ふれる温もり。









気遣いの視線。









頬を伝い落ちる熱に、









あぁ、自分は泣いているのだと初めて気づいた――――――。















沈滞の消光を呼び覚ませ














暗闇の中、追いすがる何かを振り払うかのように全力で駆け抜ける。




『昌浩・・・・』


『昌浩・・・・』


『晴明の孫〜』




「――――っ、うる、さいっ!!」


記憶が混雑する。
まだ、完全に全ての記憶を取り戻したというわけではない。記憶の所々に『穴』があることがわかる。
――そして、『穴』があることがわかるくらいには、それなりの記憶を取り戻していた。

今までに煌(こう)が見たこともない映像が、次々に脳裏を過ぎっていく。
それは過去にあった事実なのだろうけれど、煌にとっては現実味のないただの過去の記録でしかなかった。でも、その映像を見る毎に湧き上がる感情もしっかりあって・・・・・・・正直、狂いたくなった。




『では、我がお前に名を与えよう。今日からお前の名は『煌(こう)』だ』


『何者にもその存在を掻き消されることのない、煌々と輝く光であれ。それにちなんでお前に『煌』という名を贈ろう』


『それともう一つ。お前に特別な贈り物をあげよう』


『我しか知ることのない名。それを呼ぶことをお前に特別に許そう』




しかし、そんな思いを支える確かな記憶もあって・・・・・・・・。


「く・・・・りょ・・・・久嶺、久嶺、久嶺、久嶺!!」


必死に、銀色の妖の名を紡ぐ。
そうでもしないと、この胸に抱く想いが掻き消されてしまいそうで恐かった。

馴染みのある気配の許へと、ただひたすらに走った。
と、ふいに『懐かしい』香りが鼻孔をくすぐった気がして、俯き気味だった顔を上げた。
そしてその眼に映ったのは―――


「あ・・・・きこ・・・・・・・」


煌が晴明達をここへと誘き寄せるために攫った少女であった。

己がふいに少女――彰子の名を口にしていたことに気がつき、無意識に動いた己の口を手で覆って気まずげに視線を逸らす。
しかし、彰子が何の反応を示さないところを見ると、幸いなことに今の呟きは聞き取られていなかったようだ。
気まずげな空気を振り払うように一度首を振ると、改めて目の前に佇んでいる少女へと鋭い視線を投げ掛けた。


「・・・・・・・どうして、君がここにいるんだ?」

「・・・・・誰かの、声が聞こえた気がして・・・・・・・」

「誰かの声?」

「えぇ。それで気になって、私・・・・・・」


だからこちらへ歩いて来たのだと、彰子は答えた。
煌はそんな彰子の答えに納得できず、軽く眉を顰めた。


「見張りは?何体か、見張りとして傍に置いといたはずだけど」

「侵入者が来たって、その知らせを聞いたら皆いなくなってしまったわ」

「ちっ!・・・使えない奴ら」


いくら敵の殲滅が優先といえど、彼らが乗り込んできた理由であるこの少女を野放しにしておくなど、愚行極まりないことである。
もう少し頭の回る奴をつけておくべきだったか・・・と、内心で後悔するが、過ぎたことはどうしようもない。
誘き寄せの役割を果たした少女など別に逃げても構わないと思ったが、だからといって独断でそれを行うわけにもいかない。そう判断した煌は、彰子の手を取るとそのまま歩き出した。


「・・・・とにかく、勝手に逃げ出されるのも困るし・・・・一緒に戻ってもらうよ」

「・・・・・・・・・・何か、あったの?」

「・・・・・・・・・・どうして、そんなこと聞くの?」

「だって・・・・・・」


貴方の顔が、泣いているように見えたから・・・・・・。

そう彰子が答えた瞬間、煌はぴたりと歩みを止める。
煌は彰子が今言った言葉を脳内で反芻する。

泣いている?己が・・・・?


