閃く刃。









零れ落ちる赤。









白く染め上げられる視界。









感じる痛み。









惑う光の行く先は―――――――――?


















沈滞の消光を呼び覚ませ
















黒の空間に、少女は一人ぽつんと佇んでいた。

少女の周囲には誰もおらず、また妖の影も一つとてなかった。
妖達は侵入者(おそらく晴明達のことだろう)が来たという情報を聞きつけると、少女をその場に一人残して全員が去っていった。
普通であれば一匹くらい見張りの妖が立つのであろうが、どうやらかなり慌しかったらしく誰も少女のことを念頭においていなかったようである。

そんな野放しと言っていいような状況に、寧ろ少女の方が困惑していた。
ここから動くべきか、動かざるべきか・・・・・。
動くことなくこの場に留まれば、いずれ妖が戻ってきて少女を見張るだろう。
動いたとしてもどこへと向かえばいいのかがわからない。運が良ければ晴明達と合流することができるだろうが、そうでなければ妖に見つかって連れ戻されるのがおちであろう。最悪、その場で命を取られてしまうかもしれない。
少女は何も無い黒の空間を見渡しながら、これからどうするべきかを考えていた。


―――・・・・・・・!


「!」


ふいに、少女の耳に微かな音が届いた。
それは人の声であったような気がする。
それも胸を締め付けられるような、聞いていてとても切なくなるような、そんな声が――――。

少女は声が聞こえてきたであろう方向へと視線を向ける。
数瞬迷った後、意を決して少女は一歩踏み出した。






この声の主の許へと行かなければならない。そんな気がした――――――。







                        *    *    *







ぽたり、ぽたりと赤の雫が地面へと零れ落ちていく。

迷企羅(めきら)は煌(こう)から大きく距離をとった後、熱が奔った部分へと手をやり、ちっ!と悔しげに舌打ちをした。
思いの外その傷は深かった。
死へと直結するような傷ではなかったが、それでも何も手当てをせずに放っておいて良いような傷ではなかった。


「迷企羅!」


遠くで安底羅(あんてら)己の名を呼ぶ声が聞こえたが、生憎返事を返してやれるほど気を回す余裕はなかった。
何故ならば、煌が次の攻撃態勢に入っていたからである。


「きっ―――!」

「其は縛りなき蝶の如く――――胡蝶霞月の舞」


気をつけろ!という迷企羅の言葉は、それよりも早くに紡がれた煌の言葉に掻き消された。
全員が警戒態勢に入る間もなく、不可視の無数の刃が彼らを襲った。
見えている状態でも厄介な刃達は、更にその難易度を上げて彼らへと向かってくる。


「くっ!攻撃形態がわかっていようとも、見えなければ避けようがないな・・・・・・!」


四肢を無数に切り裂かれながら、勾陳は致命傷だけは避けつつそう言葉を漏らした。
飛び道具じみた攻撃のそれらは、剣の状態とは違いその方向性に自由がある。単調な動きではない分、その攻撃を予測して避けることなど不可能に近いことであった。
それでも風の切る音などを察して、致命傷を負わないように避けている彼女達は十分に凄いと言える。
が、そんな彼女達の辛うじて行われていた回避行動も、煌の次の攻撃で完全に沈黙させられる羽目となった。


「其は飛来する翡翠(かわせみ)の如く――――飛突落刺嘴の舞」


冷淡に紡がれた言葉とほぼ同時に、天より無数の刃達が彼女らへと容赦なく降り注いだ。
刃達はその四肢を容赦なく傷つけていった。
無様にも地面へと倒れ込むという事態にはならなかったものも、皆片膝をついたりなどしてその姿勢を辛うじて保っているという状況であった。
そして煌はそこへ更なる攻撃を加えた。


「其は地を這う蛇の如く――――狩蛇奔土流の舞」


地が穿ち、砕けた地面の欠片である飛礫達が、防御をろくに取ることができない紅蓮達はもろにくらった。


「きゃあぁぁっ!」

「――――っ!」

「くっ!!」


体を直撃した衝撃が、それぞれ彼らを吹き飛ばした。

吹き飛ばされた神将、夜叉大将達はその衝撃の強さにとうとう立ち上がることができなくなってしまった。
身軽な安底羅や波夷羅(はいら)は他の者達よりも遠くへと飛ばされ、体も地面に強く打ち付けてしまったのか起き上がることさえできない。

煌はそんな彼らの姿を、無表情のまま見遣っていた。
そして徐にその口が開かれた。


「――それじゃあ、死ぬ準備はいい?」


ちゃきり。と、刃を構える音が無常にも耳へと届く。

紅蓮は乱れた呼吸のまま、そんな煌の姿を切なく見据えた。


「煌・・・・・・」

「・・・・・・・・名前を呼ぶなって、俺さっきも言ったよね・・・・?」


紅蓮に名を呼ばれた途端、煌は無表情をくしゃりと崩した。
無表情の下から表れた表情は、とても苦しげなものであった。


「だが、それがお前の名前なんだろう?」

「そうだよ。でも、吉量を殺した奴なんかに、呼ばれたくない・・・・・・・・・」


ゆらりと、琥珀色の瞳が揺らぎを見せる。


痛い。
体ではなくて心が。
彼らを攻撃する度に、その痛みが段々大きくなってくる。
紅い髪の神将と、鳶色の髪の神将。そして黒髪の神将へと攻撃を加えた時はそれが更に顕著になる。

