風を切り裂く刃。 どこまでも鋭く どこまでも速く そして、どこまでも冷たく その刃、主の意志をありのままに映す鏡也―――――――――。 |
沈滞の消光を呼び覚ませ〜碌拾伍〜 |
光の洪水が収まり、紅蓮達は目の前に翳していた腕を徐に下ろした。 そして明けた視界の先にあるはずの人影が見えないことに、即座に気がついた。 「!しまった、煌(こう)は一体どこへ―――」 「ここだよ」 勾陳のどこへ行ったという言葉の続きは、しかし煌の冷ややかな声によって遮られた。 声は己のすぐ傍――眼前から聞こえてきた。どうやら視界が遮られていた一瞬の合間に、距離を詰められたようだ。 「くっ!」 ひゅっという鋭い風切音が耳に聞こえ、勾陳は反射的に横へと飛び退いた。 すると、『何か』がつい先ほどまで勾陳が立っていた場所を鋭く薙いでいった。 「ちぇっ!避けちゃったか」 煌は振りぬいた姿勢を元に戻しつつ、残念そうにそう言葉を零した。―――――しかし、その手には『何も持たれてはいなかった』。 そのことに気づいた煌を除いた他の者達は驚きに目を瞠った。 そう、煌は何も持っていない―――いや、何も持っていないように見えた。 驚きの視線が己の手元へと注がれていることに気づいた煌は、くすりとその口元に微笑を浮かべた。 「どう、驚いた?実を言うとね、お前達が今まで見てきた不知火の姿って本当じゃないんだ。本来の姿はこっち」 煌はそう言って手に持っている『何か』―――不知火の妖剣を軽く持ち上げてみせる。 しかし、その姿は紅蓮達の眼には一切映ることはなかった。ただ、何かを握るような仕草をしている煌のみがその眼に映っていた。 「――なんや、今までにも増してけったいそうなもんが出てきたんやないか?」 「剣が見えないってどういうことよ!」 「間合い、計れない・・・・・・・」 「割と冷静やな、波夷羅(はいら)・・・・・・;;」 形の見えない不知火の妖剣に、迷企羅(めきら)達は若干の戸惑いを隠せない。 一方、紅蓮達はというと――― 「騰蛇、あの武器どう見る?」 「目に映らない剣か・・・・・厄介だな。あれではどんな形状をしているのかはおろか、間合いがわからんからどこまで踏み込んだらいいのかもわからんな」 「そうだな・・・・戦いながらそれらを計るほかあるまい」 「はぁ・・・・。俺としては明らかに非がこちらにあるのに戦うのは気が進まんな」 「・・・・・・相変わらずの馬鹿者だな。こうなることを承知の上で我らはあの馬の妖を倒したのだろうが」 「そうなんだがな・・・・・・・・」 割と冷静に会話を交わしていたりする。 各々、難しい顔をして煌の手元――剣があるであろうそこへと視線を注いでいた。 しかし、彼らが悠長に剣への対策を立てる暇など煌が与えるはずもなく、剣を構える仕草をしたかと思うとこちらへと向かってきた。 「うわっ!ちょっと、坊主!!」 「何をそんなにのんびり構えてるの?俺が殺そうとしてるってわかってるの??」 それとも余裕の表れ?だったら余計に腹が立つんだけど。 ひゅあっ!と不可視の刃を、煌は横薙ぐ。 迷企羅は咄嗟に後ろへと飛び退いて避けた。しかし―― 「―――!!」 剣を避けたと思われていた迷企羅の甲冑の胸の部分が、真一文字に傷ついた。 「おいおい!その剣、一体どれだけの長さがあるんや?!」 「さぁ?態々それを敵に教えてあげる馬鹿なんていないでしょ?」 煌は表情の抜け落ちた表情で、淡々とそう言葉を紡ぐ。 いまだに崩れた体勢を元に戻すことができていない迷企羅へ、煌は更に接近してその刃を振るおうとする。しかし――― ひゅっ!ひゅひゅん!! 