥底で辛うじてその存在を保たさせている人格である。

この少女と対峙していた時はさほど何も言ってはこなかったのだが、少女を強制的に眠らせて連れ去ったあたりから騒ぎ始めたのだ。
別にそれは敢えて煌が耳を傾けなければ、はっきりとした言葉として届くことはない。けれども、言葉として届くことがないだけであって、単なる音としてはいくらでも届くのだ。

言葉でなくとも煩いものは煩い。

故に煌は先ほどから苛ついていたのであった。


「どうやら上手くいったようではあるが・・・・・・何か不機嫌そうだな?どうかしたのか?煌」

「久嶺(くりょう)・・・・・・。別に、あいつが騒いでるんだよ。今までこんなことなかったのに・・・・・・・」

「あれがか?・・・・・・・なるほど、この娘にまで手を出されて我慢がならなかったというところか?」

「そうだと思うよ?実際、騒ぎ始めたのはその子を連れ去ったところからだしさ」


煌は気だるげに視線を動かし、未だに眠っている彰子を見下ろす。
九尾もそれに合わせて視線を煌と同じ方向へと向けるが、ふっと一笑すると再び煌へと視線を戻した。


「今もまだ騒いでいるのか?」

「まぁ、大分静かにはなったけどね。それでもまだ何かいってるし・・・・・・・」

「そうか・・・・。では、我が少々宥めてこよう」

「は?何で久嶺が態々そんなことするの?放っておけばそのうち静かになると思うよ?」


何であいつを構うのかと、煌はやや拗ねたような口調で言葉を紡ぐ。
九尾はそんな煌の様子を見るも、くすりと笑みを浮かべると煌の頭へと手を置いた。


「別に構わぬ。それにあれに用事があったからな、丁度いいさ」

「・・・・・用事?」

「あぁ、この舞台も段々と終幕に向かっている。あれにも参加してもらわねば面白みがないだろう?」


九尾はそう言うと、口元になんとも鮮やかな笑みを浮かべた。


「参加って・・・・・どうやって?だって今のあいつは意識だけなんだよ?体は俺が使ってるし・・・・・・」

「なに、そこは我もちゃんと考えているさ。お前も、それなりに楽しめるのではないかな?」

「って、そう遠回しな言い方してるんだから、今はまだ話す気はないんだよね?」

「お前にもきちんと後で教える。さて、お前の中に潜るがいいか?」

「はーい。ちゃんと後で教えてよね?」


煌は諦めたように息を吐くと、その目を閉じた。


九尾はその閉じた目を掌で軽く覆うと、自分の目も静かにとじたのであった――――――――。







                        *    *    *







さて、場所は戻って安倍邸。

式占盤を厳しい視線で見つめていた晴明は、その視線をふっと和らげると長い吐息を吐き出した。


「どうだ?何かわかったか?」


頃合を見計らって、物の怪がそっと問いかけた。

その物の怪の問いに対し、晴明は静かに首を横に振って答えた。


「いや・・・・・・。霧が掛かったかのように占いの結果がきちんと見ることができん。辛うじて読み取れたのが木と光・・・・・・あとは水じゃな」

「それはっ!・・・・・・・・場所を絞り込むにはあまりにも大雑把過ぎるんじゃないか?」

「そうさのぅ。これだけでは到底見つけ出すことはできんな・・・・・・。困ったものじゃ」


ふぅ、と疲れたように息を吐く晴明。
思っていた以上に結果が悪かったことに、多少なりとも気落ちする。

さて、こうなったらどうしようかと再び思考を巡らせようとした時、晴明の背をぴりっとした緊張感が走り抜けた。


「ならば助けてやろうか?」


甚大にて清冽な気が安倍邸に突如として光臨した。


「「「「「「高淤加美神っ!?」」」」」」


その場にいた全員が驚きに目を瞠った。

そこには人型をとった貴船の祭神―――高淤加美神が立っていた。
高淤は玲瓏たる瞳を邸の主へと向ける。

藍色の瞳とかち合った瞬間、晴明は漸く我に返った。


「高淤加美神・・・・・・・」

「随分と切羽詰っているようだな。稀代の大陰陽師と呼ばれるお前にしては珍しいことだな・・・・・・・・」


高淤はそう言うと共に、すっと足を一歩踏み出した。
サワリ・・・と、高淤の動きに合わせて肌に焼け付くほどに清浄な空気が流れていく。


「高淤加美神、先ほどの助けるという言葉は・・・・・・?」

「そのままの意味さ。手がかりを全く掴むことができないお前達に朗報をしらせてやろうと思ってな。有難く思え」

「!今都に潜伏している九尾一行の潜伏場所を知っているのですか?!」

「あぁ。それを教えてやるために態々この高淤が足を運んでやったんだ、感謝してほしいな」


尊大な態度で、高淤は晴明ならびに十二神将達を見遣った。
その口元には薄く笑みが浮かべられている。


「それでっ!昌浩の居場所は?!」

「慌てるな。全く、せっかちな神将だ・・・・・・・・私はあれらの潜伏先は知らぬ」

「?どういう「話はきちんと最後まで聞くのが礼儀だぞ、神将。あまり不敬をおかして私の機嫌を損ねさせるな」


冴々と凍てついた瞳が、物の怪の瞳を射抜く。
物の怪はその冷然とした視線に、喉の奥を凍りつかせた。

漸く静かになった神将を見て、高淤は再び話を再開した。


「・・・・・私は確かに潜伏先は知らないが、それに続く入り口の場所は知っている」

「!それは真ですかな・・・・・・?」

「ここまで出向いて何故嘘を言わねばならぬ?・・・・・・・その入り口とは、貴船の麓近くに生えている一本の大木にある」

「貴船の・・・・・・・・」

「行けば直ぐに見つけられるだろう。ここのところ下の方を騒がしく思っていたところだ、私もかなり不快なのだよ。さっさと静めさせろ」


そう言う高淤は本当に不快なのか、軽く眉を寄せている。


「高淤加美神、どうしてそれを教えてくださろうと思ったのですか?」

「別に単なる暇つぶしさ。でも、あれがいないのもなかなか詰まらない。私は退屈なのだよ・・・・・・・・・・・」


高淤はそう言うと、くるりと体を反転して晴明達に背を向ける。


「用件はそれだけだ。では私はもう行く。流石にこの身では周囲への影響が強すぎるからな」

「!はい・・・・・・・。本当に、ありがとうございました」

「言葉での礼などいらぬ。後で美味い酒を持って来い。それで不問にしてやろう」

「わかりました。では、後ほど伺います」


今一度深々と頭を下げる晴明を一瞥し、高淤は本来の姿へと転身すると天へと駆け上がっていった。
彼の神が駆けていった道筋には、白銀の輝きが尾を引いて残されていった。



高淤の清澄とした神気の残滓が残る中、神将達は改めて主へとその視線を集めた。
晴明もその視線に対し、静かに頷くことで返した。


「場所もわかった、行くぞ――――」


晴明の力強い号令が飛んだ。

それと共に十二神将達が動き出す。













決戦の時はもう直ぐそこまで訪れていた―――――――――。
















                         

※言い訳
引き続きお話を更新しました。
今回は高淤加美神が登場!・・・・・といいますか、このシーンを書くがために以前に一度高淤加美神を登場させたんです。高淤加美神の口調がよくわかりません;;こんな口調だったかな・・・・・・?

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2007/4/25