一日、また一日と時間が流れていく。









猶予はほとんどない。









一刻でも早くにそれを見つけなければならない。









様々な思いを抱えて駆け回る。









早く、星が消えてしまう前に―――――――――。


















沈滞の消光を呼び覚ませ伍拾漆
















「ちょっと真達羅(しんだら)、本当にここにあれがあるの?」

「さぁ?そんなこと言われても・・・・・・探してくれた鳥(こ)達の情報だし、目的のそれかってまでは私にもわからないよ」

「それもそうね。でもあまり時間がないわ、早く見つけないと・・・・・・・・」


緑の匂いが色濃く漂う森の中、道なき道を真達羅と額爾羅(あにら)は進んでいく。

彼女達は主である瑠璃にとある物を探し出し、持ってくるように命を受けていたのである。
もちろん、それは彼女達に限ったことではなく、十二夜叉大将全員に下ったものだったが・・・・・。
そして彼女達は、個々の持つ特有の幅広い情報網を使ってその探し物を探している最中であった。

茂みを掻き分け、木々の間をすり抜けて行くうちに、真達羅達は目的の場所に漸く辿り着いた。

そこは森の奥深くにある小さな湖であった。
湖のそこが見えるほどに水は透明に澄み、その純度を誇っていた。


「!あった・・・・・・・・」


泉を注意深く見渡していた真達羅は、湖の中央でその視線を止めた。
水のその透明感のお蔭で、一番深い場所であろう中央の深い部分までもその肉眼で捉えることができた。

湖の底、その最深部には小さな祠が沈んでいた。


「なるほど、あそこに例の探し物があるかもしれないのね?」

「う、うん。鳥達からはそう聞いたよ」

「それじゃあ確かめるとしますか!ここは私の出番ね♪」

「え・・・・・。でもここってとても透明度が高いから、普通の魚にとっては住み辛いんじゃ・・・・・・・」


真達羅はちらりと湖に視線を投じる。

水の透明度が高い、ということはその水の中に住まう生き物の姿は丸見えだということである。しかもこの湖には水草や岩など魚が身を隠せそうな場所は見当たらない。
ということは、魚は己が身を外敵(鳥など)から隠すことができないということである。
必然、この湖に魚が生息しているということはありえないのである。

そして額爾羅が使役できるのは水に住まう魚達である。いくら場所が水場であっても、そこに使役できる魚が住んでいなければ話にならないのだ。
そんな真達羅の心配を余所に、額爾羅はまぁ見てなさいと余裕の表情を見せたまま、その手を湖の水に静かに浸した。


「来て頂戴」


額爾羅が短くそう言葉を紡ぐと、湖の最深部―――真達羅達から見て祠の陰になっている部分がゆらりと揺らいだ。
そして姿を現したのは通常の魚よりも二回り以上も大きな体をした、主(ぬし)と呼ぶに相応しい魚であった。


「あ・・・・・・」

「この湖にもちゃんと住んでいるわよ。彼だけだけどね・・・・・・・」


魚は実にゆったりと・・・・そして優美な動作で額爾羅へと近づいてきた。


「貴方がこの湖の主にして唯一の住人ね?ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

「――――――」

「そう、ありがとう。それで尋ねたいことなのだけれど・・・・・・・・・・・」


その言葉の遣り取りを皮切りに、額爾羅が必要なことを次々と質問していく。
真達羅はそんな彼らの遣り取りを、邪魔することなく静かに見守っていた。


「――――えぇ、わかったわ。どうもありがとう」


しばらくして話し終えたのか、額爾羅は魚にお礼を告げると真達羅へと向き直った。


「で?何て言ってたの?」

「えぇ、祠の中に何が納められているのかはわからないらしいわ。けど、確かに力の宿った何かがあの祠の中にあるみたいよ」

「へ〜、そうなんだ。で?それがわかったのはいいけど、これからどうするの?」


目的の祠は湖の底。
けれどもこの眼で確認しないわけにはいかない。
困り顔の真達羅とは裏腹に、問われた額爾羅は一言きっぱりと返事を返す。


「もちろん潜るわよ!!」


ちゃーんと主にも了承を得たわ!