「!ちっ!!」 無数に飛来してきた矢の存在に気づき、煌は已むを得ずその刃の軌道を変えて矢を切り払った。 ぱらぱらと矢の残骸が煌の足元へと散らばり落ちた。 煌は矢の飛んできた方へと、忌々しげな視線を投げ遣る。その視線の先には弓を番えている波夷羅の姿があった。 その間に迷企羅は崩れていた体勢を立て直し、煌から十分な間合いをあける。 「助かったわ、波夷羅!」 「・・・・迷企羅、邪魔」 「Σなっ!?じゃ、邪魔って・・・・そんな言い方あんまりやないか;;」 「事実を言ったまでのこと」 「うぐっ・・・・」 たった今、波夷羅に助けてもらったばかりなので、迷企羅は反論の言葉が見当たらなかった。 言葉に詰まった迷企羅に、波夷羅は冷たい一瞥を投げ遣った。 「ちょっとぉ!そこの二人!じゃれてないでこっちの手助けしてよね!!」 己の太刀を煌の見えぬ剣と交じり合わせている安底羅(あんてら)が、若干の苛立ちを込めてそう叫ぶ声が二人の耳に届いた。 「だぁれがじゃれとるって?!どこをどう見て!!」 「じゃれてない。弄ってるだけ・・・・・・・」 「おいっ!?」 しれっとした態度でとんでもない台詞を吐く波夷羅に、迷企羅は思わず突っ込んだ。 そしてそんな二人の遣り取りを見て、安底羅が更に眉を吊り上げたのは言うまでもない。 「そういうところがじゃれてるようにしか見えないのよ!!」 「へぇ・・・随分と余裕だね?俺の相手をしてる最中なのに」 「――え?きゃあっ!」 ふいに耳に届いた声に安底羅がその意識を戦闘に引き戻すのと、彼女の体が吹き飛ばされるのはほぼ同時であった。 吹き飛ばされた安底羅は、その勢いを殺すこともできずに地面を転がった。 数度横転をして漸くその動きが止まった安底羅は、しかし安堵の息を吐く間もなく、その耳に風が唸り声を上げるのを聞きつけた。 「―――っ!!」 安底羅はそれが何であるかを認識するよりも早く、本能の部分でその身を更に横へと転がした。 すると一泊の間も空かずに、そこにざくっ!と不可視の刃が突き立てられた。 安底羅の白い髪の毛が数本、その刃の餌食となり宙に舞い散った。 「「安底羅っ!!」」 同胞二人の声が己の名を呼ぶの、遠く耳に届いた。 安底羅がはっと顔を上げた先に見えたのは、腕を交差させ、横薙ぎの体勢をとった煌の姿であった。 安底羅の紅色の瞳と、煌の琥珀色の瞳が刹那に交わる。 すぅっと、煌の眼が冷ややかな光をもって眇められた。 安底羅が次の行動に移行する間もなく、無常にもその凶器を握る腕が振り下ろされた。 その瞬間、不可視の刃にも関わらず、安底羅の眼にその冷酷な銀閃が確かに見えた―――。 「安底羅ぁっ!!!」 咄嗟に手を伸ばす同胞の手は、しかし遠く及ばない距離にあった。 ひゅあんっ!!! 「・・・・・・ぁ・・・・・」 氷の如き冷たさを孕んだ刃がその首筋に触れたと思った瞬間、安底羅の体は力強い腕によって後方へと引きずり倒されていた。 安底羅の視界に、鳶色が広がった。 「十二神将・六合・・・・・・」 まるで地を這うような低い声で煌がその名を紡いだことによって、安底羅は初めてその鳶色の主が六合であることを悟った。 恐る恐る視線を上へと上げると、己を見下ろしてくる黄褐色の眼とかち合った。 「危なかったな・・・・・・・・・」 六合はそう一言だけ言い置くと、煌の相手となるべく彼の人物へと向き直った。 「あ・・・・・・」 助けてもらったお礼を言おうと口を開きかけていた安底羅は、しかしその背に阻まれて礼を述べる機会を逸してしまった。 機会を逃し、音を紡ぐことがなかった安底羅の口は、意味もなく数度開閉した。 