守るために。









助けるために。









力を秘めし剣。









その刃よ、力となれ―――――――――。














沈滞の消光を呼び覚ませ
















紫がかった銀髪が、自らより発せられる神気によって生じた風に翻る。
己が名前と同色の瞳が、人の姿を模った妖へと真っ直ぐに向けられている。


「九尾・・・・」

「薬師如来。貴様何故にそう我の邪魔をする?多くの衆生に平等の慈しみを・・・・それが貴様らの在り様ではなかったか?」


そこの人間に肩入れするのは、その在り様に大きく反するだろう?

九尾は顔に苛立ちの表情を薄く浮かべながら、目の前の立ちはだかる存在へと問うた。
瑠璃はそんな九尾の問いに、苦笑を零しながらも答えた。


「・・・・確かに、私達の在り方は博愛のそれに当たります。それを特定の人間に定めるということは、本来であればありえないことということも・・・・・。ですがこの度の騒動。その原因の一端に我らという存在があったことも確かです。罪滅ぼし、とうわけではありませんが、己がとった行動の末路の責任はきちんと負わねばなりません。故に私達はここにいるのです」

「はっ!そのようなものは自己満足だ」

「そうでしょうね。しかしその自己満足で彼らの助けとなるならば、私達の行動も悪いものではありません。そしてこれまでの私達の行いを許す、許さないはあの子のみが判断を下せるもの。私達でも、彼らでも・・・・・ましてや貴方でもない」

「真理だな。しかし、お前達の正道の為に煌をお前達に引き渡す道理も、我が倒れる道理もない。貴様らに正道があるように、我にもまた我の正道がある。その意思貫きたくば、他の意思を薙ぎ払う他ない」


そしてそれを行うことに、我は迷いなどはない―――と、九尾は明確に宣言すると蒼炎を自分の周囲に躍らせた。
九尾以外の者達は、素早く身構えた。
己が大切な主を守るために、そして目の前の敵を倒すために・・・・・・。



そして再び、その場は戦場へと変わった――――――。










炎が躍り、銀の刃が閃く。


「―――くっ!」


宮毘羅(くびら)はなかなか当たらぬ己の剣戟に、僅かに顔を顰めた。
なかなか当たらぬとは言ったが、掠ったり浅く傷つけたりする程度の攻撃は何度か九尾へと当てることはできたのだ。
だが、それは致命傷にはならない。
浅い傷はその高すぎるほどの治癒能力であっさりと治されてしまう。これではいくら攻撃してもきりがない。


「力みすぎだな。それでは当たるものも当たりはしないぞ?共犯者」

「っ!だから私は共犯者になった覚えなどないと、前に言ったはずだ!!」

「そしてその後の我の言葉も、忘れてはいないであろう?なぁ?十二夜叉大将・宮毘羅よ」


九尾はそう言いつつもその手に蒼炎を生み出し、次いで宮毘羅へと放った。
宮毘羅はその蒼炎を己の得物である剣で全て切り払う。が、その隙を突いて九尾が間合いを詰めてきていた。
宮毘羅は間合いをとるべく、後ろへと飛び退く。しかしそれにも九尾は追い縋り、長い爪の備わったその手を宮毘羅の胸へと繰り出してきた。


「くっ!」

「貴様のその心臓、我が手で直々に抉り出してくれるわ!」

「そんなことはさせません!!」


その爪の先が宮毘羅の胸へと吸い込まれそうになった直前、横合いから九尾へと向けて鉾の切っ先が唸り声を上げて突き出されてきた。
九尾はそれを咄嗟に横に飛び退くことでかわした。


「宮毘羅!大丈夫ですか?!」


鉾の持ち主――因達羅(いんだら)は、九尾が一端距離を置いたことを見遣りながら宮毘羅へと駆け寄った。
宮毘羅は崩してしまっていた体勢を整えると、危機から救ってくれた因達羅へと礼の言葉を述べた。