びしっ!と祠を指差しつつ、額爾羅は胸を張って答えたのだった―――――――。







                       *    *    *







暗い闇の深淵。

そこで昌浩は俯いて一人蹲っていた。


「彰子・・・・・・・・・・」


ぽつりと、記憶の中に大事に仕舞われていた少女の名を呼ぶ。

煌(こう)に連れ去られてしまった彼女。
現在は別段危害を加えられてはいないが、それが安心に繋がることはない。
何せ彼女にとってそこは敵地であり、庇護してくれる者が誰一人としていないのだ、この状況下で暢気に構えていられるほど昌浩は寛容ではなかった。

だが、昌浩が一人焦ってもどうしようもないことであることもまた事実であった。
体の主導権を煌に奪われ、精神体として辛うじてその存在を維持している昌浩では、この状況を覆せるほどの影響力を何一つ持ち合わせてはいなかったのである。
喚き叫ぶことしかできないことに空しさを感じつつ、されども何もせずにいることはできなかった。


「そんなにあの娘が心配か?」

「!・・・・・・九尾」


唐突に降ってきた声。
俯けていた顔をゆっくりと上げると、暗がりでも輝いているような銀糸が眼に入ってきた。
視線を更に上へと上げていくと、面白そうに眇められた金の瞳に辿り着いた。


「煩くて仕方ないと煌がぼやいておったぞ?今はそうでもないようだがな」

「・・・・・・・何しにきた」


楽しげに言葉を紡ぐ九尾を、昌浩は警戒するような視線で見遣った。


「これはまた随分とつれない態度だな。今更そんなに警戒する必要もなかろうに・・・・・」

「煌は?起きてたでしょ?」

「あぁ、今は眠っている。この間は精神にとても負担のかかる術を受けたからここまで降りてきて寝ていたのだろう。そう、“お前の祖父が施した”作用の強すぎる術の所為でな」

「・・・・・・・・・・」


敢えて『晴明が』という部分を強調する九尾。昌浩は何も言えずに沈黙を貫く。
九尾はそんな昌浩の反応を楽しげに見る。


「何も言い返せぬか・・・・当然だな。あれは煌だけではなく、お前にも強く負担を強いるものだ。お前の記憶を引きずり出すというよりも、お前という存在を表へと引きずり出すことが目的のような術だったようだ。煌に強く拒まれ、抑え付けられて表へとでることもできず、けれどもあの老人の術で無理矢理表へと引きずり上げられる力が働く。そんな状況だったのではないか?」

「・・・・・・・それが?そうだったら何だと言うんだ」

「いやなに。あの老人もなかなかに酷な真似をすると思っただけのこと。相反する力で板ばさみに合い、危うくお前の存在を壊すところだったということにも気づかない。無知とは恐ろしいな」

「じい様は今の俺の状況を詳しく知らない。ただの記憶喪失だと思ってるし、あそこまで煌という人格が強く確立していることを知らなかっただけだ。それを指摘してもその人の精神世界なんて当人しかしらないことだろ?それは無知にならない。第一!俺はあの時壊れかけてなんかいない。勝手なことを言うなっ」


どこか楽しむような口調で話す九尾に、昌浩は内心渦巻く激情をそのままに反論を口にする。
しかし、そんな昌浩の言葉さえも九尾にとっては拙い言い訳にしか聞こえない。
微笑を口に上らせつつ、さてどう切り崩していってやろうかと心内で思案する。
と、ふとあることに気がつき、いい指摘材料を手に入れたと内心で会心の笑みを浮かべる。


「だが、お前にも負担がかかったことは事実なのだろう?お前は自分が壊れかけていたことは否定しているが、負担がかかっていたことには否定の言葉を上げていない」

「・・・・・そういう術なんだ、それは当たり前のことだろ」

「でも、負担はかかった」

「っ!さっきからっ、一体何が言いたいんだ!?」


九尾の言いたいことがわからず、昌浩は苛立たしげに声を荒げる。


「別に?我はただ事実を指摘したまでのことだ。お前はそのことを敢えて目を逸らしていたようだからな」

「違う。事実だからこそ、敢えて目を向ける必要がなかっただけだ」

「いや、違うな。お前は敢えてそこを追及しようとしなかった、それが当然なのだと己に言い聞かせることによってな」

「言い聞かせる?何で俺がそんなことをしなくちゃいけないのさ」


九尾の言った言葉が気に入らないのか、昌浩はむっと不機嫌な顔を隠しもせずに作った。
気に食わない。それではまるで自分にとってその事実はあってはならない、不都合なものであるようではないか!


