得物を持つ手に力を込める。









目の前を阻むものを退けるために。









地を蹴る足に力を込める。









少しでも早く望む場所に辿り着くために。









己の全霊を賭けて突き進む―――――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ碌拾















「ちっ!邪魔だ!!」


次々と襲い掛かってくる妖達に、紅蓮は苛立たしげに舌打ちをしながら炎槍を振るった。
妖達は断末魔を上げながら消滅していく。
一体この遣り取りを何度繰り返したことだろうか。
敵の潜伏場所ともあって、倒しても倒しても妖達の数が尽きることはない。


「こりゃあ、坊主を探す暇もないなぁ。斬っても斬ってもどっからか湧いて気よるし・・・・っと!」

「無駄口叩いてる暇があったら少しでも数を減らそうとしなさいよ!迷企羅(めきら)!!」

「そう言われずともさっきから体は動きっぱなしや!こうして愚痴でも零さんとやってられんわ!!」


己の得物である独鈷を容赦無く妖へと振り下ろしながら、迷企羅は安底羅(あんてら)へと怒鳴り返した。
一撃では仕留められない妖に、更に二・三撃攻撃を加える。
ほとんど原型を留めないくらいになって、漸く妖はその動きを止める。
末席とはいえ、神の攻撃を受けて一撃で消え去らないとは何てしぶといのだろうか。
変なところで感心を抱きつつも、油断無く構える。

すると、少し離れたところから同胞が声を掛けてきた。


「迷企羅・・・・・・」

「あ?何や波夷羅(はいら)―――って、おわぁっ?!」


ひゅん!という風を切る音と共に矢が真っ直ぐとこちらに向かって飛んでくる。
迷企羅は咄嗟に顔を逸らすことで、迫りくる凶器から辛うじて逃れた。
と、次の瞬間背後で「ギャァッ!」という悲鳴が上がる。
慌てて背後を振り返ると、妖の目に先ほどの矢が突き刺さっていた。


「くそっ!」


迷企羅は振り返りざまに独鈷を振るう。
喉と四肢を切り裂かれた妖は、絶鳴を上げながら塵となって消えていった。
それを見届けた後、迷企羅は漸く安堵の息を吐いた。そして改めて波夷羅へと向き直る。


「かなり吃驚してもうたやないか波夷羅!もうちょい考えて攻撃せい!!」

ちっ・・・・・・油断するのが悪い。我、ただ攻撃しただけ」

「い、今確実に舌打ちしたやろ?!確信犯か!確信犯なんやな?!!」

「うるさい・・・・・・」

「どわぁっ?!本気でこっちに矢を射るな!!当たったら死んでしまうやないかっ!!!」

「大丈夫。・・・迷企羅だから」

「どんな理由やっ?!!」


明らかに意図的に降ってくる矢の雨を器用に避けながら、迷企羅は悲鳴じみた叫び声を上げる。
そしてそんな迷企羅を楽しげに見つめる波夷羅。
・・・・・はっきり言って、じゃれ合っているようにしか見えない。

そんな彼らの様子を横目で見ながら、勾陳は呆れたような溜息を吐く。


「全く、この状況下で大した元気だな」

「あぁ。だが、妖はきちんと葬っているようだな」

「・・・・・とばちりを受けた妖、針山になってるぞ;;」


勾陳の言葉に六合は同意し、紅蓮は無数の矢に串刺しにされた妖をやや哀れみを込めた視線で見遣る。

こちらもこちらで、無謀にも挑みかかってくる妖を容赦なく叩き伏せている。
紅蓮と六合は槍で叩き斬り、勾陳も筆架叉で斬り刻んでいる。


「・・・・きりがないな。これでは昌浩を探すどころではないな」

「ここで時間を取られている暇は無い。俺の炎で一気に燃やすぞ」

「加減はしておけ」

「わかっている。おい!そっちも気をつけろよ!!」


一応、少し離れた所にいる夜叉大将の者達にも声を掛け、紅蓮は炎蛇を呼び出す。

召喚された炎蛇はその顎(あぎと)を開け、慈悲など一切見せずに妖達を喰らっていく。
辺り一帯を、妖の絶叫と炎の爆ぜる音が支配する。
そうしてしばらくした後、その場には妖の姿は一匹たりとも残らなかった。

焼け焦げた地面を無感動に眺めつつ、紅蓮は召喚した炎蛇を消し去った。


「あらかた片付けられたようだな」

「そのようだな」

「初めからこうしておけばよかったと思わないでもないがな。・・・・・・そちらは大丈夫か?」


勾陳は少し離れた場所にいる夜叉大将達に声を掛ける。
それに夜叉大将の面々も軽く手を上げたり、頷いたりすることで答えた。


「は〜、これはまた綺麗さっぱり片付いてしもうたな〜」

「本当よねぇ。さっきまでの苦労は一体なんだったのよ」

「敵はいない。これで漸く探せる」


焦土と化した地面を見遣りながら、夜叉大将の三人はそれぞれの感想を口にする。

紅蓮達はそれに苦笑を零しながらも、改めて周囲へと視線を巡らせた。
妖の影は一つとしてない。どうやらこの辺り一帯にいる妖は倒し終えたようだ。


「・・・・・・・騰蛇、まだ遠いが気配が感じられる。どうやらこちらへ向かってきているようだ」

「なに・・・・?」


六合の言葉に、紅蓮もその気配を察しようと感覚を研ぎ澄ませた。
すると、確かに。気配が一つ・・・いや二つ、こちらへと近づいてきているのがわかった。
が、こちらへと言っても随分と漠然としたものだ。その進行方向は、自分達の場所からやや逸れている。
どうやら自分達が目当てではないようである。
同じように気配を探っていた他の者達もそのことに気がついたらしい。
どうしようか?と視線を互いに交わしていることからもそのことは窺えた。