「因達羅・・・・すまない。それと助かった」

「いえ・・・・無事で何よりです。宮毘羅、どうか一人で無理はしないでください。私も・・・そして他の夜叉大将の皆もいるのですから・・・・・・」

「あぁ・・・・・どうやら一人で先走りすぎたようだな。全く、我ながら冷静さに欠いていたようだ」

「ふふっ!これでもう大丈夫のようですね。常に冷静に、そして視野を広く持って大局を見据えて動く・・・・・・・・貴方は私達十二夜叉大将を統べる者。どうか自分というものを見失わないでください」

「そうだな・・・・・」


因達羅の言葉に、宮毘羅は静かに頷いた。
因達羅はそんな宮毘羅を見て、微笑んだ。

すると、二人のすぐ側を、鋭い斬撃と蒼炎が奔り抜けていった。


「おい!そこの夜叉大将。やる気がないのなら引っ込んでいろ!そんな所で突っ立っていられると邪魔だ!!」


丁度九尾と相対していた青龍が、ぎろりと鋭い眼光で宮毘羅達を睨みつけてきた。
宮毘羅達はそれに頷いて返すと、再び己の得物を握り、九尾へと向かっていった――――。








「あーあ、二人とも頑張っちゃってさ、馬鹿みたい」


ふん!と鼻を鳴らし、幼い風貌をした夜叉大将――摩虎羅(まこら)はそう言葉を紡いだ。
そのくすんだ金色の瞳は、今も戦闘を続けている宮毘羅達へと向けられている。
冷めた視線を宮毘羅へと向けている摩虎羅に、彼の隣にいた額爾羅(あにら)は「あら、どうして?」と不思議そうに問うた。


「だってさ、僕達は十二夜叉大将なんだよ?その本来の目的は瑠璃様を守ること。それを放り出して何やってんのさ、あの二人は」

「そうかしら?確かに私達の役目は瑠璃様を守ることよ?でも、それだけではないわ。私達は瑠璃様の剣。攻撃の術を持たない瑠璃様の代わりに、その障害を取り除くもの。それが私達よ」

「そんなこと、言われずともわかってるよ。だから何なのさ」

「もう、融通の利かない子ね。いーい?障害――あの九尾を倒すことも必要なことなのよ?瑠璃様の意思を守るためにもね。それを担っているのが宮毘羅達よ。そして守ることについて担っているのが私達」


宮毘羅はそう言いながら、己の得物である弓矢を取り出して構えた。
きりっ!と弦を引き絞る音がし、次いでひゅん!と矢が風を切っていく音が黒の空間に響く。
次々と放たれた矢は、宮毘羅達の攻撃を掻い潜ってこちらへと飛んできた蒼炎に命中し、全て打ち落とした。


「こんな風にね?」


額爾羅はそう言って摩虎羅に向けて軽く笑んだ。
摩虎羅はそんな額爾羅の笑みを見ながらも、気まずげにふいっと顔を横に逸らした。
先ほどから散々「守る」という言葉を口にしながら、零れた攻撃に気づくのが額爾羅よりも遅れてしまった。
それが気に入らないらしく、その幼い顔は苦々しげに顰められている。

額爾羅はそんな摩虎羅の心情を容易に察せられ、呆れたように溜息を零した後にそのしわの寄った眉間へと爪弾いた。


「って!・・・・いきなり何するのさ、額爾羅!」

「はぁ・・・全く、こんなことで一々拗ねないでちょうだい。そうやって拗ねている間に、また敵の攻撃がきたらどうするの?」

「うっ・・・・・・
悪かったよ


額爾羅の尤もな意見に言葉を詰まらせた摩虎羅は、しばらく口篭った後に小さな声で謝った。
額爾羅は素直ではない摩虎羅の様子に小さく笑みを零し、次いで視線を少し遠くへと動かした。

ここから少し離れた所に、瑠璃の姿が見えた。彼女の背後に同胞の珊底羅(さんてら)と毘羯羅(びから)が控えている。
瑠璃は十二神将達の主――安倍晴明へと歩み寄っていた。

余談ではあるが、今この場にいない招杜羅(しょうとら)と伐折羅(ばさら)、そして真達羅(しんだら)は瑠璃の命によってこの辺り一帯に残っている妖達の掃討にあたっている。