「・・・・・お前は自身と煌が同じ存在であるということを認めている」

「それが?」

「それこそが理由だ。お前という存在を取り戻すために掛ける術、それを免罪符にあの老人はお前達にあの術をかけた。わかるか?あれらはお前の存在を欲していても、煌を求めることは一度とてなかった。煌にお前の影を見、自分達が求める姿でないのはただ記憶がないからなのだと、そう判断した」

「なに言って・・・・・・・」

「お前と煌が同じ存在だと言うのなら、何故あやつらは煌であるお前を取り返そうとしなかった?」

「え・・・・・?」


九尾の疑問の意図がわからず、昌浩は数度意味もなく瞬きをした。
何故煌を取り返そうとしなかったのか・・・・・・など、そんなわかりきった質問を何故今聞くのだろうか。


「お前を取り返すというのが目的であったのなら、あれの身動きを封じた時点で邸へと連れ帰れば事足りたはずだ。では何故それを行わず、すぐに煌に記憶を引き出す術を掛けたのか・・・・・・・」

「そんなの・・・・・・」

「煌があやつらの言うことをすんなり聞かないから、か?あのままの状態では碌に耳など傾けてもらえないだろうと思って?そんな理由でお前に一番負担を掛けるであろう手段を選んだのか?他人事もいいところだ。話を聞いてもらう努力もせずに楽な手段でお前の記憶を取り戻そうとしたとはな」


そう、煌にとって晴明達は敵側に位置する存在だ。身動きを封じて邸へと連れ帰っても、術を解けば激しく抵抗するだろう。
一旦邸に連れ帰ってから煌に記憶を引き出す術を掛けるよりも、その場で術を掛けた方がその後は何かと円滑に事が運ぶと判断したに違いない。そんなことはわかりっきっている。

そう、わかりきっているのだ、そんなことくらい・・・・・・・・。


「そんなことっ、じい様達は話を聞いて貰えるよう努力をしてたっ!それに、煌は最初からじい様達の言うことなんて取り合わないだろう?それでどう言葉で説得しろっていうんだ!?」

「本当にそうか?」

「え?」

「いくら敵対する者とはいえ、相手の言葉にまったく耳を傾けることをしないなど、そんなことがあるのかと我は聞いている。お前は・・・・・お前に目を向けていてもお前自身に語りかけず、お前に重なる影に必死で語りかけているような奴らの言葉を聞こうという気になるのか?」

「なっ・・・・・・・」


九尾の言葉に、昌浩は大きく息を呑んだ。
だが、九尾はそんな昌浩の様子など構わずに言葉を続ける。


「そんな態度をとる相手の話など普通は聞こうとも思わぬだろうな。それとも、お前はそんな相手の話でも懇切丁寧に聞こうとするのか?」

「・・・・・・・・・・・」

「まぁ、少々強く言い過ぎたか・・・・。つまり、我が言いたいことを要約すると一つになる。あやつらは『お前』を見ていない。ただそれだけだ」

「・・・・・・それで?それを俺に言うことの意味は?こんなところに無駄話をしに来たわけじゃないんだろ?」

「話が早くて助かる。何、我の用事というのはちょっとしたことだ」

「ちょっとしたこと・・・・・・・・?」


何だそれはと、昌浩は視線で九尾に問う。

九尾はこれから持ちかける話の内容の勝算を考える。
勝算は五分と五分。
勝率の変動は相手の出方次第―――。











「賭け事を我とせぬか?」










そして勝負の鍵となるのは相手を見極める『心』。








お前達の子を求める心、それが如何ほどのものなのか試してやろう。

九尾は内心で挑戦的な笑みを今ここにはいない者達へと向ける。


















さぁ、賭けを始めようか――――――――――。
















                         

※言い訳
というわけで、久方ぶりに十二夜叉大将が出てきました。
今回は真達羅と額爾羅の二人です。そのうち他の十二夜叉大将の皆も出したいなと思っています。
このお話で額爾羅の使役する動物は魚としました。流石に龍は使役できませんよね・・・・龍ってことは明らかに神様に分類されちゃいますし・・・・・。龍が無理なら一番近いものを挙げるとすれば蛇になるのですが、他の夜叉大将が使役していますのであえなくボツ。何なら水関係で魚にしてしまおうかという何とも安易な考えからこの設定に落ち着きました。

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2007/5/6