「・・・・取り合えず、この気配を追ってみるか?ここでぼ〜っと突っ立っているよりはましなはずだ」

「そうだな。いっそのこと、この気配の主に昌浩の居場所か彰子姫の居場所を吐いて貰うのもいいかもしれないな」

「・・・・姐さん、以前俺らにも同じようなことをしようとしてたっけか?・・・・・・以外に過激派なんやな」

「さて、何のことかな?」

「怖っ!」


くすり・・・と口の端を持ち上げて笑う勾陳を見て、迷企羅は頬を引き攣らせた。
女の人って怖い。そうしみじみと思えた瞬間である。


「・・・・・気配を追うぞ」


このままではいつまでたっても進展しないと判断した紅蓮は、先頭を切って気配を追った。
他の者達も無駄口を叩くのはそこまでにして、紅蓮の後を追って駆け出した。







                        *    *    *







ぽたり、ぽたりと熱い水が血へと滴り落ちていく。

闇の中を疾駆する吉量(きちりょう)は、それを気にすることなく只管駆ける足に力を入れた。
彼の背には意識を失い、力なく体を預けている煌(こう)の姿があった。

ぽたり、ぽたり・・・・・・。
零れ落ちる赤き雫の出所は、吉量の右後ろ足。

あの時、煌は迫りくる霊力の刃を避けることができなかった。
しかし、そこへ吉量が滑り込んだ。
一瞬の合間に煌を連れてその場から離れた。
ただ、ほんの一呼吸分離脱が間に合わずに、目標を失った霊力の刃は吉量のその足を切り裂いた。
刃に切り裂かれることはなかった煌ではあるが、霊力の刃の余波を受け、不意打ちだったこともあって意識をなくしてしまっていた。

足に怪我を負った吉量は、負った怪我を気にすることなく地を駆けた。
少しの休憩もなく動き続ける傷口は、いまだ塞がる気配もない。
時折煌の様子を窺うために視線を己の背へと向けるだけである。

そろそろ走る足を緩めても良いかと思った丁度その時、横合いから微かに風を切る音が聞こえた。
それにいち早く気がついた吉量は、咄嗟に足に力を込めて一際高く跳躍した。
次の瞬間、つい先ほどまで吉量が駆けていた地面に無数の矢が突き刺さった。

吉量は地に足を着けると、矢の飛んできた方へ体を向け直した。
そこには気配を追って来た紅蓮達の姿があった。


「やはりお前か・・・・・。気配を追っていた途中から見知った気配だとは思っていたが」

「そうだな。昌浩も、確かにいるようだが・・・・・・・」

「ん?坊主はどうしたんや?どうやら気を失ってるみたいやけど」

「あの方向は確か晴明達がいたはず・・・・どうやら私たちよりも先に晴明達がやり合ったようだな」

「あぁ、それでその妖は怪我をしているのね」

「見つけた。後は取り返すだけ・・・・・・」


上から紅蓮、六合、迷企羅、勾陳、安底羅、波夷羅。

それぞれ吉量と煌の様子を見て、それ以前に何があったのかを推察した。
自分達と会う前に晴明達と対峙していたのなら、目の前の妖が怪我を負っているのも、煌が気を失っていることも納得できるからである。
そしてそのことを察した後、だったらあの場から離れなければよかったとも思ってしまったが、全ては過ぎてしまったことなのでどうしようもないことである。


「・・・・・さて、昌浩をこちらへと渡してもらおうか」


己の得物である筆架叉を構えつつ、勾陳はひたりと目の前の妖を見据えた。
勾陳の動きに倣って、他の者達もそれぞれの得物を構えた。

そんな彼らを見て、吉量はすっと目を細めた後に高く嘶いた。
それが意味する意思は『否』。


「そうか・・・・・ならば力づくでも返させてもらおう!!」


紅蓮は炎槍を構えると、その足に力を込めて地面を蹴った。











この手で必ず取り戻してみせる――――――――!!













                        

※言い訳
えーと、なんとか沈滞の(略)の続きを書くことができました。
今回は「じい様vs煌の頃の紅蓮達は?」といったテーマで書いてみました。迷企羅が一番動かしやすいなぁ〜としみじみ思いつつ文章を書いていました。迷企羅と波夷羅の遣り取りを書くのがとても楽しかったです。
あ〜、実を言いますと、現在かなりネタに詰まっています。本当にこの先の展開が何一つ決まっていません。なのでお話を進めるに進めないといった状況に陥っています。
作品の書き始めの頃は煌は重要度はあまり高くなかったんです。けれどお話を書いていくうちに思っていたよりも煌の人格が強固なものになってしまって、当初に思い描いていたシナリオを変更せざるおえなくなってしまいました;;つまり言いたいことは、「どうやって昌浩を取り戻そうか?!」ということです。えぇ、この部分のみがどうしても思いつきません!!(一番重要なのに・・・・)
暇さえあればうんうんと唸って続きを考えているのですが、もうぽっかりと穴が開いた感じに以降の話が思いつかないんですよね〜。ホントどうしよう。この山場さえ越えたら後はすらすらとお話が進むのになぁ・・・・・・。文才の神様が降臨しないと続きの話が書けそうにないかも・・・・・・はぁ。

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2007/6/24