苛々する。









自分ではない自分を求める声が。









自分ではない自分を映す眼が。









何故わからない?









声なき声で幾度も問い掛ける――――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ伍拾玖

















「昌・・・・浩」


銀色の髪を躍らせて佇んでいる少年に、誰ともなく呟きを漏らした。

こちらへと視線を寄越してくる彼らを、煌は冷めた眼で見返す。


「態々こんな異界にまでご苦労様だね。攫っといてなんだけど、そんなにあのお姫様が大事?」

「あぁ、大事だな。・・・・・・もちろん、それはお前にも当て嵌まるぞ?昌浩」

「何度も言わせないでよね。俺は煌。・・・・・・あれ?あの紅い髪の神将達は?確かにさっきまでは気配があったとは思うんだけど」


もう何度となく繰り返してきた言葉を返しつつ、煌は見慣れた姿が見えないことに気がついて訝しげに眉を寄せた。
あの紅い髪の神将や長髪の神将、黒髪の神将がいない。
今までの中で一番顔を合わせることが多かったため、その姿がないことに少し物足りなさを感じた。


「あやつらには一足先にお主のもとへ行くように指示したのじゃが、どうやらそれは行き違いになってしまったようじゃのぅ」

「ふーん。ま、いいや。あの人達は後回しにするとして・・・・・・今は相手してくれるでしょ?」

「・・・・・そうじゃな。ここでお前を取り戻すことができたなら、それは後々楽になりそうじゃな」

「はっ!楽になりそう、ね・・・・・・。俺を見誤っているくせに、随分と大きな口を叩く・・・・・・・」


嘲笑を隠そうともしない煌の様子を見て、青龍は鋭い眼光を煌へと向ける。


「貴様っ!それ以上何か言ってみろ、ただでは済まさんぞ!!」

「へぇ?どうただでは済まさないのさ。そこのところ、実際にやって見せてよ。口だけは立派な蒼髪の神将さん?」

「ほざけっ!その憎まれ口、直ぐに閉じさせてやるっ!!」


青龍はそうきっぱりと告げると、大振りの鎌を取り出し、煌目掛けて地を蹴った。
煌も応戦すべくその手に不知火の妖剣を呼び出し、迎撃態勢を整える。


キィィン!


高く澄んだ、鋼の交わる音が響き渡った。

互いに鋭い視線を交し合うと、ギィンッ!と刃を弾き合った。


「其は飛来する翡翠(かわせみ)の如く――――飛突落刺嘴の舞」


煌が詠唱を終えるのと同時に、空から霊力の針の雨が降り注ぐ。


「小賢しいっ!!!」


青龍は轟と吼えると、その身に纏う神気を爆発させた。
それによって霊力の針の雨は悉く吹き飛ばされ、塵となって消えていった。
そしてその爆発の余波は、煌のもとにも届いていた。


「うわっぷ!・・・・・うわぁ、凄い気迫」


煌は咄嗟に剣を地面に突き立て、吹き飛ばされるのを凌ぐ。

煌が体勢を整える間に、青龍はその距離を縮める。


「はっ!」

「くっ!」


キィン!ギィ、キン!キン!キィイン!!!

煌に攻撃の隙を与えぬように、青龍は猛攻を仕掛ける。


「ちょ、ちょっと青龍!相手は昌浩―――人間よ!!」

「そんなことはわかっている!だったらさっさとこいつをなんとかしろっ!!」


太陰の悲鳴じみた叫びに、青龍は苛立たしげに怒鳴り返す。
無論、その合間も攻撃の手は緩めない。


「せ、晴明!」

「わかっている!縛縛ば―――」

「!させるかっ!其は縛りなき蝶の如く――胡蝶霞月の舞!!」

「な、に?!拙い、来るぞ!!」

「晴明(様)!我(私)の後ろへ!!」


無数の刃が四方へと放たれるのと、玄武・天一が結界を張るのは同時。
そして展開した障壁に刃が殺到する。

ズガガガガッ!!!

そして激しい衝撃が結界を容赦無く襲った。
それを玄武と天一は結界を織り成す手に力を込めて堪える。
それは数秒にも満たない短い間の出来事であったが、それでも十分に長い時間に感じられた。


「へぇ、流石は神将。結界、持ち堪えたんだ」


猛攻撃の後にも拘らず、無事な姿の結界を見て煌は感嘆したような声を漏らす。


「青龍、朱雀、太陰、白虎!大丈夫かっ!?」

「ちっ!かわしきれなかったか・・・・・・」

「ぃててっ!少し切っちまった・・・・・」

「こっちは風を使って軌道を逸らしたから問題ない」

「え、えぇ。こっちは大丈夫よ!」


結界内にいた晴明、玄武、天一はともかく、結界外にいた他の神将達の身を案じ、晴明は声を掛ける。
それに対し、神将達は問題ないと返した。
事実、彼らは皮膚を浅く切ったりなどしているが、それも血が滲む程度に軽いものであった。

逆に被害が甚大なのは向こうの方である。
意識的に攻撃の抑制を掛けたのかはわからないが、妖達を襲う刃の数は少なかった。
しかし、それでも何体かの妖はその凶刃のもとに切り刻まれていた。
無論、煌の背後に控えていた吉量へのみは絶対的に攻撃が飛んでいくことはなかったが・・・・・・。