「勝手なこと、言わないでくれる?どうして俺が泣かないといけな―――」


ふいに煌の言葉が途切れた。その理由は、彰子が煌の頬に手を軽く添えたから・・・。


「そうね、貴方は泣いていないわ。でも泣いている・・・・・」

「なっ!」

「実際に涙を流すことだけが、泣くということではないわ」

「なに、を・・・・何を知った風にっ!」


きりり、と眉をきつく寄せ、煌は射抜くような視線を彰子へと向けた。
怒りに燃える視線を真っ直ぐと向けられた彰子は、でも全く動じなかった。


「えぇ、貴方の言うとおりね。でも、これだけは言えるわ。―――泣いても、いいのよ」

「っ!?」

「悲しい時は悲しいって、そう思って・・・泣いてもいいの。悲しくて涙を流すことは、いけないことでも何でもないわ・・・・・・」

「・・・・・・・ぁ・・・・・・・・」


彰子の言葉に、泣くつもりのなかった煌は、けれども歪む己の視界を自覚した。
ぽたり、ぽたりと、温かな雫が目から溢れ落ちた。
声も出さずに静かに涙を流す煌を、彰子は優しく抱きしめた。


「辛かったのね・・・・・涙を流すことを忘れるくらいに」

「あ・・・・・・・」


そうだ、辛かったのだ。悲しすぎて、どうしようもないくらいに・・・・・。

吉量(きちりょう)。

煌の、九尾を除いて最も近くにいた妖。
その妖が、死んだ。目の前で、静かに息を引き取った。
彼の妖が死んだ時、煌は怒った。憎んだ。悔しんだ。―――何より、悲しんだ。
色々な感情が混ざりすぎて、何が一番強い感情なのかわからなくなっていた。
でも、今ならわかる。悲しかったのだ、煌が煌である時からずっと傍にいてくれた友がもう傍にいてくれないことに―――。
そのことに気づいた瞬間、涙が溢れることを止めることができなかった。

ぎゅっと、己を優しく抱きしめてくれる少女の腕を掴んだ手に力を入れる。


「・・・・・・・・悲しかった・・・・吉量が、死んで・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「吉量を殺した奴らに、怒りを感じた。・・・憎いとも思った」

「・・・・・・・・」

「でも、そんな状況に吉量を追い込ませた自分も許せなくて・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


泣き顔を見せないように己の肩口に顔を埋める煌の頭を、彰子はゆっくりと撫でた。


「ごちゃ混ぜの思考のまま、刺したんだ―――紅い髪の神将を・・・・・・」

「―――!」

「おかしいんだ・・・・そいつを刺したってわかった時、胸が痛かった・・・・・」


きりっ!と、歯の食いしばる音が耳元で聞こえた。
依然として顔は埋められたまま・・・・・。


「吉量を殺した奴なのに・・・・・久嶺の敵なのに・・・・俺の、敵のはずなのに・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「もう、わけわかんない・・・・・・記憶なんて、いらないのに・・・・・・・」

「―――え?」


煌から零された言葉に、彰子は思わず聞き返した。
しかし、煌は構わず独白を続けた。


「記憶が戻ったのに・・・・・・いらないって、思った。邪魔だって・・・・・・」

「・・・あの・・・・」


彰子が何か言葉を紡ぐ前に、煌はとんっとその肩を押して身体を軽く突き放した。
僅かに赤くなった目が真っ直ぐに彰子を見据える。
その頬に涙の流れた後はあったけれど、もう涙は流れていなかった。
徐に、歩みとは反対の方向――これまで彰子が向かってきた方向へと煌は指を差し向けた。


「このままあっちに向かえば神将達と合流できる・・・・・」

「え・・・・・」

「愚痴、聞いてくれたお礼。・・・・・・・・・・・・・ごめん、彰子」

「!待って!!」


引き止めるために伸ばされた彰子の手は、しかし引き止めることなく空を切る。
次の瞬間、ごうっ!と激しい風が吹き荒れる。
思わず目を瞑ってしまった彰子は、その銀の影を見失ってしまった。