そんな風に皆が皆忙しなく動き回っている中、瑠璃は晴明へと声を掛けた―――。








「晴明殿・・・・・・」


己へと掛けられた声にそちらへと視線を向けると、二人の夜叉大将を従えてこちらへと歩んでくる薬師如来――瑠璃の姿があった。
晴明はここ最近姿の見えなかった瑠璃に、軽く会釈をして挨拶した。


「これは瑠璃様・・・・・よくこの場所がわかりましたな」

「えぇ・・・、迷企羅(めきら)達の気配を辿ってきたのでここを見つけられました」


でなくばきっと見つけられなかっただろうと、瑠璃は晴明に言葉を返した。
晴明も瑠璃の言葉に納得したように一つ頷いた。
軽く数回言葉を交わした後、瑠璃は己の持っていた剣を晴明へと差し出した。
先程、攻撃の術を持たないはずの瑠璃が九尾へと攻撃していたが、きっとこの剣の力によるものなのだろう。


「瑠璃様、この剣は・・・・?」

「これは『綾絶(あやたち)の剣』・・・・妖を断ついう語源からその名がついた剣です。晴明殿、どうかこれをお受け取りください」


『綾絶の剣』。その名の音が意味するように、対妖用に作られた剣・・・・・・・。

瑠璃達が総出で探していた物というのが、実はこれであった。
少し前、夜叉大将の額爾羅と真達羅が漸くこれを見つけ出したのだ。
これを晴明に届けるべく、彼らと同行している同胞の気配を追ってやって来たのがつい今しがたなのであった。


「この剣は対妖用に作られた剣です。かの大妖を倒すためにはこの剣が必要かと思い、探してきました」

「この剣を私に・・・・ですか?失礼ながら私などにこの剣を預けるよりも、剣の扱いに長けた者・・・・例えば夜叉大将や十二神将の誰かに預けた方がよろしいのではないですか?」


そんな晴明の尤もといえば尤もな言葉に、しかし瑠璃は首を横に振って答えた。


「いえ・・・・この剣は人が扱うことを前提に作られた剣なのです。人の手に渡って初めて力を揮う剣・・・・・私達が扱ったところで、この剣の秘めた力は十分に発揮されることはありません。ですから、人である貴方にこの剣を託したいと思います」


ですから、どうかこの剣をお受け取りください・・・と、瑠璃は再度同じ言葉を重ねて、晴明へと妖絶の剣を差し出した。
晴明は数瞬の間だけ何やら考え込むような仕草をとったが、力強い光を湛えた眼で瑠璃を静かに見返し――――その剣を受け取った。


「貴女方が懸命に探し出してきてくれた物です。必ず、役立てることを約束しましょう」

「えぇ、最後の詰めを晴明殿に押し付けるようで申し訳ありませんが、それ以外のところでは私達も全力でそのお力になりたいと思います」


そうして二人は視線を交わし合い、無言で頷き合った。










その剣の切っ先が向けられる先にいるのは、銀色の妖―――――――。













                        

※言い訳
ほんっっとうに!久しぶりの更新になります。はい、大変長らくお待たせしました;;
一ヶ月以上の時を経て、沈滞の消光(略)の連載を再び再開したいと思います。先月は一話も更新していなかったことに実は今初めて気がつきました;;色々と忙しくて更新の暇がなかったしなぁ・・・・・・。
さて、久々のお話となりましたが・・・・ごめんなさい!今回、煌の出番はありませんでした!!煌が登場するのは次回となります。今回は九尾vs夜叉大将(+十二神将)を中心に、夜叉大将に焦点を当ててお話を書きました。
このお話を書くにあたって、以前から徴収しているアンケートの結果をなるべく取り入れてお話を書いてみたのですが・・・・皆さん、お望みの夜叉大将の姿はあったでしょうか?「えーっ!迷企羅達いないじゃん!!」と思った方、彼らの登場は次回です。こちらもこちらで彼らに焦点が当たるように、尽力を尽くしたいと思います。では、また更新されるのをしばらくの間お待ちください。

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2007/10/6