立ち返る記憶。









しかしその記憶の主は拒絶する。









己を蝕むと









己を喰らっていくと









ただひたすらに恐れた―――――――。
















沈滞の消光を呼び覚ませ

















「ぐ、れん・・・・・・」


ふいに子どもの口から零れ落ちた音を、紅蓮は聞き逃さなかった。
ひゅーひゅーと空気が気管を忙しなく行き来する中、紅蓮は「あぁ・・・」と感嘆にも似た溜息を吐いた。
久しく聞くことのできなかった、己の名を呼ぶ子どもの声。
例えそれが無意識の間に紡がれたものであっても、確かに子どもは己の名を呼んだのだ。
じわりじわりと、刃を突き立てられた場所とはまた別の箇所が歓喜に熱を孕んだ。

胸を奔る激痛を堪えながら、ゆるゆると自分の頭より一つ半位下の位置にある子ども――煌(こう)の顔を改めて眺めた。
煌は呆然とした表情で固まっている。己が今口走った言葉を信じられないといった風情なのが、簡単に見て取れた。

焦点の合わせられていない無機質な琥珀色の瞳は、しかし時間を追うごとにじわじわと感情の色を浮かべていく。
その感情の名は――――恐怖と焦燥。


「・・・・・ぁ、なんで・・・・・・なんで、わかった・・・んだ?」


目の前の神将の名を―――。

全ての言葉が語られずとも、その意味を理解できた。

煌が無意識に後へと退いたことによって、ずしゅっ・・・と、紅蓮の胸から不知火の妖剣が抜き取られる。
それと同時に傷口から赤い鮮血が溢れ出てた。
剣を抜き取られたことによって支えをなくした紅蓮はふらりと体勢を崩すが、そこは足へとぐっと力を入れることによって何とか堪えた。

そんな状態の中、紅蓮は血が絡まって上手く振るわせることができない喉を叱咤して、子どもの名前を呼んだ。


「・・・・・ぁ・・さひ、ろ・・・・」

「―――っ!」


紅蓮が声をかけると、煌は大げさなほどに肩を跳ね上がらせた。
ばっと微かな怯えを宿した瞳が、真っ直ぐに紅蓮へと向けられる。


「ま、さひろ・・・・・」

「っ、違う!俺は・・・・俺は煌だ!その名を、呼ぶな!!」

「ちが・・・わない。お前、は・・・・昌浩っ、だ・・・・・」


自分達の知る子どもであろうが、九尾の配下についている子どもであろうが関係ない。
つい先ほど垣間見せた、他者を傷つけることを厭う眼差しこそがこの子どもの本質―――。
紅蓮は、目の前にいる子どもこそが、己に夜明けを齎してくれた子どもであることを理解していた。

どんな成り立ちであれ、その魂は変わらない。

そんな紅蓮の考えを、しかし煌は察することなど到底できなかった。


「違う!違う
違う違う!!俺は煌だ!俺は俺だ!他の何者にもならない、『煌』という名の存在だ!記憶を失くした俺に、久嶺は『煌』という名をくれた!”俺”という存在を失くしたこの俺に、俺という確固たる証をくれたんだ!!俺はお前達が求める過去を持たない。持つはずがないんだ!だから、こんな記憶はいらない!



いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない、いらない



いらないんだ!!


まるで癇癪を起こしたかのように、狂ってしまったかのように煌は「いらない」という言葉を繰り返す。
そんな煌の様子を、紅蓮を初めとしたその場にいた者達全員が唖然と見つめる。

そして煌が一際高い声で「いらない」と叫んだ瞬間、蒼炎が煌を中心に爆発し、辺り一体を蒼色に染めた。
一瞬、無防備になっていた彼らは身構える暇もなく、その爆風に吹き飛ばされた。

荒れ狂う炎と風が収まり、彼らが漸く身を起こした頃には、そこに煌の姿はなかった――――。








「―――くっ、ま・・・・さひ、ろっ!」


爆風によって地へと倒れ、起き上がることもできない状態の紅蓮は悔しげに唇を噛んだ。
ざりりっ!と、地に立てられた爪は手を握り締めることによって土を掘り下げ、その痕を残す。

追い詰めてしまった・・・・・・・。
その思いだけが胸中に苦く広がっていく。
去り際の、悲しみに歪められた瞳が、瞼の裏に強く焼きついている。


「騰蛇!!」


倒れたまま起き上がらない紅蓮を心配し、勾陳らが傷ついた身体を引きずって傍までやって来る。


「しっかりしろ!」


真っ先に紅蓮の許へと辿り着いた勾陳が、紅蓮の傍に屈み込んでその傷の具合を見る。
幸いなことに、その傷は致命傷ではなかった。いや、致命傷でないことは、剣を刺されてから随分と時間が経った今でも生きている騰蛇がいることによってわかっていた。
けれども、剣の突きたてられたその箇所は、いまだ血が止まることなく流れ続けている。