どうしてこんな気持ちになる?吉量を殺した奴らなのに・・・・今まで、こんなことなかったのに・・・・・・。
いや、今までもずっと感じていたのだ。
けれどその痛みはとても瑣末なものであり、直ぐに意識の端へと追いやられるような取るに足らないことであっただけの話。
それが今、眼を逸らすことができない程に大きなものへとなってきている。

煌はそれに苛立ちを隠さずに、ぎりっと歯をきつく噛み締めた。


「・・・・・・・全く、一体なんだって言うんだよ」

「煌・・・・?」


ふいにぽつりと低く紡がれた言葉に、紅蓮は訝しげに眉を寄せた。
煌はそんな紅蓮を苛立ちに任せてきつく睨みつけた。


「お前達は吉量を殺した。だから敵。それでいいはずなのに・・・・・・・」

「・・・・?」

「こんな気持ちなんて、間違ってる」

「間違ってる?一体何が・・・・・」

「何って・・・・・『痛い』ことがだよ!!」


よろよろと覚束ない有様でやっと立ち上がった紅蓮に、煌は標的宜しく斬りかかる。


「―――っ!」

「おかしいじゃないか、痛いなんて!どうして敵に攻撃して俺が苦しい気持ちにならないといけないんだよ!!」

「それは―――」


煌の言葉に紅蓮は困惑の表情を浮かべながらも、よろめきつつ辛うじて襲い掛かってくる剣先を避ける。
煌はそんな紅蓮を忌々しげに睨みつける。そして思いの丈を相手へと叩きつけるかのように言葉を吐き捨てた。


「嫌いだ!お前達なんか・・・・昌浩なんか・・・・・。けど、一番嫌いなのは俺だ!!吉量を守ることができなかった!お前達をいまだに殺すことができないどころか、傷つけることに痛みを感じるなんて・・・・・そんな自分が大っ嫌いだ!!!」


自分が誰よりも嫌いだと言う煌。
そんな煌を見て、この目の前にいる子どもはやはり『昌浩』なのだと紅蓮は感じた。
他者よりも自分を。
殺した紅蓮達よりも、守ることができなかった己を一番に責める煌の姿は、いくら性格や態度が変わろうともその根本的な部分は何も変わっていなかった。
だからだろう、己の口がふいにその言葉を紡いでいたのは――――。


「昌浩・・・・・・・・」


それは子どもの名であり、名ではないもの。

煌は紅蓮の発した言葉を聞き、大きく目を瞠った。そして数瞬の間にその顔を憤怒のそれへと変えていった。


「俺は昌浩じゃない!!」

「いや、昌浩だ。俺達が取り返そうとしている昌浩という子どもも、煌という九尾の配下のお前も、その根幹は一つだ。・・・・『昌浩』という唯一無二の存在だ」

「だまれぇえぇぇぇっ!!!」


煌はあらん限りの大声で叫ぶと全力をもって紅蓮の四肢を妖気で拘束し、動きを完全に封じた。
そして不知火の妖剣を水平に構えると、怒りのままに剣を繰り出した。


「騰蛇っ!!」


紅蓮の名を呼ぶ声が上がるも、無常にも煌が突き立てた剣先は紅蓮のその体へと吸い込まれていった。




ざしゅっ!




刃が肉に埋まる音がその空間に響いた。

紅蓮は身の内から灼熱が生まれ出でるのを感じた。
ごふっ!と、喉をせり上がってきた血と共に、紅蓮は息を吐き出した。


「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・」


相手の体を貫いた感触によって正気に戻った煌は、口から掠れた言葉にもならない音を漏らした。
恐る恐る顔を上げ、己を見下ろしてくる金眼とその視線がかち合った時、今までの比にはならないくらいに強い罪悪感が煌の心を揺さぶった。
そう、今まで感じていた胸の痛みの正体。それは『罪悪感』―――――。

己の気持ちを自覚した煌は、唇を微かに震わせた。
ゆらりと、誰が見ても一目でわかるほどに琥珀の瞳が大きく揺れた。
そして、その様を一番間近で見ていた紅蓮が気づかないはずがなかった。

あぁ、やはり自分の考えは間違っていなかった。

そう思うと同時に、紅蓮は微かに笑った。間近で見ないと気づかないほど本当に微かに・・・・・・。
そして、今度は煌がその様を一瞬たりとも逃すことなく見ていた。


「――――っ」


愛しい者を見るように、優しげな光を浮かべて微かに細まった金眼。







その眼を見た瞬間、目の前が白く弾け飛んだ―――――――。







白の洪水が脳内をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。
それと共に、煌には全く身に覚えのない光景が走馬灯の如き速さで駆け抜けていく。

膨大な量の記憶が脳内を荒れ狂う痛みに、思わず頭を抱えた。いや、抱え込もうとした。
徐に持ち上げた手。
ふとつい今し方感じた、剣が突き刺さる手応えに既視感を覚える。
そしてそれが己に残された冷たい記憶の欠片であることに気づき、今脳内を掻き乱している記憶と合致することに気づいた。

そして次の瞬間、








「ぐ、れん・・・・・・」








知るはずもなかった相手の名を、無意識に言の葉として紡いでいた。











自分で自分の行った行為に、多大な衝撃を受けた――――――――――・













                        

※言い訳
あ〜、また微妙なところで終わったな・・・・。一応、予定通りと言えない事もない。
さて、色々と大変な展開になりました。特に紅蓮と煌が。
ここまで場面が進んだら、後は本当に後半戦も終わりへと向かいます。(今までは後半戦も半ばくらい?)
今回のお話が一番書き難かった;;何というか・・・・こう、心情の動きとか上手く書き表すことができなくて悔しく思っております。文才ねぇーな、自分・・・・。

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2007/11/4