「何てことを・・・・・・・。確かその技は無差別に周囲へと放たれるものではなかったのか?」

「そのとおり。ま、それなりに意識して攻撃対象を絞り込めるようにはなったんだけどね。まだ完全じゃないから、手元が狂って何体か殺っちゃったね」


失敗失敗。ま、でも元々捨て駒みたいなものだから、何体かいなくなっても九尾だって気にしないしね。

そう言って口の端を吊り上げて笑う煌を、晴明達は信じられないものを見るかのように愕然とした視線を向ける。


「昌浩・・・・お前」

「あははっ!何を驚いてるの?少ない犠牲で相手に痛手を入れられるんだったら、俺は躊躇無くそれを選ぶよ?まぁ、今のは失敗に終わっちゃったけどね」

「・・・・・・・・・・・・」

「ねぇ、いい加減に理解してよね。俺は”昌浩”じゃなくて”煌”。九尾の配下にして、お前らを排そうとする者。つまりは敵。本当にわかってる?」


わかってないからそんなに驚いた顔をするんでしょ?と、煌は嗤笑をその顔に浮かべる。


「いい加減、手加減するのを止めた方がいいよ?・・・・・・俺は本気だよ?」

「っ!?」


瞬間、辺り一体を壮絶な殺気が包み込む。
それは冷たすぎてやけどを負いかねないほど、酷く研ぎ澄まされた殺気であった。


「そっちが俺を殺せないとか、そういった事情って俺にとってはどうでもいいんだよね。そろそろその中途半端な気持ちに区切りをつけないと・・・・・・・・・死ぬよ?」


そう、俺は煌。九尾の一の配下にして、その身と心を妖へと堕としたもの。
その心、冷徹にして冷酷。そして愚かなほどに純粋。
人を厭み、忌むもの。
そして九尾を唯一にして絶対とするもの也。


次の瞬間、煌は地面を蹴り、相対する者達へと肉薄する。
そして相手を排するべく、その手に持った刃を容赦無く振り下ろした。


「ちぃっ!」


相手の攻撃にいち早く反応した青龍が、その刃を鎌の柄で受け止める。
ぎっと睨み付ける青龍に、煌はくすりと冷たい笑みを零した。


「燃えろ」


瞬間、蒼炎が劫と燃え上がり、晴明達を焼き滅ぼさんと襲い掛かる。
玄武はそれに対し、水の障壁を展開して間一髪に防ぐ。

蒼炎が完全に消え去った後、そこには半妖化した煌の姿があった。


「不知火、俺の力思いっきり吸っていいからさ・・・・・・・あいつら消して」


それと同時に、不知火の妖剣が今までになく苛烈に、そして妖しいほどに不気味な光を帯び始めた。


「其は餌(え)を狩る狼の如く――――妖狼咆振撃の舞」


獲物を狩り尽くせっ!!

強大な力の放出と共に、狼が野に放たれる。
それは、以前放たれた攻撃のどれよりも強力なものであった。


オンキリキリバザラバジリホラマンダマンダウンハッタ!!」


晴明が咄嗟に術を放ち、攻撃を打ち消そうとする。
が、煌が放った攻撃は晴明の攻撃を易々と打ち砕き、それでも尚その勢いを緩めない。


「いけない!皆後ろへ!!」


これはいけないと判断した天一と玄武は、煌の攻撃を防ぐべく障壁を織り成す。
そして天一達が作り上げた結界と、煌の放った攻撃が激しくぶつかり合った。

ドゴォォォォン!!!

轟音と共に、激しい爆発が起こった。
ゴアッ!と周囲を爆煙が走り広がる。


「・・・・・やったか?」


濛々と立ち込める煙の向こう、いまだ見えぬ晴明達の様子を伺いながら、煌は疑問を口にした。
まぁ、あれだけの爆発が起こればただでは済まないだろう。
煌はそう考え、僅かに張り詰めた糸を緩めた。

それがいけなかったのだろう。


ゴアァァッ!!


「っ!!!?」


煙の向こうから霊力の刃が接近していることに気がつかなかった。
霊力の刃が接近していることに気がついた時には、既に回避行動が不可能なまでの距離になっていた。


「――――っ!!」


霊力の刃は眼前までに迫り


ザシュッ!


容赦無く切り裂いた。













濛々と立ち込めていた煙が晴れ、晴明達の視界が晴れる。


「煌は?」

「・・・・・・いない。どうやら逃げたようだな」


周囲へと視線を走らせ、つい先ほどまで対峙していた相手の姿がないことを確認する。


「そうか。まだ遠くまでは行っておらぬじゃろうが・・・・・・」

「こいつらが邪魔するだろうな」


晴明が途中で途切らせた言葉を、朱雀が引き継ぐ。
目の前にはいまだ九尾の配下共が数多く残っていた。


「すぐにでも後を追いたいが仕方ない。まずはこやつらを片付けるぞ」

『承知!』


晴明の言葉に、十二神将達は行動で応えた。







「頼んだぞ、紅蓮――――」







晴明は子どものことを誰よりも案じていた神将に、届かない言葉を紡いだ。
















その足元の地面には、赤黒い染みが転々と残っていた―――――――――。




















                        

※言い訳
久方ぶりの更新です。
今回一番書きたかったシーンは煌と青龍の戦闘シーンです。えぇ、ただそれだけですとも。
この度のお話では煌の黒さと言いますか、九尾の仲間らしさといいますか、そんな感じが色濃く書けたのではないかと思います。
次は紅蓮達も出したいなぁと思っています。出せるといいな・・・・・・。

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2007/6/10