「くっ!何か縛るものは・・・・・・」


このまま血を流し続けることは危険だと判断した勾陳は、止血のために縛る布を探す。
が、そんな勾陳を、当の本人である紅蓮が手で制止をかける。


「?何だ、騰蛇」

「そんな物は・・・いらない」

「だが、止血をしなければ・・・・・」

「あぁ、・・・・だから、こうする」


最早起き上がることさえ辛い中、紅蓮は徐に己の手を掲げると、その手にぼっ!と炎を灯した。
初めは怪訝そうな顔をしていた勾陳も、その炎の意図に気がついた時、彼女にしては珍しく大きく目を瞠った。


「!?ちょっと、待て。それは――!」


そう言いつつ、制止のために伸ばされた彼女の腕が届くよりも前に、紅蓮は素早く行動を起こした。

紅蓮は炎を宿した手を、胸もとのいまだ血が流れ出ている傷口へともっていき――――




じゅうぅぅっ!!




焼いた。


「!!」

「っ!この馬鹿者がっ!!」

「と、騰蛇!?」

「んなっ!なんちゅう無茶を!!」

「きゃっ!?」

「・・・・・・・・」


紅蓮の、あんまりと言えばあんまりすぎる行動に、十二神将・夜叉大将の面々は絶句する。
辺り一帯に、肉の焼け焦げた臭いが漂う。
その臭いに吐き気を催す者こそいなかったが、各々が険しい表情を作っている。


「〜〜〜っ、・・・・・はっ、これ、で・・・・血は止まった、だろう?」


額に脂汗を浮かべながら、紅蓮は微かに口の端を持ち上げてそう言葉を紡いだ。
そんな紅蓮を見て、勾陳は詰めていた息をゆるゆると吐き出した。

全く、心臓に悪いことをしてくれる・・・・・・。


「騰蛇、あまり無茶をしてくれるな・・・・・」

「ふっ、こうでもしなければ、血は止まらないさ・・・・・・・幸い、致命傷ではないからな。今は、時間が惜しい」

「だからと言って、重傷なのには変わらないんだ!もっと自分の身を大事にしろ!!」


あまりにも己の身体に無頓着な騰蛇に、勾陳は堪らず激昂した。
明らかに怒っていることが見て取れる勾陳に、紅蓮は気まずげに視線を逸らした。


「・・・・・・・・・・すまない」

「当たり前だ」


搾り出すように紡がれた紅蓮の謝罪の言葉も、勾陳は一言で斬り捨てた。


「勾陳。怒りは最もだが、今は昌浩を追うことが先決なのではないか?」


二人の不毛な遣り取りを見て、六合が助け舟ではないにしろ、言葉を紡いだ。
そんな六合の言葉に対し、「わかっている」と勾陳は頷き返した。


「・・・・・・・騰蛇、立てるか?」

「・・・・あぁ、大丈夫だ」


ちらりと気遣いの視線を向けてくる六合に紅蓮は首肯すると、全身に力を入れて立ち上がった。
しかし、それでも身体は正直であるらしく、折角立ち上がったところでふらりと身体が不安定に揺れた。


「おっと!なんや、やっぱり本調子やないようやなぁ・・・。しゃーない!肩、貸したるわ!」

「え・・・・い、いや・・・・」

「騰蛇、俺も肩を貸そう」


ふらふらな状態の紅蓮を見かねて、迷企羅(めきら)と六合が肩を貸して身体を支える。
二人の申し出にかなり困惑した表情であった紅蓮だが、実際に言うことを利かない身体に、しぶしぶ彼らの世話になることに決めた。


「・・・・・すまない」

「別に構へん。困った時はお互い様ってな・・・・・」

「気にするな。自分から申し出たことだ」

「あ、あぁ・・・・・・」


いつでも移動可能な体勢になった彼らを見て、勾陳は一つ頷いた。


「・・・・・・・では、急いで昌浩の後を追うとするか」

「恐らく、九尾の許へと行ったのでしょうね・・・・・・」

「昌浩、後追う・・・・・」

「えぇ、早く追いかけよう!!」


波夷羅(はいら)の言葉に、安底羅(あんてら)はぼろぼろの身のはずなのに元気良く同意する。
そんな彼女の姿に他の者達は苦笑を零し、そして走り始める。










向かうは、大妖・九尾の許―――――――。













                        

※言い訳
はい、大変長らくお待たせしました!!前回の更新から約4ヶ月・・・・・随分と長い期間更新しなかったのだと、改めて認識しました;;
えっと、久々の更新の割りにあまりお話が進まなかった気も・・・・・。や、でも進んだと言えば進んだのか?漸く場所を移動することになったんだし・・・・。
煌、なんか壊れちゃってる雰囲気が・・・・・いや、壊れてはいませんよ!(焦)
今回、紅蓮がかなりの無茶をやらかしましたね・・・。自分の傷口を自分の炎で焼いて止血って、どんな荒業だっての!そういった表現があまり好きではない方、申し訳ありません。
こっちもじりじりと更新していきますので、更新されるのをどうか気長にお待ちください。

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2008/3/3