後には、何も無い漆黒の空間がそこには広がっているだけであった―――――。







                        *    *    *







「・・・・・・悲しいね」

「はっ、何を言い出すかと思えば。・・・・お前がそんな言葉を吐くようなことはなかったと思うけど?」


何も無い暗闇の空間。
そこで黒に近い茶色の髪をした少年と、銀色の髪をした青年に一歩届かずの少年が対峙していた。


「・・・・・・悲しいよ」

「っ、だから!」

「痛いよね。そして悲しい・・・・・・」

「!それが一体誰の所為だと思っている!お前がっ、お前が俺に記憶を思い出せた所為だろっ!!」


憚ることなく、銀髪の少年――煌は激昂し、相手の少年を詰る。
対する少年――昌浩は、緩く首を横に振って静かに答えた。


「違う。君が記憶を思い出したのは、俺がそうさせたからじゃない」

「じゃあ何で!」

「そういう『時』だったんだ。俺が意図したことでも、君がそう望んだわけでもない・・・・それでも、記憶が戻る。そういう時だった・・・・・・」

「そんなの、おかしいだろ?!俺が望んでもいない、お前がそうさせようとしないで、何で記憶が戻るんだよ!!」

「・・・・・・・・多分、状況が似すぎていたから・・・・なんだろうね」

「・・・・・・・・状況?」


煌は昌浩の言葉を、訝しげに反芻する。
そんな煌に、昌浩は首肯して言葉を続けた。


「記憶を取り戻した今ならわかるよね?以前にも、俺が紅蓮を剣で刺したことがあるって・・・・・・・」

「・・・・・・・・・それが、似ている状況・・・・・」

「うん・・・。記憶がなくても、きっと身体が覚えてたんだろうね。・・・・そして、それに引きずられて記憶が戻った」

「それじゃあ何?俺があいつを刺さなければ良かったとでも言うの?!」

「・・・・・・・・それについては、俺は何も言うことができないよ」


そう言った昌浩に、煌は馬鹿にするかのように鼻で哂った。


「それはそうだろうね。何せ大事な『紅蓮』だもんね?刺した俺が許せない?何せ意識は俺でも身体は『昌浩』だもんね〜。あ、なら『昌浩』は二度も紅蓮を刺したのか。あっはっはっはっ!・・・・・残念だったね?俺のこと、止めたかったでしょ??」

「・・・・当然だろ?俺は、誰にも傷ついてほしくない」

「はっ!相変わらずの偽善っぷりだね。誰も?もう沢山傷つけてきたっていうのに?第一、この身体の支配権はまだ俺のものだよ?お前がどんなにそう願っていても、実際に行動をとることなんてできないよ」

「・・・・・・本当に、そう思う?」

「!ならやってみなよ!僕から支配権を奪い取ってみせてよ!!」

「・・・・・・・・・・」


挑発するような物言いをする煌。しかし、昌浩は特に動きを示すことはなかった。
そんな昌浩の様子を見て、ほらみろと言わんばかりに煌は強気の笑みを見せた。


「できないでしょ?できもしないことを口に乗せたりしないでよね。・・・・・・お前はこの深淵で見てるしかないのさ!永遠に、ね―――」


煌はそう言い残すと、すぅっと姿を消していった。
後には、悲しげな表情をしたままの昌浩が残された。

そっと、昌浩がささやきにも似た小さな声で言葉を紡いだ。




「俺は・・・・・『誰にも』傷ついてほしくないんだよ?」




煌・・・・・。と、その視線は虚空へと向けられていた。












思いは交差せず、平行線を辿ったまま―――――――。













                        

※言い訳
はい、引き続き更新しました!前回の4ヶ月ぶりと比べると、1週間ぶりに更新って・・・・随分早くできたものだ。前回のお話を書くまでの無気力っぷりが際立つ・・・・・。
はい、今回は煌と彰子の会話を入れてみました。彰子、煌が自分の知っている『昌浩』じゃないとわかっていても、これくらいのことはしてくれそう・・・。というか私の願望ですね!煌もはっきりと彰子を嫌っているわけではないので・・・・・。紅蓮達はほぼ完璧に嫌われちゃったけど;;煌の吉量に対する心情の描写をあまりしていなかったな〜と、今回お話を書いていて改めて感じましたね。
さて、とっても久々な登場をした方!――はい、最近最早影もかなり薄いんじゃねーの?な昌浩君です!!ちょ、かなり久しぶりだよ〜(むせび泣き)。煌と昌浩、いつまで経っても意見が合わない様子。己が大事とする人達が互いに対立しあっているので、仕方ないと言えばそうなんですけどね・・・・。
後、何話くらいで書き終わるかな〜?でも、後は対九尾戦を残すのみとなりました。頑張ります。

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2008/3/10