そうこうしているうちに、安底羅の許へと迷企羅達が駆け寄ってきた。 「安底羅!無事かっ?!」 「安底羅・・・・」 「う、うん。大丈夫、だよ・・・・」 心配そうに覗き込んできる同胞に、安底羅はぎこちなく頷き返した。 ふと何気なく己の首筋へと手を当てた安底羅は、しかし予想外にぬるりと温かい液体の感触があったことに、ぎくりと身を強張らせた。 恐る恐るその濡れた感触のする手へと視線を落とすと、その手には赤い液体――血が付いていた。 「?どないしたん?安底羅・・・・・っ!」 「!・・・安底羅」 安底羅の微かな異変を感じ取った迷企羅達は、安底羅の視線の先にある手を見遣ってはっと目を瞠った。次いで慌てて怪我の箇所を探し、その血の出所である首元で視線をぴたりと止めた。 安底羅の喉元―――そこには赤い線が一筋、真横にはしっていた。 そしてその赤い線からは、たらりと赤い雫が伝い落ちていた。 『危なかったな・・・・・・・』 六合の言葉は慰めなどではなく、その言葉の意味そのものを指していた。 安底羅の首についた一本の線―――それは煌の振るった刃の軌跡でもあった。 もしあの時、六合が一瞬でも安底羅の体を引くことがおくれていたら・・・・・・・・。 その後の結果など、想像に難くない。 ひやりと、無意識の内に冷や汗が流れ落ちる。 「・・・・あ・・わ、私・・・・・・・・」 「こら気ぃ引き締めて掛からんと、ほんまに危ないな・・・・」 「・・・・・・・・」 傍から見ても明らかに動揺している安底羅。 迷企羅は普段にもなく険しい表情を作り、波夷羅は無言のまま己の衣装の袖口で安底羅の首を伝い落ちる赤の雫を拭いやった。 首にはしる赤の線。その線に込められた強固な意思に、彼らは無意識にその身を震わせた―――――。 ![]() ![]() ※言い訳 さて、引き続き沈滞の消光(略)を更新しました。 何故か思いの他話が長引く・・・・・当初は一話で終わらせるはずだった部分が、収まりきらずに二つに分かれることになってしまいました;;これじゃあ話数が増えていく一方だって・・・・・・。 今回のお話では、十二夜叉大将の面々を中心に書きました。・・・・あれ?思っていたよりも安底羅の出番が多い??本当に色々と予定外なことが・・・・;; ま、それは横に置いておくとして、今回結構シリアスなお話を書いたつもりなのですが、迷企羅と波夷羅の遣り取りを入れるとどうしてもお笑い要素になる気が・・・・;;今回は場の雰囲気も考慮して、少し控えめなものにしましたけれどね。本当はこれ以外にも、紅蓮達の会話で当初書いた文ではシリアスをぶち壊すようなものを書いてしまい、思い直して書き直した部分がありますしね・・・・。勿体無いので、下にその一文を載せてみました。まぁ、シリアスな雰囲気が壊れてもいいや!という方のみさらっと目を通してください。では。 ●ボツ文● 「はぁ・・・・。俺としては明らかに非がこちらにあるのに戦うのは気が進まんな」 「・・・・・・相変わらずの(昌浩)馬鹿だな。こうなることを承知の上で我らはあの馬の妖を倒したのだろうが」 「そうなんだがな・・・・・・・・」 まるで『子どもの嫌がることをして、嫌われたくない父親』っぽい台詞を吐く紅蓮に、隣で彼の言葉を聞いていた勾陳は呆れを多大に含んだ視線を彼へと寄越している。 緊迫したこの場において、よくもまぁそんな台詞を言えたものである。 勾陳の冷たい視線に、紅蓮は思わず身を竦ませた。 ・・・・・・まぁ、ある意味で身から出た錆である。 感想などお聞かせください→掲示板 2007/